第三十七話 まさかの
温泉町ユノトスの祭りは実に楽しげだった。魔法で人形を操る大道芸人、アカペラで見事な歌唱力を披露する歌い手、どこかで聞いたようなおとぎ話を語る吟遊詩人など。どれもこれもにモナが興味を示し、都度立ち止まっては屋台で買った食べ物や飲み物を片手に堪能することが出来た。
「こんな風に休日を過ごせるとは思ってもみませんでした」
「楽しんでもらえてるならよかったよ」
「レンさんと知り合えて、婚約者になって、私は本当に幸せ者です。ジェリカさんに感謝しなければいけませんね」
「あははは」
ジェリカか、懐かしい名前だ。元気にやっているだろうか。彼女と別れて一年も経っていないのにこうして思い出として懐かしめるのは、モナやコレッタたちのお陰だろう。
そうしているうちにお披露目の時間が近づいてきたので、俺たちは宿に戻ることにした。お披露目というのが何を披露するのかは知らないが、用意されていた夕食を前にして俺もモナも屋台での買い食いを後悔せざるを得なかった。
「う、美味そうだな」
「はい。美味しそうです」
「食えそうか?」
「少しなら……」
窓を開けて外を眺める。部屋は三階なので見晴らしもいい。この宿は大きな通りに面しており、そこを披露目の馬車が通るそうだ。
「またお前たちか!」
その時突然下の方から怒鳴り声が聞こえた。身を乗り出して覗き込んでみると、フロントの男性と他に数人で二人の子供を取り囲んでいるのが見える。子供は二人とも薄汚れており、上から見ても分かるほどに痩せ細っていた。
「どうしたんですか?」
「あれ、盗みでも働いたのかな」
「多分残飯あさりだと思います」
「残飯あさり?」
「飲食店などのゴミ箱をあさって食べ物を得るより他に生きる術がない貧しい人たちの行為ですね」
「あー、残飯あさりね。なるほど」
「私思ったんですけど……」
「多分俺も同じことを考えてると思う。ただ……」
「ただ?」
「たとえ俺たちが食い切れないこの食事を彼らに分け与えたところで、何の解決にもならないんだ」
「言われることは分かります。ですがたった一度でもあの子たちは満足な食事が出来るなら悪いことではないと思いませんか? それに解決するのは私たちの仕事ではありません」
「領主の仕事か」
「はい」
俺とモナは部屋を出て階下に行き、追い詰められて怯えている子供たちの許に向かった。
「どうしたんだ?」
「あ、イチジョウ様、騒がしくして申し訳ございません」
「最高級宿の者が憚りもせずに怒鳴り散らしていては評判に傷がつくと思うぞ」
「聞いていて気分のいいものでもありません」
「奥様も、失礼致しました。実はこの子供たちがゴミ箱をあさっていたものですから」
「それで叱っていたんだな」
モナが言った通りか。
「何度言っても聞かないので、これから警備隊に突き出そうと思っていたところです」
「警備隊に? 何の罪で?」
「はい? ゴミ箱に捨てたのは残飯やクズ食材などですが、宿の物ですからそれを盗もうとした罪です」
「廃棄したということは所有を放棄したわけだから、盗みには当たらないんじゃないのか?」
「そんなことはございません。それにこんな小汚い格好で彷徨かれては当宿の品位を損ねますので」
まあ、盗み云々よりもそっちが本心なのだろう。この問答のお陰で野次馬も集まってきた。
「小汚くなければいいんだな。クリーン!」
「へっ?」
浄化でなくとも汚れを落とすだけならクリーンで十分だ。これで子供たちの汚れはきれいになった。着ているボロまではどうしようもなかったが。
「魔法できれいにしたから、野次馬も含めて今ここにいる誰よりもこの子たちは汚れていないと思うぞ」
「そ、それは……」
「盗みの罪で警備隊に引き渡すのは止められないが、少し待ってくれないか? 二人を部屋に呼びたい」
「部屋にですか!? それは……」
「すでに代金は支払っている。故意に汚したり壊したりしない限り、あの部家は客である俺たちに使用権があると思うが? そしてこの子たちが部屋を汚す恐れはないだろう?」
「それともどこかに外から人を招き入れてはならないと書かれていますか? 私が見た限りではないように思いましたけど」
「イチジョウ様ぁ……奥様まで……」
野次馬は面白がっているだけかも知れないが、飛んでくる野次は全て俺たちの味方だった。にも拘わらず強引に子供たちを連れていけば、最高級宿ハイジックの評判は著しく低下することだろう。
そんな時だ。野次馬たちを怒鳴りつける男の声が聞こえてきた。
「何をしている! 道を空けよ!」
「間もなくお披露目の馬車が通る! 手を振って声援を送るのだ!」
声の主は騎士だった。しかも鎧が豪華に飾りつけられている。彼らの後方に目を向けると、これでもかと華やかに彩られた屋根なしの馬車が、多数の騎士に囲まれて近づいてくるのが見えた。
「フェルナンド様だ!」
「フェルナンド様-!」
「手を振って下さっているぞ!」
「俺たちも応えろ!」
「フェルナンド様-!」
どうやら領主家の嫡男であるフェルナンド・ユノトスとその夫人のお披露目だったようだ。軍服のような正装姿のフェルナンドの隣では若い女性が手を振っている。
いや待て。まさかそんなことが……!
