第三十二話 歓待の
「バカな!」
「な、なんだこれは!?」
「水の上を走っているだと!?」
わざわざ湖を迂回する必要もなかったので、ポップアップルーフを畳んだ屋根に三人の森エルフを乗せてドーグ村に向かうことにした。俺の魔動車は水面からも浮くことが出来るのである。
そうしてしばらく進むと、畔でこちらに弓矢を向けている集団の姿があった。
「待て待て! これは魔物ではない!」
「ぽ、ポントゥスか!?」
「そうだ! 弓を引っ込めろ!」
それでも警戒して数歩下がった森エルフたちの前に魔動車を停める。ポントゥスら三人がこれまでのことを説明すると、どうやら納得してもらえたようだ。俺が彼らと言葉を交わせたことが大きかったらしい。
「レン、大丈夫だ。降りてきてくれ」
「あ、少し待っててもらえるか? すぐに降りる」
「構わんぞ」
俺は瞬間移動でキパラ大森林に飛んだ。念話でポチにイートンを何頭か狩っておくよう頼んでおいたのである。わずかな時間しかなかったのに、二頭も狩ってくれていたのには驚いたよ。
アイテムボックスに収納して解体まで済ませてからモナの待つ車内に戻る。そして彼女を連れて魔動車から降りると、森エルフたちの先導で俺とモナはドーグ村に到着した。
「レン、まずは村長のウルリッヒに会ってくれ」
「分かった」
「その間に魔動車を見せてもらえないか?」
「悪いがそれは出来ない。あれは俺の秘密の塊だからな」
「そうか」
「一応警告しておくが破壊は不可能だし、そんなことをしたら即敵対したとして報復するからそのつもりでいてくれ」
「わ、分かった」
「ポントゥス! 何故こんな人族に言わせておいたままなんだ?」
「やめろコニー、俺の直感がレンに逆らったら無事では済まないと告げている」
「へっ! そんなことだから皆から弱気だとバカにされるんだよ! そっちの女ならいいよな!」
コニーと呼ばれた森エルフが突然弓を構えるとモナに向けて矢を放った。それはほんの一瞬の出来事だったが、俺はリフレクションの魔法で矢を跳ね返す。矢は反転しコニーの首に突き刺さっていた。
「ぐえっ!」
「コニー!?」
「モナ、大丈夫か?」
「はい。レンさんを信じてますから」
目の前で起こった無残な出来事に少々青ざめてはいたが、俺の袖をギュッと握りしめてモナは笑顔を返してくれた。ポントゥスたち最初の三人以外の周囲にいた森エルフが一斉に弓を構える。
「ポントゥス、止めさせないと村を滅ぼすぞ」
「や、やめろお前たち! 今のはコニーが悪い!」
「しかしコニーは殺されたんだぞ!」
「コニーはこちらのお嬢さんを殺すつもりで矢を射った。殺されても文句は言えないはずだ!」
「殺したのはその女ではないだろう!」
「なら誰が殺したと言うんだ!? 俺はお嬢さんはもちろんだがレン殿も動いたところを見ていないぞ!」
「そ、それは……」
「敵対したら報復すると警告したはずだ」
「ではやはり貴様がコニーを!?」
「そのコニーとやらは俺ではなくモナを狙った。俺の愛する非力なモナをだ。三つ数えてやる。村を滅ぼされたくなければその間に弓を下ろせ。ただの脅しだと思うなよ! いーち、にー」
「皆、弓を下ろすんだ! 早く!」
「さーん。よし、下ろしたな。次がないように俺がハッタリを噛ましたわけではないことを教えてやる」
念話でポチを呼ぶと即座に瞬間移動でドラゴンの巨体が姿を現す。森エルフたちは恐れ戦き、尻餅をついて中には失禁してしまう者もいた。
「ど、どどど……」
「ドラゴン!?」
「コイツは俺の従魔だ。ポチ、いつものやつ言ってやれ」
「よいのですか、主?」
「しゃ、しゃべった……?」
「構わん」
「矮小なる人間……森エルフか。何やら我が主を怒らせたようだが滅びたいならそう申すがよい」
「「「「ひぇーっ!」」」」
十分に脅かしたところでポチを帰らせ、俺とモナは村長の家に招かれた。
「人族の客人、我が村のコニーが迷惑をかけたようじゃな。すまんことをした」
「敵対すれば容赦はしない。友好的ならこちらも最大限の敬意を払う。だがあの男は卑劣にも戦う術を持たないモナに向けて矢を放った。許し難いぞ、村長」
「貴様、村長に向かって……」
「よしなさい。イチジョウ殿の言われることはもっともじゃ。して、我々はどうすればいい?」
「これが国と国とのことなら戦争だ。そしてお前たちは敗戦国で俺は戦勝国。敗戦国は戦勝国に対し賠償する必要がある」
「じゃが我々は金を持っとらんぞ」
「金なんかいらんさ。最初にポントゥスが言ったように俺とモナをもてなせ。ただし、俺に反感を抱いているソイツらの同席は認めん」
「なっ!?」
「ふざけるな!」
「よせと言うておろう! もてなすとは具体的にどうもてなせばよいのじゃ?」
「肉は不足しているらしいが酒と魚はあるそうじゃないか」
「宴会を開けということか!」
「足りない肉はこちらで用意した」
俺はアイテムボックスからイートンの肉の一部を取り出して村長の目の前に置いた。
「これは?」
「イートンの肉。天然物だ。二頭分ある」
「イートンの肉だと!?」
「最初はポントゥスたちが友好的だったんでな。手ぶらでは悪いと思ってさっきのポチ、ドラゴンに狩らせたんだ」
「バカな! この前王都で見たが、天然物は品不足とかで一頭に金貨五枚の値が付いていたぞ!」
そんなに値上がっているのか。なら後でポチに狩ってもらうとしよう。
「さっきも言った通り、俺に反感を持っているヤツに食わせる義理はない。村長、ソイツらには絶対に食わせるなよ」
「承知した」
「村長ぉ〜」
「身の程を弁えぬお前たちの身から出た錆じゃろう」
「そんなぁ」
「ポントゥス、宴じゃ! 今宵は天然物のイートン肉がある! 盛大に盛り上がろうではないか! イチジョウ殿、奥方殿、改めて歓迎する。ドーグ村へようこそ!」
「恩に着る」
「村長ぉ〜」
その後、主に村の女たちが食材を調理し、俺とモナの歓待の宴が盛大に催された。むろん俺に反抗的だった者たちはこの宴への参加は禁止だ。彼らは天然物のイートンの肉が消えていくのを、ただじっと指をくわえて見ているしかなかった。
「イチジョウ殿、奥方殿、今宵はぜひ村に泊まって行かれなせ。寝床を用意しよう」
「それには及ばんよ。俺たちはあの中で寝る。あそこが一番安全だからな」
「帰ってしまうのか?」
「いや、酒が入っているからあのまま停めさせてくれると助かる。飲酒運転は厳禁なんだ」
「いんしゅうんてん? よく分からんが、あの中が一番安全と言うなら好きにしてくれ」
それからもしばらく宴は続き、辺りが真っ暗になったところで俺とモナはキャンピングカー魔動車に戻るのだった。




