第23話 譲れない想い
広場から逃げ出した二人は、ファーウェル城まで戻ってきた。
しかし城の正面ではなく裏手に回ると、裏口から入り、城の端に建つ塔に向かった。
塔の長い階段を登りきると、外に出ることができ、そこから町が一望できた。
「まあ、すごいですわ。こんな場所があったなんて、知りませんでした」
「いいだろう、ここ。気に入ってんだ」
隅に置かれた石のベンチに座り、二人は一息ついた。
「…いっぱい歩いて疲れただろう?」
「ええ、少し…。今日は良く眠れそうですわ」
町を歩き回った上、広場から逃げ帰り、塔の頂上まで上ったのだ。
二人ともさすがに疲れを感じるものの、それ以上に満ち足りた気持ちになっていた。祭りを最後まで見て回ることができなかったのは残念だが、活気づいた町の人々と触れ合うことができ、十分満足していた。
徐々に日が暮れてきて、夕日が町を赤く染めている。風に吹かれながら、二人はただ、じっとその景色を眺めていた。
「疲れたらここに来るんだ。ここから見る町は最高だろう?」
「ええ、とても素晴らしいですわ」
バルドヴィーノは、ふーっと息を吐くと、町を見ながら話し出した。
「この景色を見るたびに、絶対これを守らねーといけないって、そう思ってきた。ファーウェル家に生まれたからには、この地を守る責任がある。だからこそ、常に最前線で戦ってきた。王都の貴族みたいに、中央ばかりに目を向けて、領地も領民も顧みないようなやつらとは違う。たとえ、国からの援助もなく、先が見えない戦いだとしても、自分だけは折れちゃいけねーって必死だった」
バルドヴィーノの言葉からは、これまでの苦悩がにじみ出ていた。ローザマリアは、力を入れて握りしめているバルドヴィーノの手に、そっと自分の手を重ねた。
「国は頼りにならない。…でも殿下は違った。国王に黙って、影からこの辺境を助けてくれた。…この前の防衛強化もそうだ。だから、俺はあの人に一生の忠誠を誓った」
先日訪れた王太子とバルドヴィーノの絆は、はたから見ても強固に結ばれているように感じた。王太子も、バルドヴィーノのことを深く信頼している様子だったし、辺境領にも助け舟を出してくれていたのだ。そんな王太子への、バルドヴィーノの忠誠心は痛いほど理解できた。
「俺にとっての一番は領地とそこに住む領民だ。そしてそれを助けてくれた殿下に、一生付いていくって決めたんだ」
そう言うと、バルドヴィーノは真剣な目をしてローザマリアを見た。力強い褐色の瞳に見つめられ、ローザマリアは思わず姿勢を正した。
「でも、その隣にはあんたにいて欲しい。こんなこと思ったのは、あんたが初めてだ。こんな荒れ果ててちまってる辺境のことを思ってくれる女なんて、一生出会えないと思ってた…。でも、あんたは領民のことを一番に考えて行動してくれた。本当に感謝してる。…あんたとなら、これからも一緒に歩んでいける、そう思った。それに、あんたに頼ってばっかじゃなくて、俺もあんたのことを守りたいと思ってる。あんたが悩んでること、苦しいこと、しんどいこと、全部俺が受け止めてやる!だから、俺と一緒に居てくれねーか…!?…あんたを一番にはできないかもしれない。でも、あんたを誰かに譲る気はねーんだ!!」
力強い言葉に、ローザマリアは心が震えた。これまでも、バルドヴィーノはローザマリアが辺境で行ったことに、文句を言うどころか褒めて認めてくれていた。それだけでも充分嬉しかったというのに、さらにはローザマリアの苦しみも全てを受け入れようとしてくれている。そこまでローザマリアを求めてくれる存在なんて、今まで出会ったことがなかった。
「私なんか、何もしていません。ただやりたいようにやっていただけです。たまたま、上手くいっただけで…。そのように、閣下に求められるような人間では…」
「そんなことねーよ!!さっきの町のやつらを見ただろう!?あんなに笑顔だったじゃねーか!全部、あんたのおかげだ!…俺だけじゃ、こんな風に祭りに参加することも無かった」
「ですが…、私はこんな黒髪ですし…」
「は?それがなんか関係あんのか?」
「…閣下は、嫌じゃないのですか?」
「別に?普通に綺麗だと思うぜ?」
「綺麗…?」
「ああ。ずっと触れてみたかった…」
バルドヴィーノはローザマリアの髪を一房すくい上げると、その艶やかな髪先に口づけた。ローザマリアはぼっと顔が赤くなり、全身が熱くなった。
「か、閣下、何を…!?」
「本当だぜ。初めてあんたと会った時、その目を見たときから、惹かれてたんだ。凛とした、意志の強い目だ。あんたは他の女とは違うって思ったぜ?…その通り、あんたは献身的に尽くしてくれた。見た目も綺麗で、性格は可愛いらしいのにちゃんと芯があって、その上仕事もできるってなりゃー、そりゃ惚れるに決まってんだろ?」
「ほ、惚れ…!?」
「ああ、あんたに惚れてるんだ。誰にも渡したくねー」
これまで、家族に散々嫌われていた黒い髪も、家族の誰とも違う瞳も、全てが嫌だったというのに、バルドヴィーノの言葉一つで、それも全てどうでも良いことのように思えてしまう。
「…それとも、あんたには他に思うやつがいるのか?」
黙り込むローザマリアに、不安そうな顔をして聞いてくるバルドヴィーノに、慌ててローザマリアは応える。
「いえ、そのような人はおりません!‥‥私も、初めてお会いした時、閣下のその赤く美しい髪から目を離せませんでしたわ」
「この髪にか?…まあ、派手だからな」
自嘲気味に答えるバルドヴィーノに、ローザマリアは胸がきゅっと締め付けられた。この人に、そんな顔をして欲しくないと、強く思った。
「綺麗ですわ、そんな風におっしゃらないでください。まるでこの町を染める夕日のような、暖かく優しい色です。…いつも、引き寄せられてしまいますわ」
「ああ、俺もそうだ。あんたから目が離せない。…好きだ。どうか、これからも俺の隣にいてくれないか?」
バルドヴィーノの真剣な目に、その想いに、胸が熱くなって自然に涙がこぼれた。これまで固く閉ざされていたローザマリアの心が、優しく溶かされていく気がした。
「…はい。どうか、隣にいさせてください…!」
泣きながらそう言うローザマリアを、バルドヴィーノはぎゅっと抱きしめた。
そしてローザマリアの涙を指でぬぐうと、その唇に優しくキスを落としたのであった。




