49:もう良いかな
建国祭二日目。国は初日以上の盛り上がりを見せている。
他国からの参加者も日を追うごとに増えて行くのだろう。大通りは人がごった返しており、仮装のおかげか様々な色彩に溢れている。
そんな大通りを必要最低限にしか使用せず、リゼルは裏道をスイスイと歩いていた。
先日イレヴンによって用意された衣装に身を包む姿はどう見ても一般参加者、には見えずに初代王の如く御忍びで城下に来ている貴族のようだが、人々はとにかく全力で楽しむことに必死で気付くものは少ない。
気付いたものは思わず二度見する勢いで振り返るが、あまりの人混みに紛れて見失う為に見間違いかと首を傾げている。
そうして通い慣れた店へと到着した。
“鑑定に自信あります”と自信無さげに書かれた小さな看板が変わらず揺れている。
いつ来てもまず間違いなく開いている店は「本日午前中のみ」という張り紙が貼られ、“CLOSE”の札が出されていた。今の時間は丁度正午過ぎ、恐らく正午ピッタリに用意しただろう年若い店主の姿を想像して微笑み扉をノックする。
数秒して、足音が近づいて来ると共にゆっくりと扉が開かれた。
「迎えに来ましたけど、ちょっと早かったですか?」
「い、いえ、ありがとうございます……! わ、仮装だ」
心底嬉しそうにへにゃりと笑ったジャッジがリゼルの仮装姿を見てパッと顔を輝かせる。
意外とノリは良いと最近理解したもののリゼルがわざわざ衣装を用意して参加するとは思っていなかったのだろう、良い意味で予想が外れたようだ。
これで適当な服を着ていれば恒例行事のように半泣きで新しい衣装を用意するのだろうがイレヴンが全力で選んだ服装は値段相応に仕立ても良く造りは丁寧で、何よりリゼルのイメージに合っている。ジャッジはにこにこと嬉しそうに笑っているので彼の中の及第点は越えたのだろう。
「ジャッジ君も仮装ですね、似合ってますよ」
「あ、ありがとうございます……爺様のお古なんです」
実は急すぎるイレヴンの知らせだったので新しく衣装を用意する暇が無かっただけだが。
褒められ照れているジャッジの身を包む衣装は鮮やかなアンティークと云えば良いか。祭りらしく鮮やかな色はまるで色つきのガラス細工のように鈍く輝き、雰囲気を増している。
身長があるのだから派手な衣装も見栄えが良いだろうにと思うが、元はインサイのものだと思えば此れで充分だろう。正直彼が年齢にそぐわない程に一層派手な衣装を着ても驚かないが。
そしてやはり露出はあるのが普通らしい、と普段は隠されている腕が露出されているのを眺めながら考える。
「俺もお腹ぐらい出してあげれば良かったでしょうか」
「え!?」
「いえ、やっぱりちょっとハードル高いですね」
驚きすぎて一瞬動きを止めたジャッジが、自己完結した次の言葉に脱力する。
そして出発出来そうかというリゼルの言葉に焦った様に頷き、荷物を取りに店の奥まで駆けて行った。
「さあ早く行きましょう」
「スタッド……想像以上に浮かれてるね」
「それが何か」
冒険者ギルドに到着した早々、仁王立ちのスタッドが扉を開けてすぐに待ち構えていた。
これで入って来たのがリゼル以外だったらどうするのかと思うが、確信を持って立っていたのだから彼には何かが分かったのだろう。
煩いのは煩わしいという割に仮装もして準備万端なところを見る辺り、スタッドも随分と楽しみにしていたようだ。白を基調とした服装は随分と彼に似合っているが恐らく自分で選んだものではない。
リゼルと私的に出掛けるようになるまでは私服など必要ないという理由で持っていなかったおかげで、彼は服装の良し悪しなど何も分からないからだ。
「どこの神官様かと思いました」
「似合いませんか」
「いいえ、すごく似合ってますよ」
