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38:教え子には敵わない

 マルケイドは未曽有の危機に陥っていた。

 普段の賑やかさとは裏腹に人の姿が消えた通りでは、国を代表する名物である煩い程の呼び込みの声も無くなった。

 そんな街を元に戻そうと人々の避難や防衛指示を絶えず出す声は堂々としていたが、しかしそれが常より僅かに早口だと誰が気付くだろうか。

 領主として動揺を表に出す訳にはいかない。シャドウは忌々しげに眉を寄せた。


「これお土産です、皆さんでどうぞ」

「こりゃすまんの」


 そんな中、朗らかに挨拶を交わす二人をいっそ憎らしささえ感じる視線で射抜く。

 その美麗な顔には疲労の色が漂っており、目の下の隈がひどく存在を主張している。

 それもそうだろう。突然の魔物の大侵攻に対する備えなどしようが無く、しかも魔物たちが統率のとれた動きを見せているのだから。

 領主として出来る全てのことをやるには手が足りない。

 ふいに訪れた見覚えのある男にシャドウは疲れが倍増する思いすらした。


「この前は孫が世話になったようだの」

「いえ、俺は少し手を貸しただけです。品物の不足に気付いたジャッジ君があってこそですよ」

「儂の孫は優秀なんじゃ。ん、何か見慣れん顔がおるが」

「イレヴンっす、よろしく」

「なんじゃ胡散臭い奴じゃな」


 インサイはジャッジと違って言い渋ったりしない。

 ばっさりと断言されたイレヴンがけらけらと笑うのを見て嘘臭いと感じたインサイの直観は衰えていないのだろう。

 状況と時期的に盗賊団絡みかと考えているが、まさか盗賊団の首領本人だとは思わないようだ。

 つーかジャッジの爺さん若! と騒ぐイレヴンの声を、ダンッと強く机を叩いた音が遮った。


「誰が通した」

「お久しぶりです。下に以前顔を合わせたインサイさんの店の店員がいたので、割とすんなり通して貰えました」

「インサイ!」

「そういや、こいつ等が来る事があれば何時でも通して良いって伝えてあったわ。よう此処が分かったの」

「領主様がいること前提なら、ちょっと分かりやすいです」


 微笑んだリゼルに、はっはっとインサイが笑った。

 実際リゼルは今インサイとシャドウが共に居るだろうと思っていたし、それが領主官邸では無いことも当たりを付けていた。

 商業国マルケイドの中心にある領主官邸前の広場は今避難民に溢れている。また其処へ向かう道も人に溢れており、満足に伝令が行き来する事も出来ないからだ。

 正体を現したくないシャドウが拠点とする場所は限られるし、その中でも人の出入りがあっても不自然では無く、伝令のやり取りや物資の運搬も滞りなく行え、全方面から情報が入りやすい場所となると貿易業を営むインサイの家が一番適しているだろう。


