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47:隠れて練習した

「この前はお招き頂いたのに伺えず申し訳御座いません」

「固い!」

「すみません」


 満足気に頷くレイに、リゼルも微笑みを返した。

 読書週間に訪れたレイからの使いである憲兵長はその時は無理だと判断したが、読書を終えて街中を歩いていたリゼルを見つけた際にもう一度と接触したのが昨日のこと。

 特にレイから機を窺って接触しろと言われていた訳ではないが、一度受けた指令は何が何でも遂行しようという彼はまさに憲兵の鑑だろう。頑固ともいう。

 リゼルが了承を返してすぐ次の日に時間を作って会おうというのだから、相変わらずレイのフットワークは軽い。


「おや、新入りを連れていないのだね」

「今日は行きたいところがあるそうなので、別行動です」


 貴族からの呼出しを棒に振る冒険者が何処にいるのか、普通の冒険者ならば顔を売っておきたいと無理にでも同行するだろうに。

 しかし読書を優先したリゼル、護衛依頼を断ったジル、この二人のパーティメンバーだと思えば同じく他を優先させるのも不自然ではないか。このパーティは誰もが一筋縄には行かない。

 “行きにくい”と思うような肝の小さい男ではないらしいと、イレヴンの正体を薄々感づいているレイは面白そうに笑った。


「あいつ何処行ってんの」

「オークションですよ、最近ハマっているみたいです」


 裏の、だが。流石に憲兵のトップであるレイの前で口には出さない。

 ジルはあーと納得したように頷いた。そう言えば昨日イレヴンが楽しそうに話していたのを思い出す。

 曰く、「頭悪そうな金持ち坊っちゃんが狙った品を全部競り落として煽ってやると面白い」だそうだ。欲しくもないものを落として商品はどうするのだろうとリゼルは常々思っている。


「それで、何か聞きたいことがあるんですよね」

「うん? ただリゼル殿と話したかったとは思って貰えないようだ」


 肩を竦める仕草も良く似合う、そう思いながらリゼルは当然だと頷いた。

 何故なら今の時期憲兵は忙しい。国で一、二を争う大きな行事である建国祭があと数日後に迫っているからだ。

 お祭り騒ぎの時ほど憲兵が必要になる時はないだろう。ハメを外しすぎる人間は何処にでもいるし、トラブルの発生件数も数日の間軒並み上昇するのだから。

 その準備に追われているはずのレイがわざわざ時間をとって話を聞きたがるのだから、ただの雑談であるはずがない。祭りへの準備だけではなく貴族として王城での式典の準備もある事を思えば、今の時間さえ勿体無いはずなのだが。


「忙しそうですし、断ろうとも思ったんですが……」

「何、やることはやってある。それに君と話すこと以上に有意義な時間など無いとも」

「恐縮です」


 レイが良いというのならそれ以上言う事は無い。

 リゼルは差し出された紅茶へと口をつけながら、用件は大侵攻のことだろうがと考える。

 しかしそれはシャドウから幾らでも報告が上がって来ているだろう。勿論彼のことだからリゼル達に関して仔細を報告する事はないだろうが、レイには個人的に手紙が来ていてもおかしくはない。だからこそリゼル達を呼んで話を聞きたがっているのだ。

 ならば本題は、シャドウからも聞けないような部分。


「聞きたい事は、俺たちの友人・・についてでしょうか」


 美しき姿を晒し、圧倒的な力を見せつけたエルフが噂になっていない筈が無い。

 王都パルテダから送り込まれた冒険者達は道中で大侵攻が終焉を迎えた為に商業国マルケイドに辿り着いてもいないが、商業国から王都へと渡ってきた冒険者達が増えてきたこともあり噂は広まっているだろう。

 ただ、彼女達がエルフであるという事実は確定されていない。

 伝説の存在と言われている彼女達が、美しく強力な魔力を用いるだけでエルフだと簡単に断定されるはずがない。それ程エルフの存在は身近なものではない。

 噂を盛り上げ脚色する為にエルフではないかと興奮と共に囁かれているが、誰しもそれが本物だとは思っていないだろう。


「そうだね、シャドウから王都へと上げられた報告には“突如現れた存在、恐らく優秀な魔法使いか”としか書かれていなかった」

「シャドウ伯爵から子爵へは何と?」

「君達の協力者、友人だと書かれていたよ。彼女達の正体と共にね」


 シャドウにはエルフだと伝えてあるが、予想通り何も知らないフリを通したようだ。

 彼女達をインサイの店で休ませた時も道中から誰にも見られないよう配慮したし、あの場にいた者達が言い触らすなど絶対にあり得ないだろう。

 ならばシャドウは知らないフリを出来る。何か凄い結界がいきなり現れて、消えた。それだけだ。

 リゼルに関してもなるべく情報を抑えたらしいが、やはり全くゼロは無理だったようだ。それもそうだろう、姿を現したシャドウの隣に立っていたのだから多くの人間に見られている。

