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招かれざる客人


小人の妖精ドワーフは、精霊の親戚のような存在らしい。

屈強で丈夫な体を持つ彼らは、通常は地下に生息するが何人か里に住み着き、小さく非力な精霊に変わって力仕事を引き受けてくれる。

先刻村長の家に入ってきたドワーフも、交代で見張り番をしていたひとりだった。

報告を聞いた老人は、目を見張った。


「人間じゃと?まさか。この精霊の里には魔法がかけられている、人間がたどり着けるわけがない」

「しかし真っ直ぐこちらに向かっています。幻惑の魔法にも、迷いの森にも引っかからず」

「ふむ……」


と村長は顎に手を当てて考えこむような仕草をした。


「もしや、勇者とかいう連中か」

「おそらく」

「……ならば、仲間に精霊の加護を受けた魔法使いがいるかもしれんな」


厄介な事になった、と零し里長は立ち上がった。


「人数は」

「五名です。早ければ一時間後には里にたどりつくでしょう」

「わかった、見張りに戻ってくれ」

「はい」


と言うと、ドワーフはまた早足で部屋を出て行った。


「セルマ、聞いた通りじゃ。畑仕事は後でいいから、家に帰りなさい」

「ちょ、ちょっと待ってください!」


何がなんだか分からない私は、村長にストップをかけた。


「あの、勇者とは……」

「ああ、里にずっといたセルマは知らんか。ふた月ほど前より、強大な魔力を持つ魔女が魔物を引き連れて人間を襲っているんじゃ」

「ええ!?」

「人間の国の王たちはそれに対抗できる強い人間を『勇者』として派遣している。今こちらに向かっているのもその一行じゃろう」

「そ、そんなことが」


なにもかも初耳のことで、面食らう。

村長の言う通り、この里の中は外部の情報が一切入ってこない。

ここ数か月の間に外の世界でそんなことが起こっていたなんて、まるで知らなかった。


「この里には学院の庭と同様、緑の精霊の魔法をかけているんじゃが……まあ、完全に隠しきれるものでもないからの」

「しかし、勇者の人たちは何故こちらに?」

「奴らの目的は、『精霊の剣』じゃろう」

「え?」


なんですかそれは、と聞くより先に、村長は壁にかかった絵画をひっくり返した。

その裏にあったボタンをカチッと押すと、突然隣の本棚が動き――額に入った一振りの剣が現れたのだ。

装飾の入った青い柄とすらりと長い刀身の剣は、ずいぶん長いこと額に入れられている様子だった。


「この『精霊の剣』は、里に代々伝わる聖なる剣。精霊の魔法がかけられたこの剣には、魔物を打ち払う力がある。奴らは魔女を倒すために、この剣を欲しているのじゃ」

「そうなんですか」

「まあ、本当に魔女に効くかどうかは分からん。なんせ、長く生きているこのわしも精霊の剣が使われたのを見たことがない」


言いながら老人はまた絵画の裏の隠しスイッチを押した。

すると、本棚がずずっと動き、剣を元通り隠してしまった。


「長話をしてしまったな。わしは里の入り口で侵入者たちを迎えるから、セルマは家にお戻り」

「あ、あの」

「ん?」

「勇者に、その剣を渡すことは……」


勇気を出してそう切り出すと、老人は目を細めた。

そして静かに口を開いた。


「魔女と人間の戦は、わしら精霊にとっては無関係。それに、相手はお前を傷つけた人間じゃぞ」

「で、でも、魔物に国が攻撃されているんでしょう。協力してあげないと……」

「まだ人間の肩を持つか、セルマよ」

「…………。」


私は言葉を飲み込んだ。

人間の肩をもつ、というわけではない。今だって、人と接するのは怖い。

でも、今この瞬間にも、人々は魔物に襲われて大変な目に遭っているのだ。しまいっぱなしの剣を渡すことで力になれるのなら、助けてあげたいと思う。

