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第14話 王太子の訪問

そろそろ王太子が辺境に着くかという頃、突然、辺境伯がファーウェル城に帰ってきた。

王太子の訪問の準備で、慌ただしく準備が進められている最中だった。


辺境伯の帰還を聞いたローザマリアが、急いで玄関ホールに向かうと、そこにはオーウェンと話している辺境伯の姿が見えた。辺境伯の後ろにはジュリアンも立っており、実に四ヵ月ぶりの再会であった。


久方ぶりに見る鮮やかな赤に、ローザマリアの目は引き込まれそうだった。自然と足が止まり、じっと見つめていると、それに気づいた辺境伯が声をかける。


「久しぶりだな」

「は、はい。お久しゅうございます」

「いつも急で悪いな。殿下から連絡があって、今日の夕方くらいに着くらしいから、急いで戻ってきたんだ」

「まあ、予定ぴったりですわね…」


辺境伯と王太子は、特殊な方法で密に連絡を取り合っているらしい。その方法は機密事項のため、詳しいことは秘匿されているが、移動中の王太子と細やかにやり取りができているようだ。


「元気にしていたか?」

「はい。閣下も、お体にお変わりはございませんか?」

「ああ、俺は頑丈だからな。…あんたの元気そうな顔を見られて良かったよ」


ぶっきらぼうな言葉ながらも、ローザマリアへの思いやりを感じる優しい声であった。ローザマリアは、なんだか胸がじんわりとした。


辺境に来てからは、慌ただしい毎日ではあったが、やりがいがあり、今までやりたくてもできなかったことを実行できる楽しさを感じていた。何より、周りに助けてくれる仲間がいることも大きい。そして、ローザマリアがやることを全て受け入れ、好きにさせてくれている辺境伯にも、深く感謝していた。


家族とエミリオからのひどい裏切りで落ち込んでいたのが、遠い過去のように思える。まだ家族たちのことを思い返すのは辛いものがあるが、いつかあの日の絶望を乗り越えることができる。そう思えるくらいには、前向きな気分になっていた。


「昼食をご用意しましょうか?」

「ああ、頼む。殿下が来る前にやらないといけないことがあるから、自室で摂ろうと思う」


辺境伯はそのまま足を進めようとして、ふと違和感を覚えた。


見渡してみると、入口の近くには小ぶりの花が飾られており、壁には緑が美しい絵画が飾られている。その絵は昔、城のどこかで見た記憶があった。おそらく物置にでも放置されていたものを掘り出してきたのだろう。ただ少し物が増えただけなのに、殺風景で冷たい印象の城が、暖かみある雰囲気に変わっている。なぜか胸がぎゅっとして、今まで感じたことがない感覚に辺境伯は戸惑った。


不自然に足を止めた辺境伯に、ローザマリアが訝し気に話しかける。


「何かお気に障りましたか?」

「いや…、なんでもない。…また後で会おう」


辺境伯はそう言うと、ジュリアンを引き連れて自室に向かったのであった。


せっかく久しぶりに会えたというのに、少ししか話ができず残念な気持ちになったローザマリアであったが、ローザマリアにもやることはまだまだたくさんあった。名残惜しく思いながらも、気持ちを切り替え、準備に取り掛かる。辺境伯のおかげで、殿下が来られるだいたいの時間が分かったのは、とても助かった。もうあまり時間はないので、急がなければならない。




予定の時間ピッタリに、王太子殿下一行は到着した。


どうやら馬車ではなく、全員馬に乗ってきたようだった。確かに馬であれば、馬車で7日かかる道も、半分くらいで来れるだろう。しかしお忍びとはいえ、まさかシーラン国で二番目に高貴な王太子がそのように急いで辺境に来たというのは、よほど急ぎの用件だということなのだろうか。


王太子は、砂埃に塗れてはいるものの、その煌めく銀髪と輝く美貌は、全く隠し切れていなかった。爽やかな笑顔を携えた王太子は、馬から降りて、辺境伯の前に立った。


「バルド、久しぶりだな!」

「遠いところ、ありがとうございます、殿下」

「気にするな。本当に待ちかねたよ。ようやくだな…!」


辺境伯と王太子は、気さくに会話を続けている。思った以上に親しげに話す二人に、ローザマリアは少し驚いた。王太子が幼少の頃から、この辺境まで来られていたということから、昔からの仲なのだろう。とても親密な様子であった。


「それで、紹介してくれないのかい?」


唐突に、王太子の目が、ローザマリアに向いた。辺境伯は、自身の斜め後ろに立つローザマリアにちらりと視線を向けて、王太子に紹介した。


「ああ、ローザマリア・アーヴァイン侯爵令嬢だ」

「王太子殿下にご挨拶申し上げます。ローザマリア・アーヴァインと申します」


カーテシーを執りながら、ローザマリアは深く頭を下げた。


「ああ、楽にしてくれ、アーヴァイン侯爵令嬢。この度は、急な王命による婚約で迷惑をかけたな。相手がこんなガサツな奴だと知って、大変驚いただろう?」

「ほーう。今、なんとおっしゃいましたか、殿下?」


不穏な空気をまとう辺境伯に慌てたローザマリアは、焦りながら答える。


「い、いえ。とんでもございません。閣下には、大変良くしていただいております…」

「…本当かい?何かあれば、僕が手を貸すよ?」

「いえ…。本当に、この地に来て良かったと、むしろ感謝しております」

「…そうかい。なら良かった。上手くいってないようであれば、こちらも色々と考えていたけど、大丈夫そうだね。いい令嬢に巡り会えたじゃないか?」


王太子は、にやにやと辺境伯を見つめた。その目線が恥ずかしいのか、辺境伯はぶっきらぼうに言葉を紡ぐ。


「もういいでしょう。長旅で疲れてるでしょうから、どうぞゆっくりしてください」

「ああ、分かったよ。じゃあアーヴァイン侯爵令嬢、また後ほど会おう」


くつくつと笑いながら、王太子は辺境伯の案内で、城中に入っていくのであった。


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