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目覚めた後の約束反故



次に目を覚ました時、私は自宅のベッドの上にいた。

ぱちぱち瞬きを繰り返し、体を起こす。

窓に視線をやると、うすく開いているカーテンからオレンジ色の光が漏れていた。

今は黄昏時のようだ。


「えっと……」


確か、『精霊の剣』により強制空中飛行させられていて――途中で剣から手を離して、落っこちたはず。

だが、自分の体に特に異常はなさそうだった。

痛みはないし、怪我をしている箇所もない。


「私、生きてる……?」

「気が付いたか、セルマ!」


ぼんやり呟いたのと、誰かが寝室のドアを開けたのはほぼ同時だった。

私は心臓が飛び出るくらい驚き、反射的に布団にもぐって顔を隠した。


「なんだ、かくれんぼか?」

「い、いいい、いえ、えっと」


その人は許可なく私の部屋に入り、ベッドのすぐ側に立った。

なんなんだ、不審者か!?と思ったが、その声には聞き覚えがあった。


「え、エヴァ先輩?……ですか?」

「ああ、そうだ!やっと会えたな!」


そろりと布団から顔を出した私を、満面の笑顔のエヴァルト・アディントン先輩が見下ろしていた。



怪我はないか、具合は悪くないか、という矢継ぎ早の質問に問題ないと答えつつ、何故ここにいるのかを聞くと、先輩は嬉々として説明してくれた。

エヴァルト・アディントン他生徒会メンバーが、ロデリア魔法学院の代表として『勇者』とそのパーティに任命されたこと、魔女を倒す旅の途中で『精霊の里』を訪れたこと、セルマがこの里にいることを知り、会いに来たこと。


