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閑話:憲兵長の真面目な一日

唐突に閑話。時期的にはイレヴン仲間入りしてちょっと経った頃~魔鉱国出発まで。

今回も読まなくても物語に支障はありません。

 私は有難くも憲兵長の地位へ任命されている。

 普通の家の出なのにこの地位につく事が出来るのは憲兵だからこそだろう。騎士だとこうはいかない。

 出自に括られる騎士とは違い、努力次第で上に上がれる憲兵を私は誇りに思って日々努力を欠かさないよう努めている。勿論自分はまだまだだ。

 こんな憲兵の性質も、憲兵を管理する貴族様の性質が大きく関係しているだろう。生まれも育ちも貴族なのに実力主義の考えが持てる者はそうはいない。


 憲兵のトップはレイ子爵とおっしゃる。代々この国(パルテダール)の憲兵を管理している方だ。

 貴族として地位の重要性を理解しているにも拘わらず、自らの身を含めての実力主義の考えを持っている彼の方は非常に優秀な貴族だと私達一般国民の間では噂されている。

 その性質から時々上層部の反感は買ってしまうようだが、何だかんだで愛想も良ければ要領も良いので大事に至った事は無いそうだ。比べるのはおこがましいが私とは真逆で大層羨ましい。

 畏れ多くも度々接する機会があるおかげで私も覚えて頂いている。


 レイ子爵をトップに、商業国マルケイド魔鉱国カヴァーナなどの規模の大きな街に各一人の憲兵総長、そして街を各地区に分けて一地区に一人の憲兵長、その下に多くの憲兵が配属される。

 村程の規模だと憲兵長が責任者となるので、全体から見れば憲兵総長の数は少ない。

 ここ王都では憲兵のトップは子爵だが、大抵の場所では憲兵総長だと思って貰えば間違いは無いだろう。

 つまり憲兵長といえば聞こえは良いが一番上と下に挟まれる中間管理職、やりがいもあるが苦労も多い。そんな私の一日を紹介しよう。





 各地区にひとつある憲兵の詰め所、朝はそこに出勤する。

 勿論夜に問題が発生しないという保証は無い為に宿直で泊まり込んでいた憲兵達に労いの言葉をかけ、業務連絡を交わし眠たげな様子で帰って行く彼らを見送る。

 背筋を伸ばせと言いたいが、徹夜明けだし勤務時間外なので目を瞑ることにしよう。

 朝礼を行い、各自散らばる憲兵達のやる事はまず見回りだ。担当地区を歩き洩らしのないよう見回る。普段は詰め所に待機している身だが、宿直から聞いた惨事を確かめるために詰め所待機の者達に送り出されて詰め所を出た。


 朝の活気のある街並みが好きだ。

 誰もが活動を始める時間帯のざわめきを聞いて、一日が始まったのだと実感する。


「あらぁ憲兵さん、ちょっと聞いとくれよ」

「おはようございます」


 いつもの様に井戸端会議を始めた主婦達に捕まった。

 彼女たちの“ちょっと”が“ちょっと”で済んだ事は無いが、時には憲兵の誰も知らない情報を平然と口にしているので無駄ではない。一体何処から情報を仕入れるのか。


「ここ最近ちょっと物騒だったろ? ほら、変な冒険者が余所から流れて来てさ」

「ガラは悪いわ、態度は悪いわ、時には恐喝騒ぎまで起こして」

「その件については私共の不徳の致す所です。申し訳御座いません」

「いいのよぉ。憲兵さんは冒険者に手ぇ出せないんだし、その冒険者の周りうろついてくれたおかげで実際は被害なんて殆ど無かったしねぇ」


 カラカラと笑う彼女達に下げた頭を上げる。

 彼女達の言う通り、憲兵が冒険者を勝手にしょっ引く事は出来ない。現行犯ならば話は別だが。

 冒険者は完全に冒険者ギルドの管轄で、憲兵が手を出すのは越権行為だ。だからこそ余所では色々軋轢も起こっているようだが、幸いにも此処ではレイ子爵とギルド長との仲は良好だ。

