防護の魔石を
「さて、まず何から話そうか。……そうだな、『どうやって守るつもりか』から話すことにしようか」
ディアナの私室に招かれて、向かい合って席についた。茶の用意がされて使用人が退室した後、ディアナが話し始める。
「はい」
真剣に話を聞こうと真面目な顔で頷くシアに、ディアナは柔らかく笑いかけた。
「フィルディードの聖剣に、不壊の術式を刻んだ魔石がはまっているのを知っているかい?」
「はい。フィーくんが使っても壊れないようにって、少し聞いただけなんですけど」
「そうか、なら話は早い。あれを作ったのは私とレンカでね、同等の魔石を作って、君の誓いのピアスを仕立てたいんだ」
思った以上に規模の大きな話が始まったぞ、とシアはあんぐり口を開く。聖剣にはまっているものと同等の魔石……そりゃあフィルディードが素材を採りに行くわけだ、とシアは妙に納得した。どこで何を採ってくるのかはわからないけれど。
「元より君の身の安全性を高めたいと話し合っていたんだけれどね。誓いのピアスに防護を刻めるならそれに越したことはない。何といっても神の御力に守られていて、決して外れないんだからね」
付け忘れることも、奪われることもない。これ以上最適な機会はないのだ。宝石は、色や透明度、稀少性から特に『宝石』と呼ばれているだけで、すべてマナ石の一種。裕福な者や貴族なんかは、誓いのピアスに術式を刻んだ魔石を使うのが一般的だった。
「君にこれから頼みたいのは、まずは魔力の質や波長、属性なんかを細かく調べさせてもらうこと。後々には、魔石の製作に取りかかった際、必要に応じて都度呼び出すことになる。『ここに血を一滴』とか、『ここに魔力を流して欲しい』といった作業協力だ」
「は、はい!」
それくらいなら出来そうだ、とシアはほっと息をはく。ディアナはにっこりと笑って、「じゃあさっそく、計測から始めようか」と立ち上がった。
ティーテーブルの上に、ごちゃごちゃと計器がいくつも並べられる。指先に針を刺して溶媒に血を垂らし、ここに手をと言われた場所に手を置き、指をと言われ差し出した指に計器を付けられ、シアはまるで診察を受けているような気持ちでディアナの指示に従った。
「……あの、私魔力量が少ないんです」
「ふむ」
「属性も土しかなくて、その、大丈夫でしょうか……?」
立派な魔石には、持ち主の力量も求められるのでは……と不安に思ったシアがおずおずとディアナに質問する。ディアナは手を止めて、シアに顔を向けて安心するように、と頷いた。
「なに、必要なのは君に適合させるための調整だ。心配しなくても大丈夫だよ。属性が少ないのはかえって助かるくらいさ」
多属性が入り混じっていると合わせるのが大変だからなあ、とディアナは快活に笑う。シアはほっと肩の力を抜いて、安堵の笑みを浮かべた。
「それにしても、純粋な土属性とは珍しいね。大体少しは何か混ざっているものなんだが……母君は何か特殊な条件下で出産を?」
「はい。母は魔力過剰症だったんです。お産の安全性を高めるためにマナを遮断した結界内で私を産んだそうで……」
「それは本当に珍しいな。魔力過剰症を患う人がそこまで生きていられたことも、無事出産できたことも。ご両親は大変な努力をなさったんだね」
「はい!」
心から両親を労う言葉をもらって、シアは心底嬉しく思った。『術式』の加護を持つ長人族の、それも真なる王に、両親の努力とシアの生まれを肯定されたのだ。シアは両親が誇らしくて、頬を赤らめて口元を緩める。ディアナは照れ笑いを浮かべるシアを微笑ましく思いながら、次々と必要な作業を進めていった。
「今日はこれくらいかな。続きはまた明日にしよう」
「あの、ありがとうございます」
作業を切り上げるディアナの声をきっかけに、シアはずっと抱いていた思いを口にする。
「ぜんぶ私のためだなんて、思い上がったことを考えているわけじゃないんです。その、これはフィーくんのためだったり、もっと他にも……大きな理由があるんだろうなって」
視線を揺らし、適切な言葉を探しながら、シアは精一杯感謝を伝えたいとたどたどしく言葉をつむぐ。
「でも、私は本当に助かるし、ありがたいし、だからその……ありがとうございます」
「こちらこそだ、シア。それにね、なにも世界の安定のためだけでなく……私たちは、君とフィルディードがもっと気安く触れ合えるようにと、そうも願っているんだよ」
——フィルディードはあまりシアに触れない。触れるときも、まるでエスコートをするかのように、背中に手を添えるか、そっと手を取るだけで……決して手を握りしめたりはしないのだ。シアの手を、親指で優しくなぞるのが精一杯の、彼の触れ方。シアを傷付けることを恐れて、それ以上踏み込めない。
「はい……!」
思い切り抱きしめ合えたらと、シアもそう願っている。皆の気持ちが嬉しくて、シアは心からの笑顔を浮かべた。
シアが部屋に戻ってみれば、ディアナのところにいる間に清掃が入っていて、洗濯物も回収されていた。午後になるとアメリディアが裁縫道具一式と端切れを持ってきてくれる。使い込まれた扱いやすそうな道具に、大きめの正方形に切りそろえられた、使用感がありながらも美しい様々な色や柄の端切れ。シアは跳ねるほど喜んで、アメリディアに礼を言った。
翌日も、午前中はディアナの調整に付き合い、それ以外はのんびりと裁縫をして過ごす。穏やかで物珍しい日々に、シアはフィルディードを想いながら針を進めていた。
§
「他害がまずいのよ、他害が」
「…………考えたくもありません」
頬杖をつき頭が痛そうな顔でぼやくアメリディアと、その正面で頭を抱え声を震わせるベルトラン。ベルトランの応接室で、ふたりは顔を突き合わせため息をついていた。
シアの部屋の清掃には、ベルトランの乳母を務めた、『この人に裏切られたら大公家なんてやってられるか』というくらい信頼の厚い女官に入ってもらった。彼女ほど立場のある人に下働きのようなことをさせるなんてと、アメリディアとベルトランは揃って頭を下げるような姿勢で頼み込んだものだ。彼女が『それほど信頼してくださることを誇りに思います』と快く引き受けてくれたおかげで、心配事がひとつ減ったとふたりは安堵の息を吐いている。
考えるだけでも恐ろしいが——もし、シアが病などで、フィルディードを愛している優しいシアのまま先立ったとしたら、フィルディードはシアの鎮魂花の近くからシアがいた世界を守り続けるだろう。だが。
もしシアが他者から害され、世界に憎しみを抱いたら。絶望にのまれ、『こんな世界滅んでしまえ』と心から願ったら。その瞬間、フィルディードが第二のヨミと化すのだ。……ラーティアにも止めることができない。世界は瞬く間に破壊される。それから。
「もし万が一事故で、フィルディードさんがその手で彼女を害してしまったら……」
ウッと低く呻き、ふたりは揃って青い顔で胃を押さえる。
「早く防護を付けてしまいたいものだわ……」
「全くです……」
当たり前の恋人同士のように触れ合えるように、と願っているのも本当だ。だがそれと同じくらい、リスクを恐れているわけで。ベルトランの応接室に、切実な言葉がため息と共にこぼされるのだった。








