最後のピース
慌てふためく使用人を置き去りにして、白亜の屋敷の玄関扉が勢いよく開かれた。
「さあさあ! 我が必要なものを届けにきたぞ!!」
屋敷中に野太い大声が響き渡る。自らの手で扉を開き、意気揚々と屋敷に足を踏み入れたのは巨人族の真なる王ガイアス。窓をビリビリと振動させるほどの声音に、レンカが慌ててエントランスに駆けつけた。
「ガイアス!!」
「ハッハッハ! 息災であったか!」
何の先触れもなく突然現れた大物に、屋敷がにわかに騒然となる。ガイアスは慌ただしさをものともせず腰に手を当てて豪快に笑い、レンカは小指で耳を掻いた。
「うるっせえよお前」
耳に響く、とぼやくレンカに、ガイアスはふうむ、と顎を撫でる。少し考える様子を見せたあと、ガイアスは声を抑えめにしてレンカに問いかけた。
「さて、ピアスはどうなった」
「完成したさ」
「おお、遅れてしまったか?」
「いや、丁度よかったよ」
「そうかそうか」
流石なものだ、と言いながらガイアスは細長いケースを胸元から取り出す。そしてずいとケースを掲げ、男臭い笑みを浮かべた。
「さあ、どうやら最後となってしまったが、これが必要であろうよ」
直後、ディアナと、フィルディードに連れられたシアがエントランスに姿を現した。
§
ひとまず応接間に腰を据えて、ディアナが使用人に茶を用意するよう指示を出す。三人掛けのソファーはガイアスが腰掛けると笑えてしまうくらい小さく見えて、シアは目をまたたいた。
「ガイアス・ダ・ル・ガイナスである」
ガイアスは堂々と胸を張り、シアに向かって名乗る。威厳のある態度に、シアは肩をすぼめて頭を下げた。
「シアと申します」
「そなたがフィルディードの『世界』だな」
目元を緩ませ、ガイアスは柔らかな笑みを浮かべる。
「我はフィルディードの友としてここにいる。気を楽にするといい」
「は、はい!」
大きく立派な体躯に威風堂々とした風格。ガイアスは思わず平伏してしまいそうな威厳に満ちている。しかし、和らいだ視線はとても温かく、穏やかな笑顔は親しみを感じさせた。シアはほっと息をついて、笑みを浮かべる。「フィルディードの友だ」と自己紹介されることが、シアはとてもうれしかった。
そこへ慌ただしくアメリディアが駆けつけた。「着く前に連絡のひとつくらい寄こしてちょうだい!」とぷりぷり怒りながら応接間に足を踏み入れ、使用人が慌てて運んできた一人掛けソファーに腰掛ける。「これで皆揃ったな」とガイアスが満足そうに頷いた。
「これが作ってきたものだ」
ガイアスがテーブルに長細いケースを置き、蓋を開ける。中に入っていたのは長い針状のもの。針と呼ぶには太く長く、まるで肉に刺す鉄串のようだが、串と呼ぶには尖すぎた。どこかとろりとした白さを持つそれは、光を反射して七色に輝く。ガイアスは「気安く手を出してはならんぞ」と言いながら、シアによく見えるようケースを動かした。
「カムイロカネで打った針だ。カムイロカネは聖剣の刀身にも使った史上最高の金属。そなたの手どころか、岩や鉄にもすとんと刺さるからな。気をつけて取り扱うのだぞ」
そう言って、ガイアスはケースをずいとシアに差し出す。シアは「エッ」と声を上げて、周囲を見回してからまた「エエッ」と声を出し、恐る恐るガイアスに問いかける。
「わ、私が触るんですか……?」
「何を言っておるのだ」
ガイアスは呆れたように肩を下げ、シアの顔をまじまじと見つめる。
「そなた、そこのフィルディードと結婚するのであろう? 夫婦となるものが互いの耳に穴を開けるのが慣例ではないか」
「……アッ、ああっ!」
シアは『今になって初めて気付いた』と言わんばかりにうろたえ、助けを求めるように皆の顔を見回す。自信がない。もうこれっぽっちも自信がなかった。耳たぶとはいえ、フィルディードの肉体にシアが傷を付けるだなんて。でも、耳に穴を開けないとピアスが付けられない。結婚できないのだ。「どうしよう……」と途方に暮れた声をもらすシアに、皆が口々に話しかけた。
「まあ、やるだけやってみるといい」
「そうよ、穴が開かなかったらフィルディードさんが悪いんだから」
「可能な限り、傷を受け入れられるよう努めます」
「一応形だけでもやってみて、フィルに自分で穴を開けさせればいいさ。無理をしてシア嬢が怪我をしたら大変だろう」
シアは困りきった顔でフィルディードを見つめた。フィルディードも、どこか自信なさげに目を揺らしている。だいたい、もうすでに全員がシアを励ます姿勢だった。
「その……針を貫通させたことはないのですが、必ず努力します」
針を貫通どころか、フィルディードはラーティアと繋がって以後かすり傷ひとつ負ったことがないのだが。応接間は、どこか緩くがんばろうね、という空気感に満たされる。ガイアスが目を瞬き、ガッハッハと豪快な笑い声を上げた。
「なあに、今回が万が一無理でも、皆で次の手を考えてやろう。上手くいくに越したことはないが、失敗してどうなるわけでもないのだ。悲観せずともよい」
シアは頼るような眼差しで、もう一度皆の顔をぐるりと見回す。皆は次々に、頼もしくシアに頷きかけた。フィルディードはシアの手に手を重ね、『必ず頑張る』と、真っ直ぐな瞳でシアを見つめる。シアはフィルディードを見つめ返し、決意を込めて頷いた。大きく深呼吸をして、フィルディードの手の上に更に手を重ね、力強く前を向く。
「よろしくお願いします……!」
張り上げたシアの声が、応接間に響いた。








