33:そろそろ遠出したい
迷宮内で一番安全な場所はどこか。
勿論魔物が出ない場所だが、どこだろうと突然魔物が出現するのだから油断できない。
しかし唯一それが無い場所がある。魔物も出現せず、罠も発動しない場所。
それがボスを倒した後の最深部の部屋だ。
絶対安全を得る為に一番の危険を冒さなければならないとは矛盾だが、恐らくボスを倒した事に対する迷宮からのご褒美なのだろう。
今日も依頼で迷宮を訪れ、ついでにボスでも倒してくかと他の人に聞かれたら正気を疑われる発言を平然としたジルについて最深部を訪れていた。
素材はいくらあっても困らない。クッションだの何だのと変に活用するリゼルにとって多種多様な素材は手持ちにしておくと役に立つだろう。
イレヴンの装備もジルの手持ちで作った事だし、どれだけの量が残っているのかは知らないが集めておいて損は無い。
そんな考えから簡単に肯定してボスを倒し、その素材をとっていた時だった。
チリッ
小さな鈴の音に、リゼルはボスの目をくり抜く作業を中断する。
ちなみにやけに怖い事をやっているように思えるが、今日倒したボスはガーゴイル系の最上位だ。
全身が鉱石な上にその目は希少鉱石であるオリハルコンだけあって、えぐさは欠片も無い。他二人はぐいぐいと目玉を引っ張るリゼルに微妙な顔をしているが。
鈴と言っても透き通ったリンとした音では無く、鳴り損ねて掠れたような音だ。
ボスの残骸へと向けていた視線を上げ、周りを見渡すリゼルにイレヴンは不思議そうに首を傾げた。
「どうしたんスか、手ェ痛くなった? だから俺やるっつったのに」
「いえ、ただ何か鈴みたいな音が聞こえた気がして」
リゼルの言葉に二人は怪訝そうな顔で作業の手を止める。
ジルはガーゴイルの手を踏み砕いてその手に握られた装飾過多な剣を取り出す作業を。
イレヴンは鋭い鉄の牙が並ぶ口の中に手を突っ込んでヒヤヒヤしてみる遊びを止めて、耳を澄ませた。
ガラ、とボスの体が崩れる音以外なく、ましてや此処に存在するはずのない鈴の音など聞こえない。
自分より遙かに聴覚が優れる二人が聞こえなかったなら気の所為か、とリゼルは不思議に思いながら落ちる髪を耳にかけ、目玉を引きぬく作業へと戻った。
ガリガリと豆を削る音がする。
屋台にしては珍しくコーヒーを扱っている店は、露店のくせに客の前で豆を煎り挽く本格派コーヒーを扱っていた。
常に出来たてを提供する為に魔道具は稼働を続けており、少しの待ち時間で挽きたてのコーヒーを味わう事が出来るらしい。パフォーマンスとしても充分だろう。
誰でも飲みやすいように生クリームやミルクをたっぷりと使用するあたり、コーヒー本来の味わいをなどというこだわりは無い。それが欲しい客は露店のすぐ後ろにある本店に入れという事だ。
「おばちゃんコレちょーだい。この前買った時美味かったからさー、マジだって此処が一番美味かったし。え、おまけくれんの? じゃああと一杯買うっつったらー……さっすが、ありがとー!」
喉も渇いたし珍しいし、ちょっと買って行こうかとリゼルが言うとイレヴンは意気揚々と露店へ駆けて行った。
持ち前の調子の良さで要領良くおまけを手に入れてる姿を見ると、素直に感心してしまう。リゼルやジルにそういった愛想の良さは無い。
ケラケラと笑いながら誇らしげに戦利品を差し出すイレヴンのカップには、もはやコーヒーの姿が見えない程の生クリームが盛られている。
ジルは嫌そうな顔をしてそれを見て、差し出されたカップを受け取っていた。
「てめぇは何で金持ってる癖に値切んだよ」
「金あるからって安くなるもんにわざわざ高い金払う必要ないじゃねッスか」
屋台の後ろにある本店の外に設置された立ち飲み用の背の高い机にコーヒーを置きながら、リゼルは確かにと頷いた。