 ジルがいる以上“かの一刀のパーティを護衛に雇った”と思われているだろうし不自然ではないのだが。


「少し目立ちすぎましたか」

「狙ったのだと思っているのだが、違うのかい?」

「確かに、分かりやすく恩を売りたいとは思っていました」

「だろうとも! 君がツメを誤るような失敗はすまい。シャドウも気付いているだろうが街さえ無事ならそれで良い男だ。どんどんと恩を着せてやれば良い!」


 そのシャドウが街に関係する訳でもないのに、国にも隠したリゼルとエルフとの繋がりをレイに教えたのは何故か。

 旧知の仲だからと何でも話すような人物では無いし、リゼルが不利になるような事は確実にしない。

 その上で伝えたのなら、リゼルは微笑んだ。

 エルフ達と大衆の前で言葉を交わしているし、調べればいつか“突如現れた存在”がリゼル達と繋がっている事が分かるだろう。あえてそうした部分もあるが。

 ようするにいつかはバレるのだから、その際に面倒事を全て押し付けようとシャドウはレイへと知らせたのだ。


「私に君の防波堤となれ、そう言いたいのだろう」

「心配して貰ったんでしょうか」

「全く、以前まで警戒していた男が何というザマだ。私も人の事は云えないがね」


 随分と仲良くなったようだと不満を隠そうともしないレイにリゼルは苦笑する。

 彼の不満は其処だけのようで、面倒を一手に引き受けた点については何も気にしていないようだ。

 リゼル達の存在が話題に上った際、目を付けて懇意にしていたレイがフォローすれば説得力が段違いだろう。冒険者が貴族に嘘を吐くはずがないという前提がある故に、レイから“どうやら友人の魔法使い達に応援を頼んだようだ”と言われればまず疑われる事はない。