似合いませんかの言葉と共にスタッドからとある同僚に冷気が飛ばされたが、リゼルの返答と共にそれは霧散する。スタッドに衣装の購入を勧め実際にアドバイスしたのがその同僚だ。
どうやら命は助かったようだと胸を撫でおろす職員に気付かず、リゼルはギルド内を見渡した。
元々昼過ぎは冒険者の姿が少ないが、今日は閑古鳥と言っても良い程に閑散としている。
建国祭の影響だろう。だからこそスタッドも午前中だけで抜けられるようだ。
「お昼まだですよね、何か食べたいものはありますか?」
「僕は何でも……スタッドは?」
「私もお任せします」
あれが食べたいこれが食べたいと迷う事無く口にするイレヴンとは違い、何とも謙虚な年下達だ。
何でも良いは逆に難しい、と悩みながらもリゼル達はとりあえずギルドを出た。大量に露店も出ているし歩いている内に何か食べたいものも出て来るだろう。
その三人の後ろ姿を見送りながら、とあるギルド職員は机に突っ伏した。男三人の建国祭というのに物寂しさも負け犬臭も欠片も無い。何て羨ましい。
狙っていた女性に同行を断られ寂しく仕事に励む彼は、流れそうになる涙を必死でこらえた。
「ひ、一口貰っても良いですか……?」
「はい、どうぞ。熱いですよ」
「有難うございます頂きます」
ジャッジへと差し出されたリゼルの腕を掴んでスタッドはパクリと赤々としたサイノ実を口に含んだ。
一口サイズで甘いサイノ実はゆでる事でツルリと皮が剥ける。瑞々しい果肉を露わにしたそれは甘酸っぱくて意外と弾力がある歯ごたえに随分と人気があるらしい。
そこかしこに出ている似たような露店の中から適当に選んで買ってみたが、正解だったようだ。
無表情ながらもぐもぐと口を動かしている姿に、リゼルとジャッジの優れた観察眼はどうやら満足しているようだと察する事が出来る。しかし出来たからといって何なのか、とジャッジは本日何回目かの出来事にうぅと唸った。
「どうしてさっきから邪魔ばっかり、」
「貴方が鈍臭い上にあざといから悪いんです」
「あざといって何……!」
きゅっと眉間に皺を寄せてジャッジは反論しているが全く怖くは無い。
我関せずと淡々としているスタッドへのダメージはゼロだ。むしろ見てもいない。
自分を挟んでのやり取りにリゼルは苦笑しながら、とりあえずジャッジにサイノ実を差し出した。照れながらも食べる姿はもう怒りなど忘れており、意外とマイペース同士気が合っているのだろうと納得してしまう。
リゼル達はとりあえず戦利品を食べ終わるまでと座っていた、祭りの為に急ごしらえで造られた休憩スペースから立ち上がった。座れたのが奇跡のような程に混みあっているし、いつまでも長居しては悪いだろう。
「あ、リゼルさん。ダーツの景品に迷宮品がありますよ。流石に、ちょっと値段が高いですけど」
「本物ですか?」
「……三割、その」
言いづらそうに視線を泳がせたジャッジに可笑しそうに笑う。
つまり三割は迷宮品と称した一般品なのだろう。果たして露店の店主は気付いているのかいないのか。
流し見ただけでそれが迷宮品と分かるなどジャッジぐらいにしか出来ない。ほとんどの客は本物か偽物かなど分からないだろう。
露店に並ぶような迷宮品など入ってすぐの低層にしか出ないようなものばかりだ。大した値段にはならないものの、しかし周囲の露店と比べると少しだけ値は張る。
その金を偽物に使ったとなると少々勿体無いだろうに、告発する気は無いが。
「そういえば昨日、イレヴンもダーツをやってましたよ」
リゼルは昨日違う露店で喜々としてダーツをやっていた姿を思い出した。
イメージに違わず遊び賭け事に一通り手を出しているイレヴンは当然ダーツも修めており、ダブルブルを連発して露店の主を泣かせていた。
ちなみに景品欲しさにやった事ではないが、かと云って貰わない選択肢など無いイレヴンは容赦なく景品を上から順番に手に入れていた。慈悲など欠片も無い。
