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激情の炎


******


期末試験の最終日、終業の鐘が鳴り、教室から這い出てくる学生たち。

試験終了直後の生徒たちはみな晴れ晴れとした表情をしていた。

これでテストの返却日までは安寧の日々を送れる、と早速今夜から出かける予定を立てる者、徹夜で限界の体力を回復するために、寮の部屋に直行して睡眠を貪ろうとする者、友人たちとそこらで雑談をする者。

傍目にも、長く苦しい試験期間から解放され、どの生徒も相当浮かれて見えた。

――かくいう私も。


「やっと終わったなあ、試験」


鞄に筆記用具等をしまっていると、同じく帰り支度をしているライトが話しかけてきた。

振り返ると、彼は『あー肩こった!』と両腕を回していた。


「セルマ、この後なんか予定あるか?よかったら食堂かカフェ行かねえか?」

「…えっと、予定、ある」


そう答えると、ライトは意外そうな顔をした。

…そんなに暇な人間に見えたのだろうか。

いや確かに今までは、遊ぶお金も友人もいないから、試験後と言っても予定は何もなかったのだが――今回は、違うのだ。


「そ、そっか、急に誘って悪かったな。ま、試験も終わったことだし、週末にでもパーッと遊びに行こうぜ!」

「…うん」


慌てて取り繕うようにそう言ったライトに会釈し、私は教室を後にした。


「はあ、はあ…」


小走りに自分の家を目指す。

別に急ぐ必要はないけど、なんだかはやる気持ちで、ただ足を前に前にと進めていた。

エヴァルト先輩は、試験が終わった直後に会おうと言っていた。

場所は私の家だ。

試験後すぐに魔薬師の勉強に取り掛かるのかは分からないが、とりあえず早く帰ってお茶の用意でもしてから、先輩に『指輪』で連絡をしようと思っていた。

誰かとの約束があるって、ワクワクする。

他人との関わりなど煩わしいとずっと思っていたのに、どういう心境の変化だ、と私自身も驚きだが――確かに、私は柄にもなく浮かれていた。


だから、すっかり忘れていたのだ。


「あれ?」


庭園の傍の小屋の前、その玄関口にひとりの学生が立っていた。

誰だろう、と近づいてみると、


「セルマ」

「え?」


女子学生は私を見つけるや、顔を上げて声をかけてきた。

私は目を見開いた。


「フェリシア…」


――彼女と結んだ約束の方を。


「久しぶりね、セルマ」

「……うん」

「試験は無事終わった?私もさっき終えて、ここに来たところよ」

「………。」

「突然悪いけど、聞きたいことがあるの」


言いながら、フェリシアはざく、と雪を踏みしめて私の方に近付いてきたが、私は無言でその分後ろに下がった。

彼女はにこやかに笑っていたが、纏うオーラがどこか仄暗く、寒気がしたのだ。

綺麗に手入れのされた金髪をなびかせ、フェリシアはふうと白い息を吐いた。


「エヴァルト先輩のことだけど」

「!」

「最近様子がおかしいの、知ってる?」


その台詞を皮切りに、フェリシアはぽつぽつと話し出した。

曰く、急に機嫌が悪くなったと思えば、魔薬師科に転向すると言い出し、またある日を境に突然奇声を発したり、放心するなど奇行が目立ち…他の生徒会のメンバーもエヴァルトの行動に振り回されている。そして…肝心の〝フェリシア・ウィンザー〟のことなど見向きもしてくれないと。

そこまで言って、フェリシアは口をつぐんだ。


「……それは」


私は何と声をかけていいのか分からなかった。

それは確かに真実だったし、彼女の言いたいことは十分に理解していた。

けれど、けして私のせいではない。私だって、フェリシアのために先輩を避ける努力をしていたし、もっと言うと先輩の行動が変なのは元からだ。

そう伝えようと再び口を開こうとした――


「何で私の邪魔をするの?」


が、彼女の冷たい声にひゅっと言葉を飲み込んだ。

周囲の雪よりも冷たい声色と、対照的に燃えるような激情を秘めたまなざし。


「何であんたなの?そう、最初から…エヴァルトはずっとあんたのことばかり。なんで、あんたなんか…」


フェリシアは私を真っすぐに見つめながら、口の中でブツブツと呟いた。

はっきり言って、正常ではないと思った。

私に向ける憎悪が肥大化し、今にも襲いかかってきそうだった。


「…き、聞いて」


邪悪で膨大な魔力に震えながらも、私は声を漏らした。

誤解だと、彼女に叫びたかった。

フェリシアの邪魔をしたつもりはない、先輩と私は、彼女が嫉妬を抱くような関係ではない。

なんとか伝えないと、と思った時。


〝に げ て〟


「え?」


頭の中で、誰かの声が響いた。

ハッと振り返ると、緑の精霊たちが不安そうに私を見返していた。

いつもは隠れているはずの彼らがみんな出てきて…フェリシアを見て怯えていた。

そこで、ようやくこの声の主が、緑の精霊であることに気付いた。


〝きけんだ〟

〝だめだ セルマ にげて〟

〝せいれい の ちからが〟


「あんたなんか、登場人物ヒロインじゃないのに!!」


〝ほのお が くるよ〟


フェリシアがそう叫んだ瞬間、彼女の使役する火の精霊が現れ、背後の小屋に火が放たれた。


「っや、やめて!!!」


ごうごうと燃え盛る炎。それは燃えやすい木製の小屋全体にすぐに広がった。

突如あらわれた激しい炎に一瞬気が遠くなったが、すぐにフェリシアに向かって声をあげた。


「フェリシア!!やめて、精霊が燃えてしまう!」


そこでフェリシアもようやくハッと我に返ったようだった。


「!?あ、ああ…違う、嘘よ、私…こんな命令してない!」

「はやくやめさせて!」

「無理よ!さっきから私の言う事を聞かない!」


わなわなと唇を震わせ、顔を覆うフェリシアに嘘をついている様子はない。

精霊の暴走だ。

契約しているとはいえ、未知の存在である精霊を人間が抑え切れられなかったのだろうか。

最悪なことに、緑の精霊は火に弱い。小屋から飛び散った火花で、精霊たちの苦しむ声が聞こえてきていた。


「火を、早く火を消さないと…!」


私は初級の水魔法で水球を出現させ、小屋に向かって放ったが、火の精霊の炎には効果は見られず、あざ笑うかのようにさらに燃え上がった。


「そんな、いやだ……誰か…」


涙が頬を伝い、止まらない。

大事にしていた庭が、庭師から譲られた小屋が…緑の精霊が、みな燃えてしまう!


「助けて、エヴァ、先輩…!」


左手の薬指にはまった『指輪』を握りしめ、そう呟くと同時に

私は意識を失った。


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