 ジルはさり気なく周囲へと視線を投げた。

 商家だから警備は甘いかと思ったが、やはり領主がいるとなれば違うのだろう。

 以前監視についていた者や、街を一人歩くシャドウの護衛についている者など守りが固められている。

 商人あがりで戦闘知識は疎いだろうと思っていたが、自分がいる状況は把握できているようだ。

 先程の短時間の門の開閉も上手くやったようだし、こういう時に何も出来ない領主でないだけマシだろう。

 割と辛辣に考えてしまうのはリゼルの為か。わざわざ彼が協力する人物が無能であると困るのだ。


「包囲程度の知能は持っているようですけど、他に何か普段と異なる行動はありましたか?」

「却下だ。冒険者に教えることではない」


 切り捨てるシャドウに、口元を歪んだ笑みに変えたイレヴンが皮肉でも言おうとしてジルに頭を叩かれた。相手が誰だろうと噛みつくのは止めろと言いたいらしい。

 叩かれた叩かれたと頭を指差して差し出すイレヴンを慰める様に撫でてやりながらリゼルは苦笑する。

 確かに一介の冒険者の身だ、この場にいるのも相応しくないだろう。

 此処に居る誰もがそんな事を思い浮かべすらしないが、リゼルは納得して潔く身を引いた。

 シャドウの様子からして異常な程に普通の大侵攻と異なる行動はとられていないようだ。まだ、なのかは分からないが。


「今回の大侵攻、いつもと違いますよね。異種族同士で上下が出来ています」

「……それがどうした」


 例え大侵攻であったとしても、過去魔物たちは種族ごとに群れて行動をしていた。

 ウルフ系ならばウルフ系だけ。群れを率いるのも上位のウルフ系であり、他の種族を従える事は無い。

 共に侵攻していようと同士討ちしないだけの違う群れであるはずだが、今回は違う。

 区別があるのは上位と下位のみで、下位ウルフを統率する上位ゴーレムなど奇妙な関係が出来上がっている。勿論通常通りの同種の群れも見る限り存在していたが。

 こんな大侵攻は、過去にあった人為的原因の大侵攻の時でさえ見られなかった。


 この世界で過去一度だけ在った人為的大侵攻、それは一人の闇商人が飛竜の卵を街へと持ちこんだことで発生した。

 絶対王者であるべき飛竜の中でも、最悪な事に最上位の竜の巣から盗まれたものだったらしい。魔物たちは王者である存在から命じられたかの様に卵が運ばれた国へ侵攻を開始した。

 竜の一声に応えたのか怯えたのか、しかし集まった魔物たちの大群が異種族同士が結託したという話は無い。しかもその時は同種族間ですら共闘の欠片もなく、ただ集まった魔物が一斉に襲いかかっただけだと記録には残っている。


「敵は魔物だけじゃ無いかもってことです」

「何だと……?」


 怪訝そうな顔のシャドウに可能性の話だと微笑み、リゼルは踵を返した。

 イレヴンとジルもそれに続く。


「何処へ行く」

「俺たちは冒険者らしく防衛に励んできます。お忙しい所失礼しました」


 さてCランクは何処に行けば良いのかとリゼルは首を傾げた。

 こういう時はパーティ単位で動く。リゼルはDだがCランクとして動く事になるはずだ。

 勿体無いのぅとニヤニヤ笑うインサイに見送りを受け、実際はシャドウとインサイ以外にも人が居た部屋を出る。それは商業国の冒険者ギルドのギルド長だったり憲兵のトップである憲兵総長だったりしたのだが、まさかリゼルが普通の冒険者とは思わず貴族の関係者かと口を挟まなかった者たちだ。

 唖然と見送る視線にリゼルが何かを返す事はなく、しかし部屋を出る直前ふとシャドウを振り返った。


「顔がお疲れですよ。お土産に甘いものを選んできたので是非召し上がって下さい」

「……ッ却下だ」


 言われなくとも分かっていると言いたげな声に、リゼルは楽しそうに笑いながらその姿を扉の向こうに消した。

 シャドウはぐっと眉間を揉む。今のは何者だと口々に尋ねる周囲へ無言で返し、ふと視界の端に映った光景へと視線を向けた。

 インサイがもぐもぐと口を動かしながら箱を差し出している。言うまでもなくリゼルからの土産だろう。

 誰からの物であろうと、仮にも領主より先に開けて食べるのはどうなのか。当然毒見などという忠誠心からの行動では無いことは分かりきっている。

 いらないと突っ撥ねたらしつこく食い下がられ、最終的に無理矢理口の中に突っ込まれた。


「美味いじゃろ」

「……」

「しかしあ奴が冒険者らしくとか、違和感しかないの」


 ほどよい甘さに滑らかな食感。魔鉱国カヴァーナ名物“一口温泉まんじゅう”は確かに美味だ。

 更に疲労で停止しかけた脳が働きだす感覚を覚え、しかし美味いもののこんな土産でさえリゼルの思い通りだと思うと素直に同意するのも癪で無言を貫き通すシャドウにインサイは声を上げて大笑いした。







 リゼル達は城壁の上に登っていた。

 憲兵は街中の避難に追われているようで数が少なかったが、冒険者はほとんど城壁付近へと集まっているらしい。

 城門とは別にある通用口のような比較的小さな門の前では、今まさに冒険者達が戦い敵の数を減らしていた。見る限り上位の魔物は近場にいないので、今の内に戦力を削っておきたいのだろう。

 危なげなく戦っている姿に、そこそこ高ランクの冒険者達かとリゼルはそれを眺めていた。


「Bランク以上のパーティは下に行け! Cランクは援護、それ以外は物資の輸送! 上からの援護も欠かすなよ!」

「彼は?」

「知らねぇ」


 冒険者へ指示を飛ばす人物が少し離れた城壁の上にいた。

 見る限り冒険者だが、その隣にはいつかの女性ギルド職員であるレイラが立っている。

 リゼルは以前読んだギルド規定を思い出しながら、ああ成程と頷いた。

 ギルド規定には大侵攻の時の対応もしっかりと書かれていたからだ。


「彼が御指名の指揮官なんですね。大侵攻などで冒険者が一致団結する際にはギルド職員が指揮をとり冒険者はそれに従う義務があるって書いてありましたけど、ギルド職員が不可能な場合は任意で指揮をとる冒険者を指定するらしいです」

