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40:一人にはバレる

 は集まる人間たちを煩わしく思いながらも笑みを浮かべてその光景を眺めていた。

 恐怖を浮かべる人々、混乱し騒ぐ人々、そしてそれらを落ち着ける為に走り回る憲兵達。

 視界を埋める人の波が自らの手によって矮小にも怯え震えている光景は、彼の自尊心を高めるに相応しい光景だった。

 恐怖に陥り踊らされる人々に、国と並ぶ規模の街を掌握した気分に多大な満足感を得る。

 酔いしれる程陶酔しないのは、偏に彼が真実国を掌握しようと思えば当然出来るという自信を持っているからだ。


 情報は勝手に集まった。

 人々の不安を除こうと大きな功績が上がる度に憲兵の口から発表されるからだ。

 彼らにとって大きな功績は、自らにとって出方を変えるキッカケとなる。東の要であるゴーレムが倒されたという情報に、彼はピクリと眉を動かした。

 四方にそれぞれ配置した使役の頭、それが失われた事で末端への支配が歪む。

 しかしその程度で自分が揺らぐ筈はなかろうと、次点の魔物へと使役基盤をずらす。効力は弱まるもののまだ魔物への支配が途切れる訳ではない。


「(系統樹式の支配方式の欠点はやはり頂点の要が揺らぐと末端まで影響が出る事か。しかし多数の魔物の支配を可能にするには上位に下位の統制をとらせる必要がある)」


 元より実験、多少狂った所で全て許容範囲内だ。

 その狂いも彼が予め予想していた事にすぎない。魔物風情に自らの崇高な思想を実現するような力など元より期待していないのだから。

 しかし、と彼は仕方なさそうに小さく肩をすくめる。

 あの巨大ゴーレムを倒せるような冒険者が偶然だろうが良く此処に居たものだ。やはり優れた才能には優れた人物が集まってしまうらしい。

 何故なら、今此処には自分がいるのだから。


 東側が押されている。

 ゴーレムを討伐できる人物がいるのだから、それを中心に盛り返しても可笑しくは無いだろう。

 冒険者など頭も使えない脳筋ばかりだが、勢いに乗って目の前の魔物を斬るぐらいは出来るはずだ。

 しかし全く大局が見えていない、嫌味の様に笑い彼は意識を西側の装置へと集中した。

 装置を経て指令は増幅、そのまま要の魔物に下位の魔物へと門へ突撃する指示を出させると同時に門を破壊。

 流れ込む魔物に憲兵がうろたえる様子が見れないのは残念だ、と彼はマントを深く被り直した。


「国相手に魔物の大群わたしのたわむれがどれ程通用するのか試させてもらおう」







 魔物の中には夜行性のものも居る。

 迷宮に入ってしまえば関係は無いと思われがちだが、何故か迷宮内でも時間の経過によって普通に朝夜が区別されている。つまり昼間は明るくて夜は暗い。

 洞窟や迷路型などは分かりづらいが、森型や城型の窓の外など不思議と日が差しているようにさえ思える程自然な明るさを感じる事が出来るのだ。

 基本は昼の方が魔物が活発、逆ではないかと思われそうだが迷宮だから不思議でも仕方ない。

 大侵攻も迷宮が引き起こすだけあって、向かってくる魔物たちは所属する迷宮の生活サイクルに依存する。


「夕暮れまで後少し、それまでの辛抱ですね」

「操ってんなら時間とか関係ねぇんじゃねッスか」

「“支配者さん”の支配でも迷宮の法則には敵わないでしょう。彼も多分それは分かってるので、暗くなる前に魔物の侵入は止めるはずです。下手に城壁内で魔物を孤立させても彼にとっては損失でしょう」


 魔物だって睡眠を必要とするが、迷宮内の魔物に関しては何処からか出てきて襲い掛かってくるのでその限りでは無い。

 だが迷宮で夜を明かす冒険者への慈悲なのか何なのか、手を出さない限り魔物が積極的に襲ってくることは無くなる。その代わり手を出せば昼間より強化された魔物を相手にする事になるが。

