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42:無意識に伸ばした手

 ジャッジが精算業務の為に珍しく店を閉店する日と、スタッドの休日が偶然にも重なった。

 重ねて言うがただの偶然に過ぎない。ジャッジが店の事について妥協するのはリゼルに関してのみであり、またスタッドがわざわざ誰かに合わせて休みを取るのも同じくリゼルに関する事ぐらいなのだから。

 溜まり溜まった買い物の為に街を歩いていたジャッジと同じく休日恒例の買い出しを頼まれたスタッドが市場で顔を合わせたのも偶然だった。

 昼食の時間は大分過ぎていたものの、食事がまだだった昔馴染みの二人がじゃあ一緒に食事でもとなるのは自然なことだろう。スタッドは若干渋ったが。


「そういえば此処のギルドからも冒険者送ったんだよね」

「早くても着くのは三日後ともなると遅いでしょうが送らないと外聞が悪いでしょうこのグズ」

「大侵攻って収まるまで結構長いし、充分間に合うから遅くはないんじゃないかな」


 淡々と付け加えられる罵倒には慣れたものだ。

 商業国マルケイドからほど近い魔鉱国カヴァーナでは街中に緊張感が漂うが、王都パルテダはといえば誰もが大侵攻を恐ろしげに噂するものの至って平和なままだ。

 王都だけあって騎士団もいるというのもあり、そこそこの戦力を抱えているおかげだろう。


 ジャッジは祖父がマルケイドに居る為に少々心配だが、あの街がただの大侵攻で危機を迎えるはずがない。

 仮にも“国”と呼ばれる程の街で、防衛もしっかりしているし立派な城壁もある。

 迷宮が人々に存在を主張する事を目的とした大侵攻によって国が壊滅的な被害を受けた過去は無い。存在を知ってほしいのに滅ぼしては意味が無いのだろう。

 唯一大打撃を受けたのは過去人為的にあった大侵攻のみだが、その被害の主な原因は数多くの魔物ではなく一匹の古代竜だという。普通の大侵攻ならば問題無い。

 その為にジャッジが心配しているのは止まった流通による祖父の貿易業の損失という、いかにも商人的なことだけだ。


「それよりリゼルさん達っていつ帰ってくるのかな」

「さぁ」

「これだけ離れると流石に寂しいよね」

「貴方は商業国に行った時に一緒でしたが私は二度目なんですよ貴方の十倍寂しいです」


 直接被害のない大侵攻よりも二人にとって大切なのはそれらしい。

 僕のが寂しい私のが寂しいと言い合い、最終的に口で負かされたジャッジが半泣きになった所で言い合いは終了した。

 絶対僕のが寂しい……と良い年して最後に内心で呟いたジャッジがふと首を傾げた。

 鬱陶しいと言いたげな視線が正面から向けられる。これでも二人は仲が良い。はずだ。


「リゼルさん達、まさか大侵攻に派遣されたりしてないよね」

「あの方が好みそうな事ではありませんし今頃ゆっくり温泉にでも浸かっているでしょう」


 行く理由が無い、そう言いきってスタッドはピッチャーから冷たい水をグラスへと注いだ。

 冒険者に大侵攻の際の参加義務を言い渡しているギルドの一員のセリフではないだろう。

 そうだよね、と頷いたジャッジが自らのコップを差し出したがスタッドはそのままピッチャーを机に置いた。分かってはいたが、と苦笑しながら自分で水を注ぐ。


「そういえばこの前リゼルさん、マルケイドの領主様と会ったみたいだよ」


 顔とか見れたのかな、と続けようとしたジャッジの口はバキンッという音に遮られた。

 何の音だろうと前を見るとスタッドが口を付けようとした水が完全に凍り付き、水に留まらずグラスまでもが絶対零度の名に相応しいまでに凍って砕けた音だった。

 パラパラと手からその破片が落ちるのを、ジャッジはただ茫然と見ていた。


「貴方はどうしてそんな大切な事を今になって話すんですか愚図今すぐに出発いえ間に合いません」


 淡々と一人呟く様子は怖い。しかし慣れているジャッジは特に恐れる様子はない。

 代わりに考える。スタッドがこれ程動揺(?)を浮かべる要因などリゼルが関わった時だけだ。

 加えて今のスタッドの言葉を考えると自ずと答えは出る。ジャッジはじわじわとその顔色を悪くしていき、スタッドは遅い愚図と罵った。


「な、だって、どうして、行かないって……!」

「先程までは行く理由なんて無かったはずなんです愚図。大体姿形全て隠した領主にあの方がわざわざ接触したのなら何か理由があるからに決まっているでしょう」


 二人はリゼルとレイが知り合っている事も知っているし、レイ経由でシャドウを紹介されたのではという予想もつく。しかし言われたからとホイホイ貴族の知り合いを増やして面倒事も増やすようなリゼルではない事もまた知っていた。