 「彼らをこっちで処罰したいな」「どうぞー」で全てが決まるところを見たのも一度や二度じゃない。冒険者ギルドが私の担当地区にある為に良く子爵に同行する。


「その冒険者だけどね、どうやらこのパルテダから出て行ったみたいなのよ!」

「そんな報告は受けていませんが」

「ついさっきの事みたいだしねぇ。今日の夜明け前みたいよ」


 だから何故知っているのか。


「随分好き勝手してたみたいだし、居なくなって清々するわー」

「それそれ。それなんだけどね、貴族様が関係してるみたいよ! “宿泊亭の貴族様”!」


 まだ若い婦人が興奮するように高い声で告げた名前に、思わず反応してしまう。

 “宿泊亭の貴族様”、その通り名を持つ一人の穏やかな男はこの辺りで常に話題に上がる冒険者だ。

 とある宿に泊まる貴族のような男。貴族様という名前負けしそうな渾名も、彼に対しては納得してしまうしかないだろう。

 かくいう私も偶然なのか何なのか数回顔を合わせている。

 誰とも行動しようとしなかった“一刀”を引きつれ、掴み所のない赤毛の蛇の獣人まで最近は仲間入りしている彼こそ正に正体不明の言葉が相応しい。


 初めて出会ったのは貴族疑惑がかかった時。顔を合わせた際に間違いなく貴族だと確信した。違ったが。

 彼が初めて国外へ出る時には、その門番が後で詰め所に“あれは貴族じゃないのか”と確認に来た。ちなみに一刀には誘拐犯疑惑がかけられていた。

 レイ子爵がギルドを訪れる時に同行した際には、依頼を受けて劇団と共にいた彼に声をかけられた。

 平然と子爵と顔見知りになっていた事に呆然とした。楽しそうに話すレイ子爵が彼と対等であろうとする姿勢を見つけ、愕然としたのを覚えている。子爵が冒険者と、という思いからではなく何も違和感を感じなかった自分に対してだ。

 そして先日はついに子爵と結び付けるよう使われた。


じい、明日の予定は!』

『朝から登城しての定例会議、予算案提出も明日までで御座います。男爵主催の昼食会を挟み、午後から某方との会合と……』

『では午後二時からで良いな! いや、今から楽しみだ。リゼル殿の為なら予算案も今日中に書き終われそうだとも!』

『それは良うございました。まだ一筆も手を出してはおられませんでしたので爺は心配しておりましたよ』


 会合はどうなったのかと、突っこめる程に自分は豪胆でも鈍感でもない。

 周囲を明るくする笑みを惜しげも無く晒して笑うレイ子爵と、ニコニコとそれを見守る執事長に自分を子爵の元へと案内してくれた憲兵総長も同じく。

 帰り道に神妙な顔をして「予算、貰えそうで良かった……」と呟いた総長はもしや普段から苦労しているのかもしれない。


「その、“貴族様”という人物が何かしたんですか」


 回想を終了し、かの人物がどうしたのかと問う。

 普段あまり自分から会話に入ることが無いせいか、意外そうな顔をした婦人たちが一瞬後には物知り顔で頷いていた。恐らく彼女達は自分が彼に貴族疑惑をかけて宿に乗り込んだ事まで知っている。

 あまり触れられたいことでは無いが、“関わったことがあるなら気になっちゃうわよねぇ”という顔を露骨にしている彼女たちには言いづらかった。


「なんかね、あの冒険者たち、貴族様に絡んじゃったみたいよ」


 秘密を話すかのように音量の落とされた声に、主婦達はきゃあと盛り上がった。

 今一番話題の人物の噂最先端だ、おそらく此処から一気に拡散するだろう。


「ほら、うちの旦那って酒場の料理人でしょ? 昨日貴族様がそこに来たらしいのよ」

「あんたんとこってちょっとお高い所でしょ? 普段からそんなとこ食べに行ってるなんて流石“貴族様”よねぇ」

「でもこの前は普通に露店で串焼き食べてたわよ。どこから食べればいいか分からなかったみたいでイレヴンちゃんに教えられてたし、ちょっと可愛いわよねぇ!」

「私もあと二十若ければねぇ! まあでも“貴族様”は敷居が高すぎるけどぉ!」


 上がった笑い声に、話がずれていると思いながらどうにか軌道修正を図る。

 人伝に知る意外な姿は自分が知っているものとは全くの別物で、新鮮さすら感じてしまう。

 高貴な瞳が眠気で柔らかくなっていた姿は確かに普段の雰囲気からは外れた光景だったが、それでも凛とした空気は失われていなかった。可愛い、とあの男に対して思える彼女達は強い。

