19:埋めたやつは回収済
スタッドは己の出自を知らない。
気が付いたら闇の中で生きており、ただひたすら氷の魔力を用いて人を殺して生きていた。
溶けてしまえば証拠の残らない武器はどうやら大層重宝されていたようで、時々何処からかやってくる人物(いつも同じ男だった)に言われた人間を殺して金を得て日々を暮らしていた。
手渡される金に何の価値も感じず、最低限の食事だけに使用していれば余りもするだろう。
余った金貨は持ち歩くには重く音も出る、幼いスタッドが何処かに預けるなどという思考には辿り着かなかった為にそれは纏めて何処かに埋めていた。
そんな日々は突如終わりを迎えた。
いつも殺す人物の情報だけを持ってくる男とは違う大人がスタッドの前に姿を現したのだ。
スタッドに危機感は無かった。自分のやっている事が悪い事だとも思っていなかったし、目の前の大人が自分に危害を加えようとしても確実に殺せる程度の実力の差はあったからだ。
大人は自分の腰にも届かない身長のスタッドに視線を合わせるように膝を付き、スタッドが見た事のない表情を浮かべて何かを話しかけてきた。今思うとそれは笑顔だとかそういった表情だったのだろう。
大人はスタッドにもう人を殺さないように言い含めたが、スタッドにとってはやりたくてやっていた訳でも無ければ、やりたくないと思った事も無い。
強いて言うのなら生きる為にやっていたので、了承したら死んでしまうと思えば頷こうとは思えなかった。
『君に人を殺せと言った人間は全て死んだ』
『……』
『やる事が無くなっただろう。どうだ、私の元で働かないか』
『……』
『衣食住の保障に三食おやつ付きだ』
頷いた。
今思えば幼児とも言える年齢の子供相手に働かないかという誘い文句はどうかと思ったが、金が貰えないと生きるのに不便だと淡々と思っていたスタッドにとっては効果的だったのだろう。
盗めば良いのではと思うが、盗みは盗みで多発すると憲兵がウロツくようになる。お偉方の殺しだけなら街中に憲兵は増えないのでスタッドの安寧は守られていたのだ。
大人は頷いたスタッドの手を握ろうとして手首を切り落とされそうになり、引き攣った顔で肩を竦めてスタッドをギルドへと連れて帰った。
「その大人が今のギルド長です、私の出自を吹聴しないので多少は感謝しています。それ以来ずっと私はギルド職員として働いているので昨晩のような殺しはしていません」
「……ごめんね、もういっかい頭からおねがいします」
ぼんやりと睡眠から起きたばかりの頭に淡々と告げられた情報は全く入ってはこなかった。
ゆるゆると瞼が開いたのを確認した瞬間話し始めたスタッドは、どうやら昨晩は酔っていた上にリゼルを狙われた事で過剰反応してしまったと言いたいらしい。
回転を始めた頭でどうやら嫌わないでほしいと伝えているのだろう、と判断したリゼルが片手を持ち上げてぽんぽんと目の前にあるスタッドの頭を撫でる。
微かに肩の力を抜いたスタッドを確認して、当たっていたようだとゆるりと微笑んだ。
リゼルの思惑通り、スタッドは朝起きた時からリゼルにどう思われただろうと淡々と考えていた。
ギルド職員の朝も冒険者と同様かそれ以上に早い。いつも通りの時間に目が覚めたスタッドはひたすらに時間を持て余しながら昨晩の己の行動を思い返していたのだ。
酔った事に関しては反省はしていない。酔った勢いでこうして甘える事が出来たのだから結果オーライだ。
襲撃者を殺した事も反省はしていない。リゼルを狙ったのだから当たり前だ、むしろ良くやったと自分を褒めたい。
ならば後悔する事など何もないのではと自分の中で結論を出し、ひとつ頷く。後はリゼルが自分に対してどう思ったのかが問題となるだけだ。
そうして初めの思考に戻って、再び淡々と考え始める。
今日はスタッドは休日だ。
だからこそリゼルに付いて宿まで行く選択をとった。翌日が仕事ならば流石にギルドに帰る。
普段ならば休日だろうと何だろうとやる事が無いので働いていたスタッドが初めて休日らしい休日を過ごして、今頃スタッドは当然居ると思っている職員達が驚きながらも大慌てだろう。
