第35話 結婚式
冬の寒さは身を潜め、春の日差しが心地よい季節となった。木々の緑は若草色に色づき、庭の花々は鮮やかに咲いている。
ファーウェル領の町は、華やかに刺繍されたコルデラで飾り立てられていて、待ちに待った辺境伯の結婚式に、皆が浮き足立っていた。
新年祭の後、無事、戴冠式を終えたリオネル王太子は国王となり、婚約者のソアレス公爵令嬢と結婚した。急な即位であったことから、新しい国王の結婚式は、夏頃に行われることになっている。
リオネルが国王となり、王宮内の要職も見直され、実力や実績が無い者たちは、一斉に職を追われることとなった。
アーヴァイン侯爵もその内の一人である。宰相を解任された侯爵は、現実を受け入れられずに酒に溺れてしまった。後継のアマーリエとエミリオも、領地のことをまるで分かっておらず、長雨と虫の影響で反発が続く領地の混乱を抑えることはできなかった。結局、国の官吏が派遣されることとなり、今は彼らが代わりに領地を治めている。
アーヴァイン家の今後は、王宮で協議中ではあるが、統治できない領地を任せられる訳もないので、領地の一部没収は確実であろう。あとは、彼らの態度次第ではあるが、文句を言うだけで態度を改める気のない様子から、情状酌量の余地はなさそうである。
メーア国の結界は無事完成し、予定通りバルドヴィーノとグランツ公爵が魔の森に向かった。魔の森を知り尽くしたメーア国と、戦い慣れた熟練の戦士を率いるシーラン国は、冷たい森の中を順調に進み、魔素を放出する穴までたどり着いた。そして、両国の研究者により改善が施された、グランツ公爵の息子が開発した魔道具を使い、魔素を吸収することに成功したのである。あまりにもあっけない終わりに、バルドヴィーノたちは、しばらく放心したという。
魔素を吸収し切ると、穴も自然に消え去っていった。まだ森に魔物が潜んでいる可能性があるため、引き続き警戒は怠れないが、これ以上、魔物に脅かされることはないだろう。
そんな喜ばしい報告に国中が沸いたのも束の間、今度はファーウェル辺境伯の結婚式が迫っていたのであった。
ファーウェル城の使用人は、朝から、いや数ヶ月以上も前から気合満々で、結婚式の準備を進めていた。ローザマリアのおかげで領内の収入も徐々に増えており、新しい使用人も雇えるようになっていた。
「ローザマリア様…!!お美しいです!!」
「最高の美しさです!世界で一番です!!」
ユディタたちによって新しく作られたウエディングドレスは、薄いピンク色の生地が使われており、胸元にはたくさんのクズ石が付けられてキラキラと輝いていた。裾は後ろに大きく広がっており、細かな刺繍が施されている。コルデラの技術を応用して作られたベールは、白い糸で一面に刺繍されており、ユディタを始めとした辺境にいる女性全員が、ローザマリアへの感謝をこめて、順番に刺繍したものであった。
皆の思いが詰まったドレスを着たローザマリアは、神々しいまでに美しかった。飛び跳ねるように興奮したラーラと、思わず拍手を送るロエナに、ローザマリアは穏やかな笑みを向け、これまでの感謝を込めながら声をかけた。
「ありがとう。こうしてここまでこれたのも、二人のおかげよ。…ラーラとロエナと会えて、本当に良かったわ」
「ローザマリア様…!!私も、ローザマリア様にお仕えできて幸せです…!」
「私もです…!これからもずっと、お側に居させてください!」
「ええ。これからもよろしくね」
ローザマリアの言葉に、二人の侍女は感極まって、目に涙を浮かべながら声を上げた。その姿に、ローザマリアは困ったように笑いながら、二人を慰めたのであった。
二人が落ち着いたところで、コンコンコンと、ドアのノックが聞こえた。ロエナがドアに向かい対応すると、すんと無表情な顔をして戻ってきた。先ほどまで感極まっていた姿とは全くの別人である。
「ローザマリア様、ジュリアンさんがいらっしゃいました」
「まあ、ジュリアンが?入ってもらってちょうだい」
ロエナの態度に苦笑しながらも、ローザマリアがそう答えると、しぶしぶといった様子で、ロエナはドアに向かっていった。以前、ジュリアンがローザマリアに八つ当たりをした事件から、だいぶ時間が経つというのに、ロエナは相変わらずジュリアンへの態度が冷たかった。ジュリアンもそれを甘んじて受け入れており、業務にも支障はないようなので、ローザマリアは静観することにしたのだった。
「失礼いたします、ローザマリア様。…これはお美しい。閣下より先に、このような綺麗なお姿を見たと知られたら、また叱られてしまいそうです」
「まあ、ふふふ。…それで、どうかしたのかしら?」
「実は、グランツ公爵夫妻が、式の前にお会いしたいと、いらっしゃっておりまして…」
「グランツ公爵夫妻が?」
メーア国のグランツ公爵は、陛下の戴冠式や魔物討伐の際に、度々顔を合わせているが、公爵夫人と会うのは、あの会談以来であった。結婚式でも会うはずなのに、こうしてわざわざやって来たのは、何かあるのだろうか。
ジュリアンに案内されたグランツ公爵夫妻は、年齢を感じさせないキビキビとした歩みで部屋に入った。