 彼は今もまだ眠っているだろう、全く冒険者というのは自由すぎていけない。


「そうそう、貴族様たちが飲んでたところに冒険者たちが来たわけ! あ、貴族様だけは飲んでなかったみたいだけど」

「あの冒険者たちに酒とか嫌な予感しかしないわねぇ」

「で酔っぱらうでしょ? あの鬱陶しいのが! 煩くなって、店員に絡んで、やりたい放題だったらしいの! ほら、貴族様って食べるのすっごい綺麗でしょ? 当然奴らも貴族様に目をつけて、ジョッキ片手に近付いて酒ぶっかけようとしたらしいの!」


 即座に飛び交う罵詈雑言、件の冒険者達に対する嫌悪と彼の穏やかな男に対する好奇の込められた好意の所為か恐ろしい文句が次々に吐きだされている。

 その反応を期待していたらしい若い婦人は満足したように笑みを浮かべ、続きを話す。


「次の瞬間! イレヴンちゃんが飲んでたワインのビンを手にとって奴らの顔面で叩き割ったのよ!」


 一気に盛り上がる彼女達に、思わず引き攣りかけた顔を押さえこむ。

 確か彼女は最初、彼らが問題の冒険者に絡まれたといっていた。今の話を聞いていても間違っては居ない。

 しかし実際に手を出されてもいないのに相手の顔面を血みどろにした彼らに対し、“絡まれた”と被害者のように言っても良いものか。


「イレヴンちゃんもヤンチャよねぇ」

「ヤンチャで済ませて良い問題ではないのでは……」

「ほら、ちょっと不良っぽい子だからしょうがないんじゃないかしら」

「仕方が無いで済む問題でもないのでは……」

「でも懐っこくて愛想良い子よねぇ。お世辞も上手で、ついついオマケしちゃうわ」

「誰だ」


 自分が知っているあの獣人は以前宿で出会った時のものだ。

 人を心底嘲った表情、流れるように口から吐かれる挑発、そして得体の知れない這うような殺気。

 笑みなど嗜虐的で、愛想の欠片もない相手だった。どうやら外面の良いタイプらしい。

 恐らく件の冒険者などとは比べ物にならない程にタチの悪い相手だと憲兵の勘がガンガンと鳴り響いているが、普段の行いの結果なのか顔面を割られた冒険者は自業自得と言われ、割った張本人であるイレヴンはヤンチャの一言で許されている。愛想が良いのは得だ。


「それで乱闘になりかけたらしいけど、貴族様が“お店に迷惑だから”って言ってくれたみたい。それでイレヴンちゃんと冒険者たちが出てって、すぐにイレヴンちゃんだけ平然とお店に戻って来たらしいわ」

「イレヴンちゃん強いのねぇ!」

「その後は? 冒険者の奴等はどうなったの?」

「うーん、貴族様たちは平然と飲んで食べて、お会計の時に『迷惑料です』って言って、あのすっごい綺麗な微笑みを浮かべて料金上乗せして帰ってったみたい。冒険者たちについては分かんないんだって」

「やだ、ほんと貴族様ったら紳士よねぇ! 迷惑かけたのは冒険者たちでしょう?」


 紳士は騒ぎの起きた(むしろ若干起こした)酒場で平然と食事を続けないと思うが。

 しかし、と一つ頷く。やはり井戸端会議というものは情報の宝庫でもある。

 今朝宿直から聞いた夜中に起きた喧嘩の話、そして道端に捨てられた冒険者たちの死体(生きてる)、冒険者たちを回収してギルドと色々手続きをしていた為に誰と揉めていたのかはまだ不明だと言っていたが、早くも判明したようだ。