パクンと生クリームのてっぺんを齧りとりながら言ったイレヴンは狭い机に肘をついてリゼルを見ている。
こういうトコが貴族っぽい、そう思いながら。下町に住む逞しい住人は値切る事にいちいち躊躇したりしないし、値切ったからと感心もしたりしない。
「じゃあ俺も今度からそうしてみようかな」
「無理だろ」
「ジルに言われたくないんですけど」
「つか二人はどっちも無理っしょ。出来ても脅し取るみたいになりそうなんスけど」
例えばリゼルからちょっと安くしてと言われた屋台の店主はどうなるか。
すでにリゼルの存在に慣れた人物なら受け入れてくれるかもしれないが、見た事もない店主ならば貴族に献上するようにどうぞお好きな値段でお持ちくださいとでも言うだろう。
そしてジルに言われた店主など同情するしかない。カツアゲにあったかのように怯え震えながら差し出すに違いない。
想像上の人物にカワイソーと同情して笑うイレヴンこそ素性的(元国を脅かす盗賊団の頭領)に一番怯えられる存在であるはずなのだから、親しみやすいというのは得だろう。
コーヒーを飲みながら話していると、手の空いた屋台の店主がオマケだと机の上に一皿置いていった。
随分親切な、とリゼルは思ったが店主もただ親切心だけでそれを出した訳ではない。
目を引く三人組が近くで自店の商品を飲んでくれているだけで、宣伝効果は一気に跳ね上がるのだ。その証拠にリゼル達が飲み始めてから徐々に客引きが良くなっている。
ごゆっくり、の意図で出されたオマケは視線に慣れているリゼル達にとって得でしか無いので問題は無いが。
「あ、貴族さま」
一度値引きを試してみようか、なんて呟いたリゼルが二人に止めておけと揃って言われた時だった。
幼い声に、同等か高い位置で固定していた視線を随分と下に下げる。
学び舎帰りなのか、宿の周りで度々顔を見る子供たちが三人近付いてこようとしてピタリと足を止めた。
相変わらずジルは怖がられている。
「なに飲んでんの?」
「コーヒーですよ、君達にはちょっと早いです」
「そういえば目の死んだ兄ちゃん、今またブツブツ言いながらヘンな声で笑ってるよ。助けてあげないの?」
「そうならないように君達はちゃんと計画的に宿題を済ませましょうね」
はーい、と素直に返事を返す子供たちにリゼルは頷いた。
ちなみにイレヴンは兄ちゃんのくだりで引いた。何それ薬中?とジルにボソリと聞いてみれば、いつかのレポート手伝いの依頼人だと判明して納得している。
気が狂ってまでどうしてわざわざ勉強しているのか、イレヴンには全く理解出来ない世界だ。
ちなみにイレヴンは頭の回転は速いが決して勉強が出来るわけではない。簡単な読み書き算数ができる程度の一般レベルだ。
「ほら、寄り道してると怒られますよ」
「貴族さまとなら怒られねーきがする」
「母ちゃんこの前貴族さまに勉強のいらい出そうかなとか言ってたー」
冒険者ギルドに貼られる子供の勉強依頼、シュールだ。
見てみたい気もする、と思いながらリゼルは苦笑した。
「丁重にお断りしておいてください」
「てーちょー?」
「気を配って、ってこと」
「木をくばる?」
疑問符を飛ばしまくる子供たちに、リゼルは楽しそうに笑った。
明らかにわざとだろう様子に、面倒見が良いのかどうなのか分からないとジルは呆れたように溜息をついている。ビクッとされた。
子供に怯えられる自分に対して隠そうともせず大笑いしているイレヴンについては後々粛清することにする。
今実力行使に出ないあたり子供たちに一応配慮しているのだろう。優しいのに、リゼルは笑いを零しながらコーヒーを飲んだ。
「丁寧に、っていう意味です。はい、ひとつ勉強になった所で今日はもう帰りなさい」
「宿題てつだってくれる?」
「今日はこれから帰って本を読みたいからダメです」