「そんな決まりあったんスね」


 確かにレイラが基本的に自由奔放な冒険者を纏めるのは荷が重いだろう。

 実は彼女はCランク程度の冒険者なら一対一でボコボコに出来る実力の持ち主だが、この状況で大勢を纏められるかと言われれば無理だろう。誰しも少女に従うよりは、歴戦の冒険者の指示で戦う方が良い。

 彼女のことだから迷うことなく冒険者を指名したのだろう、自分を知っているのは良い事だとリゼルは微笑んだ。


「じゃあ俺達は上から援護してれば良いんですね。他の冒険者の人達は弓を使ってるみたいですけど、どうします? あ、イレヴンは使えましたね。上手に俺のこと狙いましたし」

「その言い方で褒められると複雑っつーか……まぁでもそこそこ出来るッスよ。ニィサンは?」

「何回か使った事はある。剣の方が性に合ってたからしばらく使ってねぇけど」


 物は試し、とイレヴンが弓を二本貰って来た。

 ちなみにリゼルがイレヴンから弓を受け取ろうとしたら、呆れたような視線を隠すことなく向けられた。

 弓より良いもの持っているし、魔法も使えるのに何故と言いたいのだろう。

 しかもリゼルは弓を使った事が無い。此方の世界に来てからの話ではなく、向こうの世界でも一度も手に取ったことは無いのだ。

 受け取ろうとした理由などやってみたかった以外に無いだろう。


「多分味方を誤射したりはしないと思うんですけど」

「そこは断定して欲しいッス。っと、」

「あ、凄い。当たりましたよイレヴン」

「当たったっつー褒め言葉ってどうなんスか」


 ヒュンッと風を切る音と共にイレヴンが放った矢は魔物の一匹の脳天を貫いた。

 やはりどこまでも脳天狙いなのかとリゼルとジルの内心が一致している事など誰も気づかず、今度はジルが弓を構える。久しぶりと言うがその姿は堂に入っていた。

 ジルの眉間の皺が深くなり、狙いを定めてるのかとリゼルがそれを眺めていた時だった。

 バキッという盛大な音がジルの手の中から響く。


「あーあー、ニィサン引きすぎッスよー。つか折れるまで引けるとかマジ人外」

「弓真っ二つですね。手、怪我しませんでした?」

「ねぇ。そっちは煩ぇ、軽く引いただけだろうが」


 相変わらず最上級装備のおかげでジルの手は無傷で済んだようだ。

 尋ねるリゼルにひらりと手を振ってみせ、握っていた無残な姿の弓を放る。

 ケラケラ笑いながらそれを見ていたイレヴンはニヤニヤと矢をつがえ、思い切り引き絞った。やはりどれだけ全力で引こうと弓は小さくキシキシと音を立てながらしなるだけで、折れる気配など微塵も無い。

 ビンッと弦が跳ねる音と共に、再び魔物が一匹地へと倒れる。


「お見事です。あ、ジル、それなら石とか投げてみたらどうですか? 君ならそれでも、」

「どうですか、じゃねぇよ」


 心底嫌そうな顔に、出来そうなのにとリゼルが笑った。明らかにただの投石で魔物を倒すジルを見たいだけだ。

 リーダー最高、と上機嫌そうに笑うイレヴンはどうやらジルに勝るものがあったのが素直に嬉しいらしい。カードゲームでも勝っていたようだが、戦闘に関してならば一層嬉しいのだろう。

