本当にただ誓いのピアスが付けたくて
「次はフィルディードの番だぞ」
柔らかく促すディアナの声を合図に、シアは立ち上がった。潤む瞳を乾かそうとまばたきを繰り返していると、フィルディードが心配そうにシアの顔をのぞき込む。
「痛みましたか……?」
ポケットから取り出したハンカチを差し出して、フィルディードはシアを案じる。シアはハンカチを受け取って、「ううん、あのね幸せで……」と声をもらし、ハンカチの端に涙を吸わせた。
「フィーくん座って」
顔を上げ、幸せそうな笑顔を浮かべるシアに微笑み返し、フィルディードが椅子に腰掛ける。ガイアスが差し出すジュエリートレイから恐る恐る針を持ち上げて、シアは真剣な顔でフィルディードを見つめた。
「い、いくよ」
「はい」
フィルディードが瞳を閉じる。あんなにも尖いんだからきっと大丈夫、と念じながら、シアはフィルディードの耳に触れ、針先を当てた。
「ンッ!!」
針先はまったく刺さらない。あんなに尖いというのに、シアが思いっきり力を入れてもびくともしない。
「待ってね、もうちょっとがんばるから」
そう簡単に諦めるものか、とシアは気合いを入れ直してフィルディードの耳を針で突く。どれだけ力を入れても少しも刺さらない針に、なりふり構わず椅子に膝を乗せ、身を乗り出して、終いには遠慮なしにフィルディードの頭を横倒しに押さえつけて、シアは針を通そうと力を振り絞る。
「ンィ、いぅぅ……ッ!!」
フィルディードも眉間にしわを寄せ、耳たぶを無防備にしようと懸命に魔力を繰る。しばらく真剣な格闘が繰り広げられ——シアが危ないから止めなさい、と見届人によるストップがかかった。
「ほら、とりあえずお前自分でやってみろよ」
「わかった」
フウフウ息を乱すシアの手から針を取り上げ、レンカがフィルディードに針を手渡す。フィルディードは受け取った針をじっくり眺めたあと、瞳を閉じて深く呼吸を繰り返した。
大広間に静寂が満ちる。全員が物音ひとつ立てないよう、身じろぎもせずフィルディードを見守った。
フィルディードが厳しい表情でカッと目を見開く。視認出来ない速度で手が動く。
重く低い音が鳴り響いた。高密度のもの同士がぶつかり合ったような音と衝撃。耐えきれずよろめいたシアをディアナが、レンカをガイアスが足を踏ん張って支える。
「——通った」
皆が息を詰める中、フィルディードの声が落とされた。
「やった、やった! フィーくん!」
「良かったじゃないか!!」
針が通ったことに歓声が巻き起こる。皆が安堵し空気が和らいだ瞬間、フィルディードがぽつりとつぶやいた。
「癒着しそうだ」
「動かせ動かせえ!! お前、癒着したら一生そんな物騒な針耳に付けて暮らすことになるぞ!?」
「シア、針頭にピアスの先を当てて、フィルディードが針を抜くのに合わせて一気にピアスを刺すんだ! 躊躇なくいけ!!」
「わっわかりました!!」
レンカが叫び、ディアナがシアにピアスを押し付けるように持たせる。シアは急いで留め金を外し、針頭にピアスを添えた。
「ひえ、ひええ……!」
ミチ……チ……と、フィルディードが針を動かすのに合わせて何か貼り付いたものを引き剥がすような音が立つ。ピアスから微かに伝わる感触に、シアはもう感動どころではなく必死に手を動かした。
「——引き抜きます」
「うん……!」
痛い痛くないと気づかうどころではない。フィルディードが針を引き抜くのと同時に、シアはえいやっとピアスを押し込む。
「通った!! 通りました!!」
ほんのわずかに皮膚を突き破るような手応え。シアは薄っすら肉の下ごしらえの手応えを思い出しながら、すぐさま留め金をはめて大声で叫ぶ。フィルディードの耳元からバッと手を離し、『手を離してもピアスがきちんと付いている』と示すように両手を上げた。
王たちは皆疲労困憊し、ふうーと長く息をはく。シアは両手を上げたまま、フィルディードの耳に煌めくピアスを眺め思わず吹き出した。
「……ンフ、あはは! ピアス付けるだけなのに、こんな」
シアは声を上げて笑う。フィルディードは「すみません」と言いながら、恥じらいの混ざった笑みを浮かべる。シアは「ごめ、ごめんね、止まらない」と返しながら、弾んだ笑い声を上げ続けた。
「——本当にお前、何でそういちいち予想を上回るんだよ」
レンカが口元を押さえて下を向き、肩を震わせて笑い始める。アメリディアは呆れ笑いを浮かべて肩を下げ、ディアナは額に手をあててくつくつと笑い声をもらす。
「無事ピアスが付けられてよかったではないか!」
ワッハッハ、と力強く上げられたガイアスの笑い声をきっかけに、皆たまらず声を上げて笑い出す。大広間に、皆の愉快げな声が響き渡った。








