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閑話*彼が彼女を見つけた日


いつからだろう。

『敷かれたレールの上を歩いている』と感じるようになったのは。


己が人より恵まれている、というのはずっと前から認識していた。

実家は裕福で金の心配はしたことがない。剣術や体術は習い始めてすぐに上達した。

学生の本分たる勉学も嫌いではないので、あらゆる分野のテストをパスできるくらいの知識を得た。

生まれ持った魔力も高く、魔法のセンスもそこそこあったようで、この国で一番の魔法学院に主席で入学して特級魔法使いの称号を得た。


そんな風に目立つことばかりしていたからか、周囲からもてはやされるようになった。

生徒会の会長になったあたりからその声はさらに大きくなり、素晴らしい才能だ、将来は王国を護る騎士かはたまた最上級の大魔法使いか、などと勝手に噂されるようになる。


確かに、俺は人よりも優れているのだろう。

だが、それが一体何だと言うのだ。

両親や友人、学校の教師なんかは俺のことを自慢だの誇りだの言っているが、俺は自分のことを一度だって誇りに思ったことはない。

課題を与えられればこなし、誰かが困っていれば手助けし、自分がやれることをやっていたら、気付けば周りの目だけ変わっていた。


まるで型に入れられた人形みたいだ、と思った。

俺を形作る才能に人は寄り付き、中身がどうであるかなんて誰も知ろうともしない。

それでも不満など漏らすべきではない、というのも理解していた。

皆が望むままに学院を卒業し、誰もが尊敬するような“リッパ“な人間になり、いずれ両親に勧められた娘と結婚して家族を作る。

レールを逸れることなく歩んだ俺には、そんな華やかで輝かしい未来が待っているのだ。

ノブレス・オブリージュ!恵まれた人間は、その才能を持って活躍して義務を果たし、社会に還元すべきなのだ!

――なんて。


ああ、反吐が出る。



****



「――ん?」


変わらない、変えられない日常に小さな絶望を覚えていた、そんなある日のことだった。

視界の端に、妙なものを見つけた。

ヒトであるのは間違いない。魔法使いのローブを着ていたから、学院の生徒であることも分かった。

だが――なぜか、『視えない』。

上半身……もっと言うと、首から上がどれだけ目を凝らしても見えない。

だから、ソレが一体何者なのかが全然わからなかった。

認識阻害の魔法か?などと考えている隙に、それは消えてなくなってしまった。


「……なんだったんだ?」


ぽつりと呟いた俺の言葉だけが、その場に残された。



その翌日から、俺は『視えない人物』の探索をすることにした。

元々知的好奇心は高い方だ、原因の分からないものを突き止めてみたいと思った。

奴の行動パターンが読めないので、まずは手当たり次第に学院内をうろついてみる。

すると、何かの壁に阻まれて『行くことができない』箇所が数カ所あるのに気付いた。


「……バリア?学院内に?」


ぺた、とその見えない壁に手を当てていると、透けた壁の向こう側で上半身不可視の人間が通り過ぎて行く。


「あ、おい!」


と声をあげたが、そいつは全く聞こえていない風で、さっさと行ってしまった。


「視覚だけでなく聴覚も阻害されているのか……」


それだけではない。

昨日も今日も、奴の周囲の人間は存在に気付いてもいなかった。

まるで『透明人間』のように、誰にも気付かれない存在。

一体、何者なのか?

何の為に『視えない』のか?


「――へえ」


面白い、と思った。

その正体が知りたいと、強く思った。

今思えば、自分から何かを追いかけたいと思ったのは、それが生まれて初めてだったのかもしれない。



****



調査を続けた結果、『透明人間』の周りを構築するバリアのような壁を打ち破ることはできなかった(どんな魔法も効かなかった、一体何の素材でできているのか)だが、パターンを読めば回避できることが分かった。

『透明人間』も教室や食堂、中庭など出現ポイントに規則性があり、学院の地図と照らし合わせれば接近することはできた。

行き来する教室や薬草園から推察するに、奴は魔薬師科の生徒だと割り出した。


「どうしたの会長、急に全校生徒の名簿が見たいなんて言って」

「ちょっとした興味だ、気にするな」

「……まあ、生徒会権限で閲覧できるし、禁止文書ではないけどさあ。早めに返してよね」

「悪いな、ありがとうキース」


と書記のキースに手を振り、分厚い生徒名簿を開く。

見るのは、第1学年から最高学年までの魔薬師科の生徒の顔。

目視で確認できる生徒とこの名簿を照らし合わせて、『透明人間』が誰であるかを確認しようと考えた。


「さて」


早速、とドレッサーの鏡に手をかざして『遠見』の魔法をかけ、魔薬師科の教室を映し出す。

そこにいる生徒たちと名簿を見比べながら、存在する生徒の顔に✖印をつけていく――


「はは、地道な作業だな……」


自分で自分がおかしくなり、苦笑する。

退屈ながらも華々しい日々を送っていた男が、こんなアヤシイ、地味な作業をしているとは!

もしこんな姿を他の生徒会の奴らが見たのなら、『気でも狂ったか!』もしくは『やめた方がいい、時間の無駄だ!』などと言って騒ぎ立てるだろう。

それでもやめようとは思わなかった。

『透明人間』を見破った先に何があるのか、どうしても知りたかったし、

これは確実に、誰に言われるでもなく自分の意志で行ったことだったから。


「――いた」


作業をすること数時間。

本日の授業がすべて終わる頃に、ひとりの生徒を導き出した。


「魔薬師科2年――セルマ・レント」


パチッ!

「!」


瞬間、静電気が弾けたような音がした。

同時に、目の奥でばちばちと白い火花が飛び、俺は思わず目を閉じた。


「な、なんだ?一体……」


ゆっくりと目を開くと、見慣れた生徒会室が視界に広がった。

目を再度閉じても、もう何も起こらない。


「もしかして、今のが解呪の魔法……?とすると、」


と在る予感に、鏡に映し出された教室を覗き込む。

瞬間、


「『視えた』!!」


自分でも驚くほど大きな声をあげてしまった。

先程まで『いなかった』、『視えなかった』生徒が、隅の席に座っているのが見えたのだ。

緑の髪に翡翠色の瞳、短い髪の小柄な少女。

ああ、こんな顔をしていたのか、と目を細める。


「セルマ・レント……セルマ、と言うんだな君は」


鏡を撫でながら、今しがた判明した『透明人間』の顔をずっと見つめる。

飽きもせず夢中になって観察していたのだが、授業終了の合図とともに席を立たれ、鏡の向こうの教室は無人となった。

彼女がいなくなり、途端にひどく残念な気持ちになる。


「セルマ……会いたいな」


何も欲することはなかった自分の中に生まれた、確かな『欲』。

きっともう、この瞬間に堕ちてしまったのだ。

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