第五話 翼があるのに
キパラ大森林へ旅立ってから一日目の夜、俺たちを乗せた馬車は宿場町フラニティに到着した。ここは王都から一日の距離とあって多くの宿があり、商人などで賑わっている。ただ彼らは安宿を好むため、比較的高級な宿は空いていた。
「レンの旦那、あっしらこんな宿に泊まったことなんてありやせんぜ」
言ったのは『紅蓮の決死隊』リーダーのアドルだ。ジェリカの前ではレン殿だったが、やはりそれは申し訳ないとかわけの分からない理由で、道中はレンの旦那になってしまったのである。
「心配しなくても金は出してやるさ」
「本当にいいんですかい?」
「俺たちは安宿でも……」
「空いてなかっただろ」
「それはそうなんですが……」
「いいから気にするなって」
「俺たちこんないい人に暴力を振るおうとしてたんだよな」
「ホント、申し訳ねえ」
「今後は真っ当にやっていけばいいさ」
「もちろんでさ! これから一生レンの旦那について行きやす!」
「一生はやめて」
宿の夕食はバイキング形式だった。この世界では珍しいらしい。ただし酒は別料金である。日本の美食に慣れている俺にとってはそこそこの味だったが、『紅蓮の決死隊』の連中は美味い美味いと騒いでいた。
ちなみにシュロトヘイム王国では十五歳で成人となり、飲酒も許されるようになる。とは言え未成年が飲酒しても特に罰則はなく、年齢制限を守る者は少ないとのこと。体への悪影響が心配だ。
二日目も同じような状況で、三日目に予定通りヒュブル村に到着。キパラ大森林へは徒歩で半日かかるので出発は明朝とした。せっかくなので変わったことがないか聞き込みすると、特に何もないとの回答が得られた。よくある話だとここで魔物の大氾濫とかの予兆がありそうなものだが、どうやらそんな危険はないらしい。
ところで俺はヒュブル村で面白い物を手に入れた。魔法のバッグ、いわゆるアイテムボックスの肩掛けバッグ版である。珍しい植物や鉱物、魔物の素材などを持ち運ぶためのバッグで、容量は五メートル立方ほどとのこと。
時間停止機能も付いてるから、俺のアイテムボックスのカムフラージュとして最適だ。これが金貨百枚と言うからお買い得である。とは言え普通の冒険者には手が出にくい額だろう。なにせ金貨百枚あれぱ、独り身で質素に暮らすという条件ながら三年くらいは生きられるからだ。
翌朝、俺たちはキパラ大森林に向かった。
上薬草の採取目標は十本である。たくさんあった場合でもギルドに納めるのは五本程度で、一本は『紅蓮の決死隊』への報酬にして残りは俺の栽培実検用だ。もし実験がうまくいかずになくなってしまっても、次は瞬間移動で採りに来ればいい。
栽培がうまくいったとして、俺の日本での年収は三千万以上だったが手取り額はおよそ千八百万だ。これを一本金貨五枚、日本円で五十万の上薬草で賄うとすると年間三十六本、月に三本納めればいいという計算になる。冒険者に支払われる報酬は源泉徴収されているので、税金分を考える必要はないのだ。
ただ第二拠点に屋敷を完成させたら人を雇うつもりなので、人件費を考えれば月に五本程度の納品が妥当なところだと思う。一気に納めると相場が下がる可能性があるが、このペースなら問題はないはずだ。もちろん収入源を上薬草だけに頼るつもりはない。
森に入って一時間ほど進んだところで、先頭を進んでいたアドルが手を挙げて皆を立ち止まらせた。
「レンの旦那、豚の魔物、イートンですぜ」
「イートン? 翼があるぞ」
「あってもアイツら飛べねえす」
カーチス機に乗ったりはしないようだ。それにしても翼がある以外は、二倍ほどの大きさではあるものの見るからに豚である。
「焼いて食うと美味えんですよ」
「残すところがないって言われてますね」
「三頭いるな」
「小せえのもいるんで家族でしょうね」
「子供は逃がすのか?」
「ご冗談を。子供の方が美味えですし、逃がしても親を狩っちまったらこの森じゃ生きていけませんて」
「そうか。なら狩っていいぞ。一食分だけ肉を分けてくれたら後はお前らの好きにしていい」
「ホントですかい!?」
「この魔法のバッグに入れておけば腐らないだろう。解体も急がなくていいしな」
「ありがてえ。それと旦那、出来れば魔石を一つ分けて頂きてえんですが」
「魔石?」
異世界モノによくあるアレかなと思って聞いてみると、やはり似たようなものだった。魔石は魔法や魔力を込めることが可能で、魔道具の元にもなるらしい。大きさがそのまま性能の差となって現れるとのこと。
ほぼ全ての動物が体内に有しており、人間や亜人種も持っているそうだ。俺の体内にもあるのかな。あるんだろうな。
基本的に人間や亜人種の魔石はそれほど大きくないが、これを巡っての殺人も起こることがある。もちろん自然死や病死者、戦死者から取り出した魔石以外の取引は違法とされていた。
「ならちっと狩ってきまさあ。野郎共、行くぞ!」
「「「おう!」」」
さすがはBランク相当の実力がある冒険者たちである。三頭の飛べない豚の魔物は一瞬で狩られていた。その後もかなりイートンが狩れたが、上薬草はなかなか見つからない。こんな浅いところではあってもすでに採られていただろう。
さらに二時間ほど奥に入ったが、やはり目当ては簡単には見つからなかった。そろそろ陽が暮れて視界も悪くなってきたので、これ以上進むのは危険だろう。
「今日はここで野営ですね」
「仕方ないな」
テントは俺の分と彼らの分が一つずつ。見張りは二人交代で『紅蓮の決死隊』が受け持つという。夕食はけっこうな頭数が狩れたイートンを解体して焼き肉となった。確かに美味かったよ。
匂いに釣られて魔物が寄ってこないのかと尋ねたのだが、魔物は焼けた肉の匂いには興味を示さないそうだ。この辺りは理解に苦しんだが、ベテランの彼らが言うのだから納得するしかなかった。
そして翌日はさらに森の奥へ。持ってきている食料の関係上、進めるのはその日で最後となる。もっとも最悪見つからなくても、次からは瞬間移動で来られるから焦りはない。狩ったイートンを売れば十分な収入になるとのことで、アドルたちにも焦りは見られなかった。
ちなみにイートン一頭は金貨一枚、子供のイートンは金貨二枚になるらしい。鹿児島県産の黒豚一頭の卸値が確か三十万以上したはずだが、あれはブランド豚だから高いのも頷ける。一般的な肉豚なら一頭三万円から四万円くらいだったはずだ。
そう考えると危険な森に棲息するイートンは安いようにも思えるが、ここに来る冒険者の多くがイートン目当てだと言うので、需要と供給のバランスみたいなものなのだろう。
加えて養殖もされているそうた。味は豊かな森の恵みで育った天然物と比較にならないようだが、一頭大銀貨三枚程度で取り引きされているので、価額を下げる一因になっているのかも知れない。畜産業は選択肢から消えた。
「レンの旦那、もし上薬草が見つからなかったらイートンは俺らと分けましょうや」
「いやいや、最初に言った通りお前らが狩ったんだからお前らの物でいいよ」
「ですが……」
「じゃあ一食分じゃなくて二人分の肉を分けてくれ。それで十分だ」
戻ったらジェリカと食べよう。
そんなこんなで俺たちは夕方になった頃、泉の畔のようなところに出た。そしてとうとう、俺の鑑定眼が上薬草を見つけたのである。
——あとがき——
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