第三十一話 ドーグ村に
夏の暑さも緩み始めた秋、俺はモナと二人で森の中に佇む湖の畔を訪れていた。モナがどこかに遊びに行きたいと言うので、三日間の休みを取ってもらったのだ。湖は王都からキパラ大森林方面に馬車で一日の距離にある、宿場町フラニティとのちょうど中間地点にあった。
フラニティに泊まってもよかったが、魔動車を安易に人の目に触れさせるわけにもいかない。それに他人に気を遣いながらだと気が休まらないし、モナと心ゆくまでイチャイチャしたいというのもあった。
実はこの日のために俺はもう一台魔動車を造ったのである。キャンピングカータイプなのでコレッタたちにはかなり大きすぎるが、俺が運転する分にはちょうどいい。
寝室はマットレスが敷いてあって寝心地も最高。上部はポップアップルーフになっておりそちらでも寝られる。キッチンにトイレ、浴槽まで備えているので、食糧さえあれば何日でも生活することが可能だ。水は俺の魔法でタンクに給水する。魔物が近づくと警報を鳴らす装置は新たに設置した。
もちろん不壊や地上から二十センチくらい浮いて走行する仕様は他の魔動車と同じだ。最高時速は王様に献上した物と変わらず百五十キロである。同じものを造る予定はないとは言ったが、これは似て非なる魔動車なので嘘は言ってない。言ってないよな。
「いい景色ですね」
「偶然見つけた場所なんだけど、街道からは逸れてるので知られていないようなんだ」
何のことはない。ドローンを飛ばして探し出したのだ。偶然見つけたなんて、モナに対する格好つけである。男の子は好きな女の子に格好つけたいものなんだよ。中身四十過ぎのオッサンが何言ってるだと? ほっとけ。
「仕事は慣れた?」
「さすがに慣れました。でもまだまだ絡んでくる冒険者様はいますね。イチジョウの刺繍を見ると顔を引きつらせて逃げていきますけど」
「俺の名が役に立ってるならよかった」
「私に向かってイチジョウを名乗った人もいました」
「ニセモノが現れたのか? 許せんな」
「通報してすぐに取り押さえられましたけどね。今やイチジョウの名を騙るのは貴族を騙るのと同じですから、あの方はきっと首を刎ねられたと思いますよ」
「そ、そうなんだ」
貴族と同じ扱いなのは、きっとあの王様のせいだと思う。騙りは鑑定眼によって暴かれるので冤罪はほとんどないらしい。つまり間違えて俺が捕まったりはしないということだ。
「そろそろお昼を作りますね」
「悪いな。頼むよ」
「任せて下さい」
決して広いとは言えないキッチンだが、料理には困らないように一通りの調理器具を揃えてある。メニューは養殖イートンの肉と野菜の炒めにスープ、それと王都を出る前に市場で買ったパンだ。
「ポップアップルーフに登って食べようか」
「はい」
後ろ側が上がる形で開いたポップアップルーフの天井はサンルーフになっていて、カバーをスライドさせると空が見える。星空を眺めながら寝られるわけだ。また横と後ろの部分は窓のように開くことも可能で、俺たちは湖を眺めながら食事を楽しむことにした。
ちなみに天然イートンの味を知っているので養殖はどうかと思ったが、さすが俺の嫁と言わざるを得ない味付けに大満足だった。きっと愛情スパイスもバッチリ効いていたのだろう。
「レンさん、あれ何でしょう?」
食事を終えてまったりしていると、モナが後方を指さした。その先にはいくつかの人影のような物が近づいてきているのが分かる。
「人型の魔物か?」
よくあるゴブリンとかそれ系の魔物だろうか。しかし警報が鳴らないところを見ると、もしかしたら近くの集落か何かの住人なのかも知れない。ところが十分に視認できるところまで近づくと、モナが驚いたような声を上げた。
「あれ、森エルフです! 危険です。窓を閉めて下さい!」
