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第四十四話 おかしい(マウリシオ独白)

 おかしい。何故イートンの魔石の値がこれほど吊り上がっているのだ。


 相場は銀貨三枚程度だったはずなのに生活ギルドが提示した額はその十倍、大銀貨三枚だった。念のため周辺の町にあるギルドの売値を確認させたが、どこも同じように価格が吊り上がっているそうだ。どうやらどこかのバカが、暖房用木箱の原材料と知って買い占めたらしい。


 まさかあの若僧ではないだろうな。いや、それはないか。ユノトス伯爵家からの補助があるとは言え、あり得ない安値でバカ売れする商品を領民に売るお人好しだ。魔石を買い占めるアタマがあるとは思えない。


 だが今さら魔石を手に入れないわけにもいくまい。すでに暖房用木箱五百台の代金、金貨五百枚の手形を切ってしまったのだ。本来なら金貨十五枚で済む魔石の代金が金貨百五十枚になってしまったとは言え、木箱を売れば十分に元は取れる。値上がった魔石の分も売値に上乗せすればいいだけのこと。


 制作者であるレン・イチジョウとかいう若僧は売値に制限を設けなかった。何たる愚か者だろう。寒さは人命にも関わるから、なるべく客が買いやすい価格で売ってやってくれだと? 知ったことか。貧乏人は凍死でもなんでもすればいいのだ。


 そうして私はイートンの魔石を手に入れ、レン・イチジョウの経営する店舗へと向かった。嘆かわしいことに五百個そろえるのに十日もかかってしまった。


「こちらがお約束のイートンの魔石です」

「ずい分かかったな。心配してたんだぞ」


「実は魔石が何者かに買い占められておりまして。生活ギルドでの現在の価格は以前の相場の十倍に跳ね上がっておりまして」


「なんだとっ!? 間違いないのか!? 困ったな」

「どうかされたのですか?」


「領主様、ユノトス伯爵閣下より追加で千台の暖房用木箱の納品を頼まれたんだ」

「そ、それは大変ですね」


「魔石のことは閣下に相談するしかなさそうだな。品物は倉庫にある。検品してくれ」

「かしこまりました」


 五百個の暖房用木箱から無作為に何台か選んで試したが問題なかったので、そのまま魔法のバッグに詰め込んだ。私は一刻も早く王都に向かいこれを売り捌くつもりだ。出来る限り高値で。


「ギンザーニ商会のマウリシオ・ギンザーニさんですね。魔法のバッグの中身は何ですか?」

「暖房用木箱という品だよ。見るかね?」

「ええ。拝見させて下さい」


 いつものように王都の城門で検問を受けた。商人の私は魔法のバッグの中身を正確に申告しなければ罰せられる。しかし今中に入っているのは暖房用木箱のみだ。問題はないだろう。


「えっと、暖房用木箱が五百個ですか?」

「そうだが?」


「一応何のために持ち込まれるのかお聞きしても?」

「変なことを聞くんだな。もちろん売るために決まっているではないか」


「えっ!? あ、もしかしてご存じない?」

「何がだ?」


「暖房用木箱は王国の専売になったので、勝手に売ったら反逆罪に問われますよ」

「何だと!? そんなバカなことがあってたまるか! これはつい先日制作者のレン・イチジョウから販売用に買い取ったばかりなんだぞ」


「そう言われましても。専売品に指定されたのは二日前のことですから、イチジョウ殿も知らなかったのではありませんか?」


 暖房用木箱が王国の専売品に指定されただと!?


「とにかく早いうちに王国に買い取ってもらった方がいいと思いますよ」


 調べてみると王国の販売価格はユノトス伯爵領と同じ大銀貨一枚。一方の王国引き取り値は六掛けの銀貨六枚という。大赤字じゃないか。誰がそんなバカな取引をするものか。


 もし私が商売として暖房用木箱を売りたければ、販売許可を申請する手はある。しかし国に代わって専売品を扱うにはそれなりの理由が必要だし、まず審査は通らない。よしんば通ったとしても王国が大銀貨一枚の安値で扱う商品を、わざわざ高い金を払って私から買う者などいるわけがないのだ。


 そして王国の専売品となれば、この国で売り捌ける可能性は皆無。最早絶望的である。仕方がない。ここは隣国のサランヴラナ王国にでも売りに行くしかないだろう。あの国の鑑札も持っているし、何よりシュロトヘイム王国の北に位置しているため暖房用木箱の需要は高いはずである。