休日に休まないスタッドを心配する職員達は大抵彼が休みの日に、せめて気晴らしをと大量の買い出しをお願いする事で何とか休ませようとしている。
貯めておいた買い出しが遂行されないなどと考えもせず、ようやくスタッドが休みに休んだと感動しながらもどうしようと頭を抱えている最中か。スタッドにとっては知った事ではないが。
「……、」
スタッドは昨晩も見たはずの部屋を見回した。
一人部屋というだけあって広くない室内の机には、何冊かの本が積まれている。
ベッドの横にあるサイドテーブルにも置かれているが、昨晩は確か読んでいなかったので普段から置かれているのだろう。意外と几帳面では無いようだ。
壁にはスタッドの上着が掛けられており、そういえば促されて脱いだ覚えがある。ここぞとばかりに甘えて脱がせて貰ったが、良くぞリゼルも付き合ってくれたものだ。
もし自分がジャッジに脱がせてなんて言われれば、差し出された手首を真逆に折る自信がある。
ジャッジと云えば、とスタッドは昔取った杵柄とばかりに気配を消して音も立てずに上半身を起こした。
此方に後頭部を向けて寝るリゼルの体を跨ぐようにそっと手をつき、その寝顔をのぞき込む。
顔へと流れた髪が邪魔だと言わんばかりに静かにその髪をどけると露わになる顔に、スタッドは満足げな雰囲気を出した。
これで同等だと此処にはいないジャッジに向けて優越感を持ち、じっと見つめる。
奇しくもそのジャッジと同じような感想を抱きながらもその体勢のままリゼルが起きるのを待つことにした。起床したらすぐに自分の事を話そうと決めたのだ。
人間見つめられれば例え寝ていようと何かを感じて起きるはずだが、無駄に気配遮断に秀でているスタッドに関してそれは発動される事が無かったらしい。
そして今に至る。
覗きこんでいた顔を起こしたスタッドに、まさかひたすら見つめ続けられていたなどとは考えてもみないリゼルも上半身を起こす。
ベッドの上で向かい合った状態で、全く寝癖がついていないスタッドの髪を梳いた。
無表情ながらぽんっと花が一輪飛び出た背景が見えたような気がしたので、嫌がってはいないのだろうとベッドから降りる。
薄らと明るくなった窓の外は、すでにギルドの開業時間が過ぎているのだろう事が分かった。
「今日はお休みなんですよね?」
「はい」
「もう少し寝ていても良いですよ」
「いえ、いつも同じ時間に起きていますので」
「ジルもそう言うけど、羨ましいです」
基本的に気の済むまで寝るリゼルは同じ時間帯に起きる習慣など持っていない。
流石に昼前まで寝る事など無いが、ジルなどの生粋の冒険者に比べれば遅いと言われても仕方無い時間に目が覚める事も度々ある。
リゼルは立ち上がって上着だけ脱いだ自分の服をしげしげと見下ろす。
「俺もそのまま寝ちゃいましたけど流石最上級装備、皺ひとつ無いですね」
あまりにも普段通りのリゼルにスタッドは安堵した。
頭を撫でられたから完全に嫌われた訳ではないらしいと思っていたが、内心ではどう思っているのか気になっていたのだ。
そもそも一緒に寝てくれたのだから拒否されては居ないのだろうが、と無表情のままリゼルを見上げる。
無かった事にされた訳ではない、それでも受け入れてくれたリゼルに対して普段全く動かない胸の中がじわじわと微かに熱を持った気がした。
「貴方は何か質問とかは無いのですか」
「そうですね……昨日の事でスタッド君が何か不利益を被らないかは気になります」
「見るからに何処ぞの盗賊でした、発見されたとしても問題になることは無いと思います」
ふっと微笑んだリゼルに淡々と返す。
実は気にしてくれた事に対してぽんぽんと花が飛んでいるが、本人すら気付いていないそれにリゼルは面白く思いながら笑いを堪える。
まだベッドに腰かけたままのスタッドに視線を合わせるように身をかがめ、言い聞かせるようにその両頬を包んだ。
「今後似たような事があっても、君に不利益が出るなら手は出さない様に」
「貴方に不都合が出ないように十全に配慮はします、ただ見ていろと言うんですか」