 エルフが現れたなどと云うより余程現実的だからだ。


「子爵は報告に偽りを述べることに躊躇いはないんですか?」


 ふとリゼルが問いかけた。

 国を揺るがす大侵攻、そして隣国との関係に多大に影響を及ぼす元凶の存在。

 下手をすれば国を左右する出来事は無論国王すら詳細を把握する程のものだろう。

 シャドウは躊躇わない。彼は誰かに対する忠誠など無く、ただマルケイドの為に領主貴族として存在しているのだから。自分の街に面倒事が入って来なければ良い。

 しかしレイは違う。憲兵を率いる代々続く国付きの貴族で、国への忠誠を求められる存在だ。それなのに真実を知っていながら口を噤むのを容易く了承出来るのか。


 リゼルの問いにレイは疑問を露わに目を瞬かせた。

 ふむ、と顎に手を置いて何かを考える様子はあまりにもいつも通りだ。

 そのままリゼルへと視線を向け、ゆっくりと唇を吊り上げる。何処か子供のように無邪気な笑みは細められた瞳によって全く違う笑みへと変容した。

 そのまま軽く開かれた腕が戯れの雰囲気を覗かせたが、向けられた視線はただひたすらにリゼルを強く射抜いていた。


「全然?」


 逸らす事無く返された微笑み、それを見たレイは満足気に笑った。

 期待に応えられているか、彼の望む答えを返せたか、しかし異を唱えることは無いという事は受け入れられたのだろう。今回の件に関してはレイの好きに動いて良いという事か。

 どうやら敵には回らないと判断されているらしいとの確信に、今はそれで充分だとパッと明るい笑みへと戻して見せる。

 胡散臭いと隠す事無く顔を顰めるジルを、過保護なものだと笑い飛ばしながらふいに尋ねた。


「しかし伝説の存在と出会えるとは流石だ。出会いは物語のように神秘的だったかい?」


 その問いにリゼルとジルは視線を合わせ、一人は曖昧に微笑み一人はすっと視線を逸らす。

 神秘的と言えばそうなのだろうかと、各々魔鉱国での出会いに思いを馳せた。







「はいリーダー、これ迷宮品の地図の尺度に直させた坑道の地図」

「ありがとうございます」


 魔力の霧が立ち込める魔力溜まり(スポット)の前で、リゼル達は準備を進めていた。

 通常の霧と違い光を遮らずに淡く煌めく可視化された魔力は美しいが、その圧倒的な濃度を前にすると自然と威圧感を感じてしまう。

 ジルやイレヴンにも分かる程の魔力の塊。特に魔力の影響を受けやすいリゼルは、まだ離れているとはいえ症状が悪化して肌が服と接するだけで痛む。

 なるべく動かない様に地図を受け取ったリゼルを、イレヴンは気遣うように覗き込んだ。


「だいじょぶッスか」

「何とか。君は?」

「何か頭ぼーっとすんのって魔力のせいなんスかね。ニィサンは?」

「今すぐ何か斬りてぇ」


 怖い。魔力中毒の症状は人それぞれだから仕方が無いが。

 このままスポットに突入すればリゼルは激痛で一歩も動けなくなるだろうし、イレヴンは放心状態のまま意識を飛ばすだろうし、ジルに至っては誰かれ構わずもしくは自分さえ斬りつけるだろう。

 だからこそ謎に包まれる未踏の地、中がどうなっているのか楽しみだ。

 リゼルは早くした方が良さそうだと、職人溢れる魔鉱国でも優秀だと呼ばれる職人に作って貰った魔道具を取り出して二人に渡す。


「布? なんかジャラジャラ付いてっけど」

「これをこうして、」


 バンダナのような布に、ガラス玉のような魔石が多数ついたものだった。

 リゼルは自分用に取り出したそれを口を覆う様に巻き付け、後ろで同じく装飾された紐で結ぶ。

 じゃん、と言わんばかりにぱっと両手を離して見せるとしっかり結ばれているのか少しもずれない。


「似合わねぇ」

「あ、ひどいです。これ凄いんですよ、魔石を糸に紡ぐ技術を持ってる職人なんて初めて見ました。魔力透過性の高い魔石を布地にして魔力の吸収・排出を細かく刻んだ術式を装飾に見える魔石に魔法式を、」

「肌は?」

「楽ですけど」


 なら良い、とジルもぐるりと口に巻きつける。

 説明を切られたリゼルは若干不満そうだ。世紀の技術を最上級の素材で生かした折角の魔道具なのに、と布ごしに零している。


「こんなの流通したらスポット入りたい放題じゃないッスか」

「イレヴン似合いますね」

「ヤンキーくせぇけどな」

「そういうニィサンはガチモンくせぇッスよ」


 キンッと魔石同士がぶつかる微かな音が喋る度に鳴る。

 耳元で聞こえるそれは慣れるまで気になるだろう。


「流通はしないと思いますよ。スポットを凌ぐ程のコレを作ろうと思うと素材がまず集まらないと思います」

「そんな良い素材使ってんスか」

「それはもう」


 最上級を遙かに超える最特級、魔石一つとっても出回らない程の希少品だ。

 何故リゼル達が持っているかというとボスに挑みたがるジルやイレヴンのおかげだったり、ジャッジの店で見た事の無い素材があれば幾ら払っても手に入れていたからなのだが。

 希少品との出会いは一期一会、リゼルはチャンスを逃すような真似はしない。

 この大きさの布地を作るのにかなりの数の素材を消費したので、不可能とは言わないが個人が作るには極めて難しいだろう。


「それに作れる人間も滅多にいません。今回は俺が基本構造を提案したのもあって、これの製作者さんに吹聴しないよう了承して貰えました」


 吹聴しないことは約束して貰ったが、製作までは制限していない。

 安い素材で作っても風向きにより街中にわずかに流れ込む魔力の影響ぐらいは防げるんじゃないかと言ってみたら張り切っていたし、成功すれば大儲けだろう。

 リゼル達は話しながらスポットへと歩き出した。徐々に近付いても影響は無い。


「大丈夫そうですね。二人は?」

「頭スッキリ!」

「収まった。お前は?」

「若干ピリピリするような気もしますけど、朝よりも楽です」


 影響を受けやすいリゼルでも微かにしか感じないし、予想以上の出来だろう。

 当然ジルやイレヴンなど何の影響も感じない。収まった放心や衝動に魔力持ちも楽じゃないようだとリゼルを見る。あれは自分で抗えるものでは無かった。

 無理そうだったら言えというジルに頷き、リゼルは魔力立ちこめるスポットへと足を踏み入れた。


「おっ、意外と見通し良いじゃねッスか」


 イレヴンの言葉通り、まだ端だからかも知れないが外から見るより余程見通しが利いた。

 時折風で流れる魔力の波が煌めき、不思議と周囲の景色が色鮮やかにさえ見えて来る。スポットの影響を受けて育つ植物は普段目にするものと比べ格段に生命力溢れて見えるせいかもしれない。