「貴重なお話ありがとうございます。では自分は職務に戻りますので」

「また何かあったら宜しく頼むよ。あんたもお固いだけじゃなくて紳士にならないと嫁は来ないからね!」

「そうよねぇ、出世も早いしなかなか優良物件なのに彼女もいないなんて勿体無いわよぉ」


 余計な世話だと心底言いたい。

 しかも何故彼女がいないことまで知っている。


「そういえば紳士といえばね、前つまずいてリンゴ落としちゃった時に貴族様に拾って貰っちゃったのよ! 手をとって『大丈夫ですか?』なんて微笑まれた日にはもう! 王子様に恋するお姫様の気持ちが分かっちゃったわぁ」

「ちょいと旦那はどうしたんだい!」

「別腹よ、別腹!」


 続く井戸端会議に背を向け、目的地を変更して歩き出した。






「あ、憲兵長さん」

「道具屋か」


 道すがら、出会ったのは開店準備中のとある道具屋店主だった。

 背が高い彼は全く威圧感を感じさせない顔で控え目に微笑んでいる。

 中心街に程近いこの地域は自分が直接顔を出すことも多く、この店主とも何度か顔を合わせている。特に最近は商業ギルドスタッフの件で話を聞く事も多かった。


「最近は変な客は少ないようだな」

「はい、その、いつもお世話になっています」


 体格の割におどおどと頷いているが、怯えられている訳でないと理解している。性分だろう。

 昔はその性格と店の評判のギャップを舐められて悪質な客に絡まれる事も多かったが、しかし絡まれたままで終わる人物ではないので大丈夫だろう。

 おどおどしながら詰め所に来て、おどおどしながら自らの店に案内して、おどおどしながら身動きのとれない強盗や恐喝に出た者達を差し出されたのも片手では足りない回数だ。道具屋曰く“すごいのは店”らしいが良く分からない。


「最近はリゼルさんやジルさんも出入りしてくれるおかげか、変なお客さんも減ったし、すごく順調です……!」


 またその名前かと、口元を弛めて嬉しそうに語る道具屋を見上げる。

 事情聴取の際もすみませんすみませんと顔を青白くして半泣きだった彼が初めて自分に見せた笑顔は、それはもう蕩け切っていた。ふにゃふにゃだ。


「親しいのか」

「え、僕なんかがそんな……! でも、その、優しくして貰ってはいると……頭とか、撫でてくれるし……」


 顔を赤くして口元を押さえる様子は恥ずかしいのか何なのか。

 自分にはあの穏やかな男が誰かを軽々しく撫でる様子など思い浮かばないので、恐らく親しい部類に入るのだろう。しかしこの年の男が頭を撫でられて喜ぶのはどうなのか。

 親しいのなら今日の予定も知っているだろう、聞いてみるかと未だ惚けているのか呆けているのか照れながら語り続けているのを中断させる。


「彼と親しいなら聞きたいのだが、今日は宿に居るだろうか。恐らく後々出向くことになるのだが」

「え、リゼルさんの所に……何で、ですか?」

「少々聞きたいことがある」


 昨晩の事について、本当は蛇の獣人に話を聞きたいが奴は場所が掴めない。

 それならば彼の方に行くのが早いかと思っただけなのだが、道具屋は気弱そうな様子をやや薄めて怪訝そうに此方を見下ろしている。うんうん唸っているのは言うか言うまいか迷っているらしい。

 彼に何かするのでは、と疑っているのだろうか。素直な青年に警戒を露わにされるのは若干ショックだ。


「昨晩、あの男がとある冒険者達に絡まれたらしい。その際実際に揉めた蛇の獣人に話を聞きたいのだが場所が分からなくてな。彼らが絡まれた側だというのはきちんと把握している」

