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幕間 アーヴァイン侯爵家

(アマーリエ視点)


アマーリエは、今日も、胸元に大きなエメラルドがついた、豪華に煌めくドレスを纏いながら夜会に出席していた。隣に立つエミリオは、いつものようにスマートなエスコートでリードした。


社交シーズンが終わったため数は減ったものの、王都では常に何かしらのパーティーが開かれていた。派手好きなアマーリエは、毎日違うパーティーに参加しては、次期侯爵として大きな注目を浴びていた。


周りからの容貌への熱い眼差しに、アマーリエは酔いしれていた。


元々、侯爵家の中では、後継者はアマーリエただ一人だった。しかし前国王の目もあり、機会が来るまでずっと我慢していたのだが、やっとあの不吉な髪のローザマリアを追い出すことができ、堂々と後継者であると名乗れるようになったのだ。


全てが上手くいっている、そう思っていた。

しかし、その日の夜会は少し違った。


王太子の婚約者である、ソアレス公爵令嬢主催のパーティーだったのだが、まず、公爵令嬢のドレスが違った。それまで主流とされていた、大きめの宝石を使ったドレスではなく、小ぶりの宝石が胸元を覆っており、歩くたびにキラキラと輝いていた。それに髪飾りも、細かく刺繍が施された一目で高級と分かる、見たこともないリボンを付けている。


斬新でありながらも、目を奪われる美しい姿に、会場の目線は彼女に釘付けであった。さすがは未来の王太子妃だと、周りから次々に賞賛の声が上がった。


それまで自分が浴びていた注目を掻っ攫われて、アマーリエはひどく不満だった。確かに、大きめの宝石ではなく、小ぶりの宝石を使ったドレスが出てきたことは知っていた。しかしそれは、大きな宝石も買えない貧乏貴族が、無い知恵を絞っただけで、権力も財力もある自分には到底及ばないと歯牙にもかけていなかった。


にもかかわらず、そんな()()()()()()ドレスを着たソアレス公爵令嬢が、一番の注目を浴びていた。しかも、アマーリエよりも爵位が上で、財力もある。挙げ句の果てには、未来の王太子妃であるというのだ。


ーー気に入らないわ!!


アマーリエの目は、嫉妬でメラメラと燃えていた。イライラとする心を持て余しながらも、主催者に挨拶をしないわけにもいかず、エミリオに促されてソアレス公爵令嬢の元に向かった。


「まあ、アマーリエ嬢、それにロッシ卿。今日はお越しいただきありがとうございます」

「お招きいただきありがとうございます、ソアレス公爵令嬢」


エミリオと共に頭を下げる。


「今日は、王太子殿下はいらっしゃらないのですか?ソアレス公爵令嬢も、お一人で心許ないのでは?」


アマーリエは、鬱憤を晴らすように、早速嫌味を放つ。エミリオから咎めるような視線が刺さるが、構わずソアレス公爵令嬢を挑発するように見つめた。


「ええ、殿下はご多忙でございますから。残念ではありますが、これはソアレス家が主催する夜会ですので。お気遣い感謝しますわ、アマーリエ嬢」

「いや、さすがソアレス公爵令嬢、これだけの規模の夜会を、お一人で取り仕切るとは…。今日のお召し物も、大変お似合いです」


アマーリエがこれ以上の無礼を働く前に、エミリオが早口で述べた。だが、事もあろうに、アマーリエが一番聞きたくないドレスの話を持ち出した。


「まあ、ありがとうございます。実はこのリボンは、殿下にいただきましたの。素晴らしい刺繍でしょう?」

「ええ、さすが殿下ですね!ソアレス公爵令嬢の美しさが、より際立っております!」

「実はこれ、ファーウェル領の特産だそうですの」

「ファーウェル領というと…。!!?」


媚びへつらうエミリオにさらに苛立ちを増していると、とんでもない言葉が聞こえてきた。ファーウェルといえば、あのローザマリアを追いやった辺境のことだ。思わずエミリオと顔を見合わせるも、エミリオも驚いた顔をしており、何も知らない様子であった。


「最近、ファーウェル領からの品が多く流通しているのは、もちろんご存知でしょう?その中でも、最高級の物を、殿下が注文されたようで…。コルデラと呼ばれていて、素敵な模様が細かく丁寧に刺繍されていて、一目で気に入ってしまいましたわ」

「そ、そうですか…」


実はこれは、先日王太子が辺境を訪れた際に、ローザマリアに依頼したものである。王太子の婚約者への溺愛っぷりを聞かされたローザマリアは、コルデラを紹介し、作成を請け負ったのであった。糸も布も最上級のものを使い、王太子からの要望を元に、完全オーダーメイドで作り上げられたそれは、王都で流通しているものとは段違いに質が良く、宝石のついたドレスに見劣りすることもない。


まさかこんな形で辺境の名を聞くことになるとは思っていなかったアマーリエは、さらに怒りを増した。自分以外の女が注目を浴びているだけでも不満であるというのに、さらにそれがローザマリアを追いやった辺境の物だなんて、耐えられそうにもなかった。


ーー辺境に追いやったっていうのに、まだ私を苦しめる気なの!?