 攻撃しなければ余程近付かない限り気付かれる事は無いが、時折いる徘徊型の魔物に関しては向こうから近付いてきて気付かれる事もあるので絶対に安全と云う訳ではない。

 しかし城壁で囲われるマルケイドならば、まず安全だと安心して良いだろう。


 リゼル達は西門からやや離れた商店の一室から西門を眺めていた。

 ちなみにインサイ所有の店なので不法侵入では無い。

 破壊された門には既に即席だが頑強なバリケードが築かれ、今以上の魔物の侵入を防いでいる。あんなバリケードが直ぐ用意できたのも、シャドウがリゼルの言葉を信じて事前に準備しておいたおかげだろう。

 侵入した魔物も数を減らしているし、夜になるまでに侵入した分は片付くはずだ。


「おい、一匹」

「あ、ついにですか」


 ふいっと手を振ると出現した魔銃ライフルが、軽い発砲音を響かせてすぐに姿を消した。

 憲兵達の包囲網を異常な速さで突破した魔物が予想外の方角から放たれた攻撃に絶命する。

 どさりと崩れ落ちたその体に後を追っていた憲兵が周囲を見渡すが、離れたこの場所には気付けないだろう。しばらく周りを見渡し、恐る恐る魔物の死骸を回収している。

 そう、リゼルもただノンビリと騒動を見物している訳ではない。


「雑ァ魚、普段でかいツラしてんだからあんな魔物一匹逃がしてんなよなァ」

「今のは仕方無いですよ。魔物を侵入させる必要がなくなった支配者さんの遊び心です」


 数匹の魔物のまさかの連携プレーだった。

 完全に日が落ちるまで後数分だ、動きを止めつつある外の魔物たちは放っておいても勝手な事はしない。

 そう考えたのだろう彼が侵入し隔離された魔物を使って憲兵を出し抜いたのだ。この終わり際に異彩な動きを見せておけば、明日以降常に憲兵達はそれを警戒して神経をすり減らすだろう。

 器用な事をするものだ、とリゼルは感心しながら微笑んだ。

 侵入した最後の魔物が倒されたのを眺めていると、ふいに扉がノックされる。


「失礼致します。お食事の用意が整いました」

「俺すげぇ腹へったー」


 イレヴンの声に笑みを浮かべて見せるのは、以前リゼル達をインサイの元へと案内した店員の男だった。

 まさに働き盛りだろうと思われる年齢相応の落ち着きは、今まさに自らの街が魔物に襲われているとは思えない。流石インサイのところで古くから働いているだけある。

 シャドウと別れて店を出る時に見送りに来てくれた彼に西門を見渡せる場所がないか聞いたら、快くこの店へと案内してくれた上に世話も焼いてくれた。恐らくインサイの指示か。

 お好きな時に食堂へお越しください、そういって出て行った後ろ姿を見送る。


「嬉しいですけど、何ででしょう。お店を荒らすと思われてるんでしょうか」

「アホ。あの爺が誰の爺だと思ってんだ」

「あー、性格全然似てねぇと思ってたけどこーゆーとこ似てるッスね」


 納得したイレヴンに続き、リゼルも成程と苦笑した。

 常々自分の何が彼を動かすのだろうと思っていたが、インサイもだとは。二人揃って細かい所に気付いてくれるおかげで感謝は絶えない。今度何かお返ししなくては、と頷く。

 胃袋の限界を訴えるイレヴンに急かされ、リゼル達は立ちあがって扉へと向かった。


「変なとこが似ちゃいましたね」

「ジャッジなら分かるけど、あの爺さんが誰かに尽くすような人間だとは思えねぇんだよなァ」

「好きでやってんだからやらせとけば良いだろ」


 価値のあるものには相応の扱いを、商人ならではの特殊な考えが祖父と孫揃ってナナメ上に発揮されている事など知る由も無かった。

 冒険者のほとんどは城壁の上で眠りに就く中、用意されたフルコースも柔らかいベッドもあるのは運が良いだろう。助言に対する報酬だと思えば妥当か。

 食事を終え、先程の部屋へと戻ったリゼル達の前に現れたのは完璧にベッドメイキングされたベッドだった。流石に感心してしまう。

 食事に関しても完璧。責任者とはいえただの店員である彼が何故そこまでと、インサイの店は募集要項に料理の腕でもあるのでは無いかと思ってしまった。

 全てを完璧にこなして「おやすみなさいませ」と腰を折って部屋を出た彼に、店員って何だっけと思ってしまうのも仕方が無い。


「ああいう人が上にいるから、部下も倣ってハイスペックになるんでしょうか」

「んなわけねぇだろ」


 ですよね、と頷いてリゼルは窓の近くに置かれた椅子に座って外を覗いた。

 夜の帳が下りきった街並み、西門の控え目なざわめきが微かに届いてしまう程に静かだ。普段は光の絶えないはずの街中では街灯が物寂しく灯り辛うじて真っ暗になるのを防いでいる。

