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第31話 希望の種

ローザマリアの発言を受けて、会談は一時中断となった。

グランツ公爵も自身が熱くなっていたことを自覚したのか、すんなりとローザマリアの言葉を受け入れてくれた。


メーア国の従者によって、全員にお茶が配られる。いつも飲んでいる、見慣れた黄色のお茶だが、取っ手がついていない、小さなカップに入れられていた。これを一気に飲み干すのが、メーア国のマナーである。


事前に調べていたローザマリアに教えられ、バルドヴィーノたちはマナー通りに飲み干した。いつも飲んでいるものより、少し濃いめに出されたそれは、疲れた体に染み渡った。


皆、落ち着きを取り戻し、先ほどまでの緊迫した空気が少し緩まったところで、仕切り直すかのように、グランツ公爵がローザマリアに問いかけた。


「それで、渡したいものとは何かね?」

「はい、こちらでございます」


ローザマリアが後ろに立つジュリアンに目で合図すると、ジュリアンはグランツ公爵の元まで歩いていき、両手ほどの大きさの袋を渡した。綺麗にリボンで結ばれたそれを、グランツ公爵は訝しげな顔で見た。


「これは何かね?」

「それは、今年、ファーウェル領で採れた作物の種です」

「種…?」

「はい。度重なる魔物の襲撃で、長らく田畑の整備に手をつけられませんでしたが、今年はようやく人を集めることができ、作物の収穫に成功したのです」

「何と…!?」


グランツ領はファーウェル領と地質も似ており、作物の栽培に適さない土壌であった。魔物の対処と砦の防衛、そして圧倒的な人手不足により、農業などできる余裕もなく、ファーウェル領と同じような状況にあった。


そのような中、作物を育てあげることができたというのは、グランツ公爵にとって、かなり驚くべきことであった。他のメーア国側の人間も、ざわついている。


「品種改良していますので、おそらくこちらでも育つと思います」

「ううむ。感謝する。…しかし今、この場で渡したのは、何か理由があったのかね?」


確かに、ありがたい贈り物ではあるが、今この場で渡す意味が分からず、疑問の視線を投げかけるグランツ公爵に、ローザマリアは凛とした瞳を向けた。


「民を思う気持ちは、我々も、皆様も同じでしょう。まずは領地を魔物から守らなくては、作物も育てられませんもの。民を飢えさせないために、いくら土地を耕しても、その土地が魔物に襲われれば、この種も、なんの意味もなくなりますわ。…まだまだファーウェル領も、余裕がある状況ではありません。だから、早急に手を打たないといけないのです。その思いは、グランツ公爵も同じではないでしょうか?」

「…ああ。民のためにも、一刻も早く何とかしなければならない。そう思わない日はない」

「ええ、そうでしょう。…息子さんを亡くされた気持ち、亡くなった方を見送る気持ち。どれほどのものか、私には想像できませんわ。これ以上犠牲を出したくないという気持ちも、痛いほど理解できます。…前線に立ったことがない私が言うのは、説得力がないかもしれませんが、それでも、このまま諦めたくはないのです。ファーウェル領を守らなくてはならない。それが私の使命なのです」


真剣な眼差しで話すローザマリアに、会場の目は釘付けになっていた。皆、ローザマリアと思いは同じである。何とかして、民を、領地を守りたい。その思いに変わりはないのだ。


「民を守る事は、我々だけではできません。メーア国の力が必要です。一緒に、協力いたしましょう!…もちろん、まずはグランツ領の防衛強化を第一に行う必要があると考えておりますわ。魔素の穴を消滅させるにしても、まずは互いの守りがしっかりしていなくては、難しいでしょう。…バルド様、いかがですか?」

「…ああ、そうだな。…こちらに来た時に見た限りですと、魔物の襲撃を受ける箇所を、優先して結界を張るだけでも、かなり砦は強化されると思います。領地の安全が守られなくては、次の一手は打てない。領主として、公爵閣下の考えは正しい。…先ほどは感情的になり、申し訳ありませんでした」


そう言って頭を下げようとするバルドヴィーノに、グランツ公爵は手を上げて止めた。


「謝罪は不要だ。感情的になっていたのは、私も同じだ。…私は、臆病になっていたようだな。皆を守ると言いながら、戦いから逃げていたのかもしれん…」


隣に座るグランツ公爵の妻が、気遣うように、グランツ公爵の手を握った。それを、静かな笑みで応えた公爵は、ローザマリアたちに目線を戻した。そして、決意のこもった目で立ち上がると、はっきりとした声を上げた。


「こちらからもお願いしよう。ぜひ、シーラン国と同盟を結びたい!まずは、グランツ領への結界の整備。それだけは譲れない。結界ができれば、少しは人手も余裕ができるだろう。その後は、共に魔の森に向かい、魔素の穴を消滅させる!!そのためにも、我が国の研究者に、シーラン国に全面的に協力するよう取り計らう。メーア国の人間は、全て私が説得する。…せっかくもらった、この希望の種を、絶やすわけにはいかぬ!!」


種が入った袋を持ちながら、堂々とグランツ公爵は宣言した。それを受けて、バルドヴィーノも立ち上がった。


「我がシーラン国も同意見です!必ず、民が安全に暮らせる場所を、取り戻しましょう!」


グランツ公爵とバルドヴィーノは、しっかりと手を取り合った。

会場の皆が立ち上がり、両国の同盟成立に、拍手を送った。両国の明るい未来のために、皆の心は一つになったのであった。

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