「良くあんなに真ん中ばかりに当たるものだと、」
「五回分ダーツを下さい」
ジャッジと話していたら、いつのまにかスタッドがダーツ屋台にいた。
淡々としたままダーツを手にとって構えると大して狙いも付けずに腕を振り抜く。20のトリプル、ダブルブルより点数が高いそこを狙ったのは褒められたイレヴンに対抗しているからか。
ストストとスペースの許す限りそこに打ち込むと、次は次点の高得点、またスペースを埋め尽くす程に刺したら次へ。素晴らしいと拍手するリゼルとジャッジとは裏腹に、屋台の店主は呆然としていた。
「スタッド君、ダーツとかやるんですね」
「ルールは知っていますが実際にやった事は一度しかありません」
昔取った杵柄というやつだろうか。腕が衰えていないのは何故かと考えると恐ろしい。
最後の一投をダブルブルに投げ終えたスタッドはくるりとリゼルを振り向いた。離れない視線にリゼルは微笑み、褒める様にサラリとした髪を撫でる。
ひどく御満悦な様子に間違ってはいなかったらしいと苦笑した。
「点数が高いから、五回分はどれでも好きなの選べるって」
「じゃあジャッジ君が選べば完璧ですね。良さそうなのから五個でどうですか?」
「私は構いません」
やはりイレヴンのパーティというべきか。貰えるものは貰っておけ精神のリゼルも容赦はない。
ジャッジはうーんと自信無さげに屋台に飾られている迷宮品を眺めた。店主はまだ固まっている。
「良さそうなのって、値段……で良いんですか?」
「それが一番間違いが無いと思います」
「じゃあ……それと、それ、その横のやつと、端っこにあるあれ、最後は……それ、で」
ジャッジの声でようやく店主はハッと意識を取り戻した。
そして選ばれた品々を見て驚愕の表情を浮かべる。やはり分かっていたか、とリゼルは素知らぬ顔で示された品々を見ていた。
見事偽物を避け上等なものから選んだことに驚いているのだろう。
店主は悪あがきと言わんばかりに他の迷宮品(偽物)を勧めたりもしていたが、意外と押しに強いジャッジが首を振ることも辛辣とはいえ鑑定眼については評価しているスタッドが了承することも無かった。
この場でネタばらしをしないだけ有難いと思って貰いたいものだ。
スタッドは簡単に袋詰めされた迷宮品を受け取り、じっとそれを見下ろした。
別に景品が欲しくてやった訳ではない。ただリゼルがイレヴンを褒めるのが気に入らなかっただけだ。
結果、スタッドは戦利品を全て献上することに決めた。紙袋をリゼルへと差し出す。
「差し上げます」
「良いんですか?」
頷いたスタッドに、リゼルは礼を言いながら受け取った。
使い道の良く分からない品々を前に一瞬どうしようと思ったが、スタッドに好意こそあれ悪気は無い。有難く貰っておく。
元々良く分からない迷宮品もとって置いているので、それらと同様に空間魔法へと仕舞った。
個性的な品はいつ何に役立つか分からない。あれ程使い道が分からないと思っていた一瞬も違わず三分計る砂時計だって大侵攻の際に実は役に立ったのだし。
「じゃあ俺も何か良さそうなものをとったらスタッド君にあげますね」
「お願いします」
「…………、(そわっ)」
「勿論ジャッジ君にも。目の肥えた君にプレゼントって意外と緊張するんですけど」
「そ、そんな別に……! 僕は、その、リゼルさんに貰えるなら何でも、痛ッ、なにスタッド!」
再びじゃれあう二人に仲が良いものだとほのほの笑って人波に流されるままに歩く。
しかし何故自分を挟んで、そう思いながら歩を進めているとふと背後から歓声が上がった。
どうかしたのかと振り向いたリゼルとは違い、スタッドとジャッジは特に驚かずに何やら納得して振り返っている。
「何かあるんですか?」
「他国からの使者が到着したのでしょうパレードのようなものです」
