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星を追う者たち  作者: 矢口
第七章 愛に生まれ、殺戮に育つのは『世界』
99/222

98:★軍人の様々な悩み

 三月二六日、フェリシア


 結局、トガを中心として東西一千キロの範疇に尾根越えのルートは見つからなかった。

 池間としては落胆したが不幸中の幸いも無かった訳ではない。


 トガから東、一千八百キロ地点。

 つまりアトシラシカ山脈の北端から約八十キロ地点に、程よいルートが見つかった。

 そして、そこから山を降った距離にして同じく八十キロ程の地点に、これまた丁度良い鉱山があったのだ。


 そう、シナンガルは新しい金属の開発に血眼になっているという。

 仕掛けを行うのは其処しかない。成功率も高いと見た。


 だが遂に四月は迫った。

 今日、今、この瞬間にあの麻畑から多数の兵士が現れてもおかしくはない。

 シエネ城塞の五万の兵士は元より、デフォート城塞にも緊張感が漂っていた。

 今までとは違う『竜の存在』

 これが鉄壁のデフォート城塞を無効な存在にしてしまう可能性が高いと考えているのだ。


 (もっと)もフェリシア兵と違い池間を始めとした地球軍はその点については全く心配しては居ない。


 まず、商人を中心としたスパイ網からシナンガルの竜は確実に南部の竜とは違う事は明確だ。

 確かに、体長二十メートルは有る様だ。だが其れだけである。

 魔力を(まと)った竜など見た事も聴いた事もないという。

 実際目にした者も複数居り、証言は一致する。

 南部に現れている、砲弾も弾き返す竜とは比べものにならない弱さと見て良いだろう。


 (もっと)もシナンガルの竜が南部戦線の竜の様に育てば育成要塞に生きた人間など存在しようがないのだから、当然ではある。


 また、その『竜』に対応できる此方(こちら)の兵器の充実度合いを考えれば、指揮官が必要以上の恐れを抱いて兵を萎縮させる必要も無い事であった。

『敵を正しく恐れつつ、弱点を探り準備を固めて戦意を高める』

 実戦指揮官最高位としての仕事の基礎を池間は怠らない。


 ヘリは南部戦線から直ぐには動けないが、固定翼機であるF-3Dが常時六機は待機している。

 また射程・射高それぞれに最低八千メートルある自走式の高射砲を二十台は準備した。 

 いずれにも当たるを幸いに“なぎ倒す”様に命令を下してある。


 山岳地帯でない平野部上空を飛ぶシナンガルの竜など(かも)撃ちも同じである。


 更に高度三千メートル迄の射高を持つSAMと呼ばれる短距離ミサイル高射砲群がデフォート城塞頭頂部には充分な数を持って備えている。

 射程は最大十四キロメートル。一発の榴弾が爆発した場合の有効殺傷半径は約二百メートル。

「竜の数が多ければ多い程有り難い」と豪語する高射砲特科兵も多い。

 此等(これら)が対空レーダーとリンクして最大八千発の砲弾を半日で撃ち尽くす予定である。


 デフォート城塞に近付くどころか、竜が地平線から上に姿を現した時点で『全てが、終わる』

 万が一撃ち漏らしがあれば、予備のAH-2Sが一機発進するだけである。


 問題が在るならば地上であろう。

 あの麻畑がどうにも気に掛かるのだ。

 