そんなことを考えながら、じいっと見つめていると、老人はフンと鼻を鳴らした。


「まあよい。だが、この剣は精霊の宝。おいそれと他人に渡すわけにはいかない」

「そ、そんな」

「とりあえず奴らに会って話を聞くとしよう。その後にどうするかを決める」


話は終わりだ、とばかりに老人は玄関のドアを開けた。

そして私に外に出るように促した。


「よいか、家に入ったらしっかり鍵をかけるんじゃぞ。そして、わしがよいと言うまで外には出るな。お前と人間を会わせるつもりはないからな」

「……はい」


断定口調の里長に、これ以上食い下がることはできなさそうだった。

私は小さくそう答えた後、村長の家を出た。




帰宅後、私は言いつけ通りガチャリと錠を落とした。

この里に移り住むことになり、家を与えられた時にもらった村長特製の鍵だ。魔法がかかっていて、外から開けることはできないらしい。


「はあ……」


リビングのソファに腰かけ、深いため息を吐く。

思い返すのは、村長の家で聞いた様々な話。

自分が普通の人間ではなかったこと、知らないうちに人が魔物に脅かされていたこと、そして突然の『勇者』の訪問――

何のニュースもなく一日を終えるのが常だったので、情報量が多すぎて頭がパンクしそうだった。


「勇者か……どんな人たちなんだろう」


その中でもやはり気になるのは、里を目指してくる『勇者』一行だ。

相対する里長は、温厚で精霊たちにはとても優しいが、人間を嫌っている節がある。

彼らの目的である『精霊の剣』を素直に渡してくれたらいいのだが……はたして応じてくれるかどうか。


「何事もないといいけど……」


なんだか嫌な胸騒ぎがして、胸をぎゅっとにぎった。



******



「来たか」

「はい、見えました」


緊張でザワザワしている見張りのドワーフたちをなだめ、老人は遠眼鏡を覗き込んだ。

旅装束の人影が五つ。

全員フードを深くかぶっており表情は見えないが、その下の顔は――


「なんだ、まだ若い……子どもではないか」

「奴ら、どうやって結界を通り抜けたんでしょう?」

「さてな……」


『精霊の里』に人が訪れたという記録はない。

もし迷い込んだとしても、精霊の結界を通り抜けて里までたどり着ける人間などいないはずだった――が、精霊の魂を持つセルマのような存在が他にいないとも限らない。


「どうしますか」

「来てしまったものは仕方ない、迎えよう」

「大丈夫ですか?危険では」

「急に攻撃されることはないじゃろ。門を開けてくれ」


ドワーフたちに指示を飛ばし、木製の門がゆっくりと開かれる。

小さかった影がどんどん大きくなり、相手の形が分かるようになった辺りで村長は門から外に出た。


「止まれ」


精霊の里の長がそう言うと、五人はぴたりと足を止めた。

数メートルの距離を開けて対峙する両者。

先に口を開いたのは、人間の方だった。


「ここは『精霊の里』か」

「そうじゃ、わしはこの里の長。人間よ、お前は誰じゃ。何用で参った」


村長の台詞に、先頭に立つ男が一歩前に出た。


「俺は魔女討伐を命じられた『勇者』だ。こいつらは俺の仲間で、一緒に旅をしている」

「そうか、ならば目的は……『精霊の剣』か」


そう口にすると、男の背後の仲間たちがざわついた。

噂は本当だったのか、剣を手に入れられればこっちのもんだぞ!など、ぼそぼそ言う声が聞こえる。

老人はやはりな、と心の中で呟き、また問いかけようとした


「いいや、違う」

「は?」


が、それは男によって遮られた。


「ご老人、尋ねたいのだが――」


彼はフードをばさりと脱ぎ、顔を露わにした。

紺色の短髪に榛色の瞳をした青年は、真っ直ぐに元庭師を見つめた。



「セルマ・レントという少女を知らないか」




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