第21話 お誘い
訓練場に無理やり連れてこられたジュリアンは、殺気に溢れて剣先を突きつけるバルドヴィーノを必死に宥め、なんとか誤解を解くことに成功した。
そして、先日の、ローザマリアへの非礼も、自分の子供じみた思いも、王都の噂の原因も、全て隠すことなく、バルドヴィーノに正直に話した。その上で、先ほどの光景は、ただ紅茶を浴びせられた時に貸してくれたハンカチを、返していただけだと説明した。
先ほどまで怒りで燃えていたバルドヴィーノは、事情を聞いて冷静さを取り戻した。茶色の瞳には、理性的な光が宿っている。
「あの変な噂も、お前だったのか…」
「はい、誠に申し訳ありませんでした」
ジュリアンは、深く頭を下げた。
「まあ、別にそれはどうでもいい。特に気にしてねえよ。まあ、お前の言う通り、それで煩わしさが減ったのは確かだしな。むしろ、それは感謝してるさ。だが、あいつは格が違う。あんな奴らと一緒にすんな!」
「はい。自分の未熟さで、ローザマリア様にもご迷惑をおかけしてしまいました。自分だけが、閣下のお役に立つのだと驕っていました。…従者失格です」
「…お前の忠誠心は分かってるつもりだ。ローザマリア嬢も、お前を許したんだろ?だったら、俺から言うことはねーよ。これからも変わらず仕えてくれ」
「…閣下の寛大なお心に感謝いたします。これからも、誠心誠意お仕えいたします!」
ジュリアンは、さらに頭を深く下げた。そして、自身の過ちを受け入れ許してくれる、バルドヴィーノの度量の深さに、また感銘を受けるのであった。
「で、ローザマリア嬢に懸想してるわけじゃないんだな?」
「もちろんです!…むしろ、ローザマリア様にあんなことを言った自分が言うのはなんですが、閣下とローザマリア様には、幸せになって欲しいと、心からそう思ってます」
「そうか…。お前から見て、彼女は俺のことを、どう思ってると思う?」
「…ローザマリア様は、閣下に救われたと、その恩に報いたいとおっしゃっていました。いつも、閣下のことを目で追っていらっしゃいますし、好意を抱いていらっしゃるとは思いますが…?」
ーーもしかして閣下、ローザマリア様の想いに気づいてないのか…?
側から見れば、バルドヴィーノとローザマリアがお互いを思い合っているのは一目瞭然であった。しかし政略による婚約であるため、どこか遠慮がちだった。二人が一緒にいる時間もあまり無かったため、お互いに腹を割って話をできていないのではないだろうか。そうジュリアンは思った。
ーーローザマリア様も、自分から想いを伝えるような方ではないし、閣下はなおさらだ。ええ、、あんなに仲睦まじそうにしながら、無自覚だったのか…!?
あれだけ親密そうに楽しく話す二人に、イライラしていた自分はなんだったのだろうか。ジュリアンは、モヤモヤと複雑な思いを抱くも、それに気づかないバルドヴィーノは、気恥ずかしそうに話を続ける。
「あー、せめてローザマリアのために何かしたいんだが、なんか案はあるか?」
「お祭り、ですか?」
「ああ。この時期にいつもやってるんだ」
ギラギラとした太陽は影を潜め、いつのまにか、秋の冷たい風が吹きつける時期になっていた。
この季節になると、辺境の城下町では祭りが行われるという。元々は、秋の恵みと豊穣を感謝する祭りだったのだが、段々と荒地が増える中で意味合いは失われ、ただ祭りだけが残っていた。
しかし今年は、ローザマリアが主導で進めた作物が無事実り、稀に見る豊作となったので、本当に豊かな実りに感謝する祭りになりそうだ。
「この時だけは、兵も交代で家に帰してるんだ」
「そうですの…。今年も、皆帰れそうですか?」
「ああ、心配ない。砦も落ち着いてるし、むしろ今年はちょっと長めに休めるかもな」
「まあ、それは良かったですわ」
「…あー、それでだな。…良かったらそれに、一緒に行かないか?」
「え?閣下と一緒に、ですか?」
「…嫌か?」
「いいえ!嬉しいですわ!ぜひ連れて行ってくださいませ!」
いつもは大人びた顔をするローザマリアが、まるで子供のように喜ぶ姿を見て、バルドヴィーノはほっと胸を撫で下ろした。バルドヴィーノの後ろでそれを聞いているジュリアンも、まあ当然と思いつつも、上手く事が運びそうで安堵した。
ジュリアンからバルドヴィーノに提案したことは二つあった。一つは、ローザマリアと過ごす時間を増やすこと、もう一つはバルドヴィーノの思いをしっかりと伝えることだ。
ちょうど良いタイミングで祭りが開催されることから、ここぞとばかりに、ジュリアンはバルドヴィーノを後押ししたのであった。
祭りの当日。
天候にも恵まれ、爽やかな青空が広がっていた。城下町は数日前から浮き足だっており、皆、祭りを楽しみにしていた。
ローザマリアは、朝早くから、妙に気合いの入ったラーラとロエナに支度を整えてもらっていた。
いつもは地味な色のドレスしか着ないローザマリアであったが、今日はお忍びということで、リタから平民が着る服を用意してもらった。
白色のシャツに、臙脂色のスカートを紐でぎゅっと締めると、ローザマリアの細い腰がさらに際立った。いつもはそのままにしている艶やかな黒髪は、三つ編みにして後ろで軽くまとめてある。仕上げに軽く紅を差して完成である。
「すっごくお似合いです、ローザマリア様!」
「そ、そうかしら…?こんな格好をするのは初めてだけど、これでいいのかしら…?」
「はい、完璧です。今日も大変お美しいです」
慣れない格好に恥ずかしがるローザマリアであったが、ラーラとロエナに太鼓判を押されて、辺境伯が待つ玄関ホールへと向かった。
玄関ホールには、すでにバルドヴィーノが立っており、ローザマリアと同じように平民の格好をしていた。
白いシャツに茶色のベストと黒色のズボンを合わせ、上からフードの付いたマントのようなものを羽織っていた。今日も、燃えるような赤い髪は、キラキラと輝いており、その常人とかけ離れた風格は隠しきれていなかった。
歩いてくるローザマリアに気づいたバルドヴィーノは、その姿を見て固まった。
髪を結い上げた姿を見るのは初めてで、白く綺麗なうなじが眩しい。ただでさえ赤い唇は、紅を引いて艶々と輝いている。キュッと締まった腰は折れそうなほど細く、歩くたびに臙脂色のスカートがひらりと揺れた。
バルドヴィーノは、ごくりと唾を飲み込んだ。動揺を見せないよう必死にいつも通りを意識する。そして、ジュリアンから助言された、思ったことを素直に伝える、を実行した。
「…その格好も、似合ってるぜ」
「あ、ありがとうございます。閣下もお似合いですわ」
思いがけないバルドヴィーノからの誉め言葉に、ローザマリアは顔を赤く染めた。それを見たバルドヴィーノも、同じように赤くなる。
良い雰囲気に包まれる二人に、使用人たちの心は歓喜に包まれるも、それを押し隠して、存在を消すように静かに見守っていた。
「…行くか?」
「はい!」
バルドヴィーノが差し出した大きな手に、白く細い手が乗せられて、二人は町に繰り出したのであった。