 マルケイドの住民が見れば切なくなる程に寂しい光景だろう、そう思いながら窓枠にもたれかかり一冊の本を開いた。

 何かを考え込むように本を眺めるリゼルに、イレヴンはもぐもぐと口を動かしながらジルへと近付く。


「リーダーまた何か考えへるっふね」

「食いながら喋んじゃねぇ」


 剣の手入れをしながら一蹴したジルに、イレヴンはへいへいと食べていたものを飲み込んだ。

 ちなみにイレヴンが食べているのは夜食と称して作って貰ったホットサンドで、初対面であるはずのイレヴンの自由気ままな発言に少しも笑みを崩さず付き合える店員はまさしく接客業の鑑だろう。

 ジルは相変わらず剣の手入れを続行しており、相手にしてくれそうにないと判断したのだろう。イレヴンは座りこんだままずりずりとリゼルの足元に移動した。

 良い高さにある足に頭を乗せると、細い指が優しく髪を梳く感覚に満足気に笑みを浮かべる。


「なぁなぁ、さっさと元凶特定してブッ殺しゃ良いんじゃねぇの」


 見上げる視線にリゼルは微笑み、手を止めないまま「んー」と曖昧な言葉を返した。

 手っとり早いのがいつだって最善だとは限らない。しかしマルケイドにとっては決着が早い方が確実に良いだろう。

 一日の取引が止まるだけで損失は莫大なものとなり、早期の解決はそのまま評判を上げてその損失を補う事が出来るのだから。逆にここで手間取れば、人の出入りが少なくなり商業国として致命傷を受ける事となる。