「式典が……えっと、明後日かな。それに合わせて来るので、多分今日が一番多いと思います」
年に一回の建国祭には近隣の国から祝いの使者が訪れ、盛大な式典が行われる。勿論招待をした上でだが。
今年は400年記念だけあって使者も近隣の国だけではないらしい。国交のある国全ての使者が訪れるのでさぞかし豪華絢爛な式典が行われるだろう。
準備も資金もかなりかかりそうだし、見栄を張らなきゃいけないしで開催国は大変だ。リゼルがそう思ってしまうのは実際に準備に追われた覚えがあるからだろうか。
徐々に近くなる歓声、そして派遣された憲兵が道を開けるようにと張り上げる声、そして響く太鼓の音。
道を広げようと真正面に来た憲兵がリゼルを見て一瞬御忍びの貴族かとびくりと肩を跳ね上げる。
しかし大分リゼルの顔も知れ渡って来たようで、安堵したように肩を落として業務へと戻って行った。
いい加減慣れてくれないだろうか、と苦笑しながらひょいっと道の向こう側を覗き込む。
リゼルがちょっと見てみたいと思っていたのが分かったのだろう。とにかく最前列へと割り込もうとする人々に対してジャッジがその高すぎる身長で懸命にスペースを確保し、スタッドがその冷たすぎる視線で淡々と抑えた。
「エキゾチックな太鼓の音ですね。どこの国か分かります?」
「南のアスタルニア王国でしょう。国柄はとにかく陽気で海とジャングルに囲まれた豊かな国です」
「馬車で二週間ぐらいかかるし結構遠いけど、毎年来てます。式典より、観光目当てみたいですけど……」
最初に見えたのは太鼓を打ち鳴らし軽快にステップを踏む面々だった。
浅黒い肌にジャラジャラと輝く装飾品を身に付け、陽気にリズムに乗る彼らに観客も沸き立つ。
「ようなものって言ってましたけど、本当にパレードですね」
「いつの間にか伝統化しているのでほとんどの使者がお国柄溢れるパフォーマンスで城へ向かいます」
「見栄を張るのは開催国も客人も一緒ってことですね。これは盛り上がります」
「でも、今年は一層って感じます。あ、来ましたよ……!」
ズシン、と地面を踏む鈍い音が聞こえる。
太鼓の集団の後を続くように美しい女性たちが魔力を纏った布と共に舞い、その光の余韻に導かれるように現れたのは二頭の巨大な馬だった。
通常の馬と比べると筋骨隆々、二回りも大きい体は煌びやかに飾り付けられていて迫力を増す。
その二体が引いているのが何と巨大な櫓だった。まるで神輿のようなデザインだが、見上げる程に大きなそれはまごうこと無く櫓。家屋の二階からようやく天辺が見えるだろう。
その中腹で若い男が一人、心底愉快そうな様子を隠しもせずに歓声に手を上げて応えている。
「馬はエレファントホースですよね。彼は外交担当……にしては若そうですけど」
「何人目かの王子でしょう。あそこは王族が多いので一人ぐらい長期間国を空けても何の影響も出ません」
つまり影響が出ない程度の王子、という事か。
外交を任せられる程度の能力を持ちながら影響が出ないとは、余程兄が多いらしい。王位継承権が無ければそんなものだろう。
観客に手を振っていたその王子の視線がふと此方を向いた。
ぱちりと目を瞬かせ、にんまりと唇を吊り上げ、頬杖をつき、何かを囁き、最後に一本だけ立てた指を唇にあて、弾く。男はすぐに周囲に機嫌良く手を振る作業に戻ったが、その仕草に周囲の女性たちから黄色い歓声が上がった。
おずおずとジャッジがリゼルを見下ろす。
「えっと、今の……」
「何て言ってましたか?」
「“また明後日”と」
リゼルが尋ねると、予想通り聞こえていたのか読唇したのか分からないがスタッドが応える。
また明後日、ということは明後日に開催される式典でという事だろう。それはつまり。
「盛大に勘違いしていったみたいですね」