 葉は瑞々しく光を弾き、花は香り強く美しく、土の一粒一粒が結晶のように輝いて見えた。そしてそれは奥に行くほどに強くなり、時折七色に輝く霧と相まって幻想的な光景を作り出している。


「美しい場所ですね」

「それだけでもねぇけど」


 直後、音も無く背後から飛びかかって来た魔物をジルが斬り伏せた。イレヴンも双剣を抜いて構える。

 ひどく楽しそうなその表情は魔力によって格段に強化された相手に楽しみを見出しているのかもしれない。二人は風景より戦闘の方が楽しめるようだ。

 情緒がない、とリゼルは苦笑して銃を取り出すと魔物へと向けた。

 通常種よりも躍動する魔物達は速さも力も桁違いなようで、成程一人で来なくて良かったと思いながら空から急襲する魔鳥を対処する為に魔力操作で引き金を引く。


 ガァンッ

「、ん」

「リーダー!?」


 上に向けられて浮いていたはずの銃が勢いよく地面を跳ねた。

 リゼルは目を瞬かせてそれを見る。駆け寄ってきたイレヴンに大丈夫だと頷き、ふと襲って来たはずの魔物の姿を探した。

 広範囲に散らばり舞う羽、もしや木端微塵になったのだろうかと地面を転がる銃を見下ろす。柔らかく手招くように手を動かすと、問題無く銃は浮遊し操作が出来た。

 遊び無く一瞬で戦いを終わらせたジルも怪訝そうな顔をしてリゼルへと近付いてくる。


「どうした」

「衝撃が強すぎて制御出来ませんでした、びっくりです」

「俺がびっくりッスよ、もー」


 繊細すぎる魔力操作が必要な魔銃の操作において、少しのズレは致命的に操作に影響してしまう。

 普段ならば慣れ切った衝撃の制御だが、今回については込めた魔力が多すぎたらしい。

 いつもならば空気中に漂う魔力を転移魔術を用いて魔銃の弾込め部分の形ぴったりに空間を切り取る様に転移させる。何処にいようと大して魔力濃度の違いなど無いのだから衝撃の計算などいちいちせずとも、慣れ切った動作で行えた。

 しかしこのスポットでは気を付けなければならないようだ。


「魔法使いの魔法は自分の魔力量に依存するんだろうが。此処で使ったって威力なんざ変わらねぇんじゃねぇの」

「俺もそう思ってたし、いつも通りの魔力を消費して転移させたから変わらない魔力量しか入らなかったと思ってたんですけど」

「めっちゃ入ったんスね」


 魔力を転移する程度しか使えないリゼルの些細な転移魔術、普段質量など何も気にしない所為で分からなかったらしい。

 転移で消費する魔力は範囲で決まるようだと今更ながらに知った。

 同じ体積分の転移なら重かろうが軽かろうが、濃度が高かろうが低かろうが消費魔力は変わらないようだ。スポットにでも入らなければ知る由も無かった。

 成程、と頷いてリゼルは銃を消す。銃の出し入れに関しては問題は無い。


「意外なところで新発見ですね」

「此処以外で必要ねぇ発見だけどな。無理そうなら下がってろ」

「いえ、何回か試せば多分大丈夫です」


 リゼルの言葉通り、それから数回あった戦闘では何回か撃つ内に調整を完成させていた。

 スポットは魔物数も多いのか、リゼルが調節する機会には困らなかった。

 ジル達にはそれがどれ程難しいのか簡単なのかは分からないが、恐らくとんでもない早さで調節されているのだろう。むしろあのリゼルが調節に数回かかったのだから、難易度は鬼なのではないかとすら思う。

 完璧な制御によって魔物を射抜いたリゼルが満足気に頷くと共に、何度目かの戦闘が終了した。


「しっかし魔物多いッスね」

「食料も魔力も豊富ですし、人が来ないおかげもあるんでしょう。あ、凄い、水が綺麗な青ですよ」


 浅く砂利を覗かせるせせらぎは、数歩歩けば抜けられそうな幅しかない。

 神秘的で透き通るような透明な青は普通だったら見られないだろう。いつか使用した瓶を取り出してとりあえず採取しているリゼルに、情緒が無いのはどっちだとジルは呆れたように溜息をついた。