 見るからに権力に興味が無い。むしろどの権力者よりも高位の存在に見えるのだから。

 つまり接触には何か理由があるはずで、もしジャッジの言う前回の接触でそれが達成出来なかった場合にリゼルが今回どう出るのか。そういう事だ。


「で、でも、大侵攻ぐらいでリゼルさんが危険になる訳ないし……」

「私は私を使って頂く折角の機会を逃したことに嘆いているんです黙ってろ愚図野郎」


 何だそういう事か、とジャッジはすっと心が落ち着いた。

 思えばジルもイレヴンも付いているし、ただの大侵攻程度むしろジル一人で片付く気がする。

 大概ジャッジもジルを人間扱いしていない一人だろう。怖いから本人の前では言えないが。


「危険がないなら良いや。でも心配だから帰ってきたら一番に出迎えよう」

「何馬鹿なこと言ってるんですか私が一番に出迎えるんです」


 いや僕が一番だ私が一番ですと言い合う二人の横を、微笑ましそうな顔をしたウエイトレスが何とも平和だと水を冷えたものと交換して去って行った。






 西門へと集められた魔物によって他の門では人々が有利な殲滅が続けられていた。

 北門では激闘の末に白ゴーレムが破壊され、南門では未だ討伐はなし得ていないものの城壁へと近付けさせないことに成功している。

 東門は最初から最後まで変わりない大侵攻が進められているが、定石通り順調に魔物の数を減らしていた。

 そしてリゼル達がいる西門では、増加した魔物たちの対処が粛々と進められている。


「飽きもしねぇで良く攻め込んでくるな」

「引かれるよりマシでしょう? 一度撤退して周辺に潜まれる方が厄介です。大侵攻の魔物を操るならそれも不可能でしょうけど」


 人では逆らえない迷宮の法則というものは多々ある。

 大侵攻として放出された魔物が街を攻めるのは変えられないが、その方法を操る事は出来る。

 しかしその大侵攻を止めたりだとか一時撤退させたりだとかは元凶でも不可能だろう。

 ジルはそんなもんかと頷いて、そろそろかなと呟き空を仰いだリゼルを見下ろした。


「どうした」

「覗き見を止めました。マルケイドの反撃がこのおかげだとバレたらちょっと不都合です」


 ふる、と小さく首を振る仕草は目にかかる前髪を除ける仕草に似ていた。

 領主様に伝えなければ、とそちらへ向かおうとするリゼルをジルは腕を掴んで引きとめる。

 眉間の皺が深まっているのを自覚しながら、しかしじっとリゼルを見下ろした。

 その表情は他から見るとリゼルに対してガンを付けているようにしか見えず、何があったと怪訝そうなシャドウにイレヴンが「全力でガラ悪ィけど心配してるだけ」とフォローを入れている。一言余計だ。


「痛むなら休んでろ」

「それ程でも無いですよ。一瞬痛かっただけです」


 リゼル曰く“盗み見”は元凶から魔物へと送られる指示を支配力は除いて自分も受け取れるようにしたものだ。

 つまり元凶の魔法式に自分の存在を埋め込んだようなもの。元凶の意図なく引き剥がせば流石に反動がある。

 先程ゆるく頭を振ったのは、その反動で痛んだ頭の余韻を散らしていたのだろう。

 あまりにも平常通りだった為に分かりにくいが、大した事が無いなら少したりとも不自然な動作などしないのだから。


「終わったら魔鉱国カヴァーナに寄って温泉でゆっくり疲れを癒しましょう」


 微笑んだリゼルにジルは呆れを隠さず溜息をついた。物腰が柔らかい癖に変なところで頑固なのだ。

 そもそも今回の大侵攻に対してはレイに頼まれているとはいえシャドウに力を貸し過ぎている気がする。

 イレヴンの言った通り此処に訪れることなく魔鉱国で観光を満喫してもおかしくない男が、何故これ程に自分の存在をシャドウへと主張しながら動いているのか。やろうと思えば誰にもバレる事なく今の事態を収束できる男が。

