その角は金色
ガアア、と吼えるように、古代龍は高笑いを上げた。漆黒の鱗が天日を受けて鋼のように煌めく。誇らしげにもたげられた頭には金色の角が輝く。一対あるはずの巨大な角はしかし、片方が根元から欠けている。——フィルディードの聖剣に、魔石として填められているのだ。大気がビリビリと振動する。フィルディードは動じることなく、霊峰の山頂に鎮座する小山のように大きな古代龍を見上げた。
「確かに聖剣はとても役立ったが、今日来たのは別件だ」
古代龍ははて、とフィルディードを睥睨する。フィルディードは古代龍に向かって、すっと手を差し出した。
「角が欲しい」
「バァアッッッッッッッッカ!!!!!」
古代龍の語彙力が低下した。ダアン、ダアンと大音を鳴り響かせ、古代龍は苛立たしげに前足を地面に叩きつける。フィルディードは風圧を受けながら、ただ黙って手を差し出し続けた。
「おまっバカッ! このバカ者がッ!! 我が角を何と心得る!! 角ぞ!? 我が角ぞ!? 悠久の時をかけ育て上げた、雄々しき我が誇りぞ!? なん……ッ何だと思っておるのだこのバァァカ!!」
古代龍は一息に叫んで、頭を仰け反らせた。角とフィルディードの距離を取るかのように。
「片方くれてやったろうが! ヨミを封じるために必要だというからくれてやったのだ! 良いか一本はな、世界を救うために我が角が、偉大なる我が角こそが必要なのだと言うからかろうじて呑んでやったのだ!! 片方残っておればこそ『これ程の角だから』と誇れたのだ!! それをお前、両方持っていかれたら、我が! 角が! どれ程強大であったかさえ証明できんではないか!!」
古代龍は頭を仰け反らせたまま、両の前足を地面に叩きつける。衝撃で小岩が跳ねて、崩落しては困るな……とフィルディードは手を下ろし考えた。
実のところ、奪うのは簡単なのだ。ねじ伏せて折ればいい。フィルディードならそれが出来る。でも、とフィルディードは考え続ける。自分で使うものならなんだって構わないが、なるべく納得の上、快く譲ってもらいたい。だって、婚姻を誓うために、シアに贈るものなのだから。フィルディードは考えて、おもむろに天を仰いだ。
「ラーティア」
「ンアア!!」
卑怯者!! と古代龍が悲鳴を上げる。空に光が走り、創造神の御印が描かれる。
《 私からも頼むよ、ね? 》
到底逆らえぬ説得要員の声が天から響く。古代龍はイヤイヤをするように、首を縮めて身体をすくめた。
「ヨミは封じられたではありませぬかァ〜!!」
《 そうなんだけどね、これは世界を守るためなんだ 》
「なんでェ〜!!」
《 君の角は『あるもの』を守る為に使われる。もしそれが害されれば—— 》
ラーティアは一度言葉を区切り、大きなため息をついた後厳かに宣告する。
《 そこのフィルディードが第二のヨミと化す 》
古代龍は絶句して、フィルディードを凝視した。フィルディードは古代龍を見つめ返し、真顔で手を差し出す。
私にもそれは止められないんだあ、と天から落とされた言葉に、古代龍はしおしおと頭を垂れた。
「あんまりだァ、あんまりだァ…………」
《 ごめんね、ねっ! ほら、そこまで見事なマナ石は私でも急には拵えてやれないものだから、ね! 》
「我が角が唯一無二の存在だったばっかりにィ……!」
嘆きながらも、古代龍は満更でもなさそうに角を誇る。ラーティアは、そうだ! とことさら明るい声を上げた。
《 ここにちょっとしたマナ溜まりを作ってあげるよ! きちんと管理しないと魔物が発生してしまうけど、君になら管理出来るだろう? 》
両の角が早く再生できるよう取り計らうと言われ、古代龍は大きなため息をついてしぶしぶ頭を差し出した。
「我が角が何よりも素晴らしかったばっかりにィ……!」
「その、ありがとう」
フィルディードは言葉の意味を心から理解した上で、感謝の言葉を口にする。古代龍は呆気にとられ、目をまたたいた後、フン! と鼻息をはいてフィルディードの前に角を向ける。
差し出された角を前に、フィルディードは聖剣を鞘から抜き放った。
§
身の丈を超える巨大な角を背に抱え、フィルディードは霊峰を下った。その足でガイアスの元を訪れ、持ち運びやすいように角に縄をかけてもらう。
「さすがに我らではお譲りいただけんからなあ。……どうだ、お怒りになってはおらんだろうか?」
ガイアスは顎をさすりながら、まじまじと角を眺める。フィルディードは緩く首を振って、ガイアスに真っ直ぐ顔を向けた。
「納得の上快く譲ってもらえた」
「……本当かぁ?」
ガイアスは訝しげな顔で、思わず疑う。フィルディードは黙って頷き、ガイアスは高らかな笑い声を上げた。
「我の準備も整った。今にバダンテルジュ公国首都に向けて出立しよう。……お前はどうする? 直ぐにまた走って帰るのか?」
「いや」
フィルディードはまた緩く首を振り、これから向かう先を見つめた。
「——少し、寄り道して帰る」








