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星を追う者たち  作者: 矢口
第七章 愛に生まれ、殺戮に育つのは『世界』
96/222

95:ブラインド・ステージ

『怒髪、天を突く勢い』とは、この事を指すのであろう。

 それ程にヴェレーネの口調は(いん)(こも)っている。


「やってくれるじゃないの!」


 いきなり輸送艦のメインブリッジに淡い青色の光が輝き、その中からヴェレーネが姿を現した時、オベルン及び分隊の面々は腰を抜かしそうになった。


 ヴェレーネの跳躍からの出現について巧と桜田の二人は過去に経験している為、多少は平静を装えたが、フェリシアからリンデまで最短とは云え五千五百キロの距離があるのだ。 

 完全に驚きを隠すのは難しかった。

 シエネからなら優に六千五百キロ以上は跳んだことになる。


「こんなに跳べたのか?」

 巧は思わず問いかける。

「馬鹿言わないでよ。フェリシア国内なら同じ距離で端から端までだって跳べるわ。

 でもね、国外は色々と制約があって、そう簡単に跳んで良いものじゃないのよ!」


 怒鳴るヴェレーネに巧は『心底、不思議だ』という顔で首を傾げつつ尋ねる。

「でも、跳ぼうと思えば跳べる?」

「……」


 巧の疑問にヴェレーネは返す言葉に詰まってしまった。

 彼女は自分でも何故『制約』があるのか知らない。

 その事を今更ながらに気付かされたのだ。


 それは兎も角、彼女は引き寄せられた。

 それは確かである。

 誰によって?


 そう、目の前の男、“コペルニクス”の力によるものだ。

 問題の男が巧を(なだ)める。


「あのですね、巧さん。彼女は嘘は言っていません。

 例の件、覚えていますね?」

 コペルが巧に問い質したのはヴェレーネの能力の暴走についてである。


 多分彼女が自分の能力にブレーキを掛けている。

 或いは、この世界の『ルールを作った何者か』によってブレーキが掛けられている。

 その事が関連しているとの意味合いだと分かった。


 コペルはその点に関して、後々に様々な解答を示してくれる存在であろう。

 今は彼の言葉に従って置くに越した事はあるまい。

 

「うん……」

「おわかり頂けましたか?」

「分かった。この件はもう訊かないよ。今はね」

 そう言って巧はヴェレーネから視線をずらす。


 納得したとは言えなくともチャンスを待つ事にした巧と違い、訳が分からない事態であるのはヴェレーネである。

 体内の同調機能がいきなり動き出したかと思うと、コペルの元に引き寄せられたのだ。


「あんた! いつの間に!?」

 ヴェレーネとしては怒り心頭である。

 知らぬ間に自分の体に、跳躍に関してコペルとの同調回路を造り上げられていたのである。

 だが、コペルは澄ましたものである。

「違う、違う。君は巧君に引き寄せられた」

 

「「「えっ!」」」

 コペルのこの言葉には誰もが驚いた。

 勿論、当の巧も、だ。

「どういう事だ?」

 暫くはこの事に触れないとは言ったが、こうなると話が違う。

 当然ながら詰め寄った巧の問い掛けにコペルは首を横に振った。

「後で答えますよ。ここじゃぁ不味い」


 だが、『時既に遅し』である。


 真っ赤になったヴェレーネの顔を見れば、この場にいる誰もがコペルの言葉の意味を朧気(おぼろげ)ながらに理解し始めていた。

 当のヴェレーネは殆ど涙目であるが、元はと言えば巧をこの世界に連れ込んだ時、彼と自分との間にリンケージを作ったのはヴェレーネ自身が行ったことなのだ。


『自業自得』とは此の様な時に使う言葉と言える。


「もう! 何だって良いわよ!! あたしに何の用があるのよ!!」

 ヴェレーネは切れた!!

