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■肉は焼けて……いるか?

「あつっ、あつっ、ちょっとまて、これ、ちょっとマジで無理なんじゃねえの?!」


 そう言ってハルトが飛び退いたのは、どこかの蛮族めいて両手にハンドアクススタイルで焼肉を始めてから数分後だった。

 一応、素手では握らず、蕗の葉などを使う心遣いだけはしているようだ。


「あつっ、熱いって、手が!! これ、ホントにイケるヤツなのか?!」

「いや、だから……イケないんじゃないのか」


 熾火はたしかに肉を焼くには最高だ。

 だが、燃え盛る炎ではないため、肉を炭火にかなり近づける必要がある。

 そして、いま、ハルトは両手に肉を構えるバーバリアンスタイルだ。

 

 つまり。

 

「焼けるっ、手が焼けるッ!!」

「炭火の効果で、なかまでじっくり火が通りそうだな」


 しれっとオルデヒアがヒドイことを言う。

 このあたりがハイエルフの感性なのだ。


「ちょっとまってくれよー、これ、もしかしてなんか専用の道具がないとキレイに焼けないヤツなんじゃねーの?」

「肉屋のオヤジは、それについて、なにか言わなかったのか?」

「いや……焼いてやろうか、とはたしかに言ってくれたけどサ」

「なぜ、そうしないし」

「いや、だーかーらー!!」


 ことの経緯を知らないオルデヒアからすれば、ハルトの選択肢は不合理極まりない。

 専門家が完全な善意から最高の焼き加減を提供してくれようとしていたというのに、ハルトはそれを無下に断ったわけだ。

 理解に苦しんで当然だろう。


 ハルトがオルデヒアの前でいいところを見せたいという見栄──男心がわからないのだ。

 

「じゃあ、いまからでも遅くはない。後片づけをして、荷物をまとめて旅籠に戻ろう。ここからなら三十分もかからない。事情を話して、旅籠の厨房を貸してもらおう。ずいぶんとマシなはずだ」


 だから、こんな提案が出てくるわけだ。

 

「いやだ」


 そして、もちろんハルトの返事は決まっていた。

 今日ここまでの奮闘はハルト自身の「うまい肉が食べたい」という衝動に始まったが、それはいまや「うまい肉を自分が料理してオルデヒアに食べさせたい」という思いに成長してしまっていたのである。

 

「オマエ……それでは、せめてナイフで肉を小さくしてフライパンで、とかはどうだ? 丸鍋なら半分くらいは入りそうだぞ、骨付きのままでも」

「炭火焼きの直火焼きがいいんだい!」


 でっかい焼肉が、オレは食いたいの!

 ハルトが頑迷な主張をする。

 はー、とオルデヒアは息を吐いて自らの席に座り直した。

 だめだ、この状態になってしまったハルトはテコでも動かない。

 そんなオルデヒアの確信どおり、ハルトは夜気で赤くなった両手を冷ますと再チャレンジし始めたではないか。

 

「あつっ、熱いっ」と文句を言いながらも最適なポジションをキープしようとするハルトの姿に、オルデヒアはやれやれ、と諦め半分、あきれ半分、愛情少々の笑みを返すしかできなかった。

 のだが……。


「なあ……これ、焼き加減って……どうなってんの?」


 ハルトがそんなことを言い出したのは、孤軍奮闘しばらくして、肉の焼けるなんとも良い香りが漂い始めた頃だった。

 

「ん? 焼き加減がどうなっている、とは?」


 長時間待たされたあげくに、暴力的なまでにうまそうな匂いを嗅がされ、オルデヒアは若干、食いぎみで返答した。

 炭火に落ちる上質の肉の脂の薫りは、ハイエルフにだって抗いがたい魔力を発揮するのである。

 

「み、見えねえ。炎が暗すぎて……さらに逆光で、真っ黒に見える! 焼けてんのかそうでないのか、さっぱりわからねえ!」


 ぶふっ、とさすがのオルデヒアも吹き出した。

 そうだった。

 ハルトたちヒトは夜目が利かないのだった。

 さいわいにも今夜は月影がさやかな満月の晩だが……ハルトの言うように炭火の炎は暗い。

 焚き火があるから明るいだろう、なんていうのは本当に素人考えで、特にこんな焼き方をするのであれば別に光源を確保しておくことは必須事項だったのである。

 

「ランタンを灯し忘れていたんだな」

「焚き火があれば充分だと思ったんだよ! 油も節約になるかな、って」


 節約、という言葉がハルトの口から出てきたおかしさに、オルデヒアは笑ってしまう。

 今日はもうじゅうぶん赤字だぞ、と。

 

「ごめん、オルデヒア……そういうわけだ。ランタンに火をつけてくれっ!!」


 いま、取り込み中で手が離せねえ! 