貴族さまも勉強かー、と言いながら子供たちは素直に帰って行った。
読書=勉強となるのが子供らしい。駆け足ぎみで走り去って行った小さな背中を見送り、リゼルは残ったコーヒーを飲み干した。
とっくに飲み終わっていたイレヴンがガジガジとコップの縁を齧りながらニヤリと笑う。
「本当に依頼来たりして。リーダー変わった依頼好きだから断るとは思わなかったッスけど」
「まさか、俺子供って苦手ですし」
「「は?」」
思わず声を揃えたイレヴンとジルに、リゼルはそんなに意外かと目を瞬かせた。
飲みほしたコップを重ね、すぐ傍にあるゴミ箱へと捨てる。ごちそう様ーと声をかけたイレヴンに店主はまた来な!と下心を含みつつも返した。
先程の言葉通りリゼルはこれから宿に帰って読書を楽しむのだろう。
いつもならば共に行動する用事が無ければじゃあまた、と去って行くイレヴンは先程の発言が余程気になったのか別れることなくついて来ている。
「お前が子供嫌いとかねぇだろ」
「そうッスよー。リーダー年下好みだし」
「嫌いじゃなくて苦手ですし、誤解を招く言い方はしないように」
リゼルは苦笑しながら、そんなに年下が好きそうに見えるかと疑問に思う。
確かにスタッドやジャッジには甘いだろう。なにせ甘やかせば喜んでくれるのだ。
もし彼らが蔑み叩かれて喜ぶのならそうする……かどうかは分からないが。まず近寄ろうとしたかも不明だ。
それにイレヴンに対してはそれ程でも無いだろう。パーティメンバーになったからには何でも甘やかすような事はしていないはずだ。
「年下といっても、ジャッジ君たちは子供じゃないじゃないですか」
「ちみっこいのが駄目なんスか」
「理屈が通じない相手っていうのがちょっと苦手で」
「じゃあ何で構ってんだ」
「時々構うぐらいなら別に面倒は無いじゃないですか。依頼とかで本格的にやり取りするのは、やっぱり遠慮したいです」
そんなものか、と頷いてジルは今までのリゼルを思い出す。
いつも一緒にいる訳ではないし、ジルが共に居る時はあまり子供たちが近付いてこないので確証はないが、そう考えてみればリゼルが子供たちと長々と話していた記憶は無い。
居るだけで印象に残るリゼルなので子供と良く触れ合っているように見えるが、通りがかった時に声をかけられて今のようにちょっと話すか、食堂で食事している時に集まられて勉強に付き合うか。
勉強に付き合った回数だってそれ程多く無いだろう。誘われても断ることが多い。それで悪印象を植え付けないあたり、そこらへんは上手くやっているようだ。
しかし、リゼルから声をかけたことは恐らく一度も無いのではないか。
誤解されたくないのは、嫌いなのではなく苦手なのだというだけだということ。
嫌いだったらそもそもリゼルはもっと上手く避けるし、話していても違和感を感じさせずに早々に会話を引き上げることだって出来る。
子供独特の感性は面白いと思うし、懐かれて悪い気にはならない。
理屈に合わない予想外の行動や思考が苦手なだけで、幼い彼らに嫌悪を抱く事は決してないのだ。
まあ相手が大人であっても受け入れ難いような性格をしているのなら話は別だが。
「そんなもんッスかねー」
「ジルやイレヴンはどうですか?」
「俺に対して怯える奴に好感持てる訳ねぇだろ」
「クソ生意気なガキ大っ嫌い。子供だからしょうがないって理屈も理解できねッス」
ジルはともかく、イレヴンに関しては若干同族嫌悪な気もする。
こういう二人に限って親になれば甘くなるのでは、と考えかけたがその想像が全く付かなかったのでリゼルは考えることを止めた。どう考えても自分の子だろうと何だろうと優しく笑いかけるタイプじゃない。
割と失礼なことを平然と考えられているとは勿論気付かず、イレヴンは長い髪をしならせながらリゼルを覗き込んだ。
