第三十三話 王女様が
「昨日は世話になった」
「いやいや、こちらこそじゃ」
朝食を終えたところで俺とモナは見送りに出てくれた森エルフたちに別れを告げ、魔動車で元の湖の畔に戻った。モナの休みは残り今日と明日の二日間。ここでのんびり過ごしてもいいが、どこかいいところがあれば行ってみたいと思う。そう言うと彼女も同意してくれた。
「でも楽しめるところはあるでしょうか」
「俺はモナと一緒ならどこでも楽しいけどな」
「それは私だって同じですよ」
「まあ、そうは言ってもなかなか行けないようなところに行ってみたいよな」
「そうですね」
「じゃ、ちょっと探してみるか」
二人で魔動車の外に出てアイテムボックスからドローンを取り出すと、モナは不思議そうな瞳で眺めながら言った。
「レンさん、もしかして新しい従魔ですか?」
「あはは、モナにはそう見えるのか」
イメージで作り出したドローンは、真っ黒の機体に十字型に広がる四つのプロペラを持つオーソドックスなタイプだ。しかし彼女にとってはまさに異形、魔物に見えても仕方がないだろう。
「ドローンって言うんだ。このモニター付きコントローラーで操作して飛ばすんだよ」
「どろーん? もに……こんろろー?」
「モニターとコントローラーね。ここの部分に映像が出るから見てて」
起動するとモニターにスイッチが入り、ドローンが宙に浮く。瞬く間に上昇して景色が上空からのものになると、モナが歓声を上げた。
「わっ! 凄いです! きれー!」
このドローンだが、実は俺の魔力で動くので飛行範囲も航続距離もほぼ無限である。もちろん不壊だ。しかし万が一何かの理由で飛行不能に陥ったとしても、安全装置が働いて瞬間移動で俺の許に戻ってくる仕様にした。それともう一つ、偶然にも俺はあることを発見していたのである。
操作方法をモナに教えてコントローラーを彼女に渡すと最初はぎこちなかったがすぐに慣れて、思い通りにドローンを操れるようになっていた。この嫁は可愛いだけではなく学習能力も高いようだ。感心していると彼女がモニターを見ながら誰にともなく呟いた。
「これ、なんでしょう……?」
「ん? どれ?」
モナの髪から漂う甘い香りに心地よさを感じながら画面を覗くと、思いがけない光景が広がっていたのである。
「モナ! 急いで魔動車に乗るぞ!」
「は、はい!」
二人とも車内に乗り込んでから、俺は瞬間移動でドローンのカメラに映し出された場所に飛ぶ。そう、行ったことがない場所でもドローンの映像があればそこに瞬間移動することが出来るのだ。これがドローンによって偶然発見したスキルの副産物だった。
「なんとしても姫様をお護りするのだ!」
「命を惜しむな!」
「野郎共聞いたか! あの中にいるのはお姫様らしいぞ!」
「ヒャッハー!」
「女以外は全員殺せーっ!」
「ヒャッハー!」
馬車の周りを固めている騎士は十人ほどだが、死体は優に二十を超えていた。モナがドローンを飛ばして見つけたのは盗賊の襲撃現場だったのである。ヤツらが盗賊であることは鑑定眼で確認した。
盗賊は五十人ほどだが、彼らには死者も負傷者もいない。おそらく治癒魔法を使える者がいるのだろう。これほどの規模の盗賊がいるとは、正直驚きしかなかった。
「モナ、魔動車から出るなよ。助けてくる」
「はい!」
俺は瞬間移動でつばぜり合いをしていた騎士と盗賊の間に入り盗賊を蹴り飛ばした。騎士は何が起こったのか分からず呆然としていたが、自分が助けられたことだけは分かったらしい。
「か、感謝する!」
「助太刀だ!」
一方の盗賊たちも突然現れた俺の姿に動揺を隠せないようだ。そこで俺は念話でポチを呼び、彼らの頭上から降り立つことを命じる。これで何人かは下敷きになるだろう。
「ど、ドラゴン!?」
「ひぎゃーっ!」
「ぐぶぇっ!」
「足! 俺の足!」
「腕がぁっ!」