 さらに領主が成り上がりとくれば、他の貴族に口を出されるようになることは想像に難くない。

 三代目にもなるのに成り上がるも何も無いだろうと思うが、過去の栄光にすがるだけの一部の貴族にとっては目ざわりに変わりないのだから。


「早い方が良いとは思いますけど、ちょっと考え中です」

「何で。リーダーなら今すぐとか出来んじゃねぇの?」

「買いかぶりすぎですよ」


 穏やかな笑い声と共に髪を撫でていた掌が頬へと触れた。

 中指が鱗を滑る感覚に心地良さそうに目を細め、下から穏やかな顔を眺める。

 甘い瞳が本から外れないのが不快で頬を滑る指を唇で追った。おもむろに咥えてゆるゆると歯を立てるとようやく此方を見下ろして仕方が無いと微笑む瞳に咥えていた指を離す。

 そのままむにりと頬を摘まれ、イレヴンは満足そうに唇を吊り上げた。パタンと本を閉じる音がする。


「おい、邪魔してんじゃねぇ」

「邪魔じゃねぇもーん」


 呆れるように咎めるジルの声に機嫌良く返し、イレヴンは残っていた夜食を食べきった。

 ぐりぐりと後頭部を押し付けていた膝が立ち上がろうとするのを察して頭を起こす。


「イレヴンも暇そうですし、少し出掛けましょうか」

「マジッスか、やった」


 パッとイレヴンが身軽な動きで立ち上がった。

 恐らく彼の中では元凶をフルボッコにしているだろうが、幾らなんでも今からそんなことはしない。

 しかし、迷うことなく脱いだ装備を着込む二人はリゼルの言う出掛けるというのがただの散歩ではないことに気付いているのだろう。今ならば当然か。

 お出かけですか、と廊下から声が聞こえた。真っ先に部屋を出たイレヴンと鉢合わせたようだ。

 リゼルはふいっと窓から外を見る。月明かりすらほとんどない暗い空が広がっていた。


「――――……」


 呟き、微笑んだ先には誰もいない。







 夜中であろうと、インサイの本家にいるマルケイドの重鎮達は動きを止めない。

 まさに寝る間も惜しんで対策を続けており、当然そのトップであるシャドウも休める筈が無かった。

 交代で短い休憩はとっているものの、短時間横になる程度の睡眠とは言えないものだ。

 それに誰もが不満を持つ事無く動いていることこそ、彼らが真にマルケイドを想っている証拠だろう。


 初日が終わったとはいえ気が抜けない。初日とはいえ色々有りすぎた。

 ゴーレムの戦略行動に門の破壊、誰もが予想し得なかった事が次々と起きた事は想像以上に周囲へと衝撃を与えている。

 シャドウは元凶の事を周囲に話してはいない。信じはしないだろう確信があるし、此処で不毛な論争を繰り広げる時間の余裕などないからだ。

 自分も相手がレイやインサイに散々言われたリゼルで無ければ信じなかっただろう。そのリゼルを知らない人々に彼から聞いた話をしたとして、例え領主からの話だろうと簡単に納得出来るものではない。

 避難民への物資援助、炊き出し、冒険者や憲兵達の被害状況の報告などが一段落してシャドウは長く息を吐いた。


「休んだらどうじゃ」

「却下だ。それよりも物資は後何日もつ」

「天下の商業国の品物が簡単にきれるはず無かろう。そこらの店からもかき集めればまだ二週間はもつわ」

「なら良い」


 頷き、どんどんと追加される書類に目を通す。

 西門の被害状況と、応急処置に関するものだ。夜通し門の修復は続けられるだろう。

 もちろん石造りの分厚い門が簡単に直せる訳では無いので、代わりに強固なバリケードを急ぎ作らせている。

 しかし、とシャドウは眉を寄せた。


「折角手に入れた優位を簡単に手放す相手では無いだろう」

「警備は増やしてるんじゃろ、今のとこ魔物も動いとらん」


 門の復旧を見逃してくれる相手などいない。

 リゼルからは仕掛けは一回きりの発動だろうという言葉を貰っているが、だからこそ別の手段がとられるのではとシャドウは西門の警備を数倍強化している。

 破壊された門から魔物が流入するのを警戒しているだけだと周囲には思われているので、元凶に存在を看破しているとバレる事は無いだろう。

 恐らく避難民に紛れている元凶はまだその場にいる。動く理由は無い。


「これ程の遠隔操作が出来るのなら間違いなく魔物遣テイマーいの最高峰だろう。人の上で浮かれていれば良いものを血迷う理由が分からんな……この書類は憲兵総長へ持って行け」

「持った力は使いたくなる、そういう事じゃろ。凡才も天才もそこは変わらん」


 この場にはシャドウとインサイ、そして周囲を固める数人しかいない。

 護衛の筈が書類運びに使われる男は慣れたように渡された数枚の用紙を持って部屋を出た。普段からこういう扱いが多いようだ。

 各方面への指示が多い為に重鎮達は部屋を分けているが、こういった話が隠しもせず出来る部分は有難い。インサイはそう思いながら街中の流通を取り仕切って指示を出していた。

 流通の関係でシャドウの許可が大量に必要になるためにインサイは部屋を同じくしている。

 その時、ふと屋敷内が騒然とし始めた。


「失礼致します!」

「どうした」


 部屋へと飛び込む勢いで入って来た男にシャドウが怪訝そうに問う。

 焦りの浮かぶ表情に、良い知らせではなさそうだと顔を顰めた。


「魔物の奇襲です! 今この屋敷が多数の魔物に襲われています」

「門が破られたという話は聞いていない」

「敵は魔鳥のようです」


 鳥型の魔物をまとめて魔鳥と呼ぶが、まさか空から来るとはとシャドウは鋭く舌打ちした。

 普段から魔鳥の危険は存在しているが、彼らが国の外にいる人間以外を襲ったなどという話は滅多に聞かない。それは人里離れた場所に巣を作るおかげで滅多に姿を現さないからだったり、魔物にしては慎重な性格から人の多い場所は避けるおかげだったりする。