例に違わずリゼルを御忍び中の貴族だと思ったらしい。
国中の貴族が出席する建国祭なので本当に貴族だったら間違いなく再会があったはずだが、間違い無くそんなことにはならない。
存分に格好をつけていった姿を見た後にその事実に行き当たると何とも言えない。
「悪い事をしたでしょうか」
「貴方に落ち度は欠片もありませんので忘れた方が良いかと」
「そうですよね。多分あちらも明後日には忘れているでしょうし」
「そ、それは……」
無いんじゃないかと思ったが、ほのほのと笑うリゼルにジャッジは口を噤んだ。
リゼルが気にしないならそれで良い。例えどこぞの王子が明後日「あれ!?」ってなろうと関係が無い。
向けられる笑みに、ジャッジは考えることを放棄してへにゃりと笑みを返した。とんだガッカリ王子だと淡々と口にするスタッドに聞かれたら怖いなと思いながら頷いておく。
そういえば、とふとリゼルが小さく首を傾げた。
「隣国サルスの使者はいつ頃来るんでしょう」
「建国祭開催初日の先日に既に来ていたようです。いつもは近い所為か遅いのに今回は早いですけどそれがどうかしましたか」
「いえ、気になっただけです。昨日ですか、見なかったので本当に朝一だったのか夜だったのか」
マルケイドで起きた大侵攻を裏で糸引いた元凶の所属する隣国の魔法都市サルス。
すでに国交維持の為に使者の行き来はしているとレイが言っていたが、今回も敵意が無い事を示すパフォーマンスとして一番に使者を送りこみ祝いの言葉をかけようとしたのだろう。
別に関係無いけれど、とリゼルは考えながら視界から消えて行く使者一行を見送る。窺う様に此方を見る二人に笑みを返しながら話題を戻した。
「しかし本当に御忍びするような貴族がいるとは、あまり思えないんですけど」
到底思えない、と言わないのは元の世界で貴族どころか国王自ら御忍びと称して城下をぶらついていたからだ。リゼルも付き合いはしたが、自分一人で行こうとは必要が無ければ思わなかった。
使者一行が通り過ぎて再び元の賑わいへと戻る人混みを歩き出しながらリゼルは露店を眺める。そして大通りよりやや裏道に入った場所で地面へと敷布を広げている露店が目に入った。
“本”のノボリと置かれた大きな木箱、影を作る様に広げられた大きな傘に思わず視線がつられると、気付いたジャッジが寄りますかと覗き込んで来た。
スタッドを見ると頷いていたので、リゼルは有難く寄らせて貰おうと近付いて本の前へとしゃがむ。
「いらっおふ…」
「(おふ?)そちらの木箱の中のものも見せて貰って良いですか?」
本は決して安くは無い。膨大な数を売らなくても利益が上がる為か、流れの商人の中には本を扱う者も度々いる。この露店の主もそうなのだろう。
国から国へ、その国では手に入りにくい本を売る彼らの存在は本屋にとっても読書家にとっても貴重だ。
このチャンスを逃すまいと本を選ぶのに集中するリゼルの後ろで、ジャッジが露店の主に懸命に冒険者だと主張していた。半信半疑ながら何とか信じて貰えたようだ。
「やっぱりリゼルさんの言う通り、御忍びって実際はあんまり無いんだね……結構すぐ信じて貰えたし」
これでリゼルがゆっくり本を選べる、とほっと肩を撫で下ろすジャッジは呟いた。
それもそうだろう。ただの祭りならいざ知らず大切な式典の直前の祭りなのだ。式典後なら分からなくは無いが、今のタイミングでふらふらと外出出来る貴族などいないだろう。
いなければ良いのに、とスタッドは無表情のままで立ち位置をリゼルの横へとずらした。
「任せたまえ! 毎年やっているだけあって私のキンギョすくいの腕はなかなかのものだ!」
「捕ってどうするんですか止めてください! あと毎年って何ですか!」
快活な声に殺意を覚える。
「スタッド?」
「黙りなさい愚図」