 魔力すら通さない完全密封できる瓶(販売元:ジャッジ)の蓋を閉めて満足気に空間魔法へと仕舞おうとした時だった。

 どこからか聞こえてきた微かな音色にリゼル達はその方角を見る。


「とても美しいハミングです、武器は禁止ですよ」


 剣を抜こうとするジルとイレヴンへと声をかける。

 警戒が無い訳ではない。しかし地図が何を指しているのか分からないが、分からないからこそ隠れた集落という可能性もあるのだ。

 そうだとしたらやってくるのは集落に住む者だろう。ファーストコンタクトが武器を構えて、などと以ての外だ。向かってくるのが女性ならば尚更の事。

 どちらにせよ此処を平然と歩いているのだからただ者ではない、警戒だけは失わずにサラリサラリと流れるせせらぎの前に立ってその時を待つ。


 現れたのは、思わず声を失うほどの美女だった。霧の中まるで光輝くような美貌は誰しも意識を奪われ立ち尽くし、此処が現世だと忘れさせる程のもの。

 それが一般の反応だと云うだけで、リゼル達が必ずしもそうであった訳ではないが。

 リゼルは芸術品を見た時のように感嘆の息を漏らし、ジルは何故女が一人でと逸らせない視線をそのままに警戒を強め、イレヴンは「凄ぇ美人」と思わずポカンと口を開けた。

 女性が此方に気付き、口を開く事無く奏でていたハミングを止める。近付いて分かったが、女性の両目は布で隠されている。


「ーーーー・・--√・」

「歌ぁ?」


 美しい微笑みを向けられると同時に紡がれた音色に、イレヴンは思わず声を上げた。

 何故人の顔を見てハミングから歌に変えるのか。

 女性は片手にバスケットを持ち微笑みながらせせらぎへと足を踏み入れる。革で作られたサンダルの底が水面へと触れた途端、光を散らしながら波紋が広がった。

 幻想的な光景は女性がしとやかに歩みを進めるたびに起こり、まるで神話の女神が大河を渡るかのような情景を映し出す。

 塞がれた両目は見えないはずなのに足取りに迷いは無く、真っ直ぐに此方へと歩み寄って来る。


「ーー……---…-」


 歩みを速めることなくすれ違い、まるで隣人と挨拶を交わすように音色を口に出しながら女性は通り過ぎて行った。

 まるで近所を散歩しているような、余りにも自然な歩み。スポットの中で誰かと出会った驚きも無ければ、もし先住民ならばあるはずの余所者への警戒心も無かった。

 遠くなっていく姿と共に再開されたハミングが完全に耳に届かなくなった頃、イレヴンがさり気なく触れていた双剣から手を離した。


「何だったんスか、あれ。超美人だったけど両目隠してるし意味不明、俺らの顔見て歌うとか何なのハミングが丁度ノッて来たタイミングだったんスか」

「知らねぇよ。しっかし警戒心皆無だったぞ、俺らに対しても魔物に対しても」


 何処から襲ってくるか分からない魔物に対し、誰しも歩く時は無意識にも警戒してしまう。

 だがそれすら皆無、初対面の人間に対しても同じく。森の中を平然と歩きまわっているのは何故なのか。襲われないはずが無いだろうにと考えながら、ジルはリゼルを見下ろした。

 何かを考えるように女性が去って行った方向を見つめている。


「何か覚えがある気が……なんでしたっけ」

「おい」

「うーん、」


 声をかけたジルにちょっと待ってと手だけで答えながら、リゼルは女性によって奏でられた音を小声で繰り返していた。

 音色、音、どれをとっても聞いた事がないはずなのだが。

 女性はまるで語りかけるように此方に向かって音色を口にしていた。紡がれた音が極僅かに反響して聞こえたのは、音自体が意思を持つように意識を持って行かれたのは何故か。

 豊富な魔力、平然と暮らす女性、紡がれた音に乗せられたのが魔力で、女性が歌ではなく本当に語りかけていたのなら。


「“ーー・”……違うかな、じゃあこれが……」


 かつて目にした事がある楽譜を思い出す。

 無秩序な音の羅列が声に出すと不思議と美しい曲に聞こえる、そんな曲だったはずだ。

 それは祭典などの折に儀礼的に歌われるもので、過去に王国がとある種族と友好を結んだ際に作られたものだという。しかしそれが曲ではないという真実を知っているものは少ない。