「あ、そうなんですか……!」


 あまり事態を言い触らすのも良くないと伏せたのだが、話した方が早そうだと打ち明ける。

 明らかにほっと安堵している道具屋は随分とあの男に懐いているらしい。


「えっと、リゼルさん、迷宮で拾った迷宮品も何個か持ちこんでたし……昨日一昨日って依頼受けてたみたいなので、今日は行かないと思います。今は多分、まだ宿だと……」


 要はまだ寝ているだろう、という事か。

 宿にいるなら好都合だと、動かれる前に向かおうと道具屋に礼を言って踵を返した時だった。

 えっと戸惑う声と共に行き先を塞がれる。


「あの、まだ寝ていると思うので……」

「分かっている。出掛けられると話を聞くのは難しい、その前に向かう」

「でも、寝てると思うし……!」


 蛇の獣人といい、道具屋といい、何故寝ている彼を起こそうとするのを頑なに拒むのだろうか。

 私だってわざわざ睡眠の邪魔をしたい訳ではない。だが必要があるなら起きて貰うしか無いだろう。


「少し話を聞くだけなのだが」

「……それでも、起こすんですよね」

「……甘やかし過ぎではないか」

「その分、いっぱい甘やかして貰ってるから、良いんです……!」


 駄目駄目と主張するその目は半泣きで、周囲からは此方が加害者にみえているだろう。

 確かに泣かせているのは私なのだろうが決して加害者では無い。どちらかと云えば被害者の方が近いのではないか。

 先程も似たようなことを思ったが、素直で気弱そうなのは得だ。


「い、行かないでくれますか?」

「いや、そういう訳には……」

「行かないで、くれないんですか……?」


 涙を湛えていた瞳は徐々に乾いて行き、更には光さえも失って行く。

 人が絶望するとしたらこんな顔なのだろうか、と思わず顔を引き攣らせてしまった。


「行かないでって、こんなに、言ってるのに」


 これ以上はまずい。


「分かった。彼が目を覚ましたら伺う事にする絶対に起こさない」

「ホントですか……! 良かったぁ……」


 パッと安堵の涙を浮かべて控え目な笑顔を見せた道具屋に、これがわざとなら恐ろしいと動悸を押さえこんだ。寸前で回避できたが、人が絶望する瞬間はなんと恐ろしいのか。

 むしろわざとじゃないからこそ恐ろしい、そう思いながら道具屋に背を向ける。

 お疲れ様です、と声をかけて見送ってくれる彼は間違いなく良い青年だ。良い青年だが、しばらくは会いたくないと思ってしまうのは憲兵として失格だろうか。精神的にトラウマを負った気分だ。

