共に、家族になるために
「さて、では手順を確認しよう」
戦略説明をする指揮官かのように、ディアナが口火を切る。シアは真剣な顔つきで頷き、隣に座るディアナを見つめた。
「まずは場所だ。この屋敷の大広間に、祭壇を用意する。シアとフィルディードには、この屋敷で誓いを立ててもらいたい」
婚姻の誓いに必要なのは、ピアスと誓い合うふたり、それから祭壇と見届人。それさえ揃えば他に必要なものはないのだ。ディアナは迷うように瞳を揺らし、心苦しさを感じさせる声音でシアに語りかける。
「ピアスが無事に付けられるかをここで見届けさせて欲しいんだ。故郷で誓いを立てさせてやれないことは心苦しいんだが」
「いえ、そんな!」
ここまで手を尽くしてもらって、何の文句があるものか、とシアは慌てて首を振る。
「元々村でも、誓いを立てる場に立ち会うのは両親だけなんです。私の両親はもういませんし、それに、その、こないだ……フィーくんが……」
シアは言い淀んで目を泳がせる。先日、フィルディードが動揺した様子でシアの部屋を訪ねてきたのだ。『ラーティアから自身を呼ぶように言われた』と。いつも気軽に呼んでいるのに何を今更、とシアは首を傾げたが、どうにもフィルディードの様子がおかしい。詳しく話を聞いているうちに、シアもフィルディードが何を案じているか理解した。フィルディード自身にも確信がないようだが、どうやら『お声を聞く』どころの騒ぎではないようだぞ、と——村の祭壇は、村の中央の広場にある。もしそんなところで何か……ちょっと明確に言葉にするのはためらわれるような、何かとんでもないことが起こったら……シアは落ち着きなく、いっそう目を泳がせた。
「ああ……」
王たちも、皆そっと斜め下に視線を送る。ガイアスだけは状況を理解しておらず、「なんだ、何事だ?」と不思議そうにしては、隣に座るレンカに「あとで説明する……」とささやかれていた。
「あの……えっと……その、私の村では、なんですけど」
何とも言えない空気に満たされた部屋に、シアの声が落とされる。とにかく心配してもらったことにはきちんと答えたいと、どこか上ずった声のままシアは話し続けた。
「村で結婚のお祝いっていったら、誓いを上げた後なんです。新郎新婦とその両家がごちそうを用意して、皆に振る舞って。皆も料理を持ち寄って、入れ替わり立ち替わり食べて祝って盛り上がって……だから、村に帰ってからいつでもできるんです」
それはやりたいと思っているんだけど、とシアはフィルディードにおずおずと視線を送る。フィルディードは「もちろんです」と微笑みを浮かべて頷いた。シアは「ありがとう」と幸せそうな笑みを浮かべる。部屋の空気が和み、王たちは皆微笑ましげに目を細めた。
「……では、誓いを立てる場はここに用意させてもらうよ」
ディアナはほっとほころんだ顔でシアを見つめ、今後の予定を話し始めた。
「私たち四人、全員で立ち会いたいと考えている。見届人として立つのは——」
「私が務めさせてもらうわ」
言葉を継いだのはアメリディアだ。頷きながら話を聞いていたシアは、アメリディアに視線を移す。
「私が豊人族の王だもの。ディアナに聞いて初めて知ったのだけど、それが古式ゆかしい方法なんですって。かまわないかしら?」
「はい! リディさんに見届けてもらえるなんて、とてもうれしく思います」
少女たちはにこにこと笑みを交わし合う。日程は祭壇が整い次第。当日の衣装は、アメリディアが「任せてちょうだい、とびきり可愛くしてあげるわ」と得意げな笑みを見せた。それから念のため、外部の人間が出入りしている間、シアは部屋から出ないようにして欲しいと意見が出る。シアはそのひとつひとつに頷き、恐縮し、微笑んで……いつしか話し合いは雑談に移り変わる。