 周囲は数ある魔物の異常行動のひとつと判断し迎撃しているようだが、事情を知る者からしてみれば違う。明らかに元凶が狙ってこの屋敷を襲撃したのだろう。


 リゼルが来訪時に言っていたが、マルケイドの歴史を有る程度知っており戦略的立地を考えればシャドウの居場所は分かる。

 リゼルが簡単に目論見を暴いて行くおかげで忘れていたが、相手は国を代表する魔法使いなのだ。この程度は分かって当然か。

 シャドウが立ち上がり止める声を無視して窓側へと寄った。カーテンの隙間から覗けば僅かな明かりの中を一瞬横切る影を捉えられるのみだ。月明かりも少ない中で戦うには相手が悪い。

 外からは弓の音と剣を打ち鳴らす音がした。戦闘はもう始まっているらしい。


「初日で王手を狙う相手には思えなんだが」

「ならば違うのだろう。あいつが言った通りこれが実験ならば本命の目的は別にあるはずだ」

「お前さんがそこまで信頼する相手が出来るとはのう」


 カラカラと笑うインサイに、シャドウは顔を顰めただけで何も返さなかった。

 廊下の向こう側では憲兵総長が指示を出す声がする。各地の憲兵を集める気なのだろう。

 そんな事をすれば此処に領主がいると宣言するようなものだが、バレているのなら今更か。しかし他の住民にまでバレるのは緊急時とはいえ避けたいのだがと思った時、ふいに先程までシャドウが覗いていた窓を叩く音がした。

 傍に立つ護衛が窓から遠ざけた後、開けろと指示を受けて警戒しながらカーテンを引いて行く。

 逆さにぶら下がる一人の男が、手に持った何かをひらひらと振りながらシャドウを見ていた。


「どうなさいますか」

「……開けろ」

「は、いや、危険では」

「却下だ。恐らく危害は加えられない、開けろ」


 見覚えの無い顔だ。

 目を全て覆う前髪は逆さだと言うのに装飾品に押さえられて瞳を覆い隠したまま、服装も軽装で憲兵とも冒険者とも見えない。

 しかしその手に持つ手紙。その封蝋には覚えがある。

 いつしかリゼルがシャドウへと見せたレイの手紙と同じもの。あの手紙はシャドウが受け取ったはずだが、どうして再び手に入れているのか。

 本当のところはリゼルが魔鉱国に向かうと何処からか聞いたレイが『また役に立つかも知れないから持って行きたまえ!』と押し付けたものだが、本来の目的では無くここで目印として使用されるとは思ってもいないだろう。

 シャドウはそんな事知る由も無いが、目の前でぶら下がる男がリゼルからの使いである事は分かった。


「そんな殺気飛ばされると照れんね」


 開かれた窓にひょいっと身軽に飛び乗り、細いサッシの上にしゃがんだ男は膝に肘を付きながらそうのたまった。

 領主に向ける態度ではない。リゼルに対しては自主的に敬語を使ったのだから使えない訳ではないだろうが、しかし男はその態度を変えずに持っていた手紙を差し出した。

 護衛を仲介してシャドウへと渡る。向けられる警戒と敵意に全く動かなかった表情の中で、唇だけがゆるゆるとつり上がる。

 それが余計に彼らを煽るのだと知らないはずがない。


 シャドウは手に取った手紙の封を切り、広げた。

 長々とした文が続いていると思いきや書いてあったのは一言のみ。『詳しいことは持って行った子から聞いて下さい。ちょっと癖のある子達ですけど腕は確かです』という一文だけだ。

 覗き込んだインサイがとりあえず一言目の前の男が誰かぐらい書いて欲しかった、と小さく呟いたのでシャドウはそれに頷いて同意する。

 窓に座る男に視線を向けると、ゆるゆると唇に浮かんでいた笑みがふっと消えた。


「説明して貰おう」

「や、説明とか俺はあの人の伝言そのまま伝えるだけなんで。

『多分襲撃されるかなと思って援軍を送ってみました、その代わり各方面から戦力を集めるのは止めた方が良いかもしれないです。領主様が直接狙われることは無いと思うので安心して下さい。援軍が必要そうなら領主様に伝えて下さいって言ってあるので今恐らく大変だと思いますが、今日はこれでお終いでしょうし頑張って下さい』……以上」