「まさか、里に来た『勇者』が先輩たちだったなんて……」


はあ、と肩を落として脱力したい気分だ。

それを事前に知っていれば、話し合いだけで円満に解決したと思う。

村長の家に盗みに入ることもなかったし、命綱なし空中飛行で怖い思いもせずに済んだだろう。

それもこれも、村長が勇者に『精霊の剣』を渡そうとしなかったから――

と、その時、はたと気付いた。


「あ!『精霊の剣』!あの、剣はどこですか!?」


バッと顔をあげて先輩の方を向く。

『勇者』の目的である剣は、私の手から離れた後一体どこにいったのか。

まさか彼方へ飛んで行って、失くなってしまったのではないか、と心配になる。

するとにこにこ笑顔だった先輩は、急に不機嫌な顔になり口をとがらせた。


「ああ、あれか。セルマを探しているときに空から降ってきて、俺の目の前の地面に突き刺さったんで回収した。いっそ真っ二つに折ってやろうと思ったんだが……」

「ええ!?」

「他の奴らに止められた。今はマティアスが持ってるよ」

「そ、それはそうでしょう!何しようとしているんですか!!」

「あの剣のせいで、危うくお前は落下して死ぬところだったんだぞ!俺の転移魔法がなかったら、どうなっていたことか……そのくらいしても許されるだろ」


……いや許されないでしょ、常識的に考えて。

数か月ぶりに会ったが、相変わらず変な先輩だ。

主に情緒とか。

ともかく剣が無事でよかった、と心の底から安堵していると。


「そんなことより、セルマ」

「え」


ぎゅっとベッドの上の手を握られた。

温かい体温が伝わり、ドキッと心臓が高鳴る。


「久しぶりだな」

「は、はい」

「元気な姿が見れてよかった。以前は口数も少なかったし、あまり元気そうじゃなかったから」

「そ、その節は……ご迷惑をおかけしまして」

「迷惑だなんて思っていない。俺はセルマの世話を焼けて嬉しかった」

「そ、そうですか」


急接近されているからか、久々に人と話しているからか、何なのか分からないが、顔が熱いし言葉の歯切れも悪い。

急に彼の顔が見れなくなり、俯いてベッドの上で繋がれた手を見つめる。


「この里の長に聞いたんだ、セルマのことを。……お前は、半分精霊らしいな」


が、その台詞には別の意味で心臓がドキッとした。


「そう、みたいです」

「もともとの性質は精霊に近しく、精霊の住処だった庭を失って落ち込んでいるセルマの姿を見て、村長がここに連れてきたのだと」

「……はい。黙って出てきてしまって、すみません」

「いい、怒ってなどいない。俺の方こそ、部屋に閉じ込めるようなマネをしてすまなかった」

「そ、そんな、」

「セルマは、俺たち人間が怖いと思うか?」


胸が詰まる。

先輩の質問は、的確に私の弱点を突いていた。

結論を出せずふらふら先延ばしにしていた答えを、今ここで出せと迫っているようだった。

私はぐっと歯を食いしばった後、慎重に言葉を選んだ。


「わかりません。でも、別の生物であるとは思います」

「……そうか」

「私は人間として育ちましたが、どうしても人とは違う部分がある。そしてそれが同一になることはない」

「…………。」


彼の榛色の瞳に影が落ちる。

期待した答えではなかったのだろう、でもここで嘘を言っても何もならないので、本心を口にした。

目が覚めてから……いや、『精霊の剣』に触れたあたりから?

