第三十話 学校に
「主様、こちらが妻のマルティナ、それに息子のオリヤンとペールです。お前たち、このお方が私とこの屋敷の主でレン・イチジョウ様だ」
オリヤンは十歳、ペールは八歳とのことだ。
「レン・イチジョウです。よくギルバートの許に戻ってくれました」
「この度は主人を買って下さったばかりか、このような立派なお屋敷に住まわせて頂けると聞きました。本当にありがとうございます。ほら、お前たちもご挨拶なさい」
「お、オリヤンです。初めまして」
「ペールです。ありがとうございます」
「二階の一番奥の部屋は俺が使います。すみませんがその部屋は俺とギルバート以外立ち入り禁止とさせて下さい」
「分かりました。お前たちもいいわね」
「何があるの?」
「これ、ペール!」
「ベッドがあるだけで何もないさ。今なら見てきてもいいぞ」
「ホント? お兄ちゃん、行こう!」
「おう!」
「よろしいのですか?」
「今はね。本当にベッドくらいしかありませんから」
それから俺はマルティナさんにこれまでのことを聞かせてもらった。
ギルバートとの縁切りは本意ではなかったが、一緒に奴隷に落とされると家族が散り散りになってしまうのは避けられないということで同意したそうだ。しばらくは蓄えもあったし、貴族の不興を買ったギルバートと別れたのが功を奏し、別の下級貴族家で働くことが出来たとのこと。
ただその貴族様もあまり裕福ではなく、一カ月ほど前にわずかな退職金を渡されて辞めなくてはならなくなったと言う。子供たちはこれまで畑仕事などやったことがなく、どこにも雇ってもらえなかった。途方に暮れていたところで捜索依頼を受けた冒険者に発見されたのである。
「本当に夢かと思いました」
「マルティナ、苦労をかけたな」
「いいえ。陥れられたあなたに比べたら私の苦労なんて……」
「ギルバート、二人の子供はどうするんだ? 学校にでも通わせるか?」
「いえ、そのような余裕は私たちには……」
「金の心配ならするな」
「ですが妻と息子を探し当ててくれた冒険者に支払う報酬も立て替えて頂いておりますので……」
「そっちはそっち。学校に行かせるのは俺の先行投資だと思ってくれればいい」
「先行投資、ですか?」
「うん。学費は返さなくていい代わりに、卒業したら俺の許で働いてもらうから」
「そういうことでしたら」
「二人には話しておいてくれ。あと学校ではイチジョウ姓を名乗るといい」
実はエアコン木箱が普及したお陰で、内緒にしていたつもりだったが王都ではイチジョウの家名が有名になっていたのである。
貴族でもないのにイチジョウ家の者だと分かると、市場などではとても親切にしてもらえるのだとコレッタも言っていた。それを聞いて彼女たちのメイド服には、胸のところにあまり目立たないようにではあるがイチジョウの名を刺繍させたのである。
モナもギルドの制服に同じように刺繍したところ、柄の悪い冒険者から絡まれることが驚くほど減ったそうだ。
当然何かにあやかろうとする輩も湧いていたが、優秀な執事のエルンストとギルバートが俺に通すわけがない。コレッタたちに取り入ろうにも今はマシューとレイダーがガッチリ護衛してくれているので、不届き者が付け入る隙はなかった。
ところで俺はこの国の学校制度について知識がなかったのでモナに聞いてみることにした。
「王都には学校が二つあります。一つは貴族の子供だけが通える貴族院。もう一つは貴族を含めた誰でも通える普通院です」
「年齢制限とかはあるのか?」
「どちらも初等から高等まであり五歳以上なら入れます。普通院は大人になってから読み書き計算を習うために入学する人もいますよ」
「基礎から教えてくれるわけか」
大人でも初等から始める人がいるならオリヤンとペールの年齢でも問題ないだろう。ちなみにコレッタたち八人の奴隷は奴隷商グライムスの館で読み書き計算を習っていた。
「入学試験とかは?」