「俺だって自衛は出来ます。それにスタッド君に何かがあった方が俺にとっては不都合ですよ」
聞きようによっては自分の為に動いてくれる人間が減る、と聞こえなくも無い。しかしスタッドはその言葉に大いに喜びを感じた。
スタッドにとっては打算も偽装もない優しさのほうが恐ろしい。理由のない優しさは理由も無く離れてしまう危険がいつだって付きまとうのだ。リゼルが向けるのがその理由の無い優しさならば、スタッドはどれ程惹かれようとその手を受け入れようとは決してしなかっただろう。
しかし違う。リゼルはスタッドが優秀だからこそ優しい。
利用しようと思っている訳ではない事は知っているし、悪意が無い事も知っている。ただ優秀な人間に好感を持ちやすいだけで、誰だってそうだがリゼルはその傾向が強いだけだろう。
それでも理由のある優しさはスタッドがその理由を守り続ける限り離れて行く事がない。
「……分かりました、今後似たような事があれば貴方にも私にも不都合が出ない範囲で動きます」
「ちょっと違うような気もしますけど」
自己完結して納得したらしいスタッドに苦笑し、リゼルは手を離した。
その手を目で追ってスタッドも立ち上がる。
「良ければ朝食も一緒にどうです?」
「ぜひお願いします」
無表情のまま頷いたスタッドに微笑み、リゼルは上着を差し出した。
その上着を着込んで廊下へと出ると早朝らしい透き通った空気が開いた窓から流れ込んでいる。
人々が活動を始める時間帯だからか少しざわつきのある階下の音を聞きながら、二人は揃って階段を降りた。
「ジルは部屋かな」
「いえ、早朝に出掛けたようです」
「軽く体を動かしに迷宮にでも潜ってるかもしれないですね」
そんな準備体操代わりに迷宮に潜る冒険者などいないのだが、スタッドは特に何も思わず頷いた。
他の冒険者が何故迷宮に潜るのか興味も無ければ関心も無いので、ジルの行動を聞いても驚きはしない。そういう人物もいるのか程度だ。
ただ自分がリゼルから離れる頃には帰ってくるのだろう事は確信を持っている。それかスタッドがジルが帰るまではリゼルから離れないとでも思っているのか。
昨晩の事もあるのでリゼルを一人にはしないというのはスタッドにとっては不本意だが同感なので、この点に関しては予想は外れていないだろう自信がある。
リゼルは宿の食事で良いかとスタッドに確認をとって食堂の扉を潜った。
割と長期で泊まる者が多いこの宿では、すでにリゼルの存在になれた者がほとんどだ。
数名の冒険者はリゼルの後ろのスタッドを確認して掻きこんだご飯を吹きだしそうになっていたが、何とか堪えている。
安くは無い宿に泊まる程度に実力と稼ぎのある冒険者なので、その動揺も一瞬で過ぎるだろう。尾は引くだろうが。
「おやリゼルさん、そっちの子は昨日泊まっていったのかい?」
「ええ、女将さんは昨夜すでに就寝している時間だったので無断になってしまいました。宿泊代とかいります?」
「同じ部屋だろ、別に構わないよ。朝食代もおまけしようかね! へぇ、その制服はギルドの……リゼルさんってば本当に冒険者だったんだねぇ」
「まだ信じて貰えてなかったんですか……」
はっはっと豪快に笑った女将にリゼルは苦笑した。
相変わらずリゼルが冒険者であるという事実をぽんっと何処かにやってしまう女将だが、さすがにギルド職員と共にいれば納得してくれただろう。
お世話になりましたと腰を折ったスタッドに気を良くしたのか、アイン達が訪ねてきた時とは真逆と言って良い程に対応が好意的だ。
社会的身分と礼儀って大事、などと思いながら案内された席に座る。
「貴族さま、おはよぉー! どっか行くっていってたけど、かえってたんだね!」
「はい、おはようございます」
「またべんきょう教えてね!」
とことこと机に近寄って来た少女がにこにこと笑いながら言った。
以前問題になったにも拘らず、この近辺の子供たちは面白がって貴族呼びを止めない。
少女は同じく両親の仕事の都合でこの宿に長期で滞在しているので、リゼルも度々顔を合わせる。