「久しぶりだな、ローザマリア嬢。式の前だというのに、急にすまないな。…しかし、これは素晴らしい。こんな美しい姿を見たら、バルドも驚くだろうな!」
そう言って、公爵は楽しげに笑った。魔の森まで共に向かっただけあり、バルドヴィーノと公爵はかなり親密になっていた。これまで同じ重圧を背負ってきた者として、互いに尊重しているようであった。
「実は、妻から話したいことがあってな…」
久しぶりに会ったグランツ公爵夫人は、たおやかな仕草で、ローザマリアの前に進み出ると、ローザマリアの手を優しく握った。黒髪の間から覗く瞳は、ひどく優しかった。
「ご結婚おめでとう。ごめんなさいね、急に来てしまって…。魔物のことが落ち着いてから話そうと思っていたのだけど、中々機会がなくて…。この髪を見てわかると思うけど、私もナウル国の出身なのよ」
会談の時から、気にはなっていた。同盟の締結が第一であったため、考えないようにしていたが、あの時初めて、ローザマリアは、自分以外の黒髪の人を見たのであった。
「渡したいものがあるの」
そう言うと、公爵夫人は、四角い箱のようなものを取り出して、ローザマリアに渡した。箱を開けると、中には細い糸で編まれた花形のブローチが入っていた。
「ナウル国の古い習慣なのだけど、幸せを願って、母から娘に贈るものなの」
会談で初めて会っただけだというのに、なぜこのような物を贈られるか分からず、ローザマリアは困惑した目を向けた。
「どうして、これを…?」
「あの会談でのあなたは立派だったわ。怖い顔をした大きな男たちに怯まず、きちんと意見を言ってまとめ上げていた。同盟のおかげで魔物もいなくなったし、グランツ領にやっと平和が訪れたわ。全てあなたのおかげよ。…そんなあなたの幸せを願いたいと思うのは、おかしいかしら?」
困ったような顔をして笑う公爵夫人の目は、相変わらず穏やかで、優しくローザマリアを見つめていた。
「私も、結婚の時に母からもらったの。私もいつかって思ってたけど、残念ながら生まれたのは息子だったから…。あの子は亡くなってしまったけど、あなたのおかげで報われたわ。…同じナウル国の人間として、あなたを誇らしく思う。これからも、あなたの人生が幸せに包まれることを祈っているわ」
ただただ、幸せを願うその姿に、ローザマリアは心がくすぐったくなった。生まれた時から母というものを知らなかったが、もし母がいたらこういう感じなのだろうか。
これまで、この髪の色のせいで家族から虐げられ、嫌な思いばかりしてきた。でもそのおかげで、辺境に来てバルドヴィーノと出会うことができた。そして今、同じ髪色の女性から、暖かな目で見つめられている。この髪が、こうした縁を結んでくれたのかと思うと、黒髪も悪くないのかもしれない。ローザマリアは、初めて黒髪のことを受け入れられる気がしたのだった。
「…ありがとうございます。もしよろしければ、今度、ナウル国のことを教えてくださいませんか?」
「ええ、もちろんよ!またメーア国にも遊びに来てちょうだい。いつでも歓迎するわ」
手を取って微笑みあう二人は、まるで本当の親子のようだった。
バルドヴィーノに手を引かれて歩くローザマリアは、太陽の光に照らされて一際美しかった。その胸元には、先ほどグランツ公爵夫人からもらったブローチが煌めいている。
右手を見ると、国王になったリオネルと、王妃のエヴァンジェリーナが微笑ましそうにこちらを見つめていた。その後ろには、キースと、ボロボロと大粒の涙をこぼすヘレンがいる。左手には、先ほども会ったグランツ公爵夫妻が、優しげな顔で見守っていた。
神父の前で、バルドヴィーノとローザマリアは向かい合うようにして立った。夕日のように真っ赤な髪を後ろに撫で付けたバルドヴィーノは、眩しいものでも見るかのように、目を細めた。
「…俺、綺麗だって言ったか?」
「はい。何度も言ってくださいましたわ」
「本当に綺麗だから、何度でも言いたくなっちまうな。…本当に、感謝してる。ローザがいなかったら、今頃どうなっていたか分からねー。…前も言ったが、俺の一番は領民だ。でも、それと同じくらい、ローザのことを大切に思ってる。…愛してる。どうか俺の隣にいてくれ」
いつでも、バルドヴィーノの想いは実直で、ローザマリアを求めてくれる。この人に会って、認めてくれたからこそ、今の自分がある。この想いこそが、愛なのである。一方的に押し付けるものではなく、互いを思い合い、愛しむ心こそが愛なのだと、ローザマリアはこの地で気付かされたのだ。
「私も、バルド様を愛しておりますわ。ずっと、隣に居させてくださいませ!」
瞳を潤ませながら言うローザマリアを、バルドヴィーノはぎゅっと抱きしめた。そして、二人は誓いのキスを交わした。
周りからは拍手が湧き上がり、大勢の人の祝福を受けながら、二人は教会の扉を開いて外に出た。
雲ひとつない真っ青な空が広がり、教会まで押しかけてきた領民たちが、二人の登場に大きな拍手を送った。端に立っていた使用人たちも、涙を流しながら祝福の言葉を投げかける。
この日、ファーウェル領の祝いの声は、夜まで響き渡ったのであった。