「初等はありません。元々読み書き計算が出来るようになることが目的ですから。中等と高等は試験があります」
「えっ!? 誰でも入れるなら凄い人数になるんじゃないの?」
「そうでもありません。学費はそれなりにかかりますし、五歳以上の子供は働き手でもありますから」
「読み書き計算よりまずは生活ってことか」
「はい」
豊かな生活を送りたいなら教育は必須だと思うが、それがこの世界の常識なら俺がとやかく言うことではないだろう。
「入学はいつ出来るんだ?」
「初等は随時です。中等と高等は十月ですね」
「初等では何年くらい学ぶ?」
「だいたい二年が目安ですが、それより早く中等に上がる子もいますし遅い子もいます。初等だけで中等に上がらない子もいれば卒業試験で落第してそのまま辞めてしまう子もいますので、一概には何とも言えませんね。学費が払えなくなって辞める子もいますし」
読み書き計算と言っても日本のように平仮名カタカナ漢字があるわけではないし、計算も足し算と引き算だけならそのくらいの期間で十分か。掛け算や割り算は中等で習うそうだ。それ以上の複雑な計算、例えば速度などを学ぶのは高等の専門課程らしい。
出来ればオリヤンとペールには少なくとも中等まではがんばってほしいと思う。もちろん落第なんて論外だし落ちこぼれてやる気を失われても困る。状況によっては家庭教師も付けることを視野に入れておこう。
あとは本人たちの気持ち次第だったが、どうやら学校に通えるかも知れないと分かって嬉しくて仕方がないようだ。普通院までは第一拠点の屋敷から徒歩で十分ほど。この距離なら送迎は必要ないだろう。
校舎自体は貴族院と隣接しているが、入り口はそれぞれ一ヘクタールほどの広さの校庭の正反対の場所にあるため、基本的に両者が交わることはない。封建社会ならではの配慮なのかも知れないな。
翌日、早速俺はオリヤンとペール、それに母親のマルティナを伴って普通院の入学手続きに訪れた。
「オリヤン・イチジョウさんとペール・イチジョウさんですね……い、イチジョウ!?」
「俺がレン・イチジョウだ」
身分証明のためにギルドカードを見せると、受付のちょっとダンディな男性は立ち上がって腰を折る。
「ま、まさかあのイチジョウ様とは知らずご無礼致しました!」
「何も無礼なことなどされてないから手続きを進めてくれ」
「はっ! あの、イチジョウ家の方が何故こちらの普通院に?」
「うん? 俺は貴族ではないからだが?」
「ご身分は確かにそうかも知れませんが、国王陛下の覚えめでたきイチジョウ家の方でしたら貴族院でも問題なく入学出来ると思いますよ。ご威光を考えれば平民と蔑まれることもないでしょう。むしろそんなことをすればその貴族家はお取り潰しになるかも知れませんし」
「いや、普通院でいい。オリヤンもペールもそれでいいよな?」
「「はい!」」
「かしこまりました。ではこちらにご記入をお願い致します」
マルティナは夫のギルバートが貴族家に仕えていた関係で読み書きと簡単な計算は問題ないそうだ。二人の入学申請は彼女が書くことになった。
入学金は一人金貨一枚。他に学校で使う筆記用具など諸々が支給されるため、それにかかる費用として金貨一枚の合わせて二枚が必要とのこと。これは家が見栄を張って分不相応な備品などを子供に持たせないために統一しているのだとか。
それにしては入学金が金貨一枚というのは高いような気もするが、学校の方針ならば従うしかない。俺は二人分の金貨四枚を支払って入学手続きを終えた。
通学は学校側の準備があるということで、翌週の月曜日からとなった。今日が月曜日だからちょうど一週間後だ。オリヤンもペールも楽しみで仕方がないといった様子である。
がんばって勉強して、一日も早くイチジョウ家の戦力となってもらいたいものだ。
——あとがき——
次回はキャラ紹介入れます。
本編は進行しないので、読み飛ばして頂いて大丈夫です。
本日19時過ぎくらいに公開します。