 再び変更された目的地へと、曲がりそうになる背筋を無理矢理伸ばして歩き出した。






「いちいち国を出る冒険者を全員管理なんてしませんよ今忙しいんですけど」

「申し訳ない。しかし昨夜ギルドへ受け渡しした冒険者について話を聞きたいのだが」


 朝のギルドは混む。それこそ夜明け前から冒険者は動きを始め、今が依頼を受けにくるピークだろう。

 こんな時間に訪ねるのは申し訳ないが、こちらも仕事なのだから仕方が無い。用件を話すと感情の読めない淡々とした無表情が此方を向いた。


「あの道端に転がされてた冒険者ですか。王都パルテダでの冒険者活動禁止と出奔を言い渡したので今頃どっか行ったんじゃないですか興味無いですけど」


 流石冒険者ギルド、処分に容赦が無い上に決断が早い。

 明らかに被害者の風体で運ばれてこようが、事情が事情ならば自業自得で即処分だ。

 しかし原因が居なくなれば解決とはいかないのが憲兵だ。宿当曰くやりすぎ・・・・な喧嘩相手にも話を聞き、場合によっては忠告も与えなければいけない。

 依頼を受ける冒険者を捌きながら大量の書類を作る姿に、もう少し待たなければいけないかと傍で立つ。


「なあスタッドー、この冒険者依頼料に文句つけてくんだけど」

「息の根を止めなさい」

「あ、やっぱ良いんですか、散々文句言ってたのに。あざーす」


 王都の冒険者被害が他国と比べて多少だが少ない理由が分かった。

 やはり現場には来るものだ。納得して頷いていると、無表情のギルド員が持っていた書類を全て隣に居た職員へと押し付けた。

 そのまま受付を出て此方に歩いて来たので話を聞いて貰えるらしい。書類を押し付けられた職員が悲鳴を上げているのだが良いのかと思いながら向き合う。

 特別守秘義務のある件では無いし、喧騒の中では周囲にそれほど聞こえないだろうとそのまま聞きとりを開始した。


「あの冒険者は憲兵にも被害が報告されていた、良ければ処分内容に関する書類の写しを貰いたいのだが。そうだ、彼らは今朝の夜明け前に国を出て行ったそうだ」

「そうですか。少々お待ち下さい書類を持って来ます」


 他国では冒険者ギルドと憲兵の間に軋轢があり、こういった書類のやり取りも拒否される事が多いというがこの国では無くて助かった。

 すぐに書類を持って帰って来た職員に感謝を伝え、用事は済んだとばかりに早々に去って行こうとする姿を引きとめる。無表情なのに面倒臭いという感情は露骨に伝わってきた。

 しかし獣人の居場所が分かればわざわざ彼の宿まで行かなくて良い。先程の絶望の表情を思い出して、その方が良いだろうと尋ねる。


「申し訳ないが一人の冒険者の所在を知りたい」

「ギルドが冒険者の所在を確認する義務はありません無理です余程高位の冒険者なら別ですが」


 高位、と言われて自分が彼らのパーティランクを知らない事を思い出した。

 しかし“一刀”がいる上に対峙した時に理解出来た獣人の実力、そしてあの高貴な男が低ランクなど何の冗談だと思ってしまう。間違い無く高位だろう。


「イレヴンという獣人だが、昨夜の騒動に関係している為に話を聞きたいと」

「……あの馬鹿が何をしました」


 ふいに周囲の温度が下がった。

 何事かと周りを見回すと、冒険者やギルド職員まで顔を引き攣らせて距離をとっている。

 目の前の無表情を見下ろすと、感情の無い瞳が温度すら失って此方を見ていた。


「馬鹿があの方に何の迷惑をかけたのかと聞いているんです」


 あの方、普通ならば分からないはずだが理解出来てしまった。

 今日三度目だ。一体どういう事だと頭が痛む思いすらする。


「……昨晩どうやら問題の冒険者が彼らパーティに絡んだようだ。被害を受けそうになった彼を庇ったのか獣人が迎撃し、冒険者達を叩き伏せて放置。その後は貴殿が知っている通りだろうし、獣人の所在が知りたいのは一応事情だけ聞いておく為だ」

「分かりました件の冒険者の処分をギルド証剥奪にしておきます。ついでにあの馬鹿の居場所なんて知りませんし知りたくもありません」

「待て」


 何が分かったのか。彼らは確かに迷惑行為をしたが、それでもギルド証剥奪は厳しすぎる。

 冒険者のことは詳しくないが、かなり重い処罰だという事ぐらいは分かる。


「最初からあの方に手を出したと聞いていたのなら追放する前に私の手でカタを付けたのですが、今更どうしようもありません死なないだけ運が良いと思います」

「ギルド職員が私情で冒険者を罰して良いのか!」

「駄目でもやります決めました。何か文句があるなら言って貰って構いませんよ命の保証は無いですけど」


 淡々とした職員は完全に開き直っている。

 彼にとっては周囲から何と思われようと何も関係は無いのだろう。ただ一人に嫌われなければそれで良い、そう思っているのが伝わってくる。

 開き直れる性格というのは得だろう、と本日何度目かの羨ましくは感じない思いを抱えて目の前で今まさにギルド証剥奪の為に動き出した職員を他のギルド職員と共に必死で止めた。