 望む目的・・とやらがそれ程の事なのかと、心当たりが無いでもないがと内心呟く。


「……何考えてんのか知らねぇが、アホなことすんなよ」

「この年になって後先考えない無茶なんてしませんよ」


 何か思惑があるなら止めても無駄か、とジルはひとまず放置した。

 可笑しそうに笑ってシャドウへと向き直るリゼルを見下ろしながら思う。

 誰もこの男が後先考えない無茶なんてするとは思っていない。後先充分に考えた上で支障のない程度に何かやらかすから余計に厄介なのだ。

 基本理念が保身であるのが救いだろう、何かシャドウと話している姿を眺めているとイレヴンが寄って来た。


「リーダーだいじょぶって?」

「さぁな。けど限界だと思ったら戦争中だろうが何だろうが勝手に休みに行くだろ」

「ッスね」


 緊迫した場面の中でも「ちょっと休憩してきます」とほのほの笑って去って行く姿が容易に想像できる。

 リゼルの名誉の為に付け加えるのなら、元の世界ではきちんと貴族として空気も読んでいたし評判を落とさないように配慮はしていた。若干自由だったが。

 これ程好き勝手にしているのは此方の世界に来てからで、存分に普段出来ないことを満喫しているのだろう。休暇だと言う割には色々手を出している気がするが本人としては充分楽しんでいる。

 楽しいなら結構と、リゼルを絶対的に支持するパーティメンバー二人は振り回される周囲など気にしない。


「魔物の脅威は低い、問題は無いだろう」

「今は低くても元凶が姿を現せば脅威は復活するでしょう」

「現れないのでは無かったか……いや、正体が露見しなければ動く可能性もあるか」


 今日中に終わらせる、その言葉と共にリゼルにある程度のことは聞いているが全ての概要を知っている訳ではない。それは完璧な計画を聞けば崩れた際の対処が遅れる為であると共に、そしてやはり全面的にリゼルが手を貸さないようにする為でもある。

