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23.不安の種

「見えてきたのですよー!」


 アビがどことなく嬉しそうに言った。

 初めて王都に来れてテンションが上がってるのかもしれない。

 王都の立派な防壁が目に入り、ここに来るのは1年振りくらいかと、俺は以前レティアに会いに来たことを思い出した。


「久しぶりに王都に来たなぁ。メルは初めてか?」


「はい! 色々と聞いたことはありますが、来るのは初めてなので楽しみです!」


 メルもアビと同様に嬉しそうに答えた。

 遠くには長い列が見え、


「あれ全部入る人達なのですかー?」


「ああ、そうだな」


「これだけ人が多いと、ずいぶん待つことになりそうですね」


「それじゃあ、パンと干し肉になりますが並びながら少しお腹に入れるのですよー」


 俺たちは列の最後尾に並び、アビの《特殊スキル:無限収納(インベントリ)》から出してくれたパンに齧りついた。

 有力な貴族や豪商なんかであれば、馬車に乗って専用の門から優先的に入れるが、今の俺では残念ながら無理なので大人しく順番を待つことにした。

 しばらくの間、メルとアビと話しながら待っていると、


「ん?」


 俺たちの横に1台の馬車が止まった。


「どうかしたのですかねー?」


 アビが不思議そうな顔で馬車を見ていると、


「――む? むむむ!?」


 中からまんまるに太った男が出てきて、なぜかメルを見て驚いていた。

 すると男は俺のほうを見て、


「おい、お前! そいつは鬼人族の『メル』だな? なぜ腕があるんだ! いや、腕だけじゃなくて目も耳もあるじゃないか!」


 非常に高圧的な態度で問いただしてきた。


「なんでって言われても……治ったからだろう?」


 まともに相手をするのも面倒なので、俺はそう適当に返した。

 相手が貴族であればそれ相応の対応を取らねばマズイことになるが、馬車には家紋の入った盾は掲げられてないので、恐らくコイツはただの商人だろう。


「貴様ッ! この僕をバカにしてるのか!? 僕はウェルシー商会の跡継ぎ『ジャーク』様だぞ!!」


「そう言われてもな……俺たちは今王都に来たばかりで、あんたのことは知らないんだよ」


 俺の返しに周りで列に並んでた人たちからも小さな笑い声が漏れる。


「うぐぐ、ふざけやがって! その女は僕が最初に買ったんだぞ! さっさとよこせ!!」


 ――は? 何を言ってるんだコイツは?


 俺は突然メルを要求され、呆気にとられた。


 ――いや待て、コイツ『最初に買った』って言ったか?


 俺が先ほどから一言も発しないメルに目を向けると、


「――!」


 メルは怯えた顔で男を見ていた。


「メル? おい、メル!?」


「――ぁ」


 メルは俺の顔を見て、泣きそうな、でも心底安堵した表情を浮かべた。


「……どうしたんだ? もしかして、原因はあいつか?」


 俺がジャークに聞こえないように、小さな声でメルに聞く。

 メルはコクリと小さく頷いた。

 どうやら、奴隷商のアランさんが言っていた、メルの最初の購入者がジャークで間違いなさそうだ。

 メルはコイツのせいで酷く傷付き、奴隷を追放されてるわけだから、トラウマになっているのかもしれない。


「おい!! 僕の言うことを聞いてるのか――」


「――ギャアギャアうるさいですよー」


「な――っ!」


 アビがジャークを真っ直ぐ見ながら、怯むことなく続ける。


「さっきから聞いてれば、太っちょはアホなのですよ? いらなくなったから自分で奴隷を売っといて、今更よこせだなんて商人の言うことじゃないですよー」


「ふ、太っちょだと……ぬぬぬ、このクソガキッ! 獣人の分際でこの僕に逆らうなんて生意気だぞ!!」


「都合が悪くなったら差別とか、やっぱり太っちょはアホなのですよー」


「も、もう許さん!! 衛兵! おい、早く来い! 衛兵――ッ!!」


 ジャークはタコのように顔を真っ赤にしながら、大きな声で衛兵を呼んだ。


「なんだ! 何を揉めている!? ――あ」


 駆けつけてきた衛兵が、ジャークの顔を見てあからさまに「しまった」という顔を浮かべ、


「こ、これはこれは、ジャーク殿。いかがなされましたかな?」


 先ほどまでとは全然違う態度に変わった。


「こいつらを捕まえろ! ただし、この女奴隷は僕によこすんだぞ!」


 相変わらず無茶苦茶な要求を、衛兵が相手だというのにも構わずするジャーク。

 衛兵たちは困った顔を浮かべ、


「ジャーク殿、この者たちが貴殿に何かしたのですか?」


 と、ジャークに尋ねた。


「あろうことかこの僕を『太っちょ』呼ばわりした上に、奴隷をよこせと言ったらアホと言ったんだぞ!? そんなことが許されてたまるか!!」


 ジャークの言葉に衛兵たちは怪訝な顔を浮かべ、


「その奴隷はお前たちのものか?」


 今度は僕たちに尋ねてきた。


「はい、そうですよ。メル、すまんがちょっといいか」


「はい、アルゼ様」


 俺はメルの許可をもらって、胸の上のほうにある奴隷紋に指先で少し触れた。

 すると、奴隷紋はほんの少し輝いた。主人となるものが奴隷紋に触れると、光って反応を示すようになっているのだ。


「ぁ――」


「ありがとう、メル。これでいいですか?」


「ゴク……あ! う、うむ、確かに確認できたぞ!」


 衛兵の目は少し露わになったメルの胸に釘付けになっており、小さく漏れた声に喉を鳴らしていた。

 メルもその視線に気づいたのか、頬をほんのり赤く染めていた。


「ほれほれ、 いつまでも若い女子の胸を見てるじゃねぇですよー」


 アビがそれを遮るように割って入った。


「これでどっちが正しいかわかったのですよ? 太っちょは以前メルを確かに引き取りましたけど、その後に売ってるのですよー。その後にアルゼがメルを引き取ったので、何の問題もないのですよ?」


 アビの説明に衛兵たちは「うーむ」と頭を悩ませ、


「ジャーク殿、他人の所有物である奴隷を取り上げるなど、王族であっても難しいことです。交渉で解決できないのであれば諦めるほかないかと……」


 周りの目もあってこれ以上は無理と判断したのか、ジャークに諦めるように説得したのだった。


「なんだと!? お前もこの僕をバカにするのか!? この僕に逆らったらどうなるかわかってるのか!?」


「……ジャーク殿。いくらあなたのお父様の商会がこの国で1番だとしても、それで衛兵を脅していいはずがありません。今の言葉は忘れましょう。この話はもう終わりです、行ってください」


「ぐっ……行け!!」


 ジャークは言いたいことを飲み込んだ顔で、御者に怒鳴るように命令した。


「やれやれ、あの()()()()には困ったものだな」


「まったくだ」


 俺は衛兵たちの会話を聞いて、新しく不安の種が増えたと、去っていく馬車を眺めるのだった。

お読みいただきありがとうございます。


このお話を少しでも、

『面白かった!』

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執筆活動の励みになるので、何卒よろしくお願いいたしします!

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