第四十二話 フラグか
第三拠点の別荘に来客があった。ユノトス伯爵家の嫡男フェルナンドとその妻ジェリカの二人である。面接の進捗を知らせにわざわざ来てくれたようだ。てかなんで着替えとか用意してきてるんだよ。実は温泉に入りたいだけなんじゃないか?
「求人の状況だけどね、応募が殺到しているよ」
挨拶を済ませて俺と夫妻が向かい合ってリビングのソファに腰掛けると、フェルナンドが苦笑いしながら切り出した。
求人は会計二人と雑用事務が二人、料理人が二人から三人、それと接客要員が三人の計八人から九人だ。会計はこの世界では高度な専門職となるため給金は月に金貨二枚、日本円換算で約二十万円とした。雑用事務は会計の半分の月金貨一枚。
料理人はこちらも専門職なので月金貨二枚だが、見習いの場合は半分の金貨一枚となる。接客要員は月に金貨一枚で、どの職種も昼の賄いは無料だ。なお求人情報に入れてはいないが、売り上げによっては年末に業績賞与も出すつもりでいる。
宿舎の利用料は六畳一間が月に銀貨五枚、日本円で五千円と格安だ。食堂で夕食を摂るのは予約制で一食錫貨二枚、二百円を支払ってもらう。食べ放題だが持ち帰りは不可とした。
王都で庭師を募集した時の経験から薄々予想はしていたが、どうやらユノトス伯爵領でも提示した待遇は破格だったらしい。
「でも応募してきた人が……ねえ……」
「ジェリカの言う通り困ったものでね。読み書き計算は仕事をしながら覚えるだの、野菜を切るのには自信があるだの……」
「賄いは親兄弟も食べられるのかとか、接客なら任せろと言いながら私たち面接官にも敬語を使わなかったり……」
「我が領民ながら改めて教育の重要性を再認識させられたよ」
結果採用出来そうなのは会計一人と雑用事務一人、料理人も一人だが接客要員は何とか三人確保出来たそうだ。
「仕方ありません。お二人にはご負担をおかけしますが、もう少し求人を続けましょう」
「ところでレン・イチジョウ殿、温泉なんだが」
「構いませんよ。どうぞごゆっくりお寛ぎ下さい。コレッタ、お二人を風呂場に案内……」
「いや、レン・イチジョウ殿も一緒にどうだ?」
「は?」
「風呂場は一つではないと聞いたぞ。ジェリカは貴殿の従者たちと入ってくるといい」
「そうさせてもらうわ。コレッタさんだったわね。そちらの三人も一緒に入りましょう」
「旦那様?」
「いいよ、行っておいで。ルラたちもね」
「で、でも貴族様と一緒になんて……」
「あら、裸になってしまえば身分なんて関係ないと思うわよ」
「うう……」
「大丈夫だから行ってきなさい」
「「「「はい……」」」」
「ジェリカ、コレッタたちを頼む」
「任せて」
軽々しく任せてしまったがこれが後にあんなことになるなんて、この時の俺は予想もしていなかった。いや、よく考えれば予想出来たはずだ。何せジェリカには前科があるのだから。
女性陣が風呂に向かうと、俺とフェルナンドも露天風呂のある風呂場に向かった。体を洗い、二人で湯に浸かる。
「レン・イチジョウ殿」
「そうだ、フェルナンド様」
「うん?」
「わざわざフルネームで呼んで頂かなくてもレンでいいですよ」
「そうか。ならばレン殿」
「なんでしょう?」
「ジェリカの王都での男は君なのだろう?」
「ぶふぉっ!」
溺れそうになった。
「勘違いしないでくれ。怒っているわけではない」
「な、なぜそう思われたのですか?」
「彼女が君と再会した日、私と君が初めて会った日だな。その夜が今までにないくらい激しかったんだよ」
「ぶふっ!」
「よほど結婚したくなかったんだろう。嫁いでくる直前に王都で男がいたと打ち明けられたんだ」
「それが私だと?」
「違うのかい?」
「そうだとして、私にどうしろと?」
「要求することはないさ。君はジェリカが私と婚約していたことを知らなかったのだろう?」
「ええ、まあ」
誤魔化しても仕方がないようだ。ここは潔く認めてしまおう。
「やはりな。君には感謝しているくらいだよ」
「感謝ですか?」
「彼女、床上手でね。君に仕込まれたと言っていた」
「はあ?」
違う、仕込んだのは俺じゃない。結果的に鳴かせまくったのは確かだが俺が絶倫だったからだ。だがそれを言ってしまうとジェリカがビッチになってしまう。ここは涙を呑んで俺のせいにしておこう。
「フェルナンド様はそれでもよかったのですか?」
「愚問だな。私たち夫婦は円満だ。見ていて分からないかい?」
「確かにそれは思いました」
「レン殿はまだジェリカに未練があるのか?」
「いえ、ありません。彼女が幸せそうなのを見て心から喜んだくらいですから。逆にお聞きしますが、フェルナンド様は私が憎くないんですか?」
「憎い? どうしてだい?」
「知らなかったこととは言え、婚約者だったジェリカと……」
「そんなことか。彼女を寝取られたならさすがに憎むだろうが、どちらかというと私は寝取った方、つまり勝ち組だ。君を憎むなんてことはないさ」
「そ、そんなもんですか」
「そんなもんさ。そうとでも思わなければやってられないくらい私は彼女を愛してしまっているんだから」
「フェルナンド様……」
惚れた男の弱みってヤツか。
「しかし安心したよ。君と分かち合うことになると私の立つ瀬がなさそうだったからな」
「分かち合うって……」
一夫多妻制は一妻多夫制も認めている。絶対数は圧倒的に少ないようだが。
「私にはモナがいますし、いずれはコレッタたちも妻に迎えようと考えてますから。もちろん四人が同意すればの話ですけど」
「ああ、あの婚約者殿も美しかったな」
「あげませんよ」
「いらんいらん。私はジェリカだけで満足だ」
フェルナンドの言葉を聞いて俺は何度目かの安心感を得ることが出来た。表情を見れば分かる。ジェリカは彼が言ったように心から愛されているのだ。
それからも少し話していたが、そろそろのぼせそうになってきたので温泉から上がることにした。そうして二人で居間でまったりしていると、頬を上気させながら女性陣が戻ってきた。
いや、待て。ジェリカは普通に湯上がりっぽいが、コレッタたちの様子がおかしい。湯上がりで火照っているなんてレベルじゃない。しかも四人とも俺の顔をチラ見しては、視線を逸らすというのを繰り返している。ジェリカ、まさか彼女たちに変なことを吹き込んだんじゃないだろうな。
その日の夜、皆が寝静まった頃に一つの影が俺の寝室に忍び込んできたのだった。