 本日四度目は、本人だった。


「昨晩のことですか? 流石王都の憲兵は仕事が早いですね」


 不覚だが目の前の穏やかな笑みと分かりやすい賛辞に癒される。

 そもそも今日ここまで疲れたのは目の前の男の影がそこかしこで影響を及ぼしたからなのだが、元凶は今はこの国にいない冒険者なのだ。彼に不満をぶつけることではない。

 今は人がいない宿屋の食堂で、向かい合いながら腰かける私達に女将が茶を出してくれた。

 職務中だからと断ったら“私の茶が飲めないのかい!”と盆を振り上げられたので、有難く頂戴する事にする。


「でも、貴方が言った通りのこと以外に俺が付け足す事なんて無いと思いますけど」

「昨晩憲兵が見つけたのは道端に倒れた冒険者だけだった。その真相が早々知れたのは有難いが、全て人伝というのも信憑性が無いため当事者に話を聞いておく必要がある」

「それもそうですね」


 流石に昨晩の惨状の調書に主婦の井戸端会議のおかげで解決とは書けない。

 たとえ“その通りです”の一言でも当事者から聞いていることが重要だ。


「じゃあお仕事はこれで終了ですね」

「いや、一つ聞きたいことがある」

「何でしょう」


 彼は手に持ったグラスを音一つ立てずに机に置いた。

 朝主婦の方々から聞いた“すっごい綺麗”だという食べ方に納得するしかない。

 飲み物ひとつとっても品のある行動に、本当に貴族では無いのかと疑ってしまうのは仕方が無いだろう。


「冒険者同士のいざこざに口は出さない様にしているが、昨晩はやりすぎではないのか」

「やりすぎって、イレヴンがですか?」

「そうだ、冒険者たちは自力で歩けない程の怪我を負っていたらしい。昨晩は先に絡んだのが相手だと目撃者がいるが、今度同じような事があれば憲兵としては忠告することもある。パーティのリーダーとして彼の行動は咎めるべきだと思うが」


