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第29話 思いがけない味方

秋もだいぶ深まり、体に冷たい風が吹きつけてくる。周りには、荒れ果てた土地が続いており、少し遠くの方に、深く生い茂る森が見えた。


舗装もされていない、道とも言えぬ土色の地面を、二頭の馬が駆け抜けていく。


前方を走るバルドヴィーノの後ろには、フードを深く被ったローザマリアが乗っており、前に座るバルドヴィーノの体をぎゅっと握りしめていた。もう一頭の馬にはジュリアンが乗っており、周囲を警戒しながら、後に続いていた。魔の森からは比較的離れているとはいえ、いつ魔物が出てきても、おかしくない状況で、油断はできない。


ローザマリア達は今、シーラン国とメーア国の国境沿いにいた。目指すは、メーア国の西端に位置する、グランツ領である。王太子から受けた密命のために、三人は最短ルートで進んでいた。


王太子から依頼されたことは二つだ。

一つは、新年祭への出席。そしてもう一つが、メーア国との同盟の締結である。


王太子とメーア国とは、秘密裏に連絡をとっているとはいえ、正式な同盟を結ぶためには、メーア国に赴く必要があった。しかし王太子が国を出るのは、国王の目もあるため難しい。そこで、バルドヴィーノとローザマリアに、メーア国との交渉を任されたのだ。


もちろん、停戦しているとはいえ、これまで国交を断絶していたメーア国に直接赴くのはリスクがある。あちらも魔物の脅威に苦しめられてはいるものの、一枚岩ではないようで、シーラン国との同盟に反対の者もいるのだ。


そのような場所にローザマリアも連れていくということに、当初、バルドヴィーノは強く反対していた。


「私一人で充分では!?なぜ、ローザを危険に晒す必要があるんです!?」

「バルド、落ち着いてくれ。確かに、お前のことは信頼しているよ。ただ…」

「ただ、何です!?」

「はあ…。お前、向こうのマナーは分かっているのかい?」

「マナー…?」

「ああ。メーア国には、今回の同盟に反対している者もいる。そんな者たちに、些細なことで揚げ足を取られたり、侮られたりするような真似はしたくないんだ」

「それは分かりますが…」

「ローザマリア嬢は、侯爵令嬢としての教育を受けているから、そういうのは得意だろう?」

「それはそうですが…。メーア国の知識はあまりありませんので、お役に立てるかどうか…」

「そこは心配しなくていいよ。ある程度の知識は、僕の方から教えるから。…この前訪問した時、ローザマリア嬢の思いやりある対応や心遣いを見て、今回の交渉には、絶対君の力が必要だと思ったんだ。バルドは、荒事は得意だけど、それ以外は苦手だからね」

「うっ、それは…」

「別に責めてるんじゃないよ。むしろ、今回の交渉に、長年シーラン国を守ってきたファーウェル辺境伯である君が赴くというのは、かなり重要なことなんだ。誰でもいい訳じゃない。そこに、ローザマリア嬢がいてくれれば、さらにシーラン国が優位に立てる。我が国と、このファーウェル領のためにも、お願いできるね?」

「…バルド様、私も一緒に参りますわ」

「ローザ…」

「私に何ができるか分かりませんが、殿下の信頼に応えないわけにはいきませんもの。それに、今回の同盟には、ファーウェル領の命運がかかっているのです。私も行かせてくださいませ」

「はあーーー」


バルドヴィーノは大きなため息を吐いた。


「分かった。絶対、俺から離れるなよ?」

「はい。もちろんです!」

「…殿下、ご命令、確かに承りました」

「うん。そう言ってくれると思っていたよ。二人になら、僕も安心して任せられる」


そうして、ローザマリアの説得もあり、二人は王太子からの密命を受けたのだった。




荒野を走ること、数時間。目の前に大きな城壁が見えてきた。これが、メーア国の国境を守る、グランツ領の砦である。


城壁の一部は、魔物にやられたのであろう、崩れ落ちている箇所が見えた。小型の魔物一体だけであれば、城壁を壊すほどの力はないのだが、複数の魔物で襲いかかられると、石の壁なんてあっという間に突破されるのだ。ライン砦も、結界を張る前は、常に襲ってきている魔物の対応に手を取られ、修繕が追いつかず、後回しになっていた。


どこも同じような状態に、バルドヴィーノは苦虫を噛み潰したような顔をした。


城壁の前に着くと、事前に連絡していたこともあり、特に問題なく門は開かれた。緊張が走りつつも、メーア国の兵に丁重に案内されて、バルドヴィーノたちは砦の中の一室に通された。そこには、バルドヴィーノたちよりも前に訪れていた、王太子の側近の一人が待っていた。


その人物を見るなり、バルドヴィーノは驚いて声を上げた。


「キースじゃねーか!?」

「お久しぶりですね、バルド」

「お知り合いですの?」

「ああ。この前話したろ?フォード伯爵家の兄貴の方だ」

「お初にお目にかかります、アーヴァイン侯爵令嬢。キース・フォードです」


なんと彼は、ローザマリアの王都の友人である、ヘレン・フォード伯爵令嬢の兄だったのだ。バルドヴィーノからも連絡を取ると言ってはいたが、まさかこんなところで会うとは思いもよらないことである。


「まあ。ローザマリア・アーヴァインと申します。いつも、ヘレン嬢には大変お世話になっておりますの」

「こちらこそ、いつも妹がお世話になっています。…あなたには一度、きちんとお礼を申し上げたかったのです。その節は、妹を助けていただきありがとうございました」


妹のヘレンと初めて会った時に、容姿の件で言いがかりをつけられていたことを言っているのだろう。しかしローザマリアにとっては、そこまで大したことをしたとは思っておらず、突然頭を下げるキースにひどく戸惑った。


「か、顔を上げてください。私は何も…。むしろ、いつも助けていただいてるのは私の方ですわ」

「いいえ。妹が王都で暮らせているのも、アーヴァイン侯爵令嬢が守ってくださったおかげです。本当に感謝しております」

「キース、顔をあげろ。ローザが困ってるだろう?それに、お前の妹に助けられたのは事実だしな。その件は、俺からも礼を言う」

「ええ。君からの手紙も届きましたよ。久しぶりに連絡がきたと思ったら、アーヴァイン侯爵令嬢のことばかり書いてあって、本当に君からの手紙か疑いました」

「おい、余計なことを言うな!」

「ふっ、変わりましたね。…ともかく、こちらも感謝しています。これからも、共に殿下に仕えるものとして、よろしくお願いします」

「ああ。よろしくな」

「よろしくお願いしますわ」


思いがけない出会いではあったものの、キースは今回の同盟に関わる事務的な手続き等について、王太子から任されたという。バルドヴィーノとも顔見知りで、王太子からも厚い信頼を受けている彼が味方になるのであれば、これからの交渉も心強い。


お互いの情報を精査しながら、三人は、この後の会談に備えるのであった。


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