第十話 野球場の戦い:数学者の来訪【28番】
前話の内容:ロシアの数学者ネフロフは、背番号28を持つ能力者。彼は、”神”から与えられた能力を反逆のために使った【38番】を許せなかった。その存在を削除するため、彼は日本へ向かった。
深夜0時。例の野球場に、俺、朝比奈、そして──小宮はいた。
これで3日連続になる、夜の秘密特訓。
「もっと速く! 落とし穴、大きく!」
朝比奈真央はマウンドでメガホン片手に叫んでいた。完全に体育会系の監督だ。どこで手に入れたんだ、それ。
小宮は外野フェンスにもたれて、タブレットを操作中。俺の“巨大化維持時間”や“落とし穴の直径”を記録してくれている。
彼の口から出るのは、相変わらずのオカルト寄りの推測と、世界の異常情報。
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この3日間で、世界はさらに狂っていた。
通称「バックナンバーズ」と呼ばれる巨人たちは、毎日のようにどこかで現れていた。また、「バックナンバーズ」と関連する証拠はないものの、幾多の異常現象が報告されていた。小宮は、信憑性がありそうなものを逐一整理して、俺たちに伝えてくれる。
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◆「カリブ海の巨人」──【29番】
毎日、同じ時間に姿を現し、船を沈めていく。
現地では“気象レーダーに映らない台風”が頻発し、「海神の怒り」とまで呼ばれている。
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◆「ブラジルのカメレオン型生物」──【32番】
出現場所を日々変えながら、高層ビルを焼き尽くす。
ランダムな出現に、警察も軍も対処不能。非常事態宣言が続いている。
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◆「ナイロビの時間逆行」──
ある地域の時間だけが“11分6秒”巻き戻ったという報告。
亡くなった少年が「戻ってきた」と語る家族の映像が、海外ニュースに取り上げられている。
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◆「ロシアの村全滅」──
モスクワ近郊の小村。全住民が“痕跡を残さず”消えた。
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◆「日本の高級温泉旅館」──
宿泊客全員の宿泊日の記憶が“消えた”。
当初はフェイク扱いだったが、SNSに投稿された写真すら消えていたことが確認され、噂が現実味を帯び始めている。
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「これはまだ序章に過ぎないかも」
彼の言葉が冗談に聞こえないのは、たぶん──俺たちがすでに、“その渦中”に足を踏み入れてるからだ。
「次に来るのは、自分たちの住む町かもしれない」──世界全体に不穏な空気が蔓延している。
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俺は特訓を続けていた。2人が本気だから、俺だけ気を抜くわけにもいかない。ただ“巨大化”できればいいわけじゃない。問題は、変身後の持続時間と理性の維持だ。
心拍数が130〜135を超えると、背中が熱くなり、番号が発光する。
そして、あの不気味な声──『チキュウジンヲ……センメツセヨ』──が脳内に響き、そこで抵抗しなければ意識が一瞬飛び込び、俺は巨大化している。
だが──
巨大化が進むにつれ、意識の奥底で何かが剥がれ落ちていく。
“自分”という輪郭が、ぼやけるのだ。
まさしく、今もそうだった。
「ヒロト!腕!!」
朝比奈の声が、遠くで炸裂する。
はっとして顔を下げると、俺の腕が、小宮の頭上をすっぽりと覆っていた。
その腕は、まるで──誰かの命令で動いたかのように。
(……っ、やばい)
全力で意識にブレーキをかけた。
次の瞬間、俺の巨大な体がふわりと沈み、崩れるように地面に戻っていく。
そして気づけば、俺はグラウンドの上に仰向けに倒れていた。
「持続時間、6分12秒。……最長記録だな」
小宮がそっと俺の肩を叩いた。驚くほど冷静な声。けど、その指先はわずかに震えていた。
「今日はここまでね。もう無理させられないわ」
朝比奈がそう言って立ち上がる。すでに手にはトンボ。巨人の足跡は消しておかないとマズい。
「ヒロトは休んでて。さっ、小宮くんやるよ」
小宮も黙って立ち上がる。
素直に従うところを見ると──この2人、なんだかんだ息が合ってきた気がする。
土を均す朝比奈の背中と、それに続く小宮の姿をぼんやりと見ながら、
俺は、自分の中の“何か”が、少しずつ変わってきているのを感じていた。
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俺は息を整えて、立ち上がろうとした──その時だった。
「……な、なにこれ……」
小宮が胸を押さえ、顔をしかめる。
「動悸がするわ……速い……」
朝比奈も地面に手をついてしゃがみ込む。
そして──俺も。
心臓が、ドクンドクンと跳ね始めた。
背中が、灼けるように熱い。
(……まさか)
『チキュウジンヲ……センメツセヨ』
あの声が、──聞こえてきた。
次の瞬間。
意識が真っ白になり──気づけば、俺は、巨大化していた。
「ヒロト君っ……!」
「マジかよ!さっき変身してから10分も経ってないぞ!」
2人の声は、俺の足元で遠く小さく響いている。
その時だった。
風が──止まった。
虫の声が消えた。世界が、密封されたような沈黙に包まれる。四方八方、周囲は土の壁。
俺が上空を見上げると、星も、月も──夜空そのものが“存在していない”。。
「いや……空が……遠い……?」
「おかしい……おかしいぞこれ……」
小宮が震える声を漏らした。
「あそこ……」
朝比奈が指差した先、──バックスクリーンに黒いスーツの男が立っていた。銀縁の眼鏡。冷たく整った顔立ち。外交官のような姿──だが、目に“人の温度”はなかった。
「……ようやく、見つけた。──君が38番か。そして……この2人は、観客かね?」
「おまえ、誰だ」
「私はアレクセイ・ネフロフ。“数を再定義する”者だ。」
「数を再定義?この場所をどうしたんだ?」
小宮が引きつった顔で言った。
「このスタジアムの高度を、海抜マイナス100メートルに設定した。どうだい? 周りから見えない。闘技場のようで合理的だろう」
男は俺を見上げて、笑った。
「S市の全住人──約2万8000人。 彼ら全員の心拍数を“150”に揃えた。反応して巨大化したのは……君、ただ一人だ」
「どうやってここに?」と朝比奈が声を上げる。
男は一歩進んで、こう言った。
「このスタジアムと私との距離をゼロにした。簡単な計算だ」
「…………」
小宮と朝比奈が、無言で目を見合わせる。
「合理性を乱すノイズ。この世界に、君の存在理由はない。」
男は冷たく笑った。
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第十一話は、4/13(日) 16時頃に更新予定ですので、よければまた覗きにきてください!




