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年賀状だとは思わなかったが

作者: 海堂直也

 そいつが届いたのは冬の始まりを感じさせる頃。忘年会の話題をそれとなくしてみると気が早いと笑われるくらいの時期である。


 間違いなく私宛てに届いたそいつは、悪びれもなく「あけましておめでとうございます」と筆で書かれている。が、差出人の名が無い。どこぞの飲食店から?それこそ前回の飲み会で使った店だろうか?それともエアコンを買い替えた家電量販店?いやいや、それは今年に入ってからの話。体験だけで終わったジム?そいつはいったい何年前になるだろう……今更……


 いやいや、思い出し自己嫌悪に陥ってる場合ではない。この時期尚早でインパクト絶大な文字列はなんなのだ!そもそも今どき顧客へ紙媒体で投函などするだろうか……するとして不特定多数への宣伝なら理解もするが……いったい私は何を宣伝されているのだ!


 改めて奇妙な年賀状を検めるが、年賀ハガキと呼ばれるアレではない。上質な和紙?と言ったところだろうか。そして、あろうことか切手が貼られていない。勿論、料金別納でもなし。はて、これを書いた本人が直接届けたのか?何故?


 あれやこれやと思案しながら奇妙な年賀和紙を眺めたり凝視したり透かしてみたり、表を見て裏を見て、そんな事を繰り返すうちに気付く些細な事。


 ……なんか、いい匂いがする?


 そう思い始めると今迄その匂いに気付かなかったのが嘘のように、散らかった部屋を爽やかな甘い香りが広がってゆく。白樺・沈丁花・朴の木、どれとも分からぬその匂いに包まれると、私の脳裏に浮かぶ景色。


 冬休みは父の実家に帰省していた学生時代。そして、家族で初詣に行った神社。甘酒・餅つき・りんご飴。多種多様で多彩な甘い香りに踊る心を澄んだ空気が諌める。

 幼いながらに新年を迎え、一つ歳を重ねるという事を甘味を自重する事で満足していた。


 この「あけましておめでとうございます」と書かれた和紙が何であるかは、まぁよしとして、もぉ数年、参拝していないあの神社へ行ってみよう。年末年始の予定もまだだし……


 なるほど、これは年賀状ではなく招待状だったのか。あの神社が縁結びの神様だったらいいな。


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