 言語なのだ。リゼルが本と見比べ読み解くと紛れもなく友好の言葉が綴られている楽譜てがみであった。

 そのことばを贈られた種族の名前は、


「エルフ」

「あ?」

「地図に示されていたのは、エルフの集落です」


 リゼルが納得の表情を浮かべ地図を取り出した。目的の地はすでにあと一歩のところまで迫っている。

 エルフならばこのスポットでも問題無く過ごせるだろう。限界を知らないと言われる魔力量、彼女らにとってはまさに普通の霧と変わりないはずだ。

 一方ジル達はリゼルの言葉にえーと言わんばかりの顔をしていた。有り得ない、相手がリゼルでなければそう言っていただろう。存在を消したと言われて数千年、もはや実在しない伝説や創作の存在だと言われているのだから。

 リゼルの言葉だからこそ信じ、迷宮品の地図だからって無いだろと言いたげな顔をしているのだ。迷宮だから仕方ない。


「あの歌は古代言語ですね。実際言葉として使われているのを聞いた事が無いので分かりませんでした」

「リーダー何て言ったか分かんの」

「そうですね、」


 考えるようにリゼルが一瞬だけ視線を逸らす。

 流石に知識と照らし合わせなければ解読できない。音色を繰り返し、それを言葉に直していく作業が必要だ。

 古代言語など覚えている者などまず居ないので翻訳出来るだけ異常だろう。


「最初のが『あら、お散歩かしら。今日は霧が綺麗だものね』で、次のが『美味しい果実を摘みに行くの、たくさん取れたら分けてあげるわ』でした」

「呑気か!」






「そうですね、神秘的でした(内情は除いて)」

「そうだろうとも!」


 嬉しそうなレイに返答は間違いではなかったようだと頷く。わざわざ夢を壊すのも忍びない。

 まあ言葉が伝わらなければ充分に物語の様な出会いだったのではないかと思うし、嘘ではないだろう。


「エルフといえば閉鎖的だと言われているが、友好を結べるなど流石だ!」

「いえ、意外と友好的でした。集落にも入れて貰えましたし」







 広がった空間の真ん中に存在する樹齢何千年かと思うような巨木が一番に目に入った。

 そして気付くのは不思議と霧も存在しないこと。鮮やかな色がそのまま視界を埋め尽くしている。

 まるで木々が自らの身を編んだかのように作られた家々は点在する樹木に寄りそうように佇んでおり、日の光が木漏れ日となって不思議な煌めきを持つ屋根を静かに煌めかしていた。