 巧達の国は四十年以上前に批准した『対人地雷禁止条約』の為、国防軍にそれらの装備は一切無い。

 また、小型多数に分裂する対人爆弾『クラスター』も全面的にという訳ではないが二〇〇八年以来禁止されている。

 つまり、母国で言うならば、相手が銃器を持った多数の兵士である場合、其の対応は大幅に遅れる事になる。

 先に武装難民の海岸線への上陸を軽々と許したのも、それが一因と言える。

 この地でもそれは同じだ。

 対人地雷は結局、国内生産もされて居らず、アメリカ南北戦争の影響もあって全く入手できなかった。

 クラスターは国内配備が優先で、フェリシアには一発も回せない、と言う。


 一応に榴弾は高射砲弾同様いくらでも有る。

 だが、兵数に物を言わされた場合、どうなる。


 榴弾砲などで一度に対応できる兵は密集していたとして『百』も行けば上出来であろう。

 詰まりは其処が限界だ。

 この世界の戦闘における物量戦の方法で数十万が一気に襲いかかってきた場合、残念ながら“対応は絶対に不可能”だと言い切れてしまうのだ。

 まるで、海峡を突破する大陸武装難民の群れそのものである。


 違いがあるとすれば此方(こちら)は本国の長い海岸線と違い、たった五キロの防衛線だと云う事であろうか。

 余裕があるように感じる国防軍兵士も多い。

 だが違うのだ。

 ()れだからこそ『厚み』を持って襲いかかられた場合は絶対に持たない。


 一応に今までと同じで『ライン』、即ち『国境河川』がそれを許しはしまい。

 渡河の段階で、各個撃破は充分に可能だ。

 またシエネから北のライン山脈の結界はこれまた陸上兵力の進入を許さない。


 しかし、それでも池間には嫌な予感しかしない。

 結局、此処に現れる敵兵は国防軍やフェリシア主兵力を引きつける為の囮である。

 それは分かっている。

 だが、それでも此処から主力を引き上げ北に廻す事は出来ない。


 この地点の防衛戦が薄くなれば、囮は『本隊』へと変貌(へんぼう)を遂げるからだ。

 つまり城塞側と山脈側の“どちらも囮”であり、“どちらも本隊”と言える。



 本国にはこれ以上の応援は求められない。

 いよいよ大陸の動向が怪しいとの情報が錯綜(さくそう)している。

 衛星写真では、北の港に集まった船舶の数は三年前の比ではなく、数千を数えると聞く。

 アメリカ南北戦争の隙を狙い、再び『武装難民事件』が再発する可能性は高い。


 首都の幕僚本部では集結した船舶の数から予想される難民数を百万単位と見込んでいる。

 此処(フェリシア)と状況は全く同じなのだ。


 ならば、本国としてどちらの防衛を優先させるかなど決まり切った事だ。

 この地に於いてはフェリシア軍十四万、国防軍五二五〇名、これで全てを押さえるしか方法はない。



 先だって殉職者二名が出た通り、南部の魔獣は更に強力になった。

 戦車中隊、AS中隊は最早、南部から動く事は出来ないであろう。


 榴弾砲、自走砲がシエネにおける地上戦闘火力の最後の頼りとなる。

 念のために、と山岳地のAS31による第二中隊十二機から三機をシエネ拠りに配備して貰ったが、ラムジェット搭載でASが城塞の向こう側へと飛んで貰った場合、ガトリングガンのみで戦う事になる。


 ガトリング弾の補給路を城塞に設置する計画まで出てきた。

 AS中隊長の相沢が山岳地から降りられぬ為、要塞武官のローク・ブランシェットがその点はよく動いてくれているようで、池間は助かっている。

 ブランシェット千人長は戦術的に柊の弟子と聞いているため実戦に於いても信用できそうであり、池間としては信頼してはいる。


 だが、もしも通信にあった『柊の予測』が本物だとすれば、今上げた全ての火力が無力化される恐れがあるのだ。

 厄介すぎる事態である。

 冗談ごとではなく最後は小銃どころか弓矢で戦う事になりかねない。


『そう在ってくれるなよ』、と願うしかない池間であった。


 今の処、上空をパトロールする二機のF-3Dから異常を知らせる報告は無いと、五十嵐からの定時報告は伝えている。

 

 同じくライン河から向こうの麻畑にも異常は見られない。

 


      ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇



 だが、駐屯地では大きな異常が、いや異常者が発生していた。


「エッルフ~じゃあぁっぁ~! ねえ、あれモノホン? 本物!? 

