第三十六話 最高級宿に
お姫様を見送った後、俺とモナは改めてどこに行くか検討するためにドローンを飛ばした。俺のドローンは高度千メートルまで上昇が可能で、サイレントの魔法により飛行中もほぼ無音だ。不可視の魔法で姿を消し、最高速度は時速八百キロに達する。
ただしずっと最高速で飛ばすわけではなく巡航速度は時速五百キロ程度。超高解像度のメインカメラは千メートル下の植物の産毛まで鮮明に映し出していた。
また操作のためのコントローラーは電波の代わりに俺の魔力を送るのだが、その時に動力源も供給するので飛行範囲、航続距離ともほぼ無制限なのである。
「あれは……お祭りでしょうか」
「どれどれ」
モナが見つけたのは円形の城壁に囲まれた比較的大きな町だった。町の中心にはさらに城壁と堀があり、城のような建物が建っている。
町中はあちらこちらが飾りつけられており、人々が楽しそうに飲み食いしたり催し物を楽しんでいる様子も見えた。町の中心から少し離れたところにはいくつかの湯気が立つ宿のような建物もある。
「温泉町かも知れないね」
「温泉町!? 行ってみたいです!」
「いきなり町中に瞬間移動するのはまずいから、どこか城壁の外で見つかりそうもないところに行こうか」
「お任せします!」
キャンピングカー魔動車に戻り、城壁の門から少し離れた人気のないところに瞬間移動した。魔動車に乗っていれば、手を繋いだりして体に触れなくても複数人での瞬間移動が可能なのである。
俺たちは旅人を装うため魔法のバッグを肩にかけ、魔動車をアイテムボックスに収納して徒歩で門に向かった。
「ようこそ、温泉町ユノトスへ。身分を証明出来る物はお持ちですか?」
「これでいいかな?」
二人いる門番は軍人のようで、革鎧に槍を携えている。そう言えば湖の畔から三十分ほどドローンを飛ばして見つけた町なので、ここは王都ではなく誰かの領地である可能性が高い。ただ国境を越えた感じはなかったので、シュロトヘイム王国内であることは間違いないだろう。
兵士というのは往々にして横柄な輩が多いが、二人ともニコニコしているので好感が持てる。言葉遣いも明らかに年下(に見えるはず)の俺に対して丁寧だ。俺はギルドカードを差し出してモナを婚約者だと伝えた。
「王都の冒険者ギルド、ラドルファス本部のギルドカードですね。確認しました。そちらのご婚約者殿のギルドカードなどはありますか?」
「いや、彼女はギルドには登録していないんだ」
「ではお一人分の入領税を頂きます。銀貨五枚(日本円で五千円)です」
俺は目利き職のDランクだから入領税はかからないが、モナの分は必要ということか。銀貨五枚が高いのか安いのかは分からないが、とりあえず支払って情報収集といこう。
「今日は何かの祭りなのか?」
「あれ? お披露目祭を目当てに来られたのではないのですか?」
「お披露目祭?」
「ええ。お披露目は今夜です。それまでどうぞ祭りを楽しんで下さい」
何のお披露目なのか聞きそびれてしまった。ま、それは夜になれば分かることだ。今は宿を探すことに専念しよう。モナが温泉宿に泊まりたいと言うのだが、今夜がお披露目祭のお披露目となればメインイベントのはず。宿が見つかるかどうかは運次第である。
門番の兵士の話しぶりでは俺たち以外にも祭りを目当てに来ている者がいるのだろうし、うかうかしてはいられない。そうして空き宿を探したのだが、あったのはハイジックというこの町で最も高級な宿のみだった。念のため日帰り入湯の可否を尋ねたが、そのような制度はないらしい。
「お客様、保護者や他にお連れの方は?」
「いない。俺とモナの二人だけだ」
「そうですか。身分証を拝見させて頂けますか?」
「どうぞ」
「ふむ。冒険者ギルド、王都ラドルファス本部のギルドカードですね。ランクは戦闘職がFで目利き職がDと」
「何か問題でも? 言っておくが本物だぞ」
「存じております。ギルドカードの偽造は重大な犯罪ですから」
「なら何だ?」
「私共の宿ハイジックはこの温泉町ユノトスで最高級を自負しております」
「それで?」
「現在空いているのはその中でも最も宿泊費が高い部屋のみとなっております」
「だから?」
「代金は金貨三枚です」
日本円で三十万円か。俺が知っている地球の高級宿と比べれば大した金額ではないが、この世界では相当に高額なのだろう。
「結論を言え」
「お泊まり頂くのでしたら代金の先払いをお願い致します」
「なるほど。信用出来ないというわけか」
「いえ、決してそういうわけではございませんが、お客様がこの町の冒険者様ではなく王都の冒険者様ですので」
「逃げられたら困る、か」
「申し訳ございません」
否定はしないんだ。まあ、先払いだろうが後払いだろうが泊まれるならどちらでも構わない。俺はさっさと金貨三枚を支払って宿帳に記帳した。フロントが金貨が出てきて慌てていたのには少し笑ったよ。
「部屋は見られるか?」
「は、はい、もちろんです! お部屋に露天風呂もございますので、今からお使い頂いて構いません」
「いや、風呂は後でいいや。先に町を見て回りたいからな。モナもそれでいいか?」
「はい」
「かしこまりました。ではお荷物を……それだけですか?」
「ああ、これは魔法のバッグなんだ」
「魔法のバッグ!? まさかキパラ大森林近くにあるという村の……?」
「ここからだとかなり離れているはずだがよく知ってるな。ヒュブル村で購入した」
「伯爵家のご嫡男であらせられるフェルナンド様にお見せ頂いたことがございます」
「伯爵家?」
この温泉町ユノトスは、王都から馬車で五日前後の距離にあるユノトス伯爵領の領都とのことだった。伯爵家の嫡男がフェルナンドというらしい。フェルナンドは父親のハーディング・ユノトス伯爵と同様に大変に気さくで温厚。町にもよく顔を見せ領民との関係も良好なのだとか。
そういう領主なら民も安心して暮らしていけるだろう。ぱっと見ただけの感じだが、祭りの最中とは言え町が活気に溢れているのも頷けるというものだ。
しかしフェルナンドが魔法のバッグを持っているというのには驚かされたよ。もしかしてヒュブル村ではなく、近隣で手に入れられるところでもあるのだろうか。あるいは行商人が持ってきたというのも考えられるな。もっともその場合、売値は金貨百枚どころではないだろう。
「それじゃ町を見物してくるよ。モナ、行こうか」
「はい」
「イチジョウ様」
「うん?」
「お披露目は午後七時からの予定です。大変な混雑が予想されますので、お部屋からご覧になられることをお勧め致します」
「部屋から見られるのか?」
「当ハイジックは温泉町ユノトスで最高級の宿でございますから」
「なるほど、ならそれまでに戻るようにしよう」
「はい。気をつけて行ってらっしゃいませ」
フロントの男性に見送られて、俺たちは温泉町ユノトスに繰り出すのだった。




