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■肉を焼こう!

         ※

         

熾火おきびになってから焼け、っつてたなオヤジさん。あんまり火勢があるときに焼くと、まっくろ焦げになるぞ、って」


 本日はここを柵外野営地とするッ、と高らかにハルトは宣言し調理にとりかかった。

 

 場所は草原地帯を見下ろすことのできる高台。

 といっても、丘ほど高くもない。

 高低差はほんの五メートルというところか。

 広葉樹が葉を繁らせ、風を遮ってくれる。

 地面は平らで、林床はやわらか。

 水はけがよく適度に乾燥しているだけではない。

 すこし下れば澄んだ水をたたえる小川があり、飲料水を確保するのも苦労はいらない。

 さすがは村人ご推薦の野営スポットだ。

 

 オルデヒアのものと自分のものと、ふたつのテントを設営し終えたハルトはさっそくたきぎを組みはじめた。

 このたきぎは肉屋のオヤジさんがサービスで一束ぶん、つけてくれたものだ。

 

「それをいきなり使うのでいいのか? もうちょっと集めておいたほうがよくはないか」

「いやあ、こんだけあったら、いけるっしょ? つか、早くしねえと日が暮れちまうよ」


 冷静で心配げなオルデヒアの指摘を、今日はキミは座っていてくれたまえ、と爽やかな笑顔で制し、ハルトは火打ち石と格闘しはじめた。

 カチッ、カチッ、カチッ。

 格闘すること30分。

 着火は確認できません。


「なあ、わたしが替わろうか? 馴れているから……」

「いや、ここはどうか、オレにお任せください」


 太陽が傾いてきて暮れ始めた赤い光線のなかで、ハルトは汗だくになりながら、なんとか火を起こすことに成功した。

 作業開始から、一時間後のことであった。

 

「やった」

 と思わず、オルデヒアが小さくだが拍手してしまったくらいには、それは苦闘の連続だった。

 すでにハルトの左手は打ちつけ損なった火打ち石で傷だらけだ。

「て、手こずらせやがって」

 ぜいぜい、と荒い息を吐きながらハルトが額の汗を拭い、焚きつけから薪に火を移し終えた頃にはすっかり日は暮れてしまっていた。

 

 ぱちり、ぱちり、と薪がはぜる。

 なんとか焚き火が完成した!

 

「よしっ、これで成功は間違いないぜ!」


 ハルトのどこから出てくるのか根拠不明の自信にオルデヒアも頷いて見せたのは、お腹が減っていたのだ。

 かといっていくらなんでも、躍起になって頑張っているハルトを放置して副菜を摘むわけにもいかないというのがオルデヒアなのだ。

 律義さ、というか苦労性なのである。

 

 なお、副菜はハルトが肉を買いに行っている間にオルデヒアが集めいておいた山菜を茹でたものと、ベリー類である。

 山菜を茹でるとき使った焚き火はオルデヒアが起こしたのだが……そっちを使ってはどうか、という申し出も却下されてしまった経緯である。

 

 なにがなんでも、自力で成し遂げたいのだろう。

 自立心、それ自体は悪いことではないのだけれど。

 

「とりあえず、すこし食べるか」

「いや、オレはいい」


 焚き火の成功にすっかり男の顔になってしまったハルトはオルデヒアの申し出を一蹴した。

 むー、とオルデヒアは鼻を鳴らす。

 この男は……めんどくさいスイッチが入ってしまったな、と。

 まあ、了解は得たので副菜には手を着けるオルデヒアだ。

 

 むしゃり、ぱくり。

 岩塩とオリーブオイルだけで味付けされた山菜類はシンプルゆえに、鮮烈であり、かつ滋味深い味がする。

 今日のメインはミズルリ、という草だ。

 すこし日陰がちな水辺に生える。

 咀嚼そしゃくしていると独特の粘り気が出てくるし、コクもある。

 なかなかうまい。

 

 ベリー類もいい。

 夏の終わりから秋にかけては甘みの強い種類が多いのだが、初夏のものはやや酸味が勝つ。

 けれども、そういう味わいが好きなオルデヒアには、まったく気にならない。

 ミズルリとともに、ぱくぱく食べていく。

 さわやかな酸味がビネガーの代わりをするから、食べ飽きないがいい。

 