不思議そうなジャッジの声、祭りの喧騒からやや離れた路地裏にその声は少しだけ響いた。
しかしそんな声など人々の歓声に直ぐに名残すら残さず消える。消えるはずだった。
スタッドは追っていた気配が足を止めたのを感じ、邪魔をするなと呟いてみたが徐々に近付いて来る足音にゆらりと振り返る。
向けられた太陽の如く明るい笑みは、上半分を仮面に覆われていたが間違いない。
「やはり君か! 名前が聞こえた時はまさかと思ったが、祭りを楽しんでいるようだね!」
「勤務時間外なので関わらないで下さい」
「いやはや先程のアスタルニア王国の一行を見たかい? 全く、あそこはいつも盛り上げ方を外さない!」
「勤務時間外なので関わらないで下さい」
レイは冷たい瞳に全くめげることなく、大声で笑った。
なんと無礼なと後から駆け付けたとある真面目な憲兵長は、先日ある一件でトラウマを植え付けられた二人が揃っていることに顔を引き攣らせている。管轄地域だからと憲兵総長に付き人を強制的に命じられた身だが、拒否権は無いものの断れば良かったと肩を落としていた。
ジャッジはスタッドの言葉から仕事関係の人か、と首を傾げる。それにしては扱いが悪い気がするがいつもの事だ。
背を屈め、未だにリゼルの姿を隠すように立つスタッドにこそりと問いかける。
「スタッド? あの、その人……」
「憲兵のトップですよ」
「へぇ……なら、憲兵総長だよね、凄い」
「その上だと言っているでしょうこの愚図」
いつもの罵倒をさらりと流しジャッジはその上、と呟いた。
憲兵総長より上、上など存在しただろうか。
そう思いかけて、存在しないと云う結論に達する。何故ならその上など貴族しか。
「………、……、…」
ジャッジは大きな体を丸めてリゼルのすぐ隣へとしゃがんだ。辛うじて助けを求める声が口から飛び出さなかったのはスタッドがリゼルを隠しているからだろう。
その様子からしてリゼルの敵では無いらしいとは分かっているが、会わなくて済むならジャッジだって会わせたくない。だって今は自分達と祭りを回っているのだから。
ぴたりと体を寄せて隣に来たジャッジにリゼルは本を並べ比べながらほぼ無意識に手を差し伸べる。
指の甲であやすように顎のラインを撫で、引き寄せる様に頬に当てられた手の平がポンポンと優しく頬を叩いた。いつもならば真っ直ぐに向けられた甘い瞳が此方を向かないのが寂しいと、思わないでもない。
「おや、羨ましいことだ」
「ッッッ!」
びくりとジャッジの肩が跳ねた。恐る恐る上を見上げると、スタッドの向こう側から此方を覗き込むレイの姿が見える。
長身のレイ相手に平均なスタッドでは隠しきれなかったらしい。
スタッドはその図体は何のためにあるのだと言わんばかりの冷たい眼差しで此方を見下ろしているが、堂々と貴族の前に立ちはだかる真似が普通出来る筈が無い。無茶を言わないでほしい。
「うん、この六冊買います」
ふとリゼルが満足気に言い、受け取った本を仕舞って立ち上がった。
微笑みながらジャッジを見下ろし、珍しく下にあるふわふわとした髪を撫でる。どうしたら良いのかとリゼルとレイを見比べていたジャッジも促されるような仕草にようやく立ち上がった。
本を選ぶ邪魔をさせまいと壁となっていたスタッドにも褒める様にその頬をスルリと撫で、ようやくレイと視線を合わせる。自らより優先する者を二人連れていると言いたげなその仕草に、レイは面白そうに笑みを浮かべた。
「邪魔をしたかな?」
「お気になさらず」
リゼルは邪魔などと思っていないが、共に居るスタッド達が邪魔だと思っているのなら軽々しく“そんな事は無い”とは云えないだろう。彼らとの時間を少しでも軽んじる真似はしない。
レイはその意図を正確に汲み取ってそれは良かったと頷いた。
「そろそろ行きましょう早く行きましょう」
「まあそう言わないでくれ、実は少々リゼル殿に頼みたい事があってね」