 いや待て。この暖房用木箱があれば、あるいは国の御用商人に成り上がるチャンスだってあるのではないだろうか。決して貧しい国ではないが、あまりの寒さが故に毎年多くの凍死者が出ていると聞く。そんな国としては致命的な状況を暖房用木箱があれば打破出来るのだ。存外御用商人になるのも難しくないのではないかと思えてくる。


 魔石の値上がりに王国の専売と、一時はどうなるかと思ったがこれぞまさしく好機。一国の御用商人ともなれば国の経済を牛耳ったようなもの。笑いが止まらん。


 私は王都に入るのを止めて、十日かけてシュロトヘイム王国とサランヴラナ王国の国境にたどり着いた。


「ようこそサランヴラナ王国へ。シュロトヘイム王国から入国をご希望ですね」

「はい。私は商人のマウリシオ・ギンザーニと申します。ギンザーニ商会の会頭を務めております」


「そうですか。入国には入国税として金貨一枚。それと荷物は全て拝見させて頂く決まりとなっておりますのでご協力頂けますか?」

「もちろんです」


「これは何です?」

「暖房用木箱というものです」


 これがあれば凍死の危険性が格段に減ると伝えると国境警備隊の兵士は目を丸くして驚いていた。さらに実演すると他の兵士も集まってきて大騒ぎとなる。


「確かにこれがあれば凍死者は激減するだろうな!」


 兵士たちに売ってくれとせがまれたが、貧乏人に売るなんて冗談じゃない。まずは王侯貴族を相手にボロ儲けするのだ。同時にイートンの魔石の相場を尋ねると、値上がり前のシュロトヘイム王国の相場よりは高いものの、大銀貨一枚まではしないだろうとのことだった。


 それを転売するだけでも儲かりそうなものだが、商人には物品の持ち込みや持ち出し時に税が課せられるのだ。運搬にかかる経費も考えれば、魔石の売買など赤字にしかならないのである。だがこれをあの若僧の許に持ち込んで暖房用木箱を作らせれば、莫大な儲けに繋がるのは間違いない。


 私はサランヴラナ王国の王都ベンヴェヌーチでイートンの魔石三千個の入手に成功した。これで暖房用木箱が出回って魔石が値上がりしても問題ないだろう。


 準備が整ったのでサランヴラナ王国国王、サナトリオ・ベンヴェヌーチ・サランヴラナに謁見を申し込んだ。凍死者対策に関する件と伝えたので、早々に許可が下りることだろう。


 そう思っていると、翌日には謁見の日取りが知らされた。何と次の日の朝一番とのこと。やはりこの国は凍死者対策に困っているようだ。絶好の商機である。


()がサナトリオ・ベンヴェヌーチ・サランヴラナである。商人マウリシオ・ギンザーニ、面を上げよ」

「御意を頂き光栄にございます」


「して我が国の凍死者対策に絶大な効果をもたらす品を持参したと聞いている。真か?」

「はい。こちらがその暖房用木箱という品にございます」

「小さいな」


「この謁見の間を暖めるのは少々難しいと存じますが、寝室や応接室程度の広さであれば心地よい暖かさとなることは間違いございません」

「うむ。では応接室にて披露するがよい」

「はっ!」


 応接室に来たのは国王陛下と宰相閣下、それに数人の護衛兵だった。早速魔法のバッグから暖房用木箱を取り出し、スイッチ用の魔石に魔力を流す。これで木箱の一部に開いた温風吹き出し口から温風が……出ない。何故だ? 壊れてしまったのだろうか。


「どうした。早く動かして見せよ」

「も、申し訳ございません。こちらは故障していたようで……」


 しかしいくつ取り出して試しても、一向に暖房用木箱が温風を吹き出す気配はなかった。おかしい。国境検問所ではちゃんと動いたのに。


「へ、陛下、どうやら長時間の移動で調子が悪いようです。すぐに確かめてこの木箱がいかに有用かを」


「もうよい。凍死者対策に絶大な効果をもたらすなどとはよく申したものだ。そのような都合のよい品があってたまるものか! この者は余を謀った重罪人だ。市中を引き回した上、獄門といたせ」

「まっ……お、お待ち下さい、陛下!」


 何故だ、何故こんなことに!?


 しかしサランヴラナ国王も宰相閣下も、私を振り返ることなく応接室を出ていってしまうのだった。


——あとがき——

リアル多忙のため明日からしばらく更新なくなります。なるべく早く更新するようがんばりますのでしばらくお待ち下さい。

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