 この街はシャドウのものであるし矢面に立って守るのもやはりシャドウの義務なのだから。

 だから今の言葉も助言にすぎない、“気を抜くな”と伝えたいのだろう。言われるまでもないとシャドウは目を細めた。


「動いて貰わなきゃ困ります。その為にずっと煽ってるんですから」


 ふとリゼルが笑みを浮かべた。

 いつも通りの微笑みは別段何かを気負う訳でもなく、穏やかなままだ。


「“支配者さん”は正しく天才です。幸いなことに才能を発揮できる分野に幼い頃から出会うことが出来た為に、挫折や敗北など感じた事がないでしょう」


 もはや指示は憲兵総長や指揮官だけで十分で、シャドウは殲滅を見守るだけだ。

 この場に留まるのはそれが必要だからに過ぎない。


「そんな彼にとって、今の状況はとても屈辱的でしょうね」


 シャドウが元凶の思惑を先読みするような指示を出したのも、リゼルが西門で特に動いて見せたのもこの為だ。元凶が異質を感じる要素を全て此処に集めた。

 初めて自らの思惑が妨害され、完璧に裏を読まれ、誰かに劣った事のない彼は何を思っているのだろう。

 リゼル達が避けるべきことは元凶がただ不利を察して実験を止め、ただの大侵攻として事態を戻してしまう事だ。彼は後は避難民として悠々としていれば良い。

 リゼルとしては問題は無いが、街を攻められたシャドウ達にとっては許せる訳がない。


「今日一日で決着をつけるなら、元凶をおびき出すのが一番の近道です」

「―――…-…」


 ふいに微かに聞こえた音、聞き間違えかと思ってしまう程に小さな音は美しい音色に似ていた。

 空耳かと視線だけで周囲を窺ったシャドウが怪訝そうにするが、しかしリゼルも聞こえたようで街の中心地に向かって振り向いている。同じくジルやイレヴンも。

 何かの確信を持って一方向を見つめる様子は音の正体が分かっているのだろう。

 リゼルが周りを見渡した。シャドウの周りには彼の指示によって最低限の人数しかいない事を確かめて、改めてシャドウを見つめる。


「領主様をおとりにしたお詫びはまた日を改めて」

「却下だ。望むところだと言ったはずだろう」


 それは有難いとリゼルは微笑み、ゆっくりと唇を開いた。


「来ます」







「(問題はどこまで知られているか、だ)」


 魔物同士の連携、自らを犠牲にした行動、同じ種族でさえ踏み越える意識、実験としては充分彼を満足させる結果が出ている。

 どこまで魔物が命令を聞くのか、同時に多数の魔物を使役する最適な方法、どれもこれも計画通り。

 所詮魔物が集おうと国ひとつ落とせない、その事に不満は無い。

 しかし、それらを妨害する人間が彼の思考を読んだかのような行動に出たのが引っ掛かる。


「(魔物が使役されていると気付いたのなら私が原因の候補に挙がっているか……それならば、これ以降は姿を隠しておくのが良い。が、)」


 いや、と彼は首を振った。それではまるで自分が不利なようではないか。

 自分の思考が凡俗に読める訳がなく、自分が命令を下す魔物が簡単に殲滅されるはずがなく、自分の操る大侵攻がまさか普通の大侵攻よりも圧倒的な殲滅を受ける事はあり得ない。

 もしそれを可能にする人物がいるのならば見てみようではないかと、彼は自分の優位を疑わないまま笑みを浮かべた。

 狙いは領主、彼が現れてから戦場は爆発的にあちらが有利になった。恐らくいままで彼の策略を看破してきたのも彼だろうと思えば、西門を破壊した時の被害が想像以上に小さかったのも避難民を守るバリケードの強化が早かったのも納得がいく。


「姿を見せないと聞いたが、穴倉に隠れた臆病者ではなかったらしい」


 小さく呟き、彼はばさりとマントで全身を覆った。

 堂々と正体を現すほど理性を失っていない。姿を見せずに行動する術など自らにとっては容易だ。

 風景に馴染むようにすっと姿を消した彼は、そのまま未だ自らの街を治める領主を見ようと憲兵に詰め寄る避難民の横を悠々と通り過ぎた。

 誰にも姿が見えず、影すら映す事が無い上級魔法。しかし彼は知らない。

 滅多に使える人間のいない上級魔法を看破し、その姿を見送る人物がそれを遙かに上回る魔法で姿を隠していた事を。


 敗北を知らないが故に後戻りが出来ない一線を自ら越えた彼の耳には、美しい音色など少しも聞こえはしなかった。






 人のいない街中を悠然と歩き、元凶である彼は城壁へと辿り着いた。

 時折登り降りする冒険者や憲兵を避けて西門の上へ続く階段を上り、下にいた時には感じなかった風を体に受けて城壁の上へと立つ。

 上から見る光景は戦場の様子が良く分かり、同時に魔物達が群れながらも徐々に冒険者によって殲滅されている様子が窺えた。未だ数は多いが恐らく二・三日の内に全て狩られてしまうだろう。

 自らが動くと共に使役は止めたので、魔物たちは普通の大侵攻と変わらない様子で街へと攻めていた。


 ただ、再び使役を再開する事は可能だ。

 彼にとっての妨害者を見届けた後にでも、姿を消したまま筒抜けとなった指示を聞いて逆手にとって攻め込んでみせようかと鼻で笑う。

 さて領主は、とその視線を彷徨わせた彼は一瞬動きを止めた。


「(どちら・・・だ)」


 城壁の上に佇む二人の影。ひどく美麗な顔をした壮年の男と、清廉な空気を持つ穏やかな男。

 どちらも戦場には似つかわしくない貴族然とした人物だが、どちらかが領主であるはずだ。

 ふと派手な赤髪を持った冒険者らしい男が穏やかな方に話しかけ、頷いた彼が美麗な男に物腰柔らかく何かを告げる。それを見てようやく領主が告げられた方だと判明した。


 彼が分からなかったのも無理はない。

 ならば何故シャドウが現れた際にリゼルが目立たなかったのかといえば、偏にシャドウの隣で彼に向かって控えめに頭を下げていたからだ。よって貴族だとは思われても領主とは思われなかった。