ちなみに一度ジルは泣かせた。盛大に不機嫌な時に遭遇したので、互いに運が悪かったというしかない。
「きょうは、ちがうお兄ちゃんといっしょなんだね」
「……」
少女がにこりと笑ってスタッドを見た。
対するスタッドはひたすら無表情。相変わらずの冷たいまでの無表情。
淡々とした沈黙にあれ、と表情を変えた少女がおろおろし始め、助けを求めるようにリゼルを見る。
とりあえずファーストコンタクトを見守る姿勢をとったリゼルは微笑むだけで、助け船を出そうとはしない。
心配げに見守る両親に大丈夫だと手を振ると、安堵したように同じく見守る姿勢へと移った。不器用な子なんです、と小さく囁いた事もあって見守る対象は我が子とスタッド両名へと移行している。
少女もリゼルと両親が揃った空間なので泣く事は無く、おろおろしながらも懸命に話をしようとスタッドを見上げている。
「貴族さまのおともだち?」
「……」
「その、あの……お兄ちゃん、きれいなお顔してるね!」
「……ありがとうございます」
ようやく返って来た返答に少女はぱっと笑みを浮かべた。
ちなみにリゼルはスタッドが淡々としながらもどう対応するべきか考えていた事が分かっている。
普段からギルドで働き通しのスタッドに子供と接する機会はない。自分の行動でリゼルの評判が傷つかない様に充分に配慮した結果が沈黙だったのだが、やはり子供相手にそれはどうなのか。
最終的にようやく口にした礼に、少女は満足して両親の元へと戻って行った。
「褒められたのでしょうか」
「褒められたんですよ」
「貴方は普段子供に勉強を教えているんですか」
「本当に時々ですよ、どうやらジルと違って馴染みやすいと思われているようで」
ギルドで依頼を受けない日、読書の気晴らしに出掛けようと思うと時々子供達に捕まるのだ。
学び舎帰りの子供たちはジルが一緒にいると近付かないが、リゼルが一人でいる時は声をかけてくる。
時間があって気分が乗ればリゼルは快く宿題を教えてくれという言葉に応えるが、そうじゃない日は断る事もあるので本当に時々しか教えていない。
分かりやすいと評判のリゼルの解説は子供たちの母親にも感謝される事が多いが、しかしその母親たちもリゼルが冒険者だと知ると心底驚いて戸惑っていた。
しかし一度子供達がふざけて連れて来た、どうやら何処かの立派な学院に通っているらしい青年が持つレポートも解説したら付近の大人たちの評判が上がりに上がった。勉強が出来るというのは何処の世界でも親受けが良いようだ。
ちなみに青年は連れて来られた時は死んだ目で何やらブツブツと呟いていたが、リゼルの解説を聞いた後は「やっと寝れる!」と狂喜乱舞して帰って行った。
「そういえば教え子とか言っていましたし教え慣れていそうですね」
「家庭教師みたいなものだったので、教えたのはその教え子一人だけですよ」
話している内に朝食が運ばれてきた。
毎日似たような品になりがちな朝食だが、この宿は長期滞在が多い為に工夫をかかさない。
米からパンから麺、もちろんパンの種類もピザからサンドイッチまで多種多様で、更にはイモなど主食だけでもバリエーションに富んでいる。
今日はソーセージが一杯入ったミネストローネとバゲット、サラダが基本で出てきた。希望者には各種おかわりが出るし、追加料金を払えば肉や魚などもつく。追加は流石に注文を受けてから作るので多少時間がかかるが、これらを昨晩の内に仕込んでおくのだから宿屋も大変だ。
話しながらも食事を終えた時だった。
食後のコーヒーをゆっくりと飲んでいたスタッドが、ふと食堂の外を見た。
「スタッド君?」
「一刀が帰ってきたようですし、朝食も頂いたのでそろそろ帰ります」
流石に自分が休日だからと、リゼルに一日付いて回るなどとは考えもしない。
話を聞く限りどうやら暗殺者じみた事をやっていたスタッドもジル同様気配に敏いらしく、ジルが帰って来た事を察したようだ。
そのスキル良いなぁ、と思いながらリゼルはコーヒーを飲み干したスタッドがじっと此方を見つめてくるのに、首を傾げてみせる。