「じゃあ年下好みなのは何でッスか」
「好みじゃないですって。でも、確かに君達ぐらいの年齢は目につきやすいかもしれませんね」
「へぇ、誰かリーダーの知り合いが俺らぐらいなんスか?」
「そう、俺が一番大切な人」
ぱかりとイレヴンの口が開いた。
ジルは分かり切っていたのか、納得しながら視線を逸らしている。
直後何それ女?女?!と騒ぎ始めたイレヴンにリゼルが可笑しそうに笑った時だった。
チリリッ
ふっとリゼルが後ろを振り返る。
足を止めて何かに呼び止められたように後ろを見るリゼルに、二人も立ち止り反射的に周囲を探った。
微かな違和感を持てば周囲を探る習慣を持つ二人だが、今回ばかりは何も感じていない。ただリゼルが似合わない行動をとった為にとっさに行ったものだ。
特に何もない。普段通りの街並みが見えるのみ。
リゼルは流石に不思議そうにしながら、確かに聞こえた鳴り損ねの鈴の音に首を傾げる。
「疲れてるんでしょうか。鈴の音、ジル達には聞こえなかったですよね」
「……ああ」
「大丈夫スか、どっか悪いとか」
「それは無いんですけど」
何故自分だけ、とリゼルは考えてみる。
体調面に問題は無い。もともと貴族は体が資本の仕事だし、意外と体力勝負なところもあるのだ。
此方に来てから確かに読書量は増えたものの、体を壊すような無謀な読み方はしていない。
特に冒険者は貴族以上に体が資本、多少体調が悪くても押し通せる貴族業とは違う。
うーん、と心当たりを探すように小さく首が傾げられて露わになった耳元で光るものに、イレヴンはふっと手を伸ばした。
しかしその手はすぐに阻まれる。
「これは駄目」
「す、んません」
思考に耽っていたリゼルが伸ばされた腕を握ってまっすぐにイレヴンを見ていた。その瞳の色は深く澄んでいる。
常と変わらない微笑みを向けられているはずなのに、思わず口から出た謝罪は微かに枯れてしまう。
怒らせたかと恐る恐る手を引くイレヴンに、リゼルはしまったと思いながら苦笑して握った手を離す。
怒ってないと伝える様に離れていく指先を握ると、安堵したように肩からゆっくりと力が抜けた。
「で、どうしたって?」
「え、ああ、リーダーにしか聞こえねぇんならソレかと思ったんスよ。耳元だし」
溜息をつきながら助け船のように問うジルに、イレヴンはリゼルのピアスを指差した。
リゼルのイメージからは外れるそれは、しかしデザインは彼の為にわざわざ誂えたように静かに品のあるデザインだ。
この辺りでは見ない鉱石か魔石か、飾られた石は眩しい程の光を反射することなく控え目に時折存在を主張している。
しかしいくら似合っていようとやはりリゼルとピアスが結びつかない。先程の話と反応を見る限りリゼル曰く“一番大切な人”に贈られたのだろう事は想像に難く無い為に、そのせいかと思えば納得だが。
「でもフックじゃなくてキャッチだし、ズレそうもないから関係ねッスかね」
「え、ずれてませんよね」
「ねぇよ」
覗き込んだジルに言われ、リゼルは良かった良かったと触っていた手を外した。
言うまでも無く、身に付けたピアスは元の世界の国王(元教え子)から贈られたものだ。
両耳につけたソレは片方が銃の格納庫。リゼルが銃を取り出す際にさり気なく髪を除けるのは、このピアスに触る為だ。
リゼルの為に国王直々に作られたその仕組みは転移魔術だが勿論国家機密にあたる為、ジルにさえその事実は言っていない。
ちなみにもう片方には、いざという時の為にその国王の桁外れな魔力がこれでもかと注ぎこまれている。
事情を知らないイレヴンがやっぱり女か女かと騒いでいるが、リゼルは笑うだけで否定はしなかった。
「じゃあ幻聴の原因って何なんスかね」
「幻聴って言われるとちょっと嫌な感じですね」
「心当たりねぇのか」
「それが全く、」
パキンッ―――!!