 ちなみにリゼルはジル達にも頭を下げた方が良いかもと言ったが二人は聞かなかった。ポーズだけでも嫌なものは嫌らしい。

 余談だが、当のシャドウはリゼルに頭を下げられるのを心底嫌そうにしていた。


「(もう片方は貴族……いや、冒険者と連絡を取り合うならばもしや護衛か? 姿からして魔法使い……教養のある護衛を連れたがるなど貴族の考えそうな事だ)」


 元凶はそう考えながらも会話が拾える程度にまで近付こうと足を踏み出した。


「見ーっけ」


 直後、自らに向かってくる短剣が目の前で音を立てて弾かれる。

 防御結界を張っているお陰で元凶は動揺する事無く前を見た。元凶が目を向けた先には、心底嘲ったように目を細めて笑みを浮かべるイレヴンが此方を向いていた。

 まさかバレるとは思わなかったがと魔法を解かない相手に対し、イレヴンは手の中で短剣を弄びながら嗜虐的な瞳で見えないはずの相手を射抜いた。


「呼吸も足音も殺せねぇ雑魚が調子こいてんじゃねぇっつの」

「同じくザコの俺には未だに分からないんですけど、来たみたいですね」

「リーダーは良いの。活かせねェ魔法使ってバカじゃねぇのってだけだし」

「……言ってくれる」


 確信を持って向けられる視線にニヤリと笑い、元凶は魔法を解いた。

 未だに正体が割れているのか不明な為に脱がれないマントが、風になびいてふわりと触れる。

 城壁の下では激しい戦闘の音が響くなか、この場は奇妙な程に静かだった。護衛が何人かシャドウを守る様に動く。


「出会い頭に急所狙いとは随分な御挨拶だな」

「襲撃者に礼儀など必要無い」

「随分と御立腹のようだ」


 クツクツと笑う男にシャドウは不快感を隠す事無く眉を寄せた。


「お前の正体は分かっている」


 ピタリとその笑い声が止まる。

 しかし笑みのまま彩られた唇は変わらない。


「成程……領主ともなれば流石に優秀なのもいるか」


 カマかけだとは思わない。この場で元凶の名前を出さなかったのがその証拠だろう。

 例え彼がマルケイドを襲った襲撃犯だろうとその立場は隣国お抱えの魔法使い、彼を大々的に犯罪者扱いしては国交にヒビが入ってしまう。大衆の前で名前を出して良い人物ではない。

 ならば弱腰になるかと元凶は思ったが、しかし返って来たのは予想外の返答だった。


「気付いたのはただのDランクの冒険者にすぎん。貴様は所詮その程度の人物だという事だろう」

「……冒険者風情が私の正体を明かしただと? もしや今までの妨害もしていたとでも言うつもりか、馬鹿馬鹿しい」

「真実だ」


 言いきったシャドウに元凶は顔を歪めた。

 自らの至高の実験を暴き、邪魔をした人物が国を束ねる領主ではなくただの冒険者というのは彼の自尊心を大きく傷つけるようだ。吐き捨てるような言葉は嘲りの色を濃く示しており、シャドウの言葉を信じていない事がありありと伝わってくる。