 緊迫した場面では場違いな笑い声は少し離れていただけのレイラ達の元へと届いたようだ。

 冒険者だから戦闘中に笑う余裕ぐらいあっても良いと普段ならば気にしないが、何となくレイラがそちらへ視線を向けた時だった。


「ッなぁうぁうぁうぁうあううああああああああ!!」

「ッ!? どうした!」


 冷静なはずの冒険者指揮官すら一瞬肩を跳ねさせる程の動揺具合。

 レイラは歓喜なのか恐怖なのか驚愕なのか全く分からない顔でふるふると手を持ち上げた。

 その手がガクガクと指を指す方向を指揮官は良く分からんと思いながら見る。

 見慣れない冒険者が三人、援護なのか弓を放っていた。いや、実際に弓を撃っているのは一人だけだが。

 イレヴンを見て軽薄そうだが中々の実力者らしいと納得し、ジルを見てどこかで聞いた事がある格好だと首を傾げ、リゼルを見て何故冒険者以外がその場にと眉を顰める。

 しかし貴族とそのお付きにしては奇妙だと思っていた時、ひたすら混乱していたレイラがダッと彼らに向かって駆けだした。


「おおおおおお久しぶりです!」

「お久しぶりです。相変わらず元気ですね」

「元気っつーか挙動不審じゃねぇの?」


 向けられた視線にあれ何か増えてるとレイラは口元を引き攣らせた。

 地底竜を倒せるパーティに入れるなど、彼も同じく相当な実力者に違いない。レイラの勝手な予想でしかないが、それこそ普通の基準の強者を凌駕する程の絶対強者だ。

 だってそんなイメージ。リゼルの周りにいるんだからそんなイメージ。明らかにそんな空気出してる。

 ちなみにレイラはリゼル達に出会ってからAランクの冒険者を見ても特に感動しなくなった。


「なな、なん、何で貴方たちがこんな所で弓なんか握ってんですか! 下は!?」

「でもBランク以上は下って言ってたじゃないですか。俺のランク、忘れました?」

「Eですよね!? あ、そうだEだ!! しかもパーティランクで分けてるんだ! 」

「あ、あの後無事Dに上がりました。パーティランクもCになったんです」

「おめでとうございます!! じゃなくてうわぁぁぁ勿体無いぃぃぃぃ!」


 頭を抱えて悶えるレイラに、周囲から集まる視線はドン引きしている。

 リゼルはほのほのと笑うだけだがイレヴンは良く分かってるじゃないかとニヤニヤし、ジルは心底呆れながら溜息をついた。

 その時、指示を出し終えた指揮官がようやくレイラへと追いつく。

 ギルド職員を通して全体の情報を知る事が出来るので、指揮官を選んだ職員は必然的に共に行動する事が多い。

 それが形振り構わず駆けだしたレイラに、余程の大人物だったのかと追い掛けてきたのだが。


「あ、此処ら辺の指揮官さんですよね。どうも、Dランクのリゼルです」

「……冒険者だったのか」


 思わず漏れた本音にリゼルは苦笑した。

 最近はめっきり冒険者らしくなったのにまだ間違える人がいるらしいと思うリゼルに、そんな的外れな事思ってんだろうなぁとジルとイレヴンは視線を逸らす。

 リゼルが思うほど冒険者らしくは無い。常々二人は気付かせようと思っているが、一人は面白そうだからそろそろ放置しようかと考えているし、一人は言ったら地味にショック受けるんだろうなと考えている為に実行された事は無かった。