凄惨な光景だった。ポチに頭や全身を潰されて即死した者の方が幸いだったかも知れない。腕や足を踏み潰されるだけで命がある者は苦痛に泣き叫んでいる。また、被害に遭わなかった者も突然現れたドラゴンに恐れ戦き、腰を抜かしたり失禁したりしていた。
「な、何故ドラゴンが……」
「おしまいだ……」
「諦めるな! 命に代えても姫様にだけはお逃げ頂くのだ!」
「姫様! 姫様ドラゴンです! 馬車から出てお逃げ下さい!」
キャビンの扉が開いて女性が顔を出す。その大きな瞳がポチの姿を捉え、絶望のあまり一瞬にして血の気を失っていた。
「エリス殿下! 我々が時間を稼ぎます! その隙に何とか逃げ延びて下さい!」
「シェリダン卿、アニストン伯爵家の忠義は永く王国に語り継がれることでしょう」
「さ、お早く、殿下!」
手を取られ、馬車から降りる王女様の瞳に涙が光っている。なんか言い辛いなあ。ま、仕方ないか。
「えーと、盛り上がっているところを申し訳ないのですが……」
「シェリダン卿、こちらの方は?」
「助太刀殿です」
「まあ!」
助太刀殿ってなんだよ。
シェリダンと呼ばれた騎士はヘルムを被っているせいで目元しか見えないが、切れ長の蒼い瞳に金色の太い眉からすると、けっこうなイケメンではないかと思われる。
一方のお姫様だが前に王様が三人いる姫の内、末のエリス様は俺と同じ十七歳で、器量も申し分ないと言っていたが確かに可愛い。
肩より少し下くらいの長さのライトパープルの髪はサラサラ。輪郭がきれいな卵形で、肌も透き通るような白さだ。何より細い眉の下のクリっとしたブラウンの瞳が愛らしさを際立たせている。
うーん、王族でなければ仲良くなりたいとは思うけど、モナとコレッタたちのことを考えるともう女の子は十分かな。
「助太刀殿、この度の貴殿の助力に感謝する。ドラゴンを足止めせねばならぬ故もはや恩を返すことは叶わぬが、姫様を連れて逃げてはもらえぬか」
「えーと、その……」
「私はシュロトヘイム王国第三王女のエリス・シュロトヘイムと申します。ですが身分を気にする必要はありませんわ」
「いや、ですから……」
「無事に生き延びることが出来ましたら褒美は思うがままです」
「えっと、とりあえず聞いて下さい!」
「なんでしょう? ですが悠長なことはしてられませんわ! 早く逃げませんと!」
悠長にお喋りしてるのはアンタらだろうが!
「大丈夫ですから少し落ち着いて下さい!」
「はい?」
「あのドラゴンは俺の従魔なんです!」
「は、はえ?」
「ど、ドラゴンが従魔ぁ!?」
ポチを見て卒倒しないのはさすがに騎士といったところか。
「確か盗賊は殺しても罪にならないんですよなね?」
「え? ええ……」
「よし。ポチ!」
「主、あれやっていいですか?」
「ど、ドラゴンが喋ったぁ!?」
騎士さん、もうその行はいいよ。
「そりゃ喋るだろ。人間なんかよりずっと知能が高いんだから」
「そ、そうか……うん、そうだよな、うん」
「いいですか主? あれやっていいですか?」
「いや、今回は必要ない」
「えー、やりたかったのにぃ」
「ポチ」
「主……」
「問答は無用だ! 食らい尽くせ!」
次の瞬間、ポチの咆哮が辺りの空気を震わせた。
盗賊共の怒号と悲鳴が響き渡る。それはやがて絶望の嘆きと変わり、騎士たちが唖然とする中、盗賊は一人残らずポチに食い殺されていた。
HPは人間の十億倍以上、その他のステータスも同様のドラゴンに対し人が抗えるはずもない。彼らの死の間際の恐怖は如何ほどのものだっただろう。
しかし盗賊の末路としてはある意味おあつらえ向きかも知れない。これまで多くの罪もない人々に与えてきた恐怖や絶望を、その身に感じながら死ねたのだから。
「主、人間はマズい。ラウドスネークで口直しさせてくれませんか?」
「いいぞ。ほら」
数匹のラウドスネークの死体をアイテムボックスから出してやると、それを食らって満足そうにしていたのでキパラ大森林に帰るように命じたのだった。