「何故狙われているのかは分かりませんが充分に気を付けて下さい」
「ありがとう、スタッド君も気を付けて」
リゼルの言葉にスタッドはこくりと頷いて席を立った。
ひらりと手を振るリゼルにやはり手を上げて、相変わらず振らないまま下ろす。
食堂を出る時に丁度向こう側から扉を開けようとしていたジルと鉢合わせた。簡単にシャワーを浴びて来ただろうジルをスタッドは淡々と見る。扉に手をかけたまま見下ろすジルは、何なんだと思いつつも動こうとはしない。
スタッドはそのまま開けられた扉をくぐってジルの横を通り過ぎようとして、ぴたりと足を止める。
「似ているとか止めてください戦闘狂」
「俺だって言いたかねぇよ」
昨晩の言葉は屋根の上にいたスタッドへも届いていたらしい。
嫌そうな雰囲気を出したスタッドに此方も顔を顰めて見せる。食堂の唯一の出入り口で行われたにらみ合いは、一般人からしてみれば余りにも恐ろしく通れる筈も無かった。
扉を塞いじゃ駄目ですよ、と声をかけたリゼルを二人はちらりと見て、そしてスタッドは歩みを再開させる。
「隣に居たいなら必死で守れ“一刀”」
それだけを言い残したスタッドに、言われるまでも無いとジルは鼻で笑った。
ジルとスタッドが殺り合えば間違い無くジルが勝つ、だからこそスタッドもリゼルを任せるのだ。
信頼などという綺麗なものではない、ただの事実。
互いに当然のように受け止めるやり取りに、やはり何か似ているなとリゼルはコーヒー片手に微笑んだ。
「心当たりなんざあの盗賊ぐらいしかねぇな」
「弓矢、全く同じでしたしね」
リゼルとジルは並んでギルドへと歩いていた。
リゼルのランクアップもあって、受けられる依頼が増えているだろうからだ。お金に困ってはいないが経験は積んでおきたいリゼルは割とマメにギルドを訪れる。
昨晩の襲撃のことを話し合いながらも、全く気負わない様子で歩いている。
「仲間殺られた程度で復讐に走るような盗賊なんざいねぇと思うが」
「ジルじゃなくて俺狙いっていうのが何とも……俺だったら簡単だとか、そういうのかな」
「一応逃がした一匹に攻撃したのはお前だし、逆恨みでもされてんじゃねぇの」
元の世界では敵を作らないよう上手く立ち回って来たリゼルが、この世界ではたびたび逆恨みの的となる。
それはジルとパーティを組んだ事に対する恨みであったり、レイラと言葉を交わした事への恨みであったりするが、元の世界では立場がある為に出来ない経験が今出来ていると思うとリゼルはそれらを楽しんでいる節すらあった。
勿論自らの身が安全である事が前提だが、出来る経験は例え自らが不利になろうと一通り経験しておいて損はない、というのがリゼルの持論だ。
「でもあの後三日間王都に到着するまで音沙汰無しだったし、逆恨みっていうのは無さそうです」
「逆恨みってんなら襲撃者はもう死んでるが、だが」
「まだ終わりませんよ」
ジルの言葉に被せるように微笑んだリゼルが続きを引き継いだ。
自分のように襲撃者の向こう側に何か視線を感じた気がした訳でもあるまいに、とジルは呆れたように溜息をつく。
そう、ジルは襲撃者とは別の存在を察知していた。極限まで消された気配に気づけるのは勘としか言いようがないが、間違ってはいないと確信している。
そんな人物がいるのなら襲撃者はただの当て馬、もう狙われないというのは楽観視のしすぎだろう。
「同じ矢も盗賊らしい襲撃者もわざとでしょうね、意図としては俺を脅えさせたいのかな」
「まぁ気持ちは分からないでもねぇな。お前の余裕は一度崩してぇ」
「襲撃側に同意してどうするんですか……」
全く、とわざとらしい溜息をついて姿を見せない本来の襲撃者について考えた。
本気でリゼルを憎んでいるのならこんな手段は取らないだろう。恐らく日常的に狙われているという負荷をかけて焦燥させたいのか。
じわりじわりと獲物を甚振りたいという意図は嗜虐的だが幼児性に溢れていて、またジルの存在を認識しているのに手を出して来るあたり自分はどうなっても楽しめれば良いような退廃的な雰囲気もある。
