■自分のテントで眠ろう!
※
「ひっかし、あ、あぶらかったなあ!」
震えすぎで、なにを言っているのか、さっぱりわからない。
冷たい川の水で水浴びをし震えながら上がってきたハルトの髪の毛を、オルデヒアは拭いてやることにした。
がくがくがくがく、とすごい振動が伝わってくる。
「オマエ……襲われたばっかりで、そいつが潜んでいた川に水浴び行くとか、度胸が満点過ぎるぞ」
「ありがと! いやあ、ちょっと、いくらちゅ、ちゅうわしてもらったからって、臭うし! やぱり、ですね、モテクラスをめざすオレとしては!」
やっぱし、むかしは世界最高のモテクラス:勇者だったわけだしさ。
どういう理屈かオルデヒアにはさっぱりわからないが、ハルトは震える語尾で言い切った。
たしかに。
むかしは立寄る街で、村々で、ハルトはずいぶんとモテていた。
『オレはちゃんと生きて帰ってこれるのかわからないから、キミの思いを受け取ることはできない』
と、キチンと断るところがカッコよかったのだが……内心は違ったのかもしれない。
いまや女のコどころか、駆け出しの冒険者にすら見向きもされない無職となり、いかに勇者時代が華やかであったのかを思い知っている、というのもあるだろう。
「まあ……努力は認めるが……なんでこんな夜中に、あんなところにいたんだ?」
「ん? あああとええと……星があんまりにキレイだったから?」
「乙女か」
「えへへ」
あまりにポエムなハルトの答えに、オルデヒアは呆れてしまった。
星を見に行って死にかけただなんて、シャレになってない。
「でもさ」
そしてまた、オルデヒアの心中などちっとも察しないで、ハルトは言った。
「アイツ……デプス・サラマンダー。なんでこんなとこにいたんだろ。あきらかに、このへんの出現モンスターとレベル帯違わねえ? 強すぎるでしょ?」
「……たしかに、そうだな」
話題ぶった切りはともかく、ハルトの指摘はたしかにそうだった。
この世界に生息するモンスターは日夜、冒険者たちによって観察・記録され、分類されて地域や地方の情報と紐付けられる仕組みになっている。
それは地域を統括する冒険者ギルドで更新され、三ヵ月〜半年毎に発表される。
地域地図とともにそれは旅の重要な資料としてギルドで管理され、写しは売買されていた。
「最新のものにも、そんな記述はなかったな」
「なんだろ……異常気象の前触れだったりする?」
「ベイグランツモンスターか」
そのエリアに住み着いているモンスターたちの分布とは別にベイグランツモンスターと呼ばれる、桁違いに強力でレアな種が出現することもある。
元来の生息地域を弾き出されたり、好奇心や征服欲、あるいはもっと邪悪な衝動に突き動かされて文字通り、彷徨うものとなったモンスターたちのことだ。
このような特殊なモンスターが観察されたエリアは、魔力嵐などの異常気象に見舞われることも、この世界の冒険者的にはまた、常識だった。
「どう……なんだろうな」
「オルデヒアが前に言ってた、魔力の話と、なんか関係あるのかな?」
言いながら、ハルトはどこから取り出したのか、大振りな黒真珠を睨みつけていた。
「オマエ……それ、どうしたんだ?」
「拾った。たぶん、さっきのドロップアイテムだ。川のなかに、落ちてた」
どうということもない、という感じで答えるハルト。
むふっ、とさすがにむせて、オルデヒアは言った。
「それ、レアアイテムだぞ。すごい魔力を感じる」
アイテムの鑑識はオルデヒアの得手ではないが、魔力の流れから一見しただけでもその価値の一端くらいは感じ取れる。
「マジで?! ……じゃあ、これはオルデヒアにあげるよ」
そしてまた、激しく無頓着にハルトが言った。
「いやオマエ、そんなに簡単に」
「だって、オレ、魔法使えねえもん」
あまりの潔い割り切りに、オルデヒアは深々と息を吐いた。
このままだと、溜息を吐くのがクセになりそうだ、と思いながら。
「では、これは預かろう。大きな魔法の触媒にもなるしな……ん、オマエ……その手は?」
そう言いながらハルトから黒真珠を受け取ろうとして、やっとオルデヒアは気がついたのだ。
ハルトの両手の火傷に。
「バカッ、なんでさっさと言わないんだ!」
「……だって、カッコ悪いかなーってさ」
帰ってきたお返事に、オルデヒアは首をぐるりぐるり、と巡らせて見せた。
怒りと呆れがないまぜになった心で。
「手を出せ」
「やたっ、魔法治療ターイム!!」
子供じみて手をさし出してくるハルトのそれを素直に治してやるのが、オルデヒアは癪になった。