 お~~! もふもふした()もいるよぉ。 ね、持って帰って良い!?」

 フェリシアの地を踏んだ坂崎昇の興奮の度合いは尋常(じんじょう)なものでは無かった。


 ゴン! と、はっきりと鉄板で殴られた事が分かる音が駐屯地に響き渡る。

 坂崎の頭に手近な場所に置かれていたフェリシア歩兵盾が叩き付けられたのだ。


「ぐぅおおおおおおおおおお!」

「あなたね……。四時間、しっかりレクチャーを受けたはずよね?」

 ヴェレーネの静かな怒りの声が打撃音の反響に(かぶ)さる。


 其の様子を、坂崎の助手に当たる五名の技術者と米谷を中心とした数名の看護士達が頭を抱えて見ていた。


 何とか現地の四月に入る直前に彼らをフェリシアに入れる事には成功した。

 しかし、今後の機材の組み立てや設置を考えるとロケットの発射まで、基礎準備として残り二週間は必要なのだ。

 急がなくてはならないこの時期に主役がこれでは、誰しも頭が痛くなる。


 因みに看護士達は戦場となるシエネに於いて重傷者が出た場合、二兵研付属病院に間に合う迄の応急処置が出来る者を連れてきている。

 米谷紘子(ひろこ)をリーダーとする彼らは単なる看護士ではなく、『救急医療師免許』を持つ者ばかりであり、場合によってはこの地で手術も可能になる。

 此処では地球の医療関連法など全く関係はなく誰でも治療行為は可能だが、出来るだけ技術の高い者に志願して貰ったのだ。


 米谷を始め医療スタッフは病院でフェリシア人と接し続けている為、この世界の人々の外見については免疫があるが、坂崎には初のフェリシア人との接触は刺激が強すぎた様である。


 坂崎を先に病院に見学に連れて行くべきと考えたのだが、現時点では既に医療の必要なフェリシア人は人類種ばかりであった為、それも意味がなかったのだ。


「でも、普通はレクチャー受ければ分かるよねぇ……」

「あれ、大丈夫か? どこかで刺されるぞ」

 米谷の周りの看護士達は坂崎を見てあきれ顔であり、坂崎の部下に当たる技術部の技師達は恥ずかしさで俯いたままである。


 兎も角、一旦彼らは此処(ここ)二手(ふたて)に別れる事になる。

 医療スタッフはシエネ城塞へ。

 実戦が始まれば、城塞内部の待機壕で治療活動を行う事になるからだ。

 まさしく彼女たちは命がけである。

 陸戦条約など無い以上、敵にとっては医療従事者かどうかなど関係のない世界なのだ。


 そのような緊張の中ではあったが医療スタッフは迎えに来た人物を見て、旧交を温める事になる。

 ローク自ら『付属病院のスタッフに礼がしたい』、という事で案内を買って出て来たのだ。

 側に、美しい素顔を取り戻した『ネコ耳少女』のレイティア・ハンゼルカとティーマ・シルティ、そして小妖精(ピクシー)のスプライトも付いてきており、和気藹々とした雰囲気の中、医療スタッフはロークの部下が運転する小型バスで五十キロ離れた城塞まで向かう。



 一方、時間が貴重なものである事を思い出した坂崎もようやっと『まとも』になり、技術陣共々、進行計画書に目を通しながらヴェレーネと共にシエネ議員会館へと向かう車に乗り込んでいった。


 ロケット本体及び各種付属品、搭載衛星、クレーン、ガントリーは既に現地に到着している。

 だが、まずは作戦の確認を行わなくてはならない。

 池間、ハインミュラー等との話し合いから全ては進められていった。


挿絵(By みてみん)


     ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇


 同三月二六日 バルコヌス半島南部沖合


 巧達は現在、修理が完了した輸送艦に乗り組みラキオシア本土から千キロ程離れた洋上を進んでいた。

 地球では輸送艦の修理に意外と時間は必要としなかった。

 外装は、結局殆どが汚れの様なものであり、あっさり綺麗になった。

 但し、塗装は塗り直され現在は隼と同じ国防陸軍独特の海洋緑色である。


 飛行巡航は試験的に数度行ったものの現在は別の目的の為、通常の水上走行で進んでいる。

 しかし、それでも時速は百二十ノット(時速約二百二十キロ)と、船舶に有るまじき速度だ。


「柊少尉、後どれくらいこの速度を保ちますか?」

 山崎が巧を少尉と呼んだのは間違いではない。


 彼らラキオシア派遣分隊は全員が異例とも言える各員一階級の昇進を遂げていた。

 国外における諜報活動、国防における国交安定化への貢献から来るものであり、海賊対処においての叙勲まで受けている。


 最後の海賊対処とはノーゾドにおけるバラカとの一件だ。

 通常なら過剰防衛として問題になりかねないが、現地の実状に従った処理として認められた。

 特に桜田は『諜報三等勲章』、『国防三等勲章』と二つの勲章も合わせて三つの同時叙勲という国防軍始まって以来の快挙を成し遂げている。


 諜報・工作については、

 「アルメット大佐の指揮下に於いてノーゾドにおける工作活動の成功」

 「旧ルース領における砂糖などの流通に関する指摘から『敵兵器F』の発見に繋がった事」

 によって授与された。

 それぞれが四等に当たるであろうが、一つの作戦に置ける行動として等級をひとつ上げて(まと)められ得た様だ。


 また国防三等は『偉大な個人的武勲』、『隊を守る為に特別に勇敢な行動を取った者』に与えられ、先の武装難民事件で二人が叙勲して以来、叙勲者は居なかった。

 女性に授与されるなら最初は救護班員だと思われていたのだが、よもや事務兵員の受賞者がそれに当たるとは誰にとっても予想外の出来事であり、当日の式典も多くの事務兵員が参列し賑わいを見せた。


 国防三等勲章は、現場の兵士に与えられる勲章であり、実務的指揮から得られる一、二等より、遙かに価値が高いと考える兵士も多い。

 規定ではないとは云え、慣例から尉官ですら彼女に対しては敬礼後でなければ話しかけることは出来なくなった。 

 因みに(これ)は、ワームとの闘いからの受勲である。

『最終的なワーム対処の指揮を執ったのは彼女である』と巧が報告したのだ。

 撃破魔獣を記録した証拠のビデオまで有るとなっては、叙任委員会も認めざるを得なかった様である。


 下士官となった彼女は、もう少し浮かれるかと思ったのだが、実は叙勲は兎も角、昇進は断りたかった様だ。

 周りの事務員達があまりにも喜んだ為、断り切れなくなってしまっただけである。


 だが、事はそう単純には済まない。

 下士官ともなれば、下手をすれば直衛の実戦部隊の部下を持つ事になりかねないからである。

 事実彼女には、今後下士官としての教育課程受講義務が生まれている。

 現在は事務兵員であるため実戦指揮の心配はないであろうが、何時、何がどうなるのか分からないのがカグラの現状なのだ。


「勘弁してよぉ! 戦闘指揮なんか出来ないわよ!」

 結局、これが彼女の昇進への感想であった。



 それは兎も角、現在『輸送艦』が海上走行を行っているのは、二つの理由からである。

 一つは“水中に大型魔獣が存在はしないのか”という調査のため微弱なパッシブソナーを発している事。

 もうひとつはコペルとの談話の為である。

 その為、コンソールを(にら)む山崎には暫く現状を維持して貰う様に命令を下す。


 巧はコペルから様々に確認しておかなくてはならない事があった。

 特に今、彼から得たい情報はランセとカレシュの失踪についてである。


 カレシュが無事に戻った事は既に報告を受けている。

 しかし色々と疑問があり、コペルがそれについて知っている事が有るならば情報が欲しいのだ。


「なあ、頼むよコペルさん。あんた知ってるんだろ?」

『知っては居ます。が、今は話せない』

「何故?」


 カレシュは実に不思議な体験をしている。

 ランセは南部に向かい、ビストラント南部大陸のほぼ中央まで飛んだのではないかと思われる。

 思われる、と言うのは、飛行距離や上空から見た大陸の海岸線の形からカレシュが、

「そう思う」

 と語ったからである。


 兎も角、奥地まで飛んだランセは、八体のそれぞれに姿の違う魔獣に対峙し、じっと据わったまま二十日間、互いにぴくりとも動かなかったという。

 カレシュを襲う魔獣も居なかった為、彼女は国防軍支給のサバイバルキットなどを使い二十日を乗り切ったのだと言うが、異様な光景であったと語る。


 魔力を失ったカレシュですら、その力を理解できる程に圧力の有った『小型・緑銀のハティウルフ』は、見た事がない内には入らないのであろうが、その他は先だっての『八岐大蛇』、そして八メートルを越える『岩の騎士』、背中に大きな角を数十本も背負った『地竜』など異形なものばかりであり、数は全部で八体。

