出立
早朝、空に夜の名残と朝の気配が混ざるころ、シアとフィルディードはブノワの魔道車の前でエンゾに出立の挨拶をしていた。ふたりが首都に向かって出立すると事前に知らされていたエンゾが、早朝にも関わらずわざわざ見送りに来てくれたのだ。
「ありがとうエンゾおじいちゃん」
「なァに、爺の朝は早エんだよ」
気にするな、と笑うエンゾに、シアはうれしそうに満面の笑みを浮かべる。
「じゃあ行ってくるね」
「おう、気ィ付けて行くんだぞ。畑は見といてやるから心配すんな」
「うん、ありがとう!」
シアの畑には今何も植えていないのだが、それでも不在中、定期的に様子を確認してもらえるなら心置きなく出発できる。どれくらいかかるか分からないのだから、と少しの寂しさを感じるシアの隣で、フィルディードもエンゾに出立の挨拶をしていた。
「そろそろ行くぞ、さあ乗った乗った」
運転席からブノワが顔をのぞかせて、ふたりに声をかける。シアは「はあい」と返事をして、幌の張られた荷台に乗り込んだ。
「行ってきます!」
頼んだぞ、とエンゾに肩をたたかれ頷いたフィルディードも荷台に乗り、魔道車は動き始める。ふたりはずっと手を振って、小さくなっていくエンゾの姿を眺めていた。
魔道車は、森の中の細い道をがたごとと進んでいく。速度は歩くよりかは少し速いくらい。荷台には町で売る商品も積まれていて、シアとフィルディードは木箱を背もたれにしながら、浮き立つ気持ちでゆったりと流れていく森の景色を楽しんだ。途中に何回か、ブノワが管理している休憩所で休憩をとり、森を抜けて平原に出てからは速度を上げて、魔道車は軽快に進んでいく。日が傾いたころには、青々と麦が生い茂る広い農地に差し掛かった。シアは荷台から顔をのぞかせて、風に波打つ麦畑に歓声を上げる。農道に入ってからはまた速度を下げて、夕暮れ時に、魔道車は町の手前で停車した。
「送ってくれてありがとう、ブノワさん!」
「いいよいいよ、こんなめでたくて嬉しいことはないんだから。本当にここで降ろしていいのかい?」
「はい。付近に迎えが来ているはずです」
「そうか。首都なんてまあ遠いところだけど、気を付けて行ってきてくれなあ」
「うん! 行ってきます!」
シアたちを降ろしたブノワは、魔道車を動かし町へと入っていく。シアは物珍しそうに周囲をキョロキョロ見回して、フィルディードを見上げた。
「これからどうするの?」
「おそらくあの車です」
フィルディードが指さした先には、まるで鉄の塊のような、巨大でいかめしい魔道車が停まっていた。驚いて目を見開いたシアの手を取り、フィルディードは気軽にその魔道車へと歩を進める。
ある程度近付いたとき、慌てたように運転席の扉が開き、三人の軍人が車体から姿を現した。手のひらを胸に当てて、三人は姿勢よく立ち並ぶ。
「フィルディード様、ご同行者様、お迎えに上がりました」
「よろしく頼みます」
「お任せください。どうぞこちらへ」
三人のうちひとりが先導し、後部のキャビンへ案内される。見るからに厚く重そうな扉が開かれると、そこには居住空間が広がっていた。
フィルディードにそっと促され、シアはとまどいながら車内に足を踏み入れた。左右の壁際にはベッドとして使えるふかふかのソファーが据え付けてあり、その間には品のいいローテーブルが置かれている。ローテーブルの上には菓子が用意されていた。
前方を見れば、運転席との間は壁で完全に塞がれていて、コンソールにいつでも茶が淹れられるよう魔道ポットや茶葉が用意されている。なんと後部には、トイレとシャワーまで完備されていた。
「ではこれより出立いたします」
案内役の軍人が、そう言ってまた手のひらを胸にあて、扉を閉めた。シアは「えっええ……っ」ととまどいの声を上げて、困惑しながらフィルディードに問いかける。
「えっ、もう夜になるよ? 今から出るの?」
「はい。先ほどの人たちが三交代で、昼夜問わず車を走らせると聞きました」
「いやっだって、確かに乗ってるだけって、ええ……? そういうこと……?」
フィルディードに誘導され、シアはどこかふわついた足取りで歩き、ソファーに腰を下ろす。と同時に、魔道車がゆっくりと動き始めたのだと振動で伝わってきた。
「毛布と枕もあります。机を動かして衝立で仕切ることができるので安心してください」
「あんしん、うん、安心……?」
何か思ったのと違う。——軍用、要人、護送。シアの脳裏に過ったのはそんな言葉だ。物々しい。同じ『魔道車』と呼ばれていても、シアの知るブノワの魔道車とは全くの別物だ。それもそのはず、この魔道車は先の大戦のために開発された兵員輸送車を改造したもの。公子ベルトラン全面協力の元、真なる王たちが威信をかけて作り上げた、シアを護送するための特別車両なのだ。
「ええと……そういえば、フィーくんはどうやって首都にいる方々と連絡を取ってたの……?」
「通信の魔道具を持たされています。こちらから連絡をいれれば、こうしろと指示があります」
「へええ……そんなの持ってたんだ……」
魔道車はどんどんと町を離れ、夕暮れの中を進んでいく。呆気に取られながら、シアは昼夜問わず……とつぶやいた。
なんともまあ、フィルディードと一緒にいると、予想もつかないことが起こるものだなあ、とぼんやり考えながら。