「……援軍が必要な状況か」

「は、情けないことに月も無く上空からの急襲に対応出来ていません。対応した憲兵の三割が負傷、決定的な打開策が無い為にまだ増えるかと……」


 突然の襲撃と慣れない魔鳥に守りを固める者達は随分と苦戦しているようだ。

 元々対魔鳥の訓練など必要が無く、さらには訓練の機会もないために当然の結果ともいえた。

 ならばリゼルからの援軍が何故魔鳥へ対抗出来るのかと思うが、彼が出来ると送り込んだのならそうなのだろう。

 実の所リゼルは彼らが魔鳥に対抗出来ると知って送り込んだ訳ではないが、実際可能なのだから問題ない。そこらの魔物に手こずるような人間をイレヴンが使うはずがないのだ。


「総長に伝えろ、各警備から人手を集める必要は無い」

「お前さんも柔軟になったもんじゃの。まぁ口先は商人の武器じゃ、言い訳は任せてええぞ」


 部屋を出て行ったインサイに、精鋭の一人である男は内心命拾いをしたと呟いた。

 最善が分からないような人間にリゼルが手を貸すとは思えないし、援軍を送ろうともしなかっただろう。邪険に扱われると知っていて、それでも好意を示すような偽善者ではないのだから。

 更に、もしここでシャドウが援軍を断ったのならどうなるか。

 リゼルの意図に従わない事を許すイレヴンではないし、その下に付き従う彼らも同様なのだから決して良い結末は想像出来ない。


「援軍は受け入れる。その上で貴様らがなのかを聞こう」


 シャドウの鋭い視線が向けられる。

 インサイがイレヴンを盗賊関係者だと思った様に、シャドウもまたそれに気付かない人間ではない。

 そして姿を現した彼、リゼルの『癖のある子達・・』という言葉を考えれば彼らはシャドウの所有する隠密性に長けた護衛でもその存在を確認できない程の実力者だ。

 加えてこの正常から一歩ずれたような異様な雰囲気、壊滅したと報告された盗賊団の一員と言われても驚きはしない。被った被害を考えれば受け入れられる存在ではないが、今この場で口にする程愚かでもない。


「何っつわれてもね、道具でも使い捨てでも……ペットでも?」


 男は平然とそう口にした。

 ガリガリと後頭部をかきながら後ろを振り返り、何かを呼ぶように指で招く。

 それが合図だったのだろう。男の後ろから魔鳥の短い断末魔が聞こえ、何かが落下していくのが見えた。

 早い。実力は確かに高いのだろう。


「あいつが貴様らを道具だとでも言ったか」

「や、俺らの飼い主はあの人じゃねぇし。ただ俺らの飼い主があの人に心酔しきってるから道具な俺らもあの人に使われてるって、だけッ」


 突如腰に付けていた剣を振り抜いた。

 振り返り様に斬り捨てたのは見間違えようがなく魔鳥で、振り降ろされようとした鋭い爪が足ごと斬られて落下していく。辛うじて落下することを免れた魔鳥が飛びあがって行くのを見もせずに、崩れかけた体勢を窓枠をつかんで回避した。

 平然と剣を収め視線をシャドウに戻す。


「ただ、勘違いすんなよ」


 そして、そのままゆっくりと背中から後ろへと倒れて行く。


「道具っつっても使う人間を選ぶのはこっち、ってこと」


 姿を消す間際、浮かべられた笑みは獰猛で正しく彼の本質を表していた。

 使おうとすれば殺す、死にたくなければ使うな、命令を下せる立場など簡単にくれてやるつもりはない。

 それらすべてを内包した笑みはあまりに異質すぎて、窓から落下していった男を心配して駆け寄る人間はいなかった。

 静寂が支配する中、シャドウは一人納得して先程まで行っていた作業の続きを行おうと椅子に座る。

 うろたえる周囲に守りを固める事だけを命じ、最後に男が消えた窓へと視線を向けた。その窓もすぐにカーテンが引かれて何も見えなくなる。


 彼らの飼い主がリゼルに従えと命令したところで、素直に従う人間では無い。それでも従っているのならばリゼルは完全に彼らを支配下に置いているのだと分かっただけでシャドウにとっては充分な収穫だった。

 確証は無いが彼らはフォーキ団の生き残りで間違いは無い。恐らくリゼルが此方に彼らを寄こしたのは、マルケイドが盗賊の被害を多大に被った事を知った上で「お詫びでもしておいで」という意味もあったのだろう。