 そのうちの一体などは驚くことに『人』であった、と信じるには難しい報告までしている。


 それらがランセと向き合ったまま“うなり声”ひとつ上げるでもなく、唯、見つめ合って居ただけ。

 多分、彼らは声に頼らぬ会話を行っていたのであろうが、カレシュには全く掴めなかったと済まなさそうに詫びた。

 実はカレシュはその中の『人』に興味を持ち、近付こうとした事もあったが、ランセに止められたようだ。

 尤もそれ以前に、相手から強烈な『殺意』を飛ばされて、動けなくなってしまったそうで、近付くどころでは無かったそうだが。


 またランセが身動きしたのは二十日の内その時だけだったとも言う。

 カレシュが怯えた事でランセは初めて『怒り』の感情を発し、『人』はそれに対して明確にランセに対する(おそ)れを示したという。


 つまりランセは、別段に彼らに対して不利な立場に居た訳ではないようだ。

 彼らには彼らのルールがあり、ランセはそれに従って動いたと考えられる。


 確かにカレシュは無事に帰ってきた。 

 しかし、その経緯は未だ明確ではない。

 これはシナンガル軍が迫る現在、好ましい事ではないのだ。


 何故か!


 巧が今、最も恐れている二つの事に当て(はま)るからだ。

 巧が恐れる二つの事とは、『戦場の霧』と『兵力の遊兵(ゆうへい)化』である。


 先にも語ったが、どの様に作戦を立てても戦場では何が起きるか分からない。

此を指して『戦場の霧』という。


“孫武”即ち“孫子”はこれを、『夫兵者、非恃恒勢也』、

(それ)兵は、恒勢(こうせい)(たの)むに(あらざる)なり、と言った。


 要は、“状況は(つね)に変化するものだ、それを前提として動け”、と言っている訳である。

 だが、予想される変化なら良い、クラウゼヴィッツの言う処の『戦場の霧』つまり、全く予想外の変化だったならどうする。

 矛盾する様だが、先の言葉を発した孫子自身が、『勝つ為には相手が思いも寄らない事をやれ』、即ち「戦場の霧を自ら作り出せ」と言っているのだ。


 結局、孫子も結論として『戦争は全く予想が付かないからやらないに越した事はない』

 と、その記述の初っぱなから言っている。


 戦争の神様ですら自分の言葉は矛盾していると認めた様なものだ。

 しかし、意味としては『それほどに(いくさ)は恐ろしい』と語っている訳で、巧が『更なる先の見え無さ』を恐れるのも当然なのである。


 巧が恐れている”もうひとつの現実”は、例の『麻畑』である。

 あれは、『勝つ』為の準備である事は間違いない。

 例えば、あの麻畑に何の意味もなかったとしよう。

 それでもシエネの主力である砲兵大隊は其の何の意味もない麻畑に照準を合わせ続け、戦闘が終了するまで全く動けない、と云う事にも成りかねない。

 此が兵力の『遊兵化』であり、『遊軍』とも言う。


 意味が無ければ必ず使えない訳でも無い。

 意味がないから使える事もあり得るのだ。


 何にせよ、準備をきちんとする敵程恐ろしいものは無い。

『勝ち(やす)きに勝つ』事を知っていると云う事だからだ。


『勝ち易きに勝つ』とは、勝ちやすい敵、つまり「弱い相手を狙う」と言う意味ではない。

 準備を万端にして、戦闘が始まった時点では既に勝敗が決している状況を作り出す事である。


 受験勉強もせずに『当日頑張る!』という人間が居たなら、『此奴(こいつ)は阿呆だ』と誰でも言うだろう。

 戦争も同じだ。

『第一撃が撃たれた瞬間には既に全てが終わっている』

 此が最も望ましい。

 その為には政治と軍事の一体化が切り離せないが、その事について話せば長くなる為、今は置く。


 兎も角、巧は旧ルース領に進入して得た情報から、シナンガル軍の『侵攻準備』の徹底に恐れを抱いている。

 これ以上の不確定要素は御免だ。

 何としても、コペルの口を割らせたい。


 だが、彼の口は固い。

『ランセを含めて、其の会合に関連する魔獣は十一体、正確には八体ですがね』

「どっちだよ?」

『その意味もいずれ分かりますが、ともかく彼らは“自分の仕事”をしたいだけなんですよ』

「人は襲わないって言うのかい?」

『いえ、襲いますよ』

 コペルは何時も重要な事を軽い問題の様に話す。

 聴いている側としては何とも心臓に悪い。


「おいコペルさん! なら尚更、そいつ等について知っておかなくちゃならんだろ!」