「それで彼女は一体……」

「何かが納得できないようです」

「ぅぅぅぅあああああああ……」


 地面に崩れ落ちるレイラの唸り声はその内にある葛藤を示すかのように続いている。

 そんな事をしている場合かと言いたいが、言わせない程の迫力にどうして良いか分からない。

 取り敢えずそっとしておこうとリゼルはふっと城壁の外を見た。


「殲滅指示については貴方が?」

「殲滅という程ではない。城壁の何か所かにある通用口は他と比べ脆い場所だからな、そこに集まる魔物だけ対処している」


 指揮官は答えながらも内心首を傾げていた。

 何故今このDランクでしかない冒険者と話しているのか。聞かれた事を素直に答えているのか。

 ハッと我に返り目の前の穏やかそうな、まるで貴族のような男を見る。

 髪を耳にかける仕草に、城外から此方を向く視線に、まるで自分の命を握る支配者の一挙一動に反応するように目で追ってしまうのは何故か。


「つまり、通用口が狙われたという事ですか?」

「……ッいや、まさかそんな事が魔物に出来るはず、」

「無い、と言い切るにはちょっと弱いですよ」


 あらゆる状況を想定してこその指揮官だろう。

 だが選択肢が多すぎても対応が追い付かず、方針が固まらない。

 しかし増やした選択肢を削って行くのと、元々ある選択肢が少ないのとでは天と地ほどの差があるのだ。

 街中に入ろうとするのは確かに意外だが、とリゼルは通用口の前で奮闘する冒険者を見下ろした。

 真下から聞こえる戦闘の音さえ無ければ、城壁から外を見る穏やかな光景にしか思えない程に自然体のままで。


「此処に来たのなら援護の意思があるのだろう。しかもお前は魔法使いじゃないか?」

「正式には違うんですけど……」


 確かに格好は魔法使いっぽいが、とリゼルは苦笑した。

 確かに魔法で戦えるし、魔法で戦えれば誰しも間違い無く魔法使いになるだろう。

 リゼルとて便利なものを手に入れなければ恐らく魔法使いと言われて否定しなかったはずだ。

 肯定もしないのは勿論本職は貴族だからなのだが。しかし此方の世界では関係ないだろう。


「通用門の対処も援護も良いですけど、もし本当に狙われたならあんまり張り切らない方が良いと思います。今援護の為に魔力を遣うのは正直勿体無いです」

「どういう意味だ。下で懸命に戦う奴等より優先するものでもあるのか?」

「違いますよ。いえ、違いませんけど」


 どういう事だときりきりと眉を上げる指揮官は歴戦の雰囲気もあり迫力がある。

 しかしリゼルは平然と首を振って否定して見せた。

 未だに葛藤中のレイラがようやく復活の兆しを見せて、指揮官を振り返りビクリとしている。

 リゼルと指揮官を見比べ、そして状況の把握は追いつかないものの不穏な空気は感じたらしい。間に入る様にばっと両手を広げて立ちあがった。


「ちょ、指揮官さん誰に向かって喧嘩売ってんですか! 止めてくださいよ今貴方に消えられたら私正直何も出来ませんよ!」

「睨まれたぐらいで何かしようとはしませんよ」

「そう言いつつ後ろの人すっごい殺す気満々な顔してますし! 今にも指揮官さん殺しそう! 止めて下さい!」


 ふいっとリゼルが振り返った。

 ジルは面倒そうに城壁の外を観察しているし、イレヴンはにっこりと笑ってひらひらと手を振っている。

 何となくイレヴンが犯人っぽい、と思いながらリゼルは指揮官へと向き直った。

 レイラの介入で不穏な空気は霧散したものの、未だ納得のいかない顔をしている。それ程他の冒険者を気にかけているのだと思えば、レイラが彼を選んだ理由も分かる気がした。


「冒険者の方を蔑ろにしている訳では無いですし、面倒がっている訳でもありません。ただ、貴方も知っている通り優先するのはマルケイドの街と人々でしょう?」

「それは分かっている。だから守るべく魔物を倒している彼らを援護すべきだと言っているんだ」

「俺はこんな序盤・・でそんなに張り切るのはどうかと思うんです」


 何を言っているのかと指揮官の顔が歪んだ。

 それもそうだろう、大侵攻に序盤も終盤も無いのだから。魔物が一斉に襲い掛かる大侵攻では、むしろ序盤を凌げなければジリ貧になってしまう。

 例え上位が下位を率いろうと、最初からただ人間へと襲いかかる事だけを考えている魔物にとって体力温存や牽制などといった言葉は持ちえない。ただ一心に襲いかかるのみだ。

 堅固な城壁に守られたマルケイドでは、少しずつ戦力を削って行くのが定石だろう。


「おい、来るぞ」

「うわっ、すげぇ事すんなァ」


 今までは、それだけで充分だった。

 リゼルを呼ぶジルと楽しそうなイレヴンの声にそちらを向こうとした指揮官を、しかしリゼルの瞳が止める。視線を逸らせない。

 リゼルはゆるりとその瞳を細めながら何かを呟いた。

 それと同時に現れる複数の炎の矢。どれもが下位の魔物ならば一撃で倒せてしまえる程度の威力を持っている事に気付き、そしてそれがどれ程複雑な魔力行使を必要とするか知っている者は驚愕した。