貴族だろうと眼中に無いと言いたげに先を進もうと促すスタッドに、しかしレイがストップをかける。
警戒するようにスタッドが一歩リゼルへと寄り、ジャッジはおずおずとリゼルの後ろから視線を向ける。
しかしまさか頼みごとをする為にわざわざ城下へ降りてきた訳ではあるまい、とリゼルは苦笑した。考えてはいたものの実際に頼もうかは保留にしていたが、折角出会ったのだから声をかけてみたという所だろうか。
先日だってレイの屋敷に行ったのに頼み事の話など欠片も出なかった。
「どんな頼み事ですか?」
「端的に言えば、私に君達のパーティの自慢をさせて欲しい」
レイ曰く、建国祭の最終日にはパルテダール貴族が冒険者を伴って城へと集まるらしい。
自らが懇意にしている冒険者という名目で同行させる冒険者はSランクやAランクばかり、それこそ“自分はこれだけの実力者を囲っている”と自慢する。彼らにとっては冒険者も他人に見せびらかす為の宝石と同じようなものなのだろう。
冒険者は大抵特定の勢力に固執する事は無いが、貴族と懇意にしているとなると意味が違う。良い金蔓と云う意味も否定出来ないのでお互い様だ。
堅苦しいものの他の貴族に覚えて貰って顔が売れる、他に招かれた高位パーティとも知り合えるとメリットは多数あるらしい。
「残念ですけど、ちょっと難しいですね」
「おや、ああいった場が苦手なようには見えないが」
「だって俺はDランクですよ、対お偉方の講習も受けていないのにそんな上位パーティだらけの所に行くなんて恐れ多くて」
そういえばDランクだった、とジャッジが目を瞬かせた。
おやとっくにAぐらいまで上がっているかと、とレイが首を傾げた。
二度見する勢いでD?え、D?とぶつぶつ確認作業に勤しむ憲兵長が、ハッと我に返り咳払いした。
そして全てを承知しているスタッドが当然のように淡々とその様子を見ている。
「私としてはそろそろCへ上がっても良いかと思っているのですが」
「え、ちょっと早すぎませんか?」
「元々目安など存在せずギルド職員の一存ですので可能だと思えばすぐにでも上がれます。勿論実績がある事が前提ですが満遍なく完璧に依頼をこなす貴方ならば問題は無いかと」
スタッドがリゼルを快く思っていることは知れ渡っているし、早すぎるランクアップは変に勘繰られそうだが良いのだろうか。別に今更か、とリゼルは頷く。
しかしランクアップの件については帰ってからジルに確認をしておく事にした。
スタッドに対し変な疑いは無いが、贔屓は贔屓で何が悪いと簡単に開き直る彼の判断が一般的なのかどうかはリゼルには分からない。かなり特殊なランクアップをしただろうジルも知っているかは知らないが。
実際にはギルドでも“あの人いつまで低ランクなんだろう”と思われているので何も問題は無いのだが。
「それでも良い、と言ったら?」
「すみません、ジルがそういう場所は嫌いなので」
「ふむ、一刀か……残念だが諦めるしかなさそうだ。だが一応伝えておいてくれたまえ、私は君達以外を連れて出席するつもりなどないのだからね」
レイは快活に笑い、手を振りながら身を翻す。
全然諦めて無い、とジャッジが呟いた。そして目の前のリゼルを見下ろす。
行きたいと思えばジルを説得するなど容易だろうに、興味が湧かないのか行きたく無いのか。まさか口にした通り畏れ多いと感じている訳ではないだろう。多分興味が無い。
リゼルは金の髪が人混みの中に消えるのを確認し、さてとジャッジ達を振り返る。
「他、どこか行きたい所ありますか?」
「私は貴方の行きたい所に行きたいです」
「ぼ、僕も……あ、でも、中心街前の広場で色々ステージがやってるみたいだし、一度見たい、です」
「じゃあ行ってみましょう。そういえば昨日は大食い対決をやってましたけど、イレヴンが乱入して優勝してましたよ」