 シャドウがそれに気付くことも分かっていただろうし、彼らを受け入れる事も予想していた。


「私が盗賊では無く、あいつに貸しを作る大義名分まで用意するとはな」


 盗賊である彼らに貸しを作るのと、道具である彼らに貸しを作るのは意味が大きく異なる。

 だからこそシャドウは彼らに“何”だと問うたのだ。

 そしてふと思う。この襲撃を予測し、手を打った彼は今どこに居るのか。

 インサイ曰く彼の一店舗にいるらしいが、援軍を任せて悠々と眠りに就く人物だとは到底……思えないことも無い。しかしそれより、


 そこまで考えてシャドウは唐突にこの襲撃の意味を理解した。

 屋敷が襲われながらも領主が狙われないというリゼルの言葉、今日はこれで終わりという意味。

 リゼル曰く戦争ごっこのように戦略を使う事が好きな相手、意表をつく事こそ最も優れた戦略だと勘違いしている相手が、ただ領主の居場所へ魔物を差し向けるだけで終わるだろうか。

 これで終わりではない、リゼルが今日はこれで終わりにさせる・・・・・・・のだ。


「陽動か……!」






 時はシャドウ達が襲撃を受ける少し前。月明かりのない森はひどく暗い。

 地下通路を用いて城壁の外へ出たリゼル達は、城壁の周りに集う魔物たちを物珍しそうに見ていた。

 街周りの平野に集まる彼らからは後方にある森に立つリゼル達は見えないだろう。夜の魔物に関しては心配せずとも早々見つかる恐れは無いが。

 しかし城壁の上から見る集団とはまるで違う、これが一斉に襲い掛かって来たのならまず間違いなく逃げ場など失う。

 その集団の中に血路を開き余裕で突破したジルには感心するしかない。


「で、本命はドコっすか」

「俺にとっての本命は領主様の所なんですけど」


 リゼルは苦笑した。

 万が一でも領主というトップを失う可能性があるのならば、其方を真っ先に潰すべきだ。

 だからこそあちらが本命。それは元凶の思惑通りだろう、しかし彼の誤算は本命を守る為に警備を動かせなかったことにある。

 本当ならば相当数の戦える人間が領主を守る為にそちらに向かうはずが、リゼルが数人派遣しただけでその襲撃は効果を失ってしまった。

 しかし彼が本命を発動しないはずがない。西門の整備が完全に完了しない今このタイミングを逃す訳が無いのだから。


「西門近く、もう一つの魔力増幅装置はここら辺って精鋭の方が言ってましたよね」

「あれか」


 ジルが指差した。

 その先には長身の人間程の高さを持った魔道具がある。巨大なランタンのような姿をしたそれは美しい細工が細かに施され、中心部分に存在する水晶のようなものがボンヤリと青白く光っていた。

 細工もただの飾りでは無い。細かいそれは一つ一つが難解な魔法式で、リゼルが美しいと思う程に幾重にも重ねられたそれは数々の効果を引き出している。

 しかし三人が更に近づこうとした時、遮るように魔道具の向こう側に無数の赤が灯った。


「リーダーの言う通りッスね」


 イレヴンが笑みを浮かべながら双剣を抜いた。

 無数の赤は魔物たちの瞳、そして赤い瞳は魔物遣テイマーいによって使役されている証。

 夜中に活動を止める迷宮の魔物たちではない、大侵攻と全く関係のない普段から元凶が使役している魔物達だ。領主の襲撃を行う魔鳥達と合わせるとかなりの数だが、増幅された魔力ならば可能となる。

 流石に大侵攻の魔物たちのように整然と命令系統が作られている訳では無いのであれ程無数の使役は不可能だが、彼の思惑を実行するには充分だろう。


「彼らを使って大侵攻の魔物たちを攻撃すれば、魔物たちは敵を認識して戦闘を再開してしまいます。その状態の魔物たちを使役出来るかどうかは半々ですけど、どちらにしろ西門へと誘導してしまえば再構築中の門は破られてしまうでしょう」


