第12話 休日の女子会
ローザマリアが辺境に来てから、1月ほどが過ぎた。
こちらに来てから慌ただしく過ごしていたが、急ぎで進めないといけないことは大体の目処がついた。まだ細々とやるべきことはあるものの、後は芽吹くのを待つだけである。
今日は珍しく朝から予定が入っていなかったので、ローザマリアは久々にぐっすりと眠れた。ラーラとロエナにも、朝は休むように伝えたので、お昼まで一人でゆっくり過ごすつもりであった。
ーー思った以上に早く目が覚めてしまったわね…。何をしようかしら?
これからの予定を考えていると、窓から差し込む暖かな光と、心地よい風を感じた。久々に庭でも散歩しようかと、軽装に着替え、部屋を出る。
庭は、今は使われていない訓練場を通り抜けた先にある。芝生が植えてあるだけで、花や木々は見えないが、澄み切った空と爽やかな風を直接感じることができただけで、ローザマリアは満足であった。いずれはこの庭も、専門の庭師を雇い、綺麗に整備したいところであるが、しばらくは難しいであろう。
ーーいっそ、私が何か育てようかしら…?
農学書に目を通して領地を見て回り、実際に食物や植物が育つ過程を観察してきたので、前々から少し興味はあった。土いじりなど、貴族令嬢としてはあるまじきことであるため、オーウェンが許してくれるかどうかは分からないが。
後で相談してみようと考えながら、また足を進めていると、後ろから自分を呼ぶ声が聞こえた。
「ローザマリア様!」
ふと後ろを向くと、こちらに向かってラーラが走ってきていた。
「ラーラ?どうかしたの?」
「ローザマリア様のお姿が見えたので!」
どうやら、窓からローザマリアを見て、ここまで来たらしい。
「もっとゆっくりして良かったのよ?」
「十分ゆっくり寝ましたよ!」
「そう?疲れは取れたかしら?」
「はい!ありがとうございます。それと、ここに来るまでにシドさんにお会いして、これをローザマリア様にって」
そう言って手渡された紙袋を開けると、中には歪な形をしたクッキーが入っていた。まだほんのりと温かいので、おそらくシドの手作りなのであろう。
「まあ!後でお礼を言わないといけないわね」
暇そうに歩いているのを見て、作ってくれたのだろうか。ローザマリアは、この城の使用人は自分に甘いような気がしてならなかった。
「せっかくだし、庭のガゼボで食べますか?」
「あら、そんなところあったかしら?」
「はい、この前たまたま見つけたんです。こっちです」
ラーラについていくと、庭の隅の方に、ひっそりと佇むガゼボが見えてきた。少々さびれてはいるが、十分使えそうである。
「まあ、こんなところにあったのね」
「良い天気ですし、お茶もお持ちしましょうか?」
「いいわね。お願いできるかしら?…あ、ラーラはこの後、お仕事かしら?」
「いえ、しばらくすることはないですけど…?」
「じゃあ、ラーラも一緒にお茶しましょう?」
「え!?で、ですが私は侍女ですし…」
「他に誰も見てないから大丈夫よ。…だめかしら?」
「わ、分かりました。でも、オーウェンさんには秘密でお願いしますね!!」
「うふふ、分かったわ。…もし、ロエナがいたら誘って来てくれる?」
「はい!」
そうして、ガゼボで風に吹かれながらのんびりと待っていると、ラーラがロエナとリタを引き連れて戻ってきた。
「あらリタ?何か用だったかしら?」
「いえ、ロエナに少し用があって話していたところに、ラーラが来て…。私もご一緒してよろしいでしょうか?」
「もちろんよ。ロエナも、来てくれてありがとう」
「こちらこそ、お呼びいただきありがとうございます」
リタが向かいの席に座り、ラーラとロエナの手でお茶が淹れられる。淹れられたお茶は、黄色がかった珍しい色をしていた。
「あら、これはいつものお茶とは違うのね?」
「はい、これはリタさんが持ってきてくれたものなんです」
「この前、メーア国の商人が町で売ってたんです。ハーブから作ったお茶だそうで、すっきりとした味で飲みやすいので、ぜひ召し上がってみてください」
「ありがとう。楽しみだわ」
全員にお茶が行き渡り、ラーラとロエナも遠慮がちに席に着くと、ローザマリアは早速お茶を口に運んだ。
「まあ、美味しいわ。すっきりとして爽やかな酸味を感じるわ」
「本当ですね!紅茶とはまた違った味わいです」
「初めて飲みましたが、美味しいです」
「皆さんのお口に合って良かったです。今度、これを王都向けに販売しようとしてるんです!」
「もうメーア国の商人と話をつけたの?」
「もちろんです!商人たるもの、迅速に行動しないと!」
「ふふふ、逞しいわね。…せっかくだから、私にも少しいただけるかしら?贈りたい方がいるの」
「はい!…もしや、辺境伯様にですか!?」
「え、そうなんですか!?」
「ま、まさか違うわよ。王都にいる知り合いよ。…閣下の好みはよく分からないもの」
「…せっかくだし、贈ってみたらどうですか?」
「え!?ラーラ、何を言うの!?」
「いいと思います。お茶ならかさばらないと思いますし、手紙と一緒に送れるのでは?」
「ロエナまで!?」
「では、2つ分お持ちしますね!」
満面の笑みでリタはそう答えた。流石にここまで言われて、嫌とは言えないローザマリアは、しぶしぶお願いをするのであった。
「そういえば、皆はちゃんと休めているかしら?色々と頼み事ばかりでごめんなさいね」
「大丈夫です!ロエナさんが来てから、ローテーション組めるようになって、かなり楽になりました」
「私も問題ありません。今日も朝はゆっくりさせていただきましたし」
「私も大丈夫です!今は稼ぎどきですからね!休みをとりながらも、バリバリやりますよ!」
「皆、あまり無理はしないでね?辛い時は言ってくれていいから」
「ありがとうございます、ローザマリア様。…リタさんから色々商売のことを教えていただいて、大変ではありますけど、でもこんなに色々と任せていただいて、新しいことをするのは初めてで…。すっごく楽しいんです!」
「私もそうです!これから、きっといろんなことがいい方向に変わっていくんだなって思って!やりがいがあります」
ラーラもロエナもリタも、皆、キラキラとした笑顔を浮かべていた。それを見たローザマリアは、もう自分は一人ではない、そう思えた気がした。
「…ありがとう、皆。あなたたちがいてくれて、本当に助かったわ」
四人で食べたクッキーは、とても美味しく、サクッと口の中で溶けてなくなった。しかしその甘さは、しばらくローザマリアの口の中に残り続けたのであった。