 そう叫ぶハルトに協力してやろうという気になったのは、オルデヒア自身、眼前で完成しつつある焼肉を早く食べたかったからだ。

 しょうがないやつだ、とひと声。

 意識を集中させ、周囲に満ちる精霊に呼びかける。

 

「古き盟約と契約と血統のもとに招請する。月の光の精霊よ──夜を照らせ」


 歌うようにオルデヒアが呪文を唱えれば、この場に落ちる月の光だけが真昼の木漏れ日のようになり、ハルトの手元を照らし出した。

 

「ありがてえ! ってぎゃあ、片面焦げてる! こっちは全然焼けてねえ!!」

「こういうことは早く言え。がんばってるからそれなりに順調なのかと思ったぞ」

「つか、やっぱり、この焼き方には無理がっあるっ。腕がつりそうだ!」

「うーん、このまま骨までキレイに焼くのは無理なんじゃないのか?」

「どーすれば、いいんだってばよ!」

「そうだ、料理人のジェフ・リーはどうしてたっけ、こういう大きな肉のとき」

「えっ……ごめん、ぜんぜん憶えてない。食べるのに必死だったからな……うまくて」


 希代にして戦う料理家・かつての仲間:ジェフ・リーの大きな背中を思い出してふたりは言った。

 うーん、たしか、とオルデヒアが呟いた。

 

「大きい肉は全部に火を通すんじゃなくて、焼けたところから削ぎ切りにしてたような……」

「それだっ!!」


 いったん肉を置いて炭化した部分をナイフの刃先でかるくこそぎ落せば、キレイに焼けた断面が姿を現した。

 

「き、切るぞ。オルデヒア、お、お皿をどうぞ!!」

「お、おう」


 よく研いである鋼のナイフはすっと潜り込み、ひと口分の肉片を削ぎ取ることに成功した!

 

「き、キレイに焼けている……焼けているじゃないかッ?!」


 ただ肉が焼けた、というだけのことなのにオルデヒアまでもが歓声を上げてしまった。

 やった、やった、と顔を見合わせ笑顔で讃え合う姿は微笑ましいが、事情を知る人間の目には間違いなく空腹でおかしくなった連中にしか映らなかったはずだ。

 

「お味、お味のほどはっ?!」

「でわ、いただき、ます……ん? んほっ?!」

「んほ?!」


 まるではじめて料理を口にした野生動物のようにオルデヒアは目をいた。

 

「うはい(うまい)ッ!!」

「マジで?! マジで・・・?! うはい?!」

「これは……うまいッ!!」


 頬を上気させて感想を伝えるオルデヒアの様子に、ハルトはおっしゃああああ、と雄叫び一発。

 肉を掴んだままガッツポーズを決め、このあと調子に乗ってドンドン肉を焼く。

 丘の下の流れに浸して冷やしておいた素焼きのツボ入りエールをハルトがさし出せば、これはもうパーティーがフェスティバルだ!

 それがこっそり溜めていたハルトのへそくりで贖われたものだとかどうとか、もうどうでもいい。

 

「焼肉最高!!」


 夜空にハルトは何度も叫んだ。 

 翌日、近隣の村の連中がゴブリンどもでも湧いたのか、と見回りに来るくらいにはハイテンションで。

 

 

 そして……全部を焼くには薪が足りなくて、けっきょく焼肉で食べ切ることができたのは1本だけだったことや、ハルトが両手をかなり火傷してしまっていて夜中に大変な思いをするのだが……それはまた、別のお話だ。





第1話完!


あと、野生動物のお肉の扱いは気をつけましょう!


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