窓を閉めるとは言ってもカバーを戻すだけだ。柔らかい生地に見えるがそこにも不壊の魔法がかけてあるから、攻撃されてもビクともしない。それよりも俺には気になることがあった。
「森エルフって、元々エルフは森の住人なんじゃないのか?」
「普通のエルフは人や他の種族と同じように暮らしています。森の住人というわけではありません」
「じゃ、森エルフってのは?」
「普通じゃないエルフです。言葉は通じませんし狩猟民族なので好戦的なんです」
「なるほど。ならモナは下に降りていてくれ」
「れ、レンさんはどうされるんですか!?」
「ちょっと話してみようと思う。攻撃されたらやり返すけどな」
「あ、何か叫んでます。レンさん、逃げましょう!」
「大丈夫だから下に行ってて」
モナが下に避難したのを確認して、俺は彼らの呼びかけに応じることにした。彼女には分からなかったようだが、俺には惑星ジース全域で通用する翻訳のスキルがある。つまり彼らの言葉が通じるということだ。
「得体の知れないお前は何者か!?」
そう叫んでいたのである。
「何者かと尋ねる前に自分たちが何者なのか言え!」
「なっ!? 見たところ人族のようだがこちらの言葉が分かるのか!?」
「何者なのか言え!」
「あ、ああ、そうだな。我々は森エルフと呼ばれている種族だ。そちらは人族で間違いないか?」
すぐ傍まで近寄ってきた森エルフは三人。キャンピングカーを物珍しそうに眺めている。俺が物語などで得たエルフの姿と違い、彼らの耳は人間より少し上に向かって尖っている程度だった。そういう耳の形だと言われてしまえば、人族と見分けがつかないかも知れない。
「間違いない」
「これは何だ? 人族が使う馬車とは違うようだが」
「魔動車と言う。魔力で動く」
「魔動車? 聞いたことがないな」
「王都にあるのはこれも含めて三台だけだからな。それもごく最近だ」
「そうか。なら我々が知らないのは当然だな。ところで貴様はここで何をしている」
「のんびり休暇を楽しんでいるだけだ」
「休暇だと? 湖を汚しに来たわけではないのか?」
「そんな意図はない」
「先ほど人影が二つ見えたがもう一人はどうした?」
「下に避難している」
「我々を恐れてか?」
「お前たちが好戦的だと聞いたからな」
「言葉が通じる相手ならむやみに攻撃はせん」
「悪いが彼女にはお前たちの言葉は通じないぞ」
「アンタと話せれば問題ない」
「ちょっと待ってろ。下に降りる」
「分かった」
間もなく俺は下に降りて車外で三人と対面した。彼らはポントゥス、イングヴァル、ヨハンネスという名で、湖の向こう側にあるドーグという村に住んでいるそうだ。この湖の名前もドーグというらしい。
「で、このキャンピングカーを魔物か何かと勘違いしたってわけか」
「我々の村を脅かす存在なら倒さねばならんからな」
「さっきも言った通り、俺たちは休暇を楽しんでいるだけだ。ここはお前たちの土地ではないはずだから去れと言われても去らんし、力ずくで追い出すと言うなら相手になるぞ」
「待て待て、レンは我々のことを好戦的と言ったが、アンタの方がよっぽど好戦的じゃないか」
「こっちは休暇を邪魔されたんだ。これでも怒っているんだよ」
「まあ聞け。休暇を邪魔したのは悪かった。どうだろう、その怒りは我々の村に招待してもてなすということで収めてはもらえんか?」
「うん? 村に招待だと?」
「五十人程度の小さな村だが酒も魚もあるぞ。肉は不足しているので満足には出せんかも知れんが」
「ちょっと待っててくれ」
俺は一度車内に戻り、これまでのやり取りをモナに伝えた。彼女は俺が彼らと会話していたことに驚いていたが、招待は受けても構わないそうだ。何があっても俺が守ると言った影響が大きいと思う。
そんなわけで俺たちは森エルフの誘いにより、ドーグ村に向かうことになったのである。