 同時に、城壁の上へと飛んでいく・・・・・ウルフに対しても。


「動くのは相手が動いてからでも遅くないと思いませんか?」


 リゼルの周囲に浮かんでいた矢が一斉に放たれた。

 今まさにリゼル達へと向かっていたウルフ達に命中し、その体を地面へと落としていく。

 何故ウルフがこの城壁の上まで届きそうになったのか、見えていた者はあり得ないと口を開閉させた。


「何だ……何故ウルフが来る!」

「ジル」

「奥にいるでかいゴーレム、あいつが投げ飛ばした」


 すっと指差されそちらを見ると、今まで居なかったはずの巨大なゴーレムが姿を現した。

 巨大と言っても周囲と比べると格段にというだけだが、白い体を持ったゴーレムは恐らく10メートル近くはあるだろう。

 溢れ出る存在感、そして誰もが戦闘を避ける存在。そんな白ゴーレムがただ其処に立ち尽くしていた。

 動かなければ銅像のようなそれは、しかし異様な存在感で魔物だということを伝えて来る。


「あ、丁度ギルドの魔物図鑑に載ってた最高記録と一緒ぐらいですよ」

「えー、記録更新になんねぇとつまんねぇじゃん」

「二回目だ、来るぞ」


 一回目から二回目まで間が開いたのは、まさか一回目が止められると思わなかったのかそれとも愚鈍なだけか。

 しかし何か考える頭など持っていないはずのゴーレムがウルフを投げ飛ばすなど誰も考えないだろう。

 そう、考えないのも無理は無い。何せあり得ない事なのだから。

 魔物の群れの中心に立つ巨体が再び動き、その手の平にウルフを乗せた。


「ししし指揮官さん! 来ます! 来ますよ! どうにかしなきゃ……!」

「……どうにか出来ればどうにかしてる。魔物を切り捨てゴーレムの元まで辿り着き、そのゴーレム自体何とか出来る者がいればな」

「うあぁぁぁ絶望的……ッでもない! よっしゃぁ!」


 項垂れた直後、瞳を輝かせて復活したレイラに指揮官はどういう事だと顔を顰めた。

 数少ないAランクはこの場には自らのパーティのみ、各地域に振り分けられてしまっている。

 しかも自分達でさえ魔物の群れを突破するのがやっとで、あの白ゴーレムを相手にして無事にすむ保証は無い。

 それを何故、とその視線の先を辿ると、今まさにジルがイレヴンに城壁から突き落とされそうになっている所だった。衝撃すぎて一瞬状況を忘れた。


「え、本当に大丈夫なんですか? すごく高いですよ?」

「俺でも行けるしニィサンなら大丈夫ッスよ! ハイドーン!」

「……其処から動くなよ」


 溜息をついて落ちていくジルに、リゼルは行ってらっしゃいと手を振った。

 レイラは思わず悲鳴を上げて城壁の縁へと駆け寄る。黒の衣装をはためかせて落ちていったジルは、危なげなくダンッと足から鈍い音を立てて着地していた。

 落ちた衝撃で土が舞い上がり靴はめり込んだが、本人は至って平然としながらスッと立ち上がっている。


「いやー、ニィサン凄ぇな。俺だったら何回か城壁クッションにしなきゃ降りらんねぇッスよ」

「出来るだけ凄いと思いますけど。俺だったら真っ直ぐ落ちてグシャッてなってます」


 まるで観客のように平然と見下ろすリゼル達と、安堵のあまり深い溜息をつくレイラ。

 指揮官はただ茫然とそれを見ていた。理解出来ない事が多すぎて頭が働かない。


「彼は、一体……」

「“一刀”ですよ! “一刀”! 知ってるでしょう!? 二太刀目いらずの“一刀”!」

「ジルの異名ってちょっと恥ずかしいですよね」

「ニィサンも前イヤだってボソッと言ってた」


 冒険者ならば誰しも聞いた事がある名前。

 一人でSランクを相手に無傷で勝利を収め、ソロでありながら最強と言われる人物。

 その剣の一振りで目の前に立ちふさがる魔物を斬り捨て、誰も傍へと寄せ付けないまるで刀のような空気を纏う男。

 流れる噂は誇張される。それについてもどこまで本当かと思っていたが。


「真実だったとは……!」


 冒険者ならば誰もが羨望する背中がそこにあった。

 一振りで視界を遮る魔物の群れを斬り捨て、その視線は鋭く刃のようだ。

 大剣を振る以外の余分な動きは何一つなく、洗練された太刀筋は少しも揺るがず銀の光線を引く。

 巨大なゴーレムの元に辿り着いてその足元に立って尚、誰もが一刀が負けるとは思えなかった。

 噂通り、いや噂以上のそれに、戦場にいる誰しもが視線を囚われていた。


「ジルに魔石とってきてって言い忘れちゃいましたね」

「あー、ニィサンならこっから聞こえる気も……ニィサーン! リーダーが魔石欲しいってー!」

「あ、向こう向いたままだけど手上げましたよ。良かった」

「あの人聴覚までバケモンかよ」


 噂と違うのは、ソロでは無くなったという事か。

 指揮官が初見でジルを分からなかったのは彼らの存在も大きい。それ程冒険者内ではジルが誰かと組むような人物だとは思われていなかったのだ。