 ふっと小さな吐息の音が聞こえた。

 彼の隣に腰かけて詰まらなそうに聞いていた一刀が溜息をついた音だ。

 漆黒の衣服に鋭い眼光、何度見ても正直委縮してしまう佇まいだが憲兵として毅然とした態度は崩せない。しかし穏やかな彼と並んでいると違和感がすごい。


「イレヴンが俺の迷惑になることはしませんし、咎めるような事ではないでしょう? まだ若いんだから多少のヤンチャは元気の証拠です」


 井戸端の主婦と同じようなことを言っている。


「お前が一言言えば少しは大人しくなんだから言えば良いじゃねぇか」

「やりすぎちゃうのもイレヴンの個性でしょう」

「相手の顔面潰すのが個性って言えるならな」


 何故か一刀の方が良識的なことを言ってるように聞こえるが気の所為だろうか。

 思わず出された茶を片手に固まってしまう。


「大体イレヴンは喧嘩に勝ってるんですよ? 勝った方が苦言を貰うのはおかしいです」


 どこの支配者理論だ。


「雑魚相手にやりすぎんなって問題だろうが」

「やりすぎでも勝ちは勝ちです。それにジルだって絡まれる度に返り討ちにしてるでしょう?」

「俺は自力で帰れる程度までしかやんねぇよ。死体が転がるとか邪魔じゃねぇか」

「まだイレヴンは加減を覚えてる最中なんですし、やりすぎちゃうのは仕方無いですよ」

「覚えてもしねぇよアイツは。大体手加減知ってるから相手も生きてんだろうが」


 何故自分は躾の方針が衝突した親のような会話を聞かされているのだろうか。

 甘やかす母親と厳しい父親か。厳しいというより巻き込むなという方が近いが。


「大体イレヴンの躾は君に任せてるし、俺は好きなように動けば良いと思ってるんです。いざという時に責任をとってあげれば充分でしょう」

「任せられてねぇよ。つうか俺が言っても聞かねぇからお前が言えっていつも言ってんだろうが。責任取るぐらいならそういう事態になる前に何とかしろっつうの」


 逆か。

 放置する父親と躾に協力して欲しい母親だ。

 どうすれば良いか、と先程から食堂を覗いている女将を見ると笑いを堪えている。到底助けてくれそうには無い。


「とにかく、うちのイレヴンに落ち度はありません。勝った方が正義です」

「……確かに冒険者の暗黙の了解だけどな」

「……そういうものなのか」


 冒険者同士の衝突は良くある。

 それで周囲に被害が出るならば憲兵が介入するが、出ないならば勝手にやらせておく事がほとんどだ。

 憲兵が介入してしまえば衝突の勝敗は曖昧なままで終わるが、どうやら勝敗が決した場合は衝突の原因に関して勝者が権利を持つらしい。

 いやしかし昨晩はただ絡み絡まれの喧嘩だ。いや、相手のやられ具合を見るとただの蹂躙か。

 それならば蹂躙した方が悪いのでは、でも絡んだのは相手が先だしと考えているとふいに賑やかな声が乱入してきた。


「はよーっす! 何だか昨日のことについて揉めてるって聞いてきたんスけど、どうせ奴等今頃死んでるしリーダー達が揉める必要……うっわ、憲兵がいる」

「ちょっと待て、先程の言葉はどういう意味だ」

「勝手に聞いてんじゃねぇよ雑ァ魚。つかこっちが意味分かんねぇんだけど何なのうっぜぇな」


 ニヤニヤ人を小馬鹿にする笑みを浮かべた男のどこが愛想が良いのか。

 真相を問い質そうともまともな返答の返って来ない相手に、苛立ちを隠すように茶を一気飲みする。

 穏やかな彼の隣に椅子を持ってきて座った獣人を見て、思わず何が良くてこんな男をパーティに入れたのか聞いてしまった。実力があっても遠慮したいタイプだろう。


「俺には懐いてくれてますし。ほら、昨日だって庇ってくれただけなんです」

「私も過剰じゃなければその点については何も言わないが」

「それだけ心配してくれたんですよ。それに可愛いじゃないですか、人前ではふざけてしか甘えてこないけど部屋では全力で甘えてくるところとか」

「リーダー……!」


 顔を引き攣らせた獣人と寄こされた穏やかな微笑みに、これは彼なりの叱咤なのだと知った。

 昨晩についての罰とでも言いたいのか。とにかく甘すぎる。

 だが冒険者についての暗黙の了解というものを知った今、ケジメさえ付けられてしまえばこれ以上自分が何か言える筈が無い。自分の忠告を聞かない獣人に罰を与えられる人間がそれで済まそうと言うのなら、済ませるしかないだろう。


「……邪魔をした」

「もう良いんですか?」

「元々の目的は事情聴取だ、充分目的は果たしたし今回は“やりすぎだ”と伝えるだけで終わる予定だった。獣人の意味深な発言は今すぐにでも連行して聞きだしたいぐらいだが」

「ジョーダンに何マジになってんだよ頭おかしいんじゃねぇの」

「イレヴン」


 咎められ黙る様子は本当に彼の言う事ならば聞くのだと伝えて来る。

 その調子でしっかり躾けて貰いたいものだ、そう思いながら宿を出た。

 躾けて貰いたいのは獣人だけでは無く、淡々としたギルド職員や気の弱い道具屋もなのだが。そう心の中で付け足しながら。

 年下相手に振り回され続けた一日の朝は、まだ長い一日を過ごす気力を根こそぎ奪って行くようだった。






「今日リゼル殿と会ったと聞いて呼び出してしまった! 悪かったね! さあ彼について教えてくれたまえ!」

「……」


 彼が王都に来てから今日まで、波乱の一日が多発しているのだが良い加減に平和な一日を返して欲しい。

 夜勤務後に呼び出され、豪華な部屋で子爵と向き合いながら自分の胃が真剣に心配になった。



イレヴンは物騒。スタッドは気付いても放置。ジルは巻き込まないならどうでも良い。

ジャッジは何も知らない。リゼルさえ心健やかなら良い。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 面白いの一言です。 「…ブフッww」とか笑う私を見ながらも放置してくれる旦那に感謝しながら読み進めてます。 [気になる点] ないですね。 誤字・脱字もなく、違和感なく楽しく読めます。 …
[良い点] 思い出し笑いで1日楽しく過ごせます [一言] 我が子の躾で意見の衝突する夫婦のような二人のやり取りに初読の時にお腹が攣るかと思うほど笑いましたが、2周目の今回も、家族の目を気にして声を殺し…
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