フィルディードのお土産(前)
ディアナの元での検査も終わり、シアが一日のんびりと縫い物を続けていた頃、朝食の席でレンカが『今日の昼ごろにフィルディードが戻って来るだろう』と皆に告げた。昨晩連絡を取ったときに、それくらいの距離にいたのだと。シアはそれを聞いてから、心が浮き立って——そわそわと何度も部屋から顔を覗かせては、フィルディードの帰りを心待ちにしていた。
(フィーくん、いつ頃帰ってくるかなあ)
昼が過ぎてからはついに待ちきれなくなって、縫い物の続きをしようと思っても手につかず、シアはエントランスのソファーに座ってフィルディードの帰りを待っていた。そわそわしながらエントランスで座っているシアを、レンカとディアナが交互に様子を見に来ては笑いながら『早く帰ってくるといいな』と声をかけていく。
ついに使用人が扉を開けたかと思えば、やってきたのはアメリディアだった。レンカからの連絡を受けて、フィルディードの出迎えにやってきたのだ。
「あなた、ずっとここで待っていたの?」
「ええと、はい」
ぴょこんと立ち上がったシアに、アメリディアがくすくすと笑いかける。「待ち人でなくてごめんなさい」と笑いを含んだ声音で柔らかく告げられて、シアは照れながらもう一度「はい……」と返事をした。
隣に座っても? と聞かれシアが頷くと、アメリディアはゆったりとソファーに腰掛けてシアも座るように促す。ことさらゆっくりと流れるようなじれったい時間に、ぽつぽつと会話を交わし、共にフィルディードを待った。話し相手になってくれるアメリディアの優しさがうれしくて、何度も様子を見に来てくれるディアナとレンカの優しさがうれしくて、シアの心は温まった。
まだかなあ、と何度目かにシアが呟いたとき、玄関扉が開かれた。「お戻りになられました」と頭を下げる使用人たちの中央で、外から差す光の中にフィルディードが立っている。屋敷に入ろうと足を踏み出すフィルディードの姿をとらえた瞬間、シアはソファーから勢いよく立ち上がり、喜びの声を上げた。
「おかえりなさい、フィーくん!」
「ただいま戻りました、シア」
フィルディードは嬉しそうに笑みを浮かべる。柔らかな声、シアを見つめる眼差し。何日も旅に出ていたけれど、くたびれた様子はない。シアはほっと息をはいて、それからフィルディードが背中に背負ったものに気付
く。旅に薄汚れた様子もなくしゃんと立つフィルディードの背には、金色に輝く、背丈を超えるほど巨大な……何か巨大なもの。
「フィーくんどこで何をとってきたの!?」
エントランスに、シアの驚きの声がこだました。
「お、帰ってきたか」
シアの叫び声をきっかけに、ディアナとレンカが顔を出す。アメリディアも立ち上がって、フィルディードに「おかえりなさい」と声をかけた。
シアの疑問にこたえる声はない。順ぐりにシアが皆の顔を見つめても、そっと視線がそらされる。シアはフィルディードと視線を合わせ、恐る恐る問いかけた。
「……フィーくん、それ、何?」
「シアのピアスを作るための素材です」
「そんな大きなものが!?」
「最終的に圧縮するので、大丈夫です」
フィルディードは輝く笑顔でこたえる。シアは震える指で金色の巨大なものをさし、いや、でもそれ……とこぼした。なんだかとっても、だってその、すごく角っぽい。そんな巨大な角を持つ生き物なんて限られているわけで。
「納得の上快く譲ってもらいました。ラーティアの同意もあります。大丈夫です」
シアが不安ならラーティアを呼びます、と言われ、シアは慌てて首を振った。そんなことのためにお呼び立てするなんてとんでもない。創造神様がお許しくださる……と念じ、シアは疑問を飲み込むことにした。薄々何か察しはついたけれど。
「それと、もうひとつシアにお土産があるんです」
フィルディードはそう言って、肩に引っ掛けていた鞄から一抱えほどありそうな包みを取り出す。差し出された包みを受け取って、柔らかく頷くフィルディードに微笑み返し、シアは結び目に手をかけた。
「うれしい、フィーくんありがとう!」
なんだろう、と浮き立ちながら包みを開けば、中には枝のついた小ぶりな実がたくさん入っていた。つやつやと輝く、緑がかった青色をした実だ。一粒は握り込めそうなくらいの大きさで、皮は艶めいていて硬い。まるで綺麗に磨かれた玉のようだが枝がついていて、シアは不思議そうに首を傾げた。
「ほう、碧晶珠か」
ディアナがシアの手元を覗き込み声を上げる。
「長人族の国に寄ったのか?」
「いや、森に少し。この実を、シアはきっと喜んでくれると思って」
「傷む前にここまで運べるのは、フィルディードくらいだな」
ディアナは高らかに笑う。シアは、手にある美しい玉が実なのだと聞いて目をまたたいた。
「これ、果物なの?」
「ああ、うちの国で春によく食べる果物だよ」
ディアナの言葉に、シアは目を輝かせて碧晶珠を見つめる。それから顔を上げて、フィルディードに満面の笑みを向けた。
「すごくうれしい、フィーくんありがとう! 一人占めはもったいないから、皆で食べてもいい?」
「シアはきっとそう言うだろうと思って、たくさんとってきました」
包みの中にはたくさんの碧晶珠。シアが喜ぶだろうとわざわざ遠回りをして、シアがどう思うかを考えてくれて。果実を選んでくれたことも、村での日々が楽しかったと示してくれているようで、シアは幸せで胸がいっぱいになった。
「とりあえず荷物を置きにいくか? 僕の作業室に運んでくれ」
レンカがそう声をかける。それもそうだ、とフィルディードとシアはそろって頷いた。
「わかった。……シア、すぐに置いてくるので少し待っていてください」
「うん、わかった。じゃあえっと……」
「シアは私と応接間にいましょう。茶の準備をさせるわ。碧晶珠も出せるように、用意しましょう」
どうしようか、と視線を動かしたシアには、アメリディアから声がかけられる。シアはそのすべてがうれしくて、笑顔で頷いた。
「はい!」
フィルディードが何事もなく帰ってきた。いくら強いと言っても心配は心配なのだ。離れている間が寂しいのも。
シアは足取りを弾ませて、アメリディアの後について行った。