 

 そう、全てを誤魔化(ごまか)す為に彼女は切れることにしたのだ。


 それを見て桜田が“うんうん”と頷いている。

 此の様な状況に於いて最も正しい行動を取っていると言いたいのであろうが、その姿ですらもヴェレーネの怒りの炎に油を注ぐ様なもの。

 流石は『ダイナマイトシューター桜田』としか言いようが無い。



 一通り(わめ)いて落ち着いたのか、ようやくまともに話が出来る様になったヴェレーネはコペルに再度尋ねる。

「で、あたしは何をすればいいの?」

「この船です」

「船がどうしたの?」

「使えません」

「それで?」

「あちらの世界で修理してきて下さい」


「「「あっ!」」」

 オベルンを除いての話ではあるが、再び全員の声が揃う。


 なるほど、地球でなら多少の時間が掛かろうと問題無いのだ。

 地球にも此のタイプの水中翼船が存在しない訳でもない上に、エンジンもタービンブレード程度なら修理も効くと見える。


 電気動力部がどうなるのかは知らないが、その他の外殻や艤装(ぎそう)に関しては決して不可能な話では無い。

(艤装=本体以外の付属品の設置、主砲や対空武装などの据え付け。

 エンジン取り付けも艤装に含まれる。 船の場合はその全て終えて竣工(しゅんこう)と言う)


 問題はこの船が入るドッグだが、横須賀か佐世保と言う事になる。

 横須賀は既に第七艦隊が入っている以上、佐世保だろうか?

 第九艦隊の問題で難しい様ならやはり、船体のサイズから(くれ)という方法もある。

 尤も呉に米国第十軍が入らないという確証もないが、兎も角当ては出来た。


 

 顎に手を当てて(しば)默考(もっこう)していたヴェレーネだが、閉じていた目を開くといつもの威厳を取り戻した。


「分かりました。丁度、地球に戻らなくてはならない用件があった所です。

 分隊の全員も一緒に戻ります。いいですね」


 嫌も応もない。

 一月二七日にポルカを出航して以来このふた月近く、現代社会と離れて生活してきたのだ。

 地球に戻れる喜びは誰しもが大きい。またリハビリも必要だった。


「地球?」

 オベルンが不思議そうな顔をする。


 隊員達は、自分たちの生まれ故郷だと話すだけでそれ以上の言葉は控えたのだが、オベルンはその言葉を何度も口内で咀嚼(そしゃく)していた。


 結局、ルースをラキオシアの王宮に残して、一旦全員で帰還することになる。

 実はドッグの手配の他、先程までの池間との会話からヴェレーネには地球で揃えなくてはならないものが山とあったのだ。

 ラキオシアの時間で二日後にこのデッキで会うことを約束して解散することにした。


 特にコペルには必ず現れて貰わねば困る。

 強く念を押して置いたが、どうにも気まぐれな男であり、その点どうなるか恐ろしかったが信用するしか在るまい。



      ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇


 地球への出立前にヴェレーネから下瀬の覚悟を聴かされた巧は、例えカグラの時間で三十分後に戻ってくるにせよ、急ぐことにした。

 中央本部と連絡を取り、北部警戒の方法を池間と協議する。


『お前さんには知られたくなかったんだがな……』

 池間の声は力が無いというよりも巧に詫びるかの様であったが、巧は敢えて其処は無視した。

「私は“参謀長”ですよ」


 互いが互いを思いやる()り。

 ヴェレーネはその会話だけで少し彼らを羨んだが、気取られぬ様に平静を装い、今後どうするのか巧に尋ねる。


「池間少佐の作戦案は進めるべきだと思います」

『俺じゃなく、ヘルの案なんだがな』

「おっと、失礼しました。ヘル・ハインミュラー!」

 先程までの緊張した雰囲気を崩す為に少しおどけた返事を巧が返した時、ヴェレーネが本気が冗談か知れない一言を入れた。


「お爺様を(ないがし)ろにしたら許さ無くってよ!」

 ヴェレーネのかなりきつい口調の中には何故だか少しの甘えが感じられる。

 だが、どうやら冗談ではない様だと理解して、巧は“勿論”と答えた。


 多分、無線の向こうではハインミュラー老人が苦笑いと共に肩を(すく)めているに違いない、と思うと巧の口角もやや上向きになる。



「兎も角、山脈の北側から来るのは分かっているんです。

 一点集中で、通路を塞ぎましょう」

『どうする?』

 池間は首を傾げているに違いないが,巧に迷いはなかった。


「攻撃ヘリ大隊は、六機の補助機を持っていますよね」

『ああ、そのうち三機は何時でもスゥエンに向かえる様に空けてある』

「其の三機全てトガに送って下さい!