それとやはり珍しい露店も見たい、と道具屋らしいことを言うジャッジに頷く。
まだ時間はある。この後も何度かパレードがあるだろうし暇を覚えることは無さそうだ。
何か良い商品があったら買おうか、そういえば料理道具がちょっと悪くなってきてとレイが目の前に居た時とは真逆のにこにことした顔をしているジャッジを鬱陶しそうに見ながら、そういえばとスタッドが口を挟んだ。
「先程の屋台の前で財布をスラれてましたけど買い物なんて出来るんですか愚図」
「早く言ってよ!」
「で、見つけたのか」
「迷宮品の“スラれても戻ってくる財布”を使ってたみたいです」
果たして本当に必要な機能なのだろうかと思っていたそれがまさかの大活躍だ。
祭りの日は特にスリが増えるので、ジャッジは予めその財布を用意しておいたらしい。確かに体が大きい分死角が多く、更に見るからにゆったりとしているので狙われやすいのだろう。
クスクスと笑うリゼルにジルは濡れた頭を拭きながらそれは良かったと返し、ベッドへと腰かける。
正直リゼルも狙われるタイプのはずだが、そこら辺はスタッドが阻止していたのだろうと当たりをつける。正解だ。
「それで、どうですか? 子爵の申し入れ」
「興味ねぇ」
リゼルがわざわざ夜にジルの部屋を訪れたのは土産話をする為ではない。
伝えておいてくれと言われた通り、冒険者交流パーティーと云う名の自慢大会へ誘われた事を話しに来たのだ。一刀両断され、だろうなと納得する。
「お前は?」
「俺もあまり、高位パーティを見てみたいかもってくらいです」
それでもジルより弱いのだろうと思えば、興味も大して湧いては来ない。
大侵攻の際にAランクパーティと顔を合わせはしたものの、Aランクもピンキリだ。貴族が個人的に依頼を出すようなパーティでは無いだろう。
建国祭だからこそ各地から人が集まるし、見た事の無い高位パーティが見れるかも。
リゼルにとってパーティーへの魅力はその程度だ。豪華絢爛な会場も、贅沢極まりない食事も、珍しいという程ではないのだから。
「ただ、意外なんですけど」
続く言葉に、ジルは顔を顰めた。
「イレヴンは行きたがってるんです」
「何でだよ……」
「宮廷料理とか、城の中とか、見てみたいらしいですよ」
「忍び込みゃ良いじゃねぇか」
出来んだろ、と言いながらタオルを放り投げたジルが盛大に溜息をつく。
物騒なことを、と思いながらリゼルはじっとジルを見た。やはり嫌がっている。
いや、面倒がっているのか。いつもとは違う方向で心底面倒臭く思っている。
「一番の理由は、“へらへらした貴族連中の自慢の冒険者を全員半殺しにして踏みつけた上で盛大に馬鹿にしてやりたい”だそうですけど」
「余計行かねぇ方が良いだろ」
実際はやらないだろうが、愛想の良い顔で心底馬鹿にするのだろう。
ジルは呆れたように言いながら、ぐしゃりと髪を掻き混ぜた。立ち上がったリゼルが面白そうに微笑む。
「俺はどちらでも良いので、君とイレヴンで話し合って決めて下さい」
行きたい訳でもないが、どうしても行きたくないという訳でもない。
結果中立の立場をとったリゼルが飄々と部屋を出て行くのを見送り、ジルはチッと鋭く舌を打つ。
貴族は面倒だ。一刀の名前が広がりすぎて見世物を見るような視線が集まることになれば心底鬱陶しい。
リゼルが行くのも賛成しない、注目を浴びないということなど確実に無いのだから。これ以上貴族と関わるつもりは無いと以前言っていた癖に全く年下に甘い。
それに何より。
「あー……面倒臭ぇ」
訳の分からないことで絡んで来る者がいると分かっていて、行きたい筈が無い。
そしてその事をリゼルに知られるのが何となく癪で、明日から露骨に行きたい行きたいと煩いだろうイレヴンをどう流すかを考え始めた。




