第15話 晩餐会
王太子が来られたことの歓迎も兼ねて、晩餐会が行われた。
ローザマリアが辺境伯と初めて対面した食堂で、王太子と辺境伯、ローザマリアの3人が集まり、食事を始める。
入念に準備したおかげで、晩餐会は滞りなく進んでいた。この日のために、腕によりをかけて作られたシドの料理は、かなりの好評である。
「この料理は、本当にシドが作ったのかい?素朴な男の料理っていうのしか食べたことがなかったけど、今日はすごく華やかだね」
「俺も、シドのこんな料理は初めて食べたが、美味いな。こんなのも作れるんだな」
「シドが聞いたら喜びますわ。久しぶりに閣下と殿下のお二人がそろわれるということで、かなり気合を入れていましたもの」
珍しがりながらも、二人の手は止まらずに食べ進めている。やはり男性ということもあり、ローザマリアの倍の量をペロリと平らげていた。
「しかも、このワイン。少し渋くて味わいのある味だ。これは僕の好みに合わせてくれたんだろう?どうやって僕の好みを知ったんだい?」
「王都にいる友人から、殿下はパーティーで、そういったものをよく飲まれると聞きまして…。長旅でお疲れでしょうから、少しでもお好きなものをご用意できればと思いましたの」
そう、ローザマリアは事前に王太子の好みを把握していたのだ。今回、王太子が訪問されることが決まったと同時に、社交に詳しい友人に連絡を取ったのだ。その友人とは、フォード伯爵令嬢、ローランドが届けてくれた手紙の主である。彼女はローザマリアのことをひどく心配していたが、辺境で楽しくやっていることに安堵し、その後も度々連絡を取っていたのだ。
フォード伯爵令嬢は、王太子の味の好みから趣味趣向まで細かく教えてくれた。それを元に、リタにお願いして、好みの物を取り揃えてもらったのである。
「そんなことまでしていたのか…!」
思わず、辺境伯は驚きの声を上げた。
「細やかな気づかいに感謝するよ。いやー、本当にすばらしい令嬢と婚約できたね。ろくでもない父上だけど、たまにはいいことをするじゃないか」
「…呑みすぎでは?」
「いいじゃないか、ここには君たちしかいないんだし」
王太子は国王に思うところがあるらしい。何も聞かなかったふりをするのが一番だと判断し、ローザマリアはそのまま食事を続けた。その様子を見て、王太子はますますローザマリアのことを気に入ったようだった。
「ローザマリア嬢と呼んでも?」
「はい、光栄ですわ」
「今度王都に来るときは、僕の婚約者も紹介させてくれないかい?ローザマリア嬢とも気が合いそうだ」
「まあ、恐縮でございます。…婚約者というと、ソアレス公爵令嬢でしょうか?」
「ああ!エヴァンジェリーナはね、美人でかわいくて、頭も良くてね、今回こっちに来るにあたっても…」
「殿下!まったく、婚約者のこととなると相変わらずですね。惚気はそれくらいにしてください」
「いいじゃないか、惚気ても。王都では誰も聞いてくれないんだ。それにこっちはしばらく会えないんだぞ!ひどいと思わないかい、ローザマリア嬢?」
どうやら、王太子と婚約者は相当仲が良いらしい。王太子は、幼少の頃からソアレス公爵家の令嬢と婚約が決まっている。政略的な婚約だというのに、このように婚約者のことを想っているのは、珍しいように思う。少なくともローザマリアは、王都の貴族で、こんなに想い合っている人には会ったことがなかった。
「それが殿下の責務でしょう」
「バルドは変に真面目だな!…分かっているさ。まあ、今回のことは、本当に待ち望んでいたからね。よくやってくれたよ」
「恐れ入ります」
その後は、辺境伯との幼少期の話も聞かせてもらった。
オーウェンやシドは、辺境伯の父である、先代の辺境伯の時から仕えていたそうで、昔からよく遊んでもらっていたらしい。イタズラをして怒られたこともあるという。今の姿からは、想像もつかない話ではあったが、二人は懐かしそうに話しており、話題は尽きなかった。
そうして穏やかな時間を過ごし、晩餐会は無事終了した。最後には、王太子からお褒めの言葉もいただき、大成功に終えることができた。ほっとするローザマリアに、辺境伯が声をかける。
「急だったのに、ここまで準備できるとは驚いた。感謝するよ」
「ありがとうございます。ぜひ、使用人にも言ってあげてください。全て、彼らのおかげですから」
「ああ…。なあ、俺の好物もあったが、あれもあんたが?」
「まあ、お気づきでしたか?シドから聞きましたの。閣下も久しぶりに帰ってこられたのですから、少しでもと思いまして」
「…そうか。シドは、父と一緒に、前線で戦っていたんだが、怪我で引退してな。素朴な料理ばっかりで、料理人なんかできるのかと思ったこともあったが…。意外にいろいろと見てるんだな」
「それだけ、閣下のことを大事に思っているのですわ」
「…そうなのかもな」
しんみりとした空気になりながらも、二人でこうして話すのは、どこか居心地よく感じていた。
翌朝、辺境伯は王太子とともに、ライン砦へと出発したのであった。