「——そもそも婚姻の誓いとはな、太古の昔、愛し合った恋人たちが『神に永遠の愛を誓いたい』と願ったことから始まったらしいんだ」
まだ人類の数が少なく、今よりも人と神が近かったころ。恋人たちの願いを聞いて、当時の王らが神に伺いを立てる。ラーティアは喜んでその願いを聞き届けた。
「世界はラーティアに造られた巨大で緻密な魔道具のようなもの。世界の在り方や決まりは空を覆う殻に刻まれているんだ。『婚姻』はその時に刻まれたそうだ」
はるか昔、世界はそうやって神と人の対話により変化していった。世界が安定し、人が数を増やし豊かになって、『簡単に神に頼らず、これからは祀っていこう』とひとり立ちするまで。世界は創造神に育まれ、そして今も見守られているのだ。
「真なる王とは神職なのだ、というわけだな。元来見届人は真なる王のお役目だったし、私も時折願われては見届けている」
君たちが幸せな夫婦となれるよう、共に祈らせてもらうよ、とディアナは優しく目を細めた。
§
「フィーくん、少しいい?」
その夜、シアはフィルディードの部屋を訪ねた。ドアの前でそっと声をかけると、すぐに扉が開かれる。少し話したいことがあるの、とシアが言えば、すぐに部屋に招かれた。
同じ作りの部屋の、ティーテーブルセットに腰掛ける。「なんでしょう」と首を傾げるフィルディードを前に、シアはためらいがちに口を開いた。
「そういえばフィーくんのご両親は、と思ったの。どうしていらっしゃるのかなって、気付くのが遅いんだけど」
昼間、『村では両親が立ち会う』と話したときにようやく気付いたのだ。健在なのではないか? と。呼ばなくていいのだろうかとか、黙って結婚していいのだろうかとか——そもそも、今どういう関係なのだろうか、とか。シアは悩み、瞳を揺らした。
「いいえ、僕も説明を忘れていました。すみません」
謝るフィルディードに、シアは揺らめく瞳を向ける。フィルディードはシアを見つめ返し、ゆっくりと語り始めた。
「空の亀裂を閉じた後、一度会ってきたんです。僕は魔物に襲われて死んだものと思われていて、その後僕の名前が広まったとき、『もしや息子では』と気付いたそうです」
金の髪、金の瞳を持つ人間など例外的な存在だ。ましてや名が『フィルディード』……死んだと思った息子だと、気付かない訳がなかった。
「ふたりには泣いて謝られました。……ヨミに抗うのは並大抵のことではありません。僕は何度もそれを見てきました。どうか気に病まないで欲しいと言葉をかけましたが、どこまで納得してもらえたかわかりません。同席してくれたレンカが『距離を開けた方が互いのためだ』と判断し、互いに別れを告げました。——僕には、ふたりが望むだけの感情を返すことができないから」
ぐっとシアが歯を食いしばる。涙を堪えるように眉間にしわを寄せ、シアは真剣なまなざしでフィルディードを見つめ続ける。フィルディードは、ふっと目元を緩ませた。
「ふたりの間には、子どもが生まれていました。僕の弟や妹に当たる人たちです。幸せに暮らして欲しいと、そう思っています」
「……そっか」
きっと、近くにいればいるほど、お互い苦しいのだろう、とシアは切なく下を向く。フィルディードの両親がどれだけ関係を修復したいと思っても、失われた時間を取り戻したいと願っても。その想いが強ければ強いほど、ズレが生じてしまうのだ。傷が深まらないように距離をとり、遠くから互いの幸せを願い合う——レンカの判断を理解して、シアは一度強く目をつむり……切ない微笑みを浮かべて、顔を上げた。
「フィーくん、一緒に、家族になろうね」
「はい」
共にフィルディードの家族の幸せを願おうと、シアは手を伸ばし、フィルディードの指をぎゅっと握り込んだ。