「そんな事よりさァ、とっ捕まえて良いの? それで全部解決じゃん」


 興味なさそうに二人の話を聞いていたイレヴンがクルクルと手の中で剣を回しながら言った。

 元凶はそちらを見る。自分の存在を察知できる程の護衛かと思っていたが、領主に対する言葉づかいに敬意は無い。

 冒険者だと確信を持ち、先程短剣が通らなかった事を忘れたのかと嘲った。


「私がわざわざ捕まる為に出てきたとでも思っているのか?」

「そういう何でどうしては聞いてねぇよ雑ァ魚。ねぇリーダー」


 “リーダー”という言葉に元凶の視線が姿を現して初めてリゼルへと向けられた。

 自分が姿を見せてやったというのに我関せずと漆黒の男と何かを話していた男、不愉快だと思うより前に感じたのは冒険者だったのかという意外性だった。

 ならば、と唇を引き上げる。シャドウが言った自らの存在を看破した冒険者は彼だろう。

 それはただの推測では無い。彼が自らの自尊心を保つ為に無意識の内に行った選択だった。

 他のどの冒険者に読みを外されても許せないが、目の前の男だったならば納得が出来るという保身に近い思考。

 彼自身も気づいていない思考を、しかしリゼルは見透かすように微笑んだ。


「何のために此処に来たのかは重要じゃないですよ。彼を避難民の方から離せたなら充分です」


 ぴくりと元凶が眉を跳ねあげた。

 まるで自分が彼の思惑通りに動いているような言葉は、どこまでも穏やかな声で告げられる。


「思い通りに動かせていると思っているのならば後悔するが良い」

「勿論貴方が何の準備も無く動くような人ではないと思っていますよ」

「ほう、ならば私がこれからする事を止めてみせろ」


 出来る筈が無い、嘲笑する彼は明らかにそう言っていた。

 同時に彼の周りをぶわりと風が舞い上がる。それは魔力の奔流の為に起きた流れである事は明らかで、魔法を発動するのを阻止しようと斬りかかるものは全員彼の防御魔法により弾き飛ばされていた。

 魔力装置による補助を受けている防御は固く、弓も魔法も通さず彼の所業を阻止する事は出来ない。


「思い知れ」


 瞬間、城壁が凄まじい爆発と共に崩れ落ちた。

 破壊され穴を開けていた城門も防ぐ為に作られたバリケードも、元凶である男より後ろが大きく抉れるように門の形を完全に失い崩れ落ちていく。

 途端に支配され街中へ流れ込む何百という魔物、上から見るとまるで濁流のようなそれを止める術はない。

 誰もが絶望と共にそれを見る事しか出来ず、男の高笑いが響く中でシャドウが我に返り舌打ちをしながら指示を飛ばそうとした時だった。


「大丈夫です」


 膨大な音が街中を支配した。

 音量だけでいえば誰もが耳を塞いでも不思議ではない騒音と変わりはない。しかし音は音色だった。

 誰もが耳を押さえることを忘れて聞き惚れる音色。歌声。同時に街の中心から光が広がる。

 眩しさに目を眇めた一瞬の内に現れたのは、街の中心広場を覆うように現れた美しい光のドームだった。

 雪の結晶を並べたかのような円蓋は青白く輝き、時折七色に光を反射する。膨大な歌声は意味を悟れない音で紡がれ続けていた。


「言ったでしょう? “避難民の人達が襲われたら、すぐ分かる様に合図が上がるかもしれません”って」


 いつか聞いた言葉がリゼルから零される。

 いたずらっぽく微笑まれ、シャドウは辛うじて動きを止めない頭でその笑みを見下ろした。


彼女たち・・・・の魔法に敵う者は間違いなく存在しません。それこそ、迷宮のボスが何匹集まろうともあの魔力結界は突破できないでしょう」

「あれが結界だとッ!」


 元凶から怒号に近い声があがった。

 彼は間違いなく天才だ。魔法の才能に恵まれ、探究心のままに手段を問わずその技術を磨き、人間の中では最上位と言っても良い程の魔法使い。

 だからこそ理解出来る。城壁の上からはっきりと見えるあの円蓋が常軌を逸していることを。

 自らが纏う絶対防御の結界を軽く超える強度、村程度ならば完全に覆ってしまう程の規模、そして魔力装置をいくら利用しようと足元にも及ばない程の絶対的魔力。

 人間業ではない、人ならば化け物と呼ばれる範囲さえ超えいっそ崇拝されるべき神の御業。


「敵意が無ければいれて貰えます、街中に取り残されている人の保護を優先に」

「、分かった」


 その言葉にシャドウが憲兵総長へと指示を与え始める。

 それを横で聞きながら、リゼルは中心広場の方を向いて小さく囁いた。


「―――…―……―――」

「―…」


 返って来た短い音色に良かった良かったと頷く。


「被害はゼロです。彼女達に協力を求めておいて良かった」

「リーダーもっとでかい声で喋ってくんなきゃ聞こえないんスけど」

「恥ずかしいじゃないですか」

「お前が恥ずかしがる基準が分かんねぇ」


 リゼルが囁いた言葉は今街中に響き渡る荘厳で美しい音色に良く似ていた。

 恥ずかしいが、仕方が無い。彼女達の言語が古代言語なのだから。

 今の音楽の礎となった言語。本来ならば強い力を持つ言葉は失われ、その音色だけは人の耳を楽しませるためだけに残された。その言語を本来の姿のまま用い、そして本来の力を発揮出来る唯一の存在。