拳をギュッと握りながら怒りに震えるアマーリエと、引き攣った笑みを向けるエミリオを見て、ソアレス公爵令嬢はさらに言葉を続けた。


「ところで、領地の方は大丈夫かしら?」

「と、言いますと?」

「今年は、アーヴァイン領のある西部は不作だったと聞きましたわ。後継であるお二人が、こうして王都にいらっしゃって大丈夫なのかと思いましたの」

「ご心配いただかなくても結構ですわ。我が領地には、優秀な管理人がおりますので。全て任せておけば、問題ありませんわ」

「まあ、そうですの?…そういう考えも、あるのでしょうね。ああ、お話が長くなってしまいましたね。それでは、どうぞごゆっくりお楽しみください」


意味深な言葉を残して、ソアレス公爵令嬢は去っていった。


ーー何だっていうのよ!?


エミリオと共に、居心地の悪い思いになりながらも、アマーリエはその後ろ姿をじっと睨んでいた。



(アーヴァイン侯爵視点)


アーヴァイン侯爵は、今日も夜遅くに帰宅した。


遅めの夕食を摂り、ゆっくりとワインを嗜む。誰にも邪魔されないこの時間が、侯爵の毎日の楽しみであった。


最近は、全てが侯爵の思うとおりに進んでいて、気分も良い。特に、あの忌々しい娘を、辺境の地へと追いやることができたことが一番大きかった。


ローザマリアの母、リリアーナとは、完全に政略結婚であった。前国王により無理やり結ばれたそれに、侯爵はひどく不満を持っていた。前国王は周辺国との調和を大事にし、ちっぽけなナウル国にまで手を差し伸べたのだ。それに巻き込まれる形で、政略結婚を命じられ、さらに卑しい血を残すことになってしまったことに、侯爵は辟易としていた。


しかし運の良いことに、リリアーナはローザマリアを産んですぐに死んだ。そこからはとんとん拍子に話が進み、アーヴァイン家ゆかりの家からキャロルを後妻に娶り、正当な血統を持つ子を産んだのだ。産まれた子がまたも女であったことは残念ではあったが、親戚筋から婿候補となる男児を見つけ出したときは、神は自分に味方しているとさえ思った。


そしてその通り、邪魔なローザマリアも、辺境伯との政略結婚で、体よく追い出すことができたのだ。

不本意で生まれた娘を追いやり、誇りある血を残すことができ、さらに粛々と王命に従う姿勢を見せることで、国王の信頼も得ることもできた。


全てが順調だった。


後妻とその娘のアマーリエは少々派手好きで、キーキーと姦しいところが玉に瑕だが、誇りある血筋を引いているのだから、そこまで文句もなかった。婿に迎えるエミリオも、血筋は完璧だ。小さい頃から、我が家の婿となるために、そばで仕事を教えており、従順で頭もキレる。


そんな順風満帆な侯爵に、領地管理人から報告があった。


なんでも、長雨の影響で、領地の作物に大きな影響を与えているという。たかがそんなことで、自分の手を煩わせるなとしかりつけ、何とかするよう指示を出す。これまでも、領地の管理は全て任せていたというのに、こんな報告が来たのは初めてだった。


いつものように、向こうでなんとか対応するだろうと思っていたのだが、予想以上に被害は甚大だったようで、今年の収穫は大きく下がってしまった。聞くところによると、西部全体に影響があったようだ。


まあ、長く領地運営をするうえで、そのようなこともあるだろう。今までずっと豊作だったのだから、少々今年の収穫が少なくなったとしても、何の問題もない。


そう、侯爵は高を括っていたが、侯爵が思う以上に、領地はかなり混乱していた。


アーヴァイン領はかなり恵まれた地にあるため、このような事態は初めてのことであった。何事も無い状態では、つつがなく運営できていた領地管理人であったが、イレギュラーな事態への経験が少なく、突然の事にパニックに陥っていた。侯爵に手紙を送るも、なんとかしろとしか返事がなく、どのようにこの状況を打開すべきか分からず、的確な指示もできていなかった。


そうこうしている間に、長雨の影響で虫が大量に発生して、さらに作物がダメになっていった。それを為す術もなく、ただ見ているだけの領地管理人に、農民たちからも不満が続出し反発が起きていた。


最初の長雨が起こった時点で対策を施した地域は、多少収穫は減ったものの、虫の発生もなく、大きな被害はなかったというのに、侯爵領だけ、大変な騒ぎになっていたのだ。


しかし、そのような領地の状況にも、侯爵は全く気付かず、いつものように朝早くから王宮に出かけては、王の歓心を得ることに必死であった。


侯爵は気づかない。これまで上手く回っていたものが、徐々にかみ合わなくなっていることに。少しずつ生じる不協和音に気づきもしない。


それに気づいたときには、もうすでに手遅れだというのに。

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