「なあ、いいのか? おいしいぞ。せっかくだから、すこしはどうだ」

「いや、今日はオレがオルデヒアに最高の焼肉をご馳走したいんだ。だから、あとでいいよ」


 またせて、ごめんな。

 珍しく殊勝にもそんなことを言われたら、悪い気はしない。

 肩をすくめて了解を示し、オルデヒアはハルトが調達してきた肉に目をやった。

 たしかに相当な上物だ。

 ワイルドボアの肋肉。

 ベリー類や若芽・山菜をたっぷり食べたこの時期のケダモノの肉は、驚くほどに臭みがすくない。

 柔らかそうな肉質とも相まって、エルフであるオルデヒアからしても早く食べてみたいと思わせる一品だった。

 

「よし、いい感じにきになってきたな」

 

 ハルトがゴーサインを出したのは、それからまた一時間が過ぎたころだった。

 火勢は鎮まったように見えるが、黒い炭の奥にはかつかつと高温の炎がたぎっているのが見えた。

 肉や魚を調理するのは、こういう炎でなければならない。

 

 気がつけば高原に訪れる短い夏を逃してはならじ、とすでに鳴き始めている虫たちの唱和が聞こえてきた。

 夜の鳥たちの声。

 ホー、ホー、と鳴き交わすのはフクロウだ。

 そこに風に揺れる木立の葉擦れが加われば、森の民:ハイエルフのオルデヒアにしてみればどこか郷愁にも似た安らぎを憶える交響曲になる。

 

「……なんだか、むかしに戻ったみたいだ……」


 思わず口をついたセリフには、仲間たちと旅をした三年間の思い出への想いが集約されていた。

 苦しかったけれども、楽しかったな、という。

 だが、そんなオルデヒアの感慨は打ち破られることになる。

 だれに?

 もちろん、ハルトに、だ。

 

「アレッ?! これ、この肉、どうやって焼くんだ?!」

「ナニッ?! エ、オマエ、フライパンで、じゃないのか?!」

「えっ?! それじゃあ炭焼きにならないじゃん! それに、だ……」


 言葉で説明するよりも見せたほうが早い、とばかりにハルトは愛用の小型フライパンに肉を載せて見せてきた。

 旅用のかさばらないタイプのヤツだ。

 

「は、入らない?!」


 ドーン、とはみ出ていた。

 巨大な肋肉が、フライパンから。

 肉を載せたら骨が出た、である(?)。

 

 肉は手斧をはるかに上回るサイズだったのだ。

 

「エ、じゃあ、コレ……ど、どうするんだ?!」


 真顔になってハルトが訊いた。

 オルデヒアに。

 マテ。


「いやいやいやいや。そんなことをわたしに聞くなよ。元来、エルフ族の主食は野草・山草・木の実や魚、カチクの乳がメインなんだ。肉食文化はヒトと関わるようになってからのものだからな。あんまり詳しくないぞ、そこは、わたしも」


 まさか、である。

 肉を焼く段になって問題が発覚するとは思いもよらなかったオルデヒアだ。

 肉屋のオヤジ:ニックスキーの助言通り、塩コショウをキツめに振った肋肉を両手に掴んで、ハルトはオルデヒアを見つめてくる。

 なにか無意識に繰り返されるジェスチャーは、どうも「火」を意味しているらしい。

 あるいは「どうやって焼くの?」という意味か?

 

 いや、ほんとにわからないんだぞ、わたしにも、とオルデヒアは目で訴える。

 まかせろ、と言ったのはオマエだぞ、と。

 

「まさか……これわ……調理終了……なのか?」 

「むう……これは、完全に盲点だったな」


 真面目くさってハルトが唸った。

 コイツ……ほんまもんのアホだな。

 オルデヒアは思う。

 

 しかし、ハルトは行動に出た。

 諦めずに。

 天啓に打たれたように、叫んで。

 えうれーか!!

 そんな感じで。

 

「わかった! 手で持って焼けばいいんじゃね?」と。


 やっぱオレ、天才じゃね? といういつものあの調子で、また。

 もちろん、問題があった。

 大問題である。

 

 


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