 孤高の彼が誰かを同列に並べることなどあり得ない。誰もがそう思っていたのに共に行動している人物がいる。

 どんな人物が隣に立とうと釣り合いはしないとさえ思わせる人物が、しかしリゼル達と並ぶとひどくしっくりと馴染んでいた。


 ジルが襲いかかる魔物を斬り捨て、巨大なゴーレムに肉薄した。

 大剣とは思えない速度で振り切った一閃が巨体を上下に分け、そして振り下ろされた剣が肩から足までを叩き斬った。

 一瞬の勝負に誰もが視線を奪われる中、ジルがふと振り返った。

 その視線はまっすぐとリゼルを向いていた。リゼルは合わさった視線にパチパチと目を瞬かせ、仕方なさそうに微笑む。


「ニィサン何て?」

「魔石、斬っちゃったみたいです」

「あーあ、勿体ね」


 帰っておいでという様に手の平で招き寄せると、ジルは溜息をついて開いた血路を逆に戻った。

 ジルの殺気か威圧かに押されていた魔物たちが襲いかかってこようとも返り討ちにし、ぐるりと肩を回しながら通用口の前に辿り着く。

 今まさに冒険者に襲いかかろうとしていたゴブリンを後ろから首を刎ね飛ばし、返り血すら浴びない姿に冒険者は皆道を開けた。向けられる視線は畏怖であり憧憬であったが、ジルは気にせず門を潜る。

 すぐに城壁の上のリゼルの元へ戻ろうとしたが、それは遮られた。


「お疲れ様です」


 微笑んだリゼルは目の前に立っていた。

 ちらりとリゼルの隣を見るとイレヴンが立っており、ならば良いかと溜息をつく。

 そもそもイレヴンが居ないのならリゼルに言われようと単身ゴーレムを倒しになど行きはしない。魔物に狙われた街に一人残していくなどする気はないのだから。


「魔石、悪ィな」

「いえ、見てみたいなと思っただけなので気にしないで下さい。怪我は?」

「ねぇ」


 流石、と満足気に頷きリゼルは周囲を見た。

 誰しも“一刀”という圧倒的存在に呑まれている。その絶対的な強さに彼が居るのなら問題ないと無意識の内に依存してしまっているのが分かった。

 誰しも完璧に後始末をつけてくれる人がいるのなら少しぐらいのミスは許されると油断してしまうだろう。それは今の状況では望ましくない。

 こうなるとは思っていたが彼らにはきちんと頑張って貰わねば、とリゼルは城壁の上を仰いだ。

 レイラが興奮したように手を振り、指揮官は何かを言いたげに視線を送って来ている。


「余所で似たような事態が起きていないとは限りません。ちょっと見て来るので、此処はお任せします」


 リゼルは指揮官に伝えるように声を上げると、周囲の冒険者の視線が一斉に此方を向いた。

 魔物が結託し、想像しないような手段で城壁内の侵入を果たそうとした。その異常事態は彼らの平常心を崩すに最適だったのだろう。

 最も頼りになる人物である“一刀”を此処から引き離そうとするリゼルに憎悪が向いてもおかしくは無く、実際向けられるチリチリと殺気すら孕んだ視線にイレヴンがリゼルを遮ろうとした時だった。

 前に立って盾になろうとするイレヴンを優しく拒み、リゼルは自分から一歩前へと出る。


「支えが無いと立てないような人々が、自由を冠する冒険者であるはずがないでしょう」


 魔物と入れ替わり立ち替わり相手になっていた冒険者は目の前だ。

 それもC・Bランクというリゼルよりも冒険者としては上位に立つ人物が通用口付近へと集まっている。

 リゼルは彼らを見据え、そして彼らはリゼルへと視線を捉えられながらただ聞こえる静かな声へと集中していた。既にそこからリゼルへの不満は取り払われている。

 リゼルは向けられる視線に微笑んで見せた。


「此処にいるのは義務だからでは決して無いはずです。マルケイドの民を守る勇士、そして自らの尊厳を守る意思、それが貴方達を冒険者たらしめる誇りなのだから」


 穏やかな声は、しかし殺気立った戦場に不思議と響いた。

 誰もがその声を聞き、その言葉を聞き、まるで主君を持つ騎士のように全身でリゼルの思いを受け止める。その願いに応える事が至上の喜びかというように。

 魔物と戦う音以外、シンと静まった周囲へとゆるりと視線を投げてその意思を受け取ったかのように頷くリゼルに、彼らは心の中で何かが沸き起こる感覚を覚えた。

 それが何かは分からないが、しかし限界まで高まったそれはリゼルの次の言葉で爆発を迎える事となる。


「立ち向かいなさい。貴方達が向き合っているのは決して絶望などではなく、常よりただ糧にしている存在にすぎない」


 並居る冒険者達が吠え、呼応し、士気を上げていく。

 我先にと魔物へと突撃し剣を振るい斬り捨てる姿は、先程まで強者に依存するような態度を取っていた人々とは到底思えない。上げ過ぎている、と云えなくもないが彼らをコントロールする人物がいれば問題はないだろう。