ふっとリゼルの体が崩れ落ちた。
咄嗟に支えたジルがすぐ横の路地裏に滑り込み、イレヴンが剣を抜いて常にジル達と大通りを遮る位置を走る。
人通りの見えない位置にまで一瞬で下がったジルが、眉を寄せてリゼルを見下ろした。
咄嗟の警戒の為に此処まで潜ったが、攻撃など受けてはいないはずだ。
「ちょ、何……!」
他からの攻撃ではないと同じく判断したイレヴンが片手に剣を残したまま近寄った。
先程まで平然と話していたリゼルはジルに支えられたままグタリとして身動きを一切とらない。
普段からは考えられない狼狽を露わにするイレヴンは、掠れた声でリゼルを呼び腕を掴んだまま動かない。
ジルが舌打ちしながらリゼルの顔を持ち上げると、意識が無いらしくその両目は閉じられていた。呼吸はあると確認はしたものの、不測の事態に知らず手の平に力が籠る。
「、リ」
パチリ
「どれくらい意識飛んでました?」
「……お前、」
ジルが口を開きかけた途端、まるで眠りから覚めるどころかホラーのように突然開いた瞳にジルは溜息をついた。本人がどこまでも冷静なところが何とも言えない。
リゼルにしてみれば会話の途中から突然記憶が飛んだはずだ、混乱しないのは流石としか言いようが無い。
数秒だと聞き支えられていた体を離して、リゼルはふっと片耳に手を当てた。意識を失っていたらしい自分の、その直前の違和感を思い出す。
「何だかいきなり大量の魔力を流し込まれた気がしたんですが、これって」
言いかけたリゼルがぴたりとその言葉を切った。
路地裏の先に固定された視線にジルが怪訝そうな顔をし、イレヴンが騒ぐのを止める。
まるで奥から誰か来るかのようなリゼルの視線は、何も感じ取れない二人とは違い何かの確信を持って“ソレ”の出現を待っていた。
何故ならリゼルの耳には聞こえ続けているのだ。
パキパキと何かがひび割れる音。今まで聞いていた鈴の音は鈴では無く、何かが擦れ合って聞こえた音だった。
その何かが空間と呼ばれるもので、ひび割れているのも同様ならばリゼルには確かに心当たりがある。
こんな無茶が出来る人間など一人しか知らない。
流し込まれた魔力も忘れることなど出来ない、絶対王者のような全てを服従させる魔力だ。
まるで恋人に焦がれる少女のように、憧れを追う少年の様に、リゼルは唯一自分が従う人物へと呼びかけた。
「、へいか」
聞いた事も無い声に息をのむ二人の前で、バキンッと空中にヒビが入った。
リゼルの視線は路地の奥では無く、途中の何かを見ていたのだろう。
バキバキと広がって行く空間に一歩近づいたリゼルを、危険だと止めようとしたイレヴンの腕をジルが掴んで止める。
手で無理矢理こじ開けたかのように隙間を広げた向こう側に、全てを跳ね除けるような銀色が姿を見せた。
孤高を体現するような強すぎるゆえに近付きがたい琥珀色の瞳が、リゼルを見てその色を淡くする。
その口元が緩み、甘やかな笑みを浮かべ、ただ一人自分に一番近い存在の名前を呼ぶ。
『リ―――』
『やぁ、もう繋がったのかい?』
『おいてめぇ誰の前に立ってやがる』
ことは無かった。
台無し。そう、全てが台無しになった。
亀裂の横から顔を出した壮年の男性にイレヴンは何コレと言いながら指を差し、知るわけねぇだろとジルはやり場のない倦怠感に片手で顔を覆う。
正しく感動の再会になっただろう場面は砕け散ったが、感動の再会を果たすリゼル本人はというと敬愛する国王陛下も姿を現した存在も元気そうで何よりだと楽しそうに笑っていた。
「陛下もお父様もお元気そうで安心しました」
『リゼルも元気そうだね、やぁ良かった。後ろの二人はお友達かい?』
『てめぇじゃなけりゃ死刑モンだぞオイ。聞いてんのかコラ』
「はい、一緒に行動中です」
『やぁ、頼りがいのある子達で安心だよ。うちの息子を宜しくね』
『誰と行動してるって? おいどけコラ。そんだけ窓開けるのにどんだけかかったと思ってんだ』
ひらり、と手を振られてもどうすれば良いのか。
ジルは思わず視線を逸らし、イレヴンは顔を引き攣らせながらコクリと頷いた。
リゼルの父親かと思えば、そのマイペース加減にも一気に諦めが着く。リゼルはまごう事無く父親似だ。
ヒビごしに平然と話す姿も良く似ている。顔形ではなく、存在が。
『残念だけど、こっちから迎えにいくにはもうちょっと時間がかかりそうらしいね。このままじゃ越えられないらしいし…どれくらいかかるのかな』