 集落に辿り着いたようだ。近付いて行くと霧が薄くなっていく。


「霧が消えたら口の取って良いんスか」

「村の中は大丈夫そうですけど、勝手に入って良いものかどうかが分かりません」

「来たぞ」


 ジルが視線を何処かに向けながらリゼルに声をかけた。

 そちらを向くと、一人の女性が此方へと歩いて来る。


「(あらぁ、初めましてねぇ。こういう時は何て言うのかしら。いらっしゃい、で合ってるかしら?)」


 薄く透き通るような金の髪を流した美しい女性が頬に手をあててコトリと首を傾げた。

 流れるように紡がれる声は静寂の中に落ちて波紋を広げる水滴の様に、透き通り強い。投げられた言葉はすぐにリゼルがジル達へと伝えている。

 女性の言葉通り客など来ない場所だ、むしろリゼル達が外部の人間との初対面なのかもしれない。


「(お婆様がおっしゃってたけど、外の人達って言葉が違うのよねぇ。言葉も通じないしお顔も隠しているし、お友達になれるかしらぁ)」


 警戒心からではない、それは心からの疑問。

 ただ不思議に思っている無垢な表情は成熟した大人の美しさを曖昧にし、魅力を更に増す。

 出来る事なら快く歓迎して貰いたいものだ。リゼルは微笑み、まだ周囲を覆う霧があるにも拘らず口を覆う布へと手をかけた。


「おい、」

「大丈夫です。言ったでしょう? 元々一人なら準備はいらないって」


 布を外すと同時に転移魔術を展開する。

 自らの周りの魔力だけ転移で排除、それを絶えず繰り返すことで魔力を避けることが出来る。

 一歩間違えれば魔力中毒になる危険があるが、リゼルは僅かに反応し始めた肌を気にせず美しい女性へと微笑みかけた。

 口を開き紡がれた音色に、女性は破顔して美貌をより花咲くような笑みへと変える。


「(貴女たちにあいに来たんです。どうか受けいれてはいただけませんか)」


 結論から言うと、リゼル達はすんなりと集落に通して貰えた。

 それはエルフ特有の悪意や敵意を敏感に感知する性質もあったせいだろう。リゼル達が本当にただ自分達に会いに来たのだと感じることであっさりと受け入れている。

 不用心だとは思うが、かといって彼女達に敵対して無事に済む相手などまず居ないのだから仕方が無い。

 リゼル達は案内された広場で、魔法で作られた美しい椅子に座りながらエルフ達に囲まれていた。


「(つたない発音でおはずかしい)」

「(同じ言葉を使ってくれるのって嬉しいわぁ、気にしないで)」

「(そう、嬉しい。それに、とても可愛らしいわよぉ)」


 地味にリゼルは気にしている。

 練習しなければと思いながら、あらあらウフフとエルフ達に囲まれているイレヴンを見た。


「何なの珍しいの、あ、服? これ? 脱げって? ちょ、鱗は触んなっつぅの」


 頬を突かれ、服を覗かれ、割と好き放題されながらも絶世の美女に囲まれ満更でも無いのか高い社交性を発揮している。会話など通じないのに何となく成立していた。

 ジルはエルフ特有の穏やかすぎる、言い方を変えれば呑気すぎる空気が合わないのだろう。先程からリゼルの傍に立って一言も話さない。


「ジルも遊んで来たら良いじゃないですか」

「抱けねぇ女と何しろっつうんだよ」

「本当に貴方は女性との触れ合いを楽しめない人ですね。じゃあ、興味がある事してみます?」


 笑みを浮かべたリゼルに、ジルはどういう意味だと顔を顰める。

 リゼルは先程からリゼルの質問に答えたり逆に質問したりしている何人かの女性に声をかけた。


「(あなた方の魔法をたいけんしたいと彼がいっているんですが)」

「(あらぁ、外の人は魔法を使えないのぉ?)」

「(あなた達にくらべれば、つかえないのと一緒ですね。すごーくささいな事しかできません)」


 エルフ達は首を傾げた。彼女たちは魔法と、魔力と共に生きている。

 私たちも些細な事しか出来ないわよぉ、という言葉をリゼルは微笑みと共に流した。

 ちなみに此処に辿り着くまでに見た、水面を足を濡らさず渡る魔法すら唯人では考えられない程の魔力が使用されている。それを日常的に使っているのだから彼女達の力は推して知るべしだ。

 もはやそれは迷宮の魔法と変わりない、つまり理屈じゃない。


「(体験って何をしたら良いのかしら、お茶を入れてさしあげるとか)」

「(休憩できる家を作ってあげるのはどうかしらぁ?)」

「(いいえ、攻撃してほしいんです)」


 攻撃?とエルフたちは一様に繰り返した。


「(こうかしらぁ?)」

「あ」


 リゼルが思わず言葉を零すより先に、ジルが居た場所を四方八方から光の柱が貫いた。

 音も無く発現した魔法は何の予備動作も無く、しかしその威力や魔力構築全てがリゼル達の知るものとは異なる。出鱈目にも思える至高の魔法。

 流石に驚きに目を瞬かせるリゼルの向かい側で、エルフ達はウフフと微笑んだ。


「(まあ、外の世界の方はすごく動きが速いのねぇ)」

「ったく、お前何言ったんだ」


 光の柱が消えたその向こう側に、ジルがぶらぶらと片手を振って立っていた。

 良く良く見るといつも付けているグローブの先端が焦げている。もし避けなければ最上級装備を身につけていようと灰も残らず焼き尽くされていただろう。

 ジルで良かった。リゼルは心底安堵した。自分ならば死んでいた。


「すみません、ジルなら強者と戦いたいと思って提案してみたんですが……軽率でした」

「いや、良い」


 ジルがグローブを抜き取ってリゼルへと放る。

 その瞳は刀身のような光を宿しており、素肌を晒した手の平で剣の柄を握り締めていた。

 どうやら提案は間違っていなかったらしいとリゼルは微笑んで、剣に手をかけようと敵意も悪意も無いためか朗らかに眺めているエルフへと声をかける。

 あくまでも相手が死なず致命傷も負わないことが前提の練習、そう告げると良く分からないなりに面白い事を外の人間はやるものだとエルフ達は楽しんで魔法を発動し始めた。


「(結界魔法を張ったほうが楽じゃないかしらぁ? 何で張らずに避けるのかしらぁ)」

「(あなた達の魔法をふせげるような結界なんて外のだれもがはれませんよ)」

「(そうなの? でも外の人って凄いのねぇ、魔法を使わないのにこんなに強いなんて)」


 ジルを唯人の標準だと思って貰うと困る。リゼルはさりげなく訂正した。


「ニィサンも良くやんなァ。すっげ、あの人エルフに勝てんじゃねぇの」


 呆れたようなイレヴンの声に、リゼルは動きの見えない漆黒の影を追う。

 剣で魔法を逸らす事に成功している為、特級の迷宮品はエルフに対しても同等の性能を発揮するようだ。ただ一つの種族が他のどの種族の全ての点よりも優れることなどやはり無いのだろう。