 シャドウの言う通り、優位な状況を簡単に手放すような相手ではない。

 西門は今現在より強固なバリケードが製作されているし、それが完成すれば再び壊しでもしなければ魔物を中へと入れられないだろう。

 これが元凶の本命。対応できる戦闘員らを領主の守りへと回したかったのもその為だ。

 西門へと向かい対処する人間を減らしたかったのだろう。


「あれを一匹残らず狩れば良いんだな」

「その間に俺は、ちょっとあれをいじれないか試してみます」


 ジルの言葉に頷き、リゼルは魔力装置を指差した。

 いじります。と断言しないのは国を代表する魔法使いの魔法式が解析出来るかどうか分からないからだ。

 リゼルも知識だけはあるが、流石に専門分野を更に限界まで深めた場所までは手が届かない。

 魔物達が動いた。じりじりと距離を詰めて来る。


「イレヴンとジルで対応して、精鋭さん達は取りこぼしをお願いします。絶対に大侵攻の魔物たちの元へは向かわせないように」


 精鋭の全てをシャドウの元へと向かわせている訳ではない、この場にも数人いる。はずだ。

 その姿を隠しているのでリゼルには全く分からないが、恐らく近くにいるだろう。

 楽しそうに剣を回すイレヴンを見て、リゼルはふっとジルを見上げた。見下ろす視線に微笑んでみせる。


「魔道具いじるのに血がいるので、ちょっとここらへん斬ってくれませんか? 自分で斬るのはハードル高いです」

「はァ!? 俺の血とかじゃ駄目なんスか!」

「当然駄目です。魔力媒体として本人の血が一番優れてるんですよ、だからギルドでも登録の時に使うでしょう?」


 すっと差し出され、ジルは嫌そうにしながらも差し出された手をとった。

 手袋を外し、露わになった手には傷一つ無い。

 苦々しげに舌打ちし、イレヴンへと手を伸ばす。


「おい、剣貸せ」

「ニィサン持ってんじゃん」

「お前のが切れ味良いだろうが」

「え、確かにそこそこの量必要ですけど、そこまでこだわらなくても」


 目で追えない程の速さで剣が手の甲を滑った。

 同時にリゼルが目を瞬かせる。血は流れているにも拘らず全く痛くない。

 意識してみると少しじわじわと感じるが、これならばむしろギルド登録の際に細い針を刺した時の方が痛かった。

 ジルやイレヴンは当然そうにしているので、真に鋭い傷というのはこういうものなのだろう。流石としか言いようがない。

 流れる血が地面に着く直前、これまで距離を測っていた魔物たちが一斉に襲い掛かって来た。


「リーダーだから飯ん時にホウレン草ばっか食べてたんスか。ニィサン剣返して」

「おら。嫌なことやらせやがって……」

「やー完璧だったッスよ! 俺だったら絶対やりたくねぇけど。リーダー後で回復薬あげっから!」


 話しながらも魔物を斬り伏せる姿に大丈夫そうだとリゼルは頷いた。

 イレヴンが左右に散らばる魔物たちの対処、ジルが集中攻撃される位置でそれらを返り討ちにしている。

 魔力装置の近くで待機をしていた事もあるし、大侵攻の魔物たちを支配するのに魔力の大部分を使ったのは間違いないだろう。だからこそ数自体はリゼル達だけで十分対処が可能だ。

 さて、とリゼルが魔力装置に近付いた。襲い掛かる魔物はジル達が倒してくれる。


「うーん、想像はしてたけど凄い複雑ですね」


 淡い光を発する水晶へと血の流れる手を当てた。

 手は軽い抵抗の後、すり抜けるように水晶の中へと入り込む。流れる血が一気に広がり、水晶の中で三次元的に複雑な魔法陣や魔力式を描き出した。

 そのままリゼルの血液は周囲の金属細工の隙間にも流れ込み、淡く青白い光はやや明るさを増す。

 解析、解析、解析、分解、侵入、解析、解析、再構築。水晶の中の幾何学的な文字や紋様が数瞬置きにその形を変える。


「ジル達も充分頑張ってくれているし、俺もちょっとは頑張りましょう」


 凄い速さで書き変わる情報に、リゼルは少し頭が痛む感覚を誰にも悟られず抑えこんだ。



精鋭達に忠誠なんてない。でもただイレヴンの恐怖政治に従ってる訳でも無い。

戦ったら負けるけど、逃げる足も実力もある癖に従ってる。そんな感じ。



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― 新着の感想 ―
タイトル、これジルにはバレてるってことかww まじで騎士やなぁ
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