だが取る手段が単なる幼稚な手段では無いところが面倒な所か。
「まぁお前相手じゃなきゃ有効な手段だったんじゃねぇの」
「ジルは俺のこと何があっても動じないと思ってます?」
「心底思ってる」
真顔で断定したジルがギルドの扉を開けた。
パーティランクがCになった為Bランクの依頼も受けられるようになり、さて何か目新しい依頼が出ているかと依頼ボードの前へと向かう。
あれが良いかこれが良いかと話し合う二人の元に軽い足音が近付いて来た。
ジルが振り返って肘でリゼルを促すと、ボードに貼られた【急募!劇団の手伝い】をしげしげと眺めていたリゼルが視線を上げる。
「ああ、昨日の」
「イレヴンッス! パーティ入れて下さい!」
「じゃあ、もう一回」
「ソロCランク! 長所は声が良いトコと顔が良いトコ! 短所はひょろく見えるトコと目立つトコ! 二人とも顔良いんでパーティ組んだら優越感ハンパネェって思ったんで志願したッス!」
「嘘が無くなったけど冒険者アピールは失敗です、またどうぞ」
「また来るッス!」
一体何のアピールだと周囲から呆れの視線が向けられる中、嘲笑されない事がイレヴンの言葉は嘘では無い証拠だ。
しかし冒険者がパーティに入る為のアピールでは無い。変わらない微笑みから下された却下にイレヴンはニィッと笑いながら相変わらずの軽い足取りでギルドを出て行った。
それを見送るリゼルをジルは怪訝そうな顔で見下ろし、そしてその手元にある依頼用紙を見て溜息をつく。
「……それ受けんの」
「なんか気になっちゃって」
【急募!劇団の手伝い】
ランク:指定なし
依頼人:流れの劇団“Phantasm”
報酬:銀貨10枚(+α)
依頼:設営・舞台裏の準備その他臨機応変に動ける人員を募集中。
舞台装置の魔力込めに魔法が使える方も是非。
(銀貨30枚まで応相談)
基本的に数の少ない魔法使いを雇うには安い報酬は、さして期待して出されたものでは無いのだろう。
簡単な魔法を使える冒険者は多いが、どの程度か分からないものの装置と名のつく魔道具に魔力を注ぐ程の魔力を持つのは魔法使いだけだろう。
リゼルも普段は効率の良い銃を使っているが、使おうと思えば魔法も使える。
何とかなるだろうと思いながら横目でジルを窺うと、嫌そうな顔をして此方を見下ろしていた。
「嫌ですか?」
「嫌だ」
「どうしても駄目ですか?」
「……」
チッと舌うちをしたジルが視線を逸らした。
放っておいたら一人で向かうだろうリゼルを、今この時に一人にするのは憚られる。
いつの間にかギルドの受付に座っているスタッドの“この嘘つき野郎が”という冷たい視線もあり、ジルはしぶしぶ頷いた。いざとなれば付き添いとして近くで暇を潰せばよいのだ。
リゼルはにこりと微笑んで用紙を手に持ち、依頼受付へと向かう。
しかし本当に何故スタッドがいるのか。休日だろうと何だろうと出勤するとは聞いていたが、堂々とリゼルを待つ姿はリゼル達が来ると確信していたようにも思える。
「スタッド君、結構飲んでたんだから今日ぐらい休んでも良いのに」
「翌日に持ち越した事はありませんから大丈夫です」
隣で朝帰り朝帰りとはやし立てる職員を物理的に黙らせ、スタッドは淡々と受付を済ませた。
差し出された依頼用紙を見て一瞬動きを止めたのは意外に思ったのか何なのか。
しかしリゼルが風変わりな依頼も平然と受ける事を知っている為に動揺はしない。これまでもジルと共に依頼を受けない時は変わった依頼でも楽しんで受けていた。
「貴方方が商業国に行っている間に出された依頼なので急ですが、明日の朝八時に中心街前東広場に集合です」
「集合、結構集まってるんですか?」
「いえ、冒険者としては二組ですね。どちらも設営や準備希望なので魔力補充は空いています」
「それなら良かった」
微笑み、依頼を受諾する。
舞台の裏方というのも興味があるものだ、元の世界では特別席で公演は見れても準備などは目に出来なかったのだから。
楽しみにしているリゼルに、ジルは諦めたように溜息をついて今日の分の依頼を調べに依頼ボードへと戻って行った。




