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太陽の呼び名


またも、予想外の提案だ。

そんな、特級魔法使い様に土臭い野菜料理なんて、お出しできるわけがない!

私はぶんぶんと頭を振った。


「あああの、そんな、大した、ものじゃ」

「いや!俺は何としてでもいただきたい。頼む、このランチが気にくわなければ他を用意する。それを譲ってくれ」

「え、あ、いや…」

「頼む!」

「!?」


先輩はついにガバっと頭を下げた。彼の意味不明な行動に、目まいがする。

何がどうしてこうなった。

上級生で、生徒会の会長で、特級魔法使いの。

雲の上の御方に、頭を下げさせているなんて。


「え、ちょ、あああ頭、あげてくださ…っ」

「セルマの手作り弁当をいただくまで、絶対に動かない」

「(なんでそこ頑固!?)」


結局、困り果てた私は弁当の箱を先輩に手渡した。

瞬間、パッと花が咲いたような笑顔を見せた先輩は、早速フタを開けた。


「やった!ありがとう、セルマ」

「…あの、ホント、そんな…たいしたものじゃ、」


私はもう恥ずかしくて、彼の方を向くことができない。顔を下げたまま、もじもじと手を動かしていた。


「何を言う!とっても美味しいぞ。野菜がこんなにみずみずしくて美味しいとは知らなかった」

「……。」


私はふと視線を上げた。

ちらりと見た先輩は、ほんとうに美味しそうに私の作った料理を頬張っていた。笑顔がキラキラと輝き、古ぼけた小屋の中で、そこだけがまるで別世界に見える。

美男子イケメンって本当にずるい。

そんな芋クサい田舎料理よりも、この豪勢なカフェテリアのランチの方が何倍もおいしいに決まっているのに…そんなに手放しで褒められると、気恥ずかしい。

気分を紛らわそうと、机の上に広がる料理を少しつまむと、衝撃的な美味しさにフリーズしてしまった。


「お、どうだ。そっちも気に入ったか?」

「……おいしい、です」

「そうか!よかった」

「………。」


これは。この料理もいい味だぞ、どうだ、と先輩は笑顔で次々と料理を勧めてくる。私は取り分けられるそれらを、黙って口に運んだ。


--太陽だ、と思った。

間近で圧倒的な光を浴びて、溶けて消えそうになる。

もうやめて、と誰ともなく許しを乞いたくなった。

強大な魔力もちで、立派な身体を持っていて、花形の騎士科のエリートで。

そのくせこんなに爽やかに微笑む美男子なんて、まるで天が二物も三物も十物も与えたような存在だ。学院中の女子生徒が彼に夢中になるのが、私ですらわかる。

でも、私のような陰気な者にとっては、眩しすぎて気後れしてしまう。

太陽に焼かれて、ジリジリと身を焦がしてしまいそうだ。

私は、ローブの中に顔を埋めて、隠れてしまいたい気分だった。



「すっかり邪魔したな。すまなかった」

「いえ……」


たっぷりと我が家で昼食を楽しんだ先輩は、結局、私の作った弁当をすべて平らげ、キレイに洗って返してくれた。一方の私は、なんというかもう、満身創痍。やっと帰ってくれる…という思いでいっぱいだった。


「おいしい食事とお茶もありがとう。御礼に……」

「お、お礼は!……いいですから」

「…そうか」


そうキッパリ断ると、アディントン先輩は少し寂しそうな顔をした。

が、私には関係ない。曖昧な表現をしてしまうとまた何か押し付けられてしまう。

この数時間で、彼の性格が十分に分かったのだ。

先輩は、こほん、と仕切り直すように咳払いをした。


「先ほど言っていたように、事務室には俺から住所登録しておこう。あと今日出られなかった授業についても教諭には伝えておく」

「ありがとう、ございます」

「それと」

「?」


先輩はぴっと人差指を立てた。


「俺は君をセルマと呼びたい」

「あ、はあ…」


私は何を今更、と思った。

先ほどからずっとそう呼んでいたじゃないか。

面倒なので特に突っ込まないつもりだったが、それがいかがしただろうか。


「から、セルマも俺の名前を呼んでほしい」

「は?」


思わず間の抜けた声をあげてしまった。

茫然とする私を他所に、先輩はまた独自の理論を展開していく。


「いや、あの」

「そもそも『アディントン』は長いだろう?言いにくいと友人からも不評なんだ」

「…そんな、あの」

「他人行儀でよくないというのもある。教師たちと同じ呼び名だからな」

「……。」


私と貴方は親しい間柄でないので、それでいいのでは。

というか、呼び名というのは強制するものではないと思います。

それより早く帰っていただけませんか。


…私が口下手でなければ、いくらでも反論できるのに、

実際は、勢いに押されてむっつりと黙り込むだけだ。

なんでこんなに言葉が不自由なんだろう、私は!


「さ、呼んでみてくれ」

「………。」


先輩は、強引だ。でも要望に応えれば、あとは素直に従ってくれることは学んだ。

いつまでも玄関の前で押し問答していても仕方ないので、一度だけそれを声に出すことにした。

私はふう、と息をついて、彼の名前を呼んだ。


「え、エヴァ……せんぱい」


あ、ポンコツの舌が、後半発音できなかった。

やっちゃった!と目を見開き、慌てて訂正する。


「あ、す、すみません…え、エヴァルトせんぱ…「いや!いい、エヴァと呼んでくれ!」

「え?」


が、先輩により素早く制止された。

不思議に思って先輩を見上げると、またあの時と同じポーズだ。手を顔に当てて空を仰いでいる。…なにかのブームなのだろうか?

また何やらブツブツ呟いていて、若干怖い。


「今後、俺のことはエヴァ。そう呼んでもらっていい」

「え。えと」

「わかったか?」

「え……は、はい」


有無を言わせない口調の先輩に押され、私はコクリと頷いた。

すると、先輩はまた『そうか!』と爽やかな笑みを浮かべた。


「では、またな。セルマ」

「……はあ、えっと、エヴァ、先輩、お気をつけて」


天に向かってガッツポーズを決める先輩の背中を見送り、小屋の扉を閉めた途端、私はずるずるとその場に座り込んだ。


「……疲れた」


床に座ったまま、顔を手で覆う。口を動かしすぎて、顎がいたい。

今日だけで、一週間分は人と話した気がするな、とぼんやり思った。

結局何がしたかったのかよくわからないが、生徒会長サマは押しの強すぎる変な人だった。


悪いが、あの人には、もう二度と会いたくない。



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