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■エルフに助けてもらおう!

         ※

         

「大丈夫か、ハルトッ!! まっていろ、いま中和してやるッ!!」


 呼びかけてくるオルデヒアの声を、ハルトはどこか遠くで聞いた。

 

 動けなかった。

 デプス・サラマンダーは陸上や空中の獲物相手に狩りをするとき、口腔からねばっこい液体を出し動きを封じてくる習性を持つ。

 これは空気に触れると数秒で粘性を増し、トリモチのようになかなか引き剥がせなくなる。

 また腐食の効果があって、たとえば鳥なら羽根をやられて飛べなくなったり、鎧や衣服の品質が劣化してしまったり、酷いときには完全に役に立たなくなってしまったりする。

 一番最悪なのは、顔面に受けて窒息してしまう可能性だったが。

 その戦闘能力と原始的な捕食衝動以上に、冒険者たちに忌み嫌われてきた理由だ。

 

 ハルトはその粘液塊の直撃を受けた。

 オルデヒアの身長が低かったおかげでデプス・サラマンダーの狙いは低く、さいわいにも顔面への直撃だけは避けれたけれど。

 ハデに吹き飛び、小川の土手にひっくり返った。

 一瞬だけど、気を失ってたみたいだ。

 

 気がつけば硬化を始めた粘液に搦め捕られ立ち上がれなくなってしまっていた。

 

「すまない、すまないハルト、わたしが──わたしが油断したから!」


 どうしてオルデヒアが涙目になって自分を責めているのか、わからない。

 草むらに転がり落ちた聖剣からは光が失われている。

 もう敵は近くにはいない。

 ここは安全になった。

 もうだいじょうぶだよ。

 

 泣くなよ、って頭を撫でてやりたくても、手も固められてて汚れてて、諦めたほうがよさそうだった。

 だから、かわりにハルトは言ったのだ。

  

「見ろよ、オルデヒア……空、そら、そら……星がめっちゃくちゃキレーだぜ」と。

「バカッ、オマエ、弱いくせに!」

 オルデヒアが思わず怒鳴り返す。

 

 ほどなくして、デプス・サラマンダーの粘液は中和された。

 オルデヒアが精霊に働き掛けてくれたのだ。

 

「だいじょうぶか、ハルト?」

「なんか、頭が痛い、うしろ頭」

「こぶになっているぞ」


 頭をさすりながらハルトは起き上がった。

 中和された粘液はさらさらの液体になって流れていく。

 もう、完全に無害だ。

 

「うへあ」


 だが、起きがったハルトは口をヘの字に曲げることしかできなかった。

 粘液によって腐食の効果を受けた服は穴だらけになり、起き上がった瞬間にぼろり、と腐り落ちてしまったのだ。

 

「うっそーん」


 情けない声を上げ裸身を隠しながらクネクネするハルトに、オルデヒアは笑ってしまった。

 

「ちょっとちょっと、笑うところじゃないでしょ、そこ!!」

「すまない、すまない。そうだった、オマエが庇ってくれてなければたいへんなことになっていたのだったな」

「あああああ、オレはもしかして、ものすごい選択ミスをしたのでわああああ。なんだか、ものすごい責められているきがするううう!!! どこかの、だれかに!! そのへんで見ているヒトに!!! フラグをへし折ってしまったのでわあああああ!!!」


 クネクネ踊りながら逃げ回るハルトの姿を、オルデヒアはお腹が痛くなるまで笑ってしまった。

 だが、実際はかなり危うい状況だったのだ、とオルデヒアにもわかっていたのだ。

 

 いまのハルトは凡人以下、一般市民以下、と言っていい。

 もし、さきほどの粘液をオルデヒアが受けていたら、こんなに早急に中和することなどできなかっただろう。

 しかも、先ほどの投射コースは、ハルトだからこそ腹部から胸にかけての直撃だったが……オルデヒアの身長では胸から頭部にあたる。

 

 窒息死していたかもしれない、とオルデヒアは思った。

 魔王との戦いからすでに、二年。

 鈍っていた以上に、慢心があった。

 

 いま、ハルトを守ることが出来るのはわたしだけなんだからな。

 そのわたしが、ハルトに守られていては、話にならない。

 オルデヒアは決意を新たにする。

 

 視界の向こうでは、一瞬にして全身の水分を凍結させられたデプス・サラマンダーが砕け散り、あっというまに蒸散していった。

 魔界に起源を持つ生物は、命を失った場合、長くこちらに留まれない。

 秘境や魔境、古代遺跡や地下迷宮などの魔力が滞留している場所であればその限りではないが、相当に速やかに起る。

 だから、魔界に起源を持つ存在の肉体を元にした武具などは、そいういう魔力の濃い場所でアイテムとして加工してこの世に留める措置を講じてからでないと、人類圏に持ち帰れなかった。


 これは世界法則なのだ。

 

 速やかに気化してゆくデプス・サラマンダーの死骸を見ながら、オルデヒアは不意に複雑な感傷に駆られた。

 魔力とは元来、魔界に溜め込まれてきた資源のようなもので、ときの魔王はそれを「人類圏」という掘削機で掘り起こしていたのではないのか、という説を唱えていた賢者の話を、だ。

 だから、魔法の才能のあるものはじつは魔界との繋がりが深いのではないか、という仮説だ。

 さいわいにも、その仮説はいまのところ世界的な定説としては流布されてはいない。


 だが、それでもときどき、オルデヒアは考えてしまうのだ。 

 では、自分たちハイエルフはいったいどちらに属しているのだろうかと。


「オルデヒア……は、はやく着替えを取りにいって! ちょっと、身体を洗うから!!」


 そんなオルデヒアの思いなど知るよしもなく。

 乙女のように胸と股間を隠し、クネクネと川へと向かうハルトの姿に、オルデヒアは苦笑するしかなかった。

 

 


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