 巧の怒鳴り声に、コンソールから目を話した山崎も振り返り、一言入れてくる。


「コペルさん。あんた、我々の味方だって言っている割には、我々の危険を見逃す方向で動いてやしませんか?」

『いや、言い方が悪かった、山崎さん。だが、今は問題無い。

 (これ)は約束します。しかし彼らは時期が来れば人を襲う。

 正しくは、人が彼らを襲う様になるだろう。そうなれば彼らも対抗する』


 その言葉を聴いて、レーダー席にいた石岡が首を傾げた。

「奴らに闘いを挑む人間が現れる理由は何でしょうか?」

『石岡さん、鋭い。が、それも言えない。』

「今は?」

 石岡が再度尋ねると、コペルは珍しく人なつっこい笑いで“今は”と頷き返した。


 巧は、質問の方法を変える事にした。

「奴らの支配下に魔獣が居る、そう考えて良いのかな?」

『支配下、と言うより食物連鎖の問題』

 コペルの答えに巧は少し驚かされたが、ランセが魔獣を貪っていた事を考えると矛盾はない。

 少し考えて、質問を続けた。


「では、ランセや例の八体とやらが魔獣を引き連れるという事は無い訳だね」

『今の処はそう』

「いずれは?」

『早くとも十年後の話です。今は問題無い』


「此処までか……」


 シナンガルと魔獣が連携して動く事は無い、と云う事が分かっただけでも今は良い。

 どうやらコペルから得られる情報は今日は此処までと諦め、ガーインに向かう。

 第一騎兵(ヘリ)小隊と今後の進行について話し合い、船を急ぎフェリシア北東へ向かわせなくてはならない。


 と、其処へ(くだん)の第一騎兵小隊から連絡が入った。

『仮設滑走路が完成し“C-2W”が降りたが、機体が運んで来た物の中に巧に届けたい物が有る。急いで欲しい』

 との事である。


 此方に届けたいものとは何か?

 その『物』を聞いて巧は、迂闊(うかつ)な事だったと今更ながらに思い知らされる。


 輸送艦はこれからビストラント海峡を抜ける。

 処が此の艦に武装は殆ど無い。

 いや、地球に於いていくらかの装備はしたが人手が足りないのだ。


 複雑なビストラント海峡で最高速は出せない。

 となれば魔獣に襲われた場合“逃げきれば良い”とはいかないのである。


 山代少尉達のAH―2Sに護衛機として搭乗してもらえれば良いのだが、彼らは通信拠点を守るという重要任務が出来てしまった。

 いや、滑走路まで含めれば、今後のルース領反乱、バルコヌス侵攻の準備の全てに関わる事になる。

 即ち、旧ルース領の反乱に於いて『勝ち易きに勝つ』為の鍵は全て彼らが握っていると言う他に無い。


 バルコヌス全体の奪取が成れば、山代少尉はその頃には佐官にまで上り詰めるかも知れない。

 山代は巧に対して、

『情報部隊の一尉官に“最高の戦場”を用意してくれた事に感謝する』

 とまで言い切った。


 バルコヌス侵攻をルースの問題ではなく、自分の問題として受け止めている彼は、ガーインに残るルースとも良い関係を築いてくれるであろう。


 巧達が後顧の憂い無く前を向いて進めるのは有り難い。


 だが、それとは別にして『輸送艦に対する魔獣対策』は想像するだに頭の痛い問題だ。

 カレシュの遭難だけではなく、南部戦線に於ける“強力な魔獣”の出現は海峡の通航までも不安定になった事を示している気がするのだ。



「それにしても、艦上で“あれ”を使う羽目になるとは、」と巧は気が重くなった。



挿絵(By みてみん)

輸送艦ネルトゥス


サブタイトルは、アジモフの「『停滞空間』収録、世界のあらゆる悩み」からです。

停滞空間は読んでいるはずなのですが、これがどのような話だったのかさっぱり思い出せません。

もう一度読まなくっちゃいかんかなぁ、等と悩んでいます。


※山城少尉のヘリ小隊を「第2(中隊麾下、第1)騎兵小隊」と書いていましたが、意味が分かりづらいため「第1騎兵小隊」に直しました。 申し訳ありません。


12月24日修正

カレシュが行方不明になっていた日数と現地に居た日数が合わないため修正しました。(10日→20日)

カレシュの行方不明とランセの行動が話の中の問題であり、日数はスケジュール合わせですので話に影響は出ないと信じます。

ご容赦下さい。

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