 楽しんでいるようで何より、と思いながらリゼルは立ち上がって金の髪を持つエルフへと近付いた。小首を傾げて見上げる美貌に、ゆるりと微笑みを返す。


「(ここを案内してくれませんか。聞きたいこともあります)」

「(20人もいないような集落よぉ?)」

「(いけませんか?)」


 片手を差し出し、じっと翡翠色の瞳を見つめる。

 少しの淀みさえない色は宝石よりも美しく、しかし感情を色に乗せて不思議な色を晒していた。

 エルフはふわりと微笑み、差し出された手に自らの掌を重ねる。


「(喜んでぇ)」


 優しく握った手の平は、同じように温かかった。







 リゼルとジルはレイによって用意された馬車に揺られながら帰りの道のりを進んでいた。

 好奇心を隠す事無く質問を繰り返したレイに返答したり流したりしていたら結構な時間が経っていたようだ。茜色をした空を眺めながら、忙しいのに長居をしてしまったとボンヤリと思う。

 まあ何度か帰ろうとしたリゼルを引きとめたのはレイの方なのだが。


「ジルはどう思います?」

「あ?」

「俺たちが彼女達の力を独占してるって思いますか?」


 向けられた視線に、ジルは訝しげに眉を寄せた。独占しているも何も、と思う。

 あのエルフ達が力を貸そうと思うような人間は目の前で穏やかに微笑む男だけだろう。他の人間に出会った事が無いだけだと言ってしまえばそれまでだが、ジルにはとてもそうとは思えない。

 危機感も警戒心も無いエルフ達だが、それはイコール誰に対しても友好的だという訳ではないのだ。


 何千年もスポットの中で暮らして来たのは現状で満足しているから。目新しい客人も言葉が話せるから歓迎しようとしただけで、それは蝶が家に迷い込んで来たようなものだろう。

 一通り愛で、楽しみ、そして出て行ったら「あら居なくなったわウフフ」で終わる。その邂逅に些細な影響さえ受けずに今までと同じくスポットで暮らし続けるだけだ。

 そんな彼女たちを動かしたのはリゼルに他ならない。美しいままでいて欲しいと彼女達の本質を変えないまま、意識だけを動かして見せた。

 その為にジルもイレヴンも結構な目にあったのだが、それは割愛する。思い出したくはない。


「お前はあいつ等にそのままでいて欲しいだけだろうが」

「でも俺はちゃっかり力を貸して貰っています、自分勝手でしょう?」

「ただの土産の礼じゃねぇか。あっちがやりてぇって言ったなら勝手じゃねぇよ」


 魔鉱国でリゼルがジルに頼んで調達して貰ったもの、それは彼女たちへの贈り物だった。

 何が待ち受けようと大体は喜ばれるものを何種類か用意していたが、エルフにも通用した。

 彼女達にとっては国を救う大魔法の行使もただの土産の礼なのだ。ちょっと長い散歩に出て、ちょっと魔法を使って、幼い子供と触れ合えてむしろ幸運だというそれだけの事。


「珍しく外野の意見なんか気にしてんのか」

「気にしてるのは彼女達の事ですよ。俺に独占されているという評価を付けられては彼女達に悪い」

「評価なんざ届く場所じゃねぇよ」

「俺が嫌なんです」


 ああそう、とジルは億劫そうに頷いてリゼルを見た。

 まるで美術品を愛でるようにエルフを美しいというリゼルだからか、彼女達に余計な付加価値が付くことを嫌がっている。在るがままに在れと、それだけを望んで満足しているのだろう。

 だからこそ自分が独占しているなどという評価が付くことを避けたいらしいが、申し出があれば手を借りることを厭わないのがリゼルらしい。


「お前に独占されんなら評価なんざいらねぇだろ」


 伝える意図の無い言葉は小さく呟かれ、何か言ったかと窺う視線を受け止めながらジルは満足気に目を細めてみせた。



リゼルが古代言語を他の人に聞かれるのを避けたいのは、本家を知っているとやっぱり少し拙いと思ってるから。ネイティブにはなかなか辿り着けない。


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