私の心は霧が晴れたように澄み切っていて、自分でも驚くほどはっきりとした物言いができるようになっていた。

先輩はしばらく黙り込んでいたが、ぐっと私の手を強く握り、視線を合わせてきた。


「それでも、セルマ。俺はお前を――」

「おいエヴァルト!一体何をしてるんだ!」


先輩が言いかけた言葉は、階下からの男性の大声にかき消された。


「さっさと降りてこい、村長から話があるらしいぞ!」

「二階にはセルマの部屋があるんだろ?もしかしたら、そこにいるのかもよ」

「キース先輩じゃあるまいし、それはないでしょ。いくら会長でも」


生徒会の人たちが口々にエヴァ先輩を呼ぶ声が聞こえる。

先輩は苦虫を噛み潰したような顔を作った。


「みなさんも、いらっしゃるんですね」

「……ああ、そのようだ。悪い、すぐ戻るから」

「あの、私も着替えて下に降ります」


立ち上がった先輩に続いて、私もベッドから降りる。


「もう動いて平気なのか?まだ休んでいても……」

「大丈夫です。よく寝ましたし」


そのまま両足で立ってみても、不調を感じるところはなかった。

むしろ床板の上に足をついた時、めちゃくちゃほっとした。

わたし、地面、だいすき。


「わかった、では先に行く」

「はい。あ、フェリシアも下にいますよね?」

「?いると思うが、何故だ」

「――私、フェリシアに話さないといけないことがあるんです」


と言うと、エヴァルト先輩は不思議そうに首を傾げた。



****



フェリシア・ウィンザーは、村長との話し合いに応じる勇者一行の輪から抜けて、外の空気を吸いに出ていると言われた。

その後を追って探していると、野草園の辺りに彼女の後ろ姿を見つけ、声をかけた。


「フェリシア!」

「!」


ブロンドの髪をなびかせたフェリシアの、ライトブルーの瞳と目があう。

振り向いた彼女は、驚いた顔をしていた。


「セルマ……」

「こんなところで何をしていたの?探したよ」


言いながら傍に駆け寄り、隣に立つ。

すると、


「ごめんなさい!!」


開口一番でフェリシアは謝ってきた。

腰を90度に曲げた完璧な謝罪の姿勢に私は面食らった。


「え、ええ!?ちょ、か、顔を上げて」

「あ、謝って許してもらえるものじゃないけど、何も言わずにいるよりはと思って……大事なものを壊してしまって、本当にごめんなさい」


フェリシアは顔を下げたまま、必死で言い募ってきた。

炎の精霊の暴走、意図しない緑の精霊への攻撃、精霊の庭の消失――

あの時のことを、彼女はずっと悔やんでいたのだ。


「……大丈夫」


顔を上げて、ともう一度言うと、彼女は恐る恐る私を見上げた。


「許すも何も、ないよ」

「で、でも、私は精霊を」

「あの時は私も混乱していて、随分落ち込んじゃったけど……庭にいた精霊たちはみんな無事だから」

「え?」

「ほら、見て」


と指さすと、草むらの中から緑の幼い子たちがわらわらと出てくる。


「精霊は、同じ精霊の魔法に耐性があるんだって。火傷を負った子もいたけど、今はもう平気。だよね?」

〝うん だいじょーぶ〟

〝あのほのお すごかったよね〟

〝ちょっと あつかった〟

〝まあ ちょっとだけね〟

〝うそつけ おまえ ないてただろ!〟


と好き勝手しゃべりだす精霊たちに、フェリシアは目を見開いた。


「私だって、魔法で失敗することはたくさんあるもの。フェリシアを責めたりなんかできないよ」

「……そう」


よかった、と呟き、彼女は涙を零した。


「私の方こそ謝らないといけないことがあって、話にきたの」

「?……何?」


フェリシアは涙をぬぐいながら私を見つめてきた。


「私――エヴァ先輩とフェリシアの応援、できなくなった」

「え?」


これを伝えるには少し勇気がいった。

だって、これまでは人に言われるまま、自分の意見を通すなんてことしたことがなかったから。

でも。


「最初は貴女の言う通りにしようと思ってたんだけど……いつの間にか、先輩と会うのが楽しみになっていたのに気付いたの。だからもう、フェリシアの恋の応援はできない、ごめんなさい」


突然訪れた感情の変化、色づいていく日々と芽生える温かな気持ち。

それをくれたのは、全部エヴァルト先輩だった。

それに。


「どうしても会いたいと思ったの、あの人がはじめてだったから」


こんな強い感情は、他に知らない。

太陽のようなあの人に到底目を向けられないと思いながらも、焦がれずにはいられなかった。

この感情の名前は未だ分からないけど――フェリシアの期待に反するものであることは間違いなかった。


「だから、その……」

「……っは~~、そういうことね」


気まずさにもごもごと言う私に、フェリシアは片手を顔にあてて唸った。

そして、


「わかったわよ、今回は私の負け」


金髪の少女はそう言って肩をすくめた。


「最初っから好感度ポイントに差がついてるようだったし、DL(ダウンロード)(コンテンツ)のせいで不確定要素多くて攻略ルート見えなかったし、こんな鬼畜クソゲー初見で突破できると思う方が間違いだったわ。とっとと一周目クリアして、強くてニューゲームする!」

「???」


とぺらぺら捲し立てる、稀代の白魔法使い。

……反応が思ったのと違った。

というか、ぽいんと?こんてんつ?くそげー?

私の知らない言葉ばかりで、彼女が言っていること何一つ理解できない。

ちなみに涙はすっかり乾いたようだった。早い。


「それに、このループのあの人は私の手に負えなさそうだしね、きっぱり諦めるわ」

「え、いや、諦めるとかそういう話では……」

「だって、貴女以外は無理だもの。エヴァルト先輩」

「え、え?」

「頑張ってね、セルマ!本気でやばくなった時はいつでも相談に乗るから!」


最後に彼女はそう言って、随分とすっきりした表情でうちに向かって歩いて行った。

残ったのは、野草園の前でただ立ち尽くす私。

約束を反故にして激怒されると思いきや――勝手に納得され、一方的に話を進められ、祝福まで受けてしまった。


「……やっぱり、にんげん、よく分からない」


呆然として呟いた独り言に、近くにいた精霊から〝だよねー〟なんてフォローにならないフォローが入った。



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人間のサンプルに入れてはいけない人とばかり関わってるからじゃないかな……?
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