「エルフという存在は、本当に美しい」


 響く音色を堪能するかのようにゆるりと目を細めたリゼルの言葉に、それを聞いていた数少ない者達は驚愕した。

 エルフという単語を知らない者はいない。何処に住みどのように暮らし何を食べているのかも分からないもはや伝説ともいえる存在だ。

 その姿は時折目撃されたと噂されるが真偽がはっきりせず、大抵が見間違いだと笑い飛ばされる。


 そんな彼女たちとリゼル達が出会ったのは決して偶然ではない。

 偶然だと、都合が良いと片付けたのではリゼルの尽力が報われない。

 チャンスを逃さず自らの資金でとある本を手に入れ、尽きない好奇で真偽を見比べ、体を張って地図を手に入れ、それ以降地図と云う地図に目を通し新しい地図も絶えず購入して合間を縫っては該当する地を探し続けた。そしてようやくたどりついた魔鉱国の坑道。

 その上に位置するスポットに、彼女達は暮らしていた。


「友好を結べて良かったです」

「色々あったけどな」

「色々あったッスねぇ」

「おい、思い出話をしている場合か」


 一瞬遠い目をするジルとイレヴンに、一体何がと思いつつシャドウが声をかける。

 その視線は真っ直ぐ元凶を向いている。

 そういえば忘れていたとリゼル達がそちらを向くと、先程まで高笑いしていた事が気の所為かのように静かに佇む男が居た。

 それは異常な程に冷静で、誰もが警戒を抱くのに十分な程奇妙な空気を纏っている。


「本当に止めて見せるとはな……」


 全てを妨害され、繋がる命綱を一本一本断ち切られるかのような状況でさえ彼が追い込まれていると思えなかったのは絶対的自信があるからだ。

 自分こそが至上であるという、全ての人間を下に置く自信が。

 そして、それを確固たるものにする手段もある。


「これ程張り合いがある相手には出会った事が無い……素直に喜ぼう」

「つか張り合おうとしてんの? リーダーに張り合おうなんざアンタ程度じゃ無謀だっつの」

「あれは喜んでるって思いこんで自分を誤魔化してるんですよ、触れてあげないように」


 しぃ、と言いながらもしっかりと聞こえてきた言葉に元凶は激しい屈辱を感じながら拳を握りしめた。

 しかし此処までだ。魔物も大侵攻も全て今この時の為にある。

 充分なデータは取れた、最適な魔法式も構築出来た。そもそも自分の実力が魔物如きに依存されるなど彼にとって許される事では無かったのだ。

 魔物遣テイマーいの最高峰など、彼の研究の過程で勝手に周りが呼び始めたに過ぎない。

 ふいに雑談に興じていたリゼルが微笑みながら彼を向いた。


「さて、充分に時間は稼いであげたと思うんですけど」

「上等だ……!」


 どこまでも全てを見透かしたような視線。

 しかしもう手遅れだ。発動した際の絶望の顔を思うと自らの口元がゆっくりと歪んで行くのを自覚する。

 最高の駒が此処にはある。やはり天は我に味方するのだと勝利を確信した。

 静寂を切り裂くような獰猛な笑みがバッとマントから露わになった。


「私を手の平で転がそうなど自惚れた事を後悔するが良い!」


 ジルは向けられた視線にその場を咄嗟に離れようとしたが、足元に広がる魔法陣がその足を縫い止める。

 舌打ちをしながら城壁ごと破壊しようと剣を振り上げるのと、魔法陣が強く発光した事、そして横からトンッと押されたのは全て同時だった。

 視線を向けた先、微笑むリゼルの顔がある。


「約束って言ったでしょう?」

「ッこのアホ」


 リゼルを呼ぶイレヴンの焦燥の声、驚愕に彩られるシャドウの顔。

 そしてドクリと一度大きく鳴った自らの鼓動の音を、ジルはやけに鮮明に感じていた。




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[気になる点] 迷宮ルールで幼児化したリゼルを、エルフのお姉様方がどう扱うのかが読みたいですw
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