この男は、こうして簡単に傷を治せると思っているから、あんな無茶をする気質がいつまでたっても抜けないのではないのか。
そう思うと、このまま回復魔法で癒してやるのは、むしろよくない気がしてきたオルデヒアである。
「……今日は、薬理治療とする」
「ええええええええええ、いやだあああああ、オルデヒアのお薬、やだあああああ」
「なぜだ!」
「だってええええええ、オルデヒアのお薬、滲みるもおおおおおおんン!! 包帯巻くとき、ミイラみたいにされちゃうもおおおおおんン!」
「なんだとー!! わたしの薬理治療は薬師:マチルダからの直伝だぞ!」
「うそだー!! 受け売りのまちがいでしょー!! マチルダがいいよオレー。かわいいし、やさしいし、おまじないでチュ♡ってしてくれるしいいいいい!!! やわらかくてあったかいしー!!」
「オマエ、なんだか、いま聞き捨てならんことを口走ったゾオオオ!!」
「とにかく、ぜったい嫌だかんね! オルデヒアのお薬は、拒否ッ!!」
「なんだとお!!」
というわけですったもんだあったわけだが、そこはレベル差のクラス差で、ハルトは取り押さえられ治療されてしまった。
泣き叫びながら、両手を包帯でぐるぐる巻きにされる姿が治療だったのか、そういう特殊なプレイだったのかは、最後までついにわからなかったのだが。
「ぐー」
「ヲイ、起きろ」
そして、治療が終わった途端、ぱたり、と倒れ伏したかと思うと寝息を立て始めたハルトをオルデヒアは蹴り飛ばした。
ふぐっ、と背中に入ったキックを、しかしハルトは耐えて見せた。
タヌキ寝入りである。
「ハイエルフの得意とする近接格闘技は相手のスジや腱、点穴などを効果的に責め、痛みによって相手を無力化する」
「はい、起きたーッ!!」
あくまでタヌキ寝入りを決め込もうとしたハルトに、オルデヒアはエルフ流格闘技の解説を棒読みしてみせることで覚醒を促した。
「おはよう、ハルト、ここはわたしのテントだぞ? オマエは向こう」
「あ、アイマム!! 失礼しました!!」
「わかればよろしい。いけ」
「あー、でもなあ、オルデヒアのテント、すごくいいにおいなんだよなあ」
「調子に乗るな、バカめが!」
だむだむっ、と踏みならされるオルデヒアの足に追われるヒツジのように、ハルトはすごすごと退出していった。
「はー、アイツと話していると倍疲れるな。それに、すぐそこに泊まれる環境があるのになぜ好き好んで、アイツはキャンプなんか始めたんだ……」
ぶつぶつ、と独りごとを言いながらオルデヒアは二回目の就寝準備に入った。
まったくハルトのせいで毎日、大変な騒ぎだ。
狩りを失敗し、無駄な出費をし、肉を焼いて食うだけで上を下への大騒ぎ。
おまけにやっと眠れたと思ったら、デプス・サラマンダーとの大立ち回り。
「ったく……」
エルフ族特有の寝床は、くるんと丸まって眠りやすいようにできている。
オルデヒアはくるり、と丸くなって毛布を被った。
地面側の断熱を完璧にしておくことが野外で寝泊まりするときのコツだ。
その点で、エルフ族の野営道具は非常に優れていた。
特別なキノコの仲間を、これまた魔法の薬品で加工して作る軽くて適度にふんわりしていてかさばらないクッションである。
テントの設営やら寝床の準備やら……ひとりでやれる、というのにハルトがやたらと手伝ってくれたのだが、それよりアイツのほうは大丈夫なのか。
そろそろこのレベルのキャンプには馴れてもらいたいところだ。
ふー、とまた長い溜息が出た。
でも、ちょっとだけ……わたしをかばってくれたときのアイツは、カッコよかったな。
むかしのように。
そのあとがダメだったけど。
おかげで焦って泣かされてしまった。
だけど……やっぱり……へんだ。
なかば眠りの世界に落ちながら、最後の大立ち回りを思い出し、オルデヒアは以前からの不安を確信に変えていた。
魔法が──弱くなっている。
あのとき、魔力の増幅を促す月光の恩寵を受けていなかったなら……たぶん、デプス・サラマンダーは一撃では倒せなかった。
わたし自身の《ちから》が弱まっているのか、それとも……この世界全体が……。
だとしたら……もしかしたら。
それでもここは魔力がまだまだ満ちているほうで……アイツはデプス・サラマンダーはだからその魔力溜まりに惹かれて……だからわたしの使った魔法に呼ばれて……。
それとも……エルフの血が宿す、魔力のにおいに……。
そんなとりとめもない思考とともに、オルデヒアは眠りに落ちていった。
なんとこのあともう一度、飛び起きるハメになるとは思いもよらず。
なぜ? どうして? だれのせいで?
もちろん、それはヤツさ。