「ジェリカ……」
「えっ!?」
微かな俺の呟きを聞いたモナが驚いて俺の視線を追う。そこには彼女のトレードマークとも言えたポニーテールこそ結っていなかったが、忘れもしない、この世界に転生させられて初めて肌を重ねた女性がいたのだ。
馬車はどんどん近づいてくる。周囲の野次馬に和やかに手を振るユノトス伯爵家の嫡男と、横に並ぶ美しいドレスに身を包んだジェリカ。その彼女がこちらに顔を向けた瞬間、辺りの時間が止まった。
「えっ? レン君!?」
「ジェリカ!」
「何をしている!」
思わず馬車に駆け寄ろうとした俺を、数人の騎士が剣を抜いて遮った。
「無礼者! 若奥様を呼び捨てにするとは何事か!」
「構わん、斬れ!」
「お待ちなさい! せっかくのお祭りを血で汚す気ですか!」
騎士が剣を振り上げたその時、ジェリカの声が響き渡った。
「ジェリカ?」
「あなた、申し訳ありません。あの方は王都での私の知り合いです。馬車を止めて下さいますか?」
「承知した。止まれ!」
車上のフェルナンドの声で馬車が止まる。すぐにそこから降りた伯爵令息に手を引かれ、ジェリカも降りてきた。
「お前たち、下がれ!」
「「「「ははっ!」」」」
騎士は見事に左右に分かれ、俺とジェリカとの間に道を空けた。
「レン君、久しぶり」
「ああ、久しぶり」
抱き合うことは許されない。だが彼女のあの幸せそうな笑顔を見た今ならそんな必要もないだろう。二人の後から付いてきたのは、装いから察するにこの町の領主、ユノトス伯爵とその夫人だと思われる。
「ジェリカ、紹介してくれるかな?」
「こちらはレン・イチジョウさん。王都の冒険者ギルドで私が担当していた冒険者の方よ。レン君、こちらは私の夫でフェルナンド・ユノトス様」
「レン・イチジョウ? もしかしてあのレン・イチジョウのことか!?」
「ええ、そうよ。エアコン木箱のレン君」
「君があれを作ったレン・イチジョウ殿か!」
「なんと!」
驚きの声を上げたのは伯爵閣下だ。
「父上、お聞きになった通り、彼がレン・イチジョウ殿だそうです」
「は、初めまして。レン・イチジョウです」
「おお、おお! そうかそうか。君がレン・イチジョウ殿か!」
「レン君、そちらの方は?」
「ああ、俺の婚約者のモナ。ジェリカの後輩だよ」
「ジェリカ先輩! まさかお会い出来るとは思いませんでした!」
「うそ!」
「素が出てるぞ、ジェリカ」
笑いながらフェルナンドに窘められ、ジェリカが顔を赤くしている。
「これよりしばし休憩と致す! 宿の者はおるか!」
「ははっ! こちらに」
「すまんが支配人を呼んできてくれ。彼、レン・イチジョウ殿と話がしたい」
「それでしたら俺……私の泊まっている部屋でいかがでしょう?」
「そうか、それは助かる」
「あ、でも……」
「どうされた?」
「外から人を入れてはいけないんだっけ?」
「め、めめめ、滅相もありません!」
「ならよかった。それとユノトス伯爵閣下、この子たちに部屋で食事をさせると約束していたのですが」
「うん? 構わんぞ」
二人の子供は見窄らしい。普通の貴族なら嫌な顔をしてもおかしくなかったが、伯爵は気にもとめていないようだった。
そうして俺とモナ、領主一家は宿の部屋に向かうのだった。