 リゼルがひらりと手を振って見せると、何か滾り切っているレイラの隣で同じく何かを耐えているかのような熱のこもった視線を向けていた指揮官がハッと顔を上げた。

 熱に浮かされたように、しかししっかりとした意思を持った声を聞きながらリゼル達は静かにその場から離脱する。


「似たような事態が起こらぬよう編成を変更する! Cランク半数は―――――!」







「お前、大勢率いた経験でもあんのか」

「え?」


 焦りの全くない足取りでマルケイドの人通りの無い街並みを歩きながら、リゼルは投げられた質問に過去を振り返った。

 貴族とはいえ度々行われる戦争に全く関わらない事は無かった。爵位と共に軍位を持つ事も重要視されたからだ。ただの貴族の見栄ともいう。

 なのでただ一度、幼い頃に戦場へと行っただけだ。総大将として奥で大事に大事に扱われただけ。


「一度だけ、箔を付ける為に総指揮という名前だけ与えられて戦場へ行った事があります。まだ小さい頃ですし、名前だけの“お飾り”ですよ」

「リーダーがただの飾りだとかねぇっしょ。絶対それだけで終わらねぇッスよ」

「同感だ」


 人々の士気など簡単に上がるものではない。

 声を張ろうと実力者だろうと、ただ穏やかに語りかけたリゼル程の成果は見せられないだろう。

 ただのDランクだと分かっているにも拘らずAランクですら燃え滾ったのは何故か。それはリゼルがリゼルだからに他ならない。

 王が前に出れば必然的に士気が上がる様に、指揮者が腕を振るうだけで誰しも従う様に、自由奔放で誰にも従わない冒険者を同じ目的へ導いたのはあの場に居るリゼル以外の何者にも出来はしない。


 リゼルはふっと思い出した。

 過去一度だけ正式に立った戦場で、お飾り以外の役目を期待されていなかった時を。

 それならそれで楽だと持ちこんだ読書を楽しみ、時折尋ねられる方針に返事だけを返していた。

 自分に頷く以外の役目など求められず、そしてそれだけで終わるだけだったはずの争いが思いも寄らない方向へと進み始めた瞬間、まさに自分のいる場所寸前まで攻められた事を。

 焦る周囲、守りを固める騎士、欠片も怯えずそれらを面白く思ったのは若い故だったのだろう。

 自らが出した提案に、弾きだした予想に、睥睨した大人たちが直後目を見張る姿は見物だったと口元に笑みを浮かべる。


「リーダー?」

「いえ、俺なんて本職に比べればまだまだでしたよ」

「えー!」


 絶対そんなはずない! と言い切るイレヴンに微笑んだ。

 最終的に己の指示に従い始める大人たちへと向けた言葉は、そしてあえて対面した敵国の将へと向けた言葉は何だっただろうか。幼かった故に記憶は曖昧だ。

 ふいに近寄ったジルに耳打ちされた内容に、過去に飛んでいた記憶を現代に引き寄せる。

 二人も頼りになる人が居るものの我ながら余裕だ、と笑いながらイレヴンを呼んだ。

 何何、と言いながらも予想がついているらしい愉悦に彩られた笑みに、その頬に乗った髪をすっと払ってやる。


「ひとつめ、壊して下さい」

「了解ッス」


 一本指を立て、見えぬ誰かに指示をしたイレヴンを褒める様に撫でた。

 得意げにしながらも、しかしその奥深くに隠した照れの感情を見つけて微笑んだまま足を進める。

 直後ゆっくりと歩を進めていたリゼル達の前に一人の男が現れた為にその歩みは止まった。彼こそが先程ジルが知られず警告した相手で、そしてリゼルが来るだろうと思っていた人物だ。

 現れた男は何処にでもいる商人の格好をしながら、しかし悠然と道の真ん中に立ち塞がっている。

 前に立とうとする二人を止め、リゼルは変わらぬ笑みを浮かべたまま小さく首を傾げて見せた。


「領主様、ですね?」

「お呼びです。どうぞ此方へ」


 促されるまま、警戒を露わにするイレヴンを落ち着けリゼルは歩みを再開した。




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