「ならゆっくり待ってますよ、この国から離れない方が良いですか?」
『大丈夫、目印はピアスだからね。好きなようにすると良い、今は何をやっているんだい?』
「冒険者っていうのを楽しんでます」
『冒険者? 楽しそうだねぇ、リゼルの事だから大丈夫だとは思うけど怪我だけはしないようにね』
こうして親公認の冒険者が誕生した。
大抵の冒険者が元々親がおらず腕っ節だけで生活しようと登録するか、命の危険があるのだからと猛反対の末に縁切り同然に冒険者になる者達が大半な中、希有な存在といっても良い。
こんなとこまで冒険者らしくなくても良いだろうに、そう考えていたジルがふとリゼルの父と視線が合う。
『やぁ、ガラは悪いけど騎士みたいな子だなぁ。リゼルの事もしっかり守ってくれそうだ』
「……」
『もう片方はまるで盗賊の頭領みたいな子だね。あ、悪口ではないんだよ?』
「ハ、ハハ……ッス」
本当に似ている親子だ。思わず零れる溜息は何度目か。
困ったように笑いながらすいません、と謝るリゼルにひらりと片手を振った。
イレヴンは獣人自慢の本能による危機察知能力のおかげかさり気なくジルの影に移動していたが、平然と目をつけられた上にイメージだけで正体を言い当てられて、内心マジかと引きつつもへらりと笑う。
リゼル以上に得体の知れない人物だ。
『どけっつってんだろうが国王命令だぞ』
『じゃあ怪我はしないように、楽しんでおいで』
ひらひらと手を振ってゆったりフェードアウトした父親に、確実に命令だと言われたからではないだろうと確信しつつ相変わらずだとリゼルも手を振って見送った。
そしてようやく空間のヒビ越しに視線を交わす事が出来る、自らが唯一膝を折る相手にリゼルは胸に手を当てて礼を示した。
本当ならば跪いても良いぐらいだが、今は一秒でも長くその姿を見ていたい。
その相手であるまだ年若い男は満足げに顎を上げる。その際に肩から零れた銀糸がさらりと音を立て滑り落ちた。
『リズ』
送られた言葉が路地裏に響き渡る。
特別低い訳でも無いのに重厚な音は、決して威圧的ではないが人に膝を折らせる為にあると錯覚するような声だった。
パリパリとひび割れた空間が徐々に元の形を取り戻していく。
『お前がいない国に価値なんて無い』
「陛下……」
国王の身でありながら何と云う事を、とリゼルは苦笑する。
彼の唇がゆっくりと開いた。リゼルは一言一句逃すまいと、静かに視線を伏せて耳を澄ませた。
続く言葉が自分を歓喜させるものだと、まるで確信していたかのように。
『待ってろ。お前は必ず取り返す』
そしてその期待は裏切られることはないと知っていた。
「ふぅん」
ベッドに腰かけ、イレヴンは考えるように視線を横にずらす。
一時の邂逅を終えて宿へと戻ったリゼルは、流石に言い逃れは出来ないかとイレヴンに自らの事情を説明した。別に「秘密です」で通せない事も無いが、これから先に今以上の説明するに絶好のタイミングは巡って来ないだろう。
普通にご飯食べている時に異世界から来ましたーとか言っても変な目で見られるだけだ。
思ったより反応の薄いイレヴンに、リゼルはあれを見ていながら信じていないのかと疑問に思う。
それを察したイレヴンがヘラリと笑ってひらひらと片手を振った。
「いや、信じるッスよ。むしろ普通の一般市民でしたーとか言われた方がよっぽど怖ぇし」
「それも複雑ですけど」
微笑んだリゼルに、イレヴンはケタケタと笑ってぼすんとベッドへ背中を倒した。
着替えずにベッドに上がるなんて行儀が悪い、というのはリゼルの言葉だ。しかし割と狭い部屋にそう何脚も椅子がある訳ではないし、注意しても直すような人物ではないと分かり切っている。
なので注意するのは最初の一回だけだ。直しはしないものの覚えていれば役に立つ場面もあるかもしれない。
ふーん、と呟いて何かを考えているらしいイレヴンを横目に、ジルがしかしと言葉を紡いだ。
「流石お前の父親だ、マイペースにも程がある」
「え、俺あれほどじゃ無いと思うんですけど」
ついでに親馬鹿だと追い打ちをかけながら、ジルは「確かにちょっと自己中かもしれないけど俺は空気読みますし……」と何やら言い訳をしているリゼルに静かに溜息をついた。
なんて事ない話を書くのが好きですが、そろそろ展開に変化があっても良い。
という訳で遠出の為にワンクッション置きました。読みにくかったらすみません。