 平均七千五百メートルを越える山脈ですが、どこかに必ず越えられる尾根があるはずです。

 AH-2Sの実用上昇限度は六八八〇メートルでしたね」


 巧の言葉に無線の向こうから呆れ声たような溜息が聞こえた。

『山越えは危険すぎる! 気流が安定しない!』

「無理に越えろ! と言ってるんじゃないんです。

 何処か穴を捜して欲しいんですよ。トガからしかないと思います。

 何より、飛ぶ範囲によってはスゥエンからも丸見えになるでしょうから、良い威嚇(いかく)になります」


『……なるほどね。分かった。後は早いとこ戻ってくれよ、参謀長殿』

 池間が折れたことで作戦の一部は先行して動き出す事になる。

 しかし、七千メートル級の山々がそびえ立つ中央点がトガのほぼ真北に当たるのである。

 穴があるか? 其処が問題だ。


 オスプレイなら余裕を持って飛び越えられる山脈である。

 しかし歩兵相手なら兎も角、『竜』と闘うには、輸送機(オスプレイ)では無理だ。

 機動性が違いすぎる。 

 武装ヘリを北へ通さなくてはならない。


 過去にシナンガルはフェリシアに通じる回廊を死にものぐるいで探し、場合によっては作り出そうとすらした。

 だが今度はフェリシアが同じ事をする羽目になるとは皮肉なものである。


 そして、問題はもうひとつあった。




「修理後、あの船をセントレアの北に直接は跳ばす事は出来ない!?」

 巧が事実を確かめる言葉にヴェレーネは申し訳なさそうに頷いてから、説明を始めた。


 修理の為に地球に送る『輸送船』

 地球での修理が済めば、それは直接首都セントレアに送ってもらうつもりであった。

 動力部の問題点も、コペルにその地で修理させるつもりであったのだ。

 船を引き取るという以上、この船が接岸できる埠頭なりドッグなりは必ずセントレアに存在するだろうと見込んでいたし、事実ヴェレーネの返事は『(いかにも)』であった。


「なぜ、『跳ばせ』られないんだ?」

 巧の疑問は尤もである。

 ヴェレーネは過去に穀物を満載した五万トンタンカーまで『跳ばせて』いるのだ。

 不可能とは思えない?


 だが、これにもコペルが割り込んできた。

「彼女にも今は理由は分かりませんよ。

 前回は地球からポルカ、ポルカから地球、と一ヶ所の往復でした。

 今回の様に力点を変更するのはそうそう簡単な話では無い」


 要はキャッチボールを二人で行う時と三人で行う時では、それなりに使う力が違う。

 其の様なものなのだ、と説明される。

 何より、先程の『国外』という点がこの件に関しても何やら問題がある様だ。

 ビストラントを越えてからならば跳ばす事も可能ではある様だが、間に合うだろうか?


「しかし、そうなると色々と不味いな」

 巧は天を仰ぐ。

「というと?」

 コペルは首を傾げた。


「いや、まずは燃料だよ。この船は、いや機体は重さの割には低空を飛ぶ、となると相当の燃料を食う訳だろ? 地球でどれだけ積むべきやら……」

 顎先に指を当て悩む巧にコペルは、“そんな事か”と笑った。


「そんな事!? 馬鹿言ってもらっちゃ困るよ、コペルさん。

 補給は全ての前提だ!」

 怒鳴り気味の巧に、コペルは驚く一言を返す。


「この機体が、実質的に燃料“だけ”で飛ぶとでも思っているんですか?」



      ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇



 岩国達の駆るF-3D、二機が再度の攻撃を受けた時、高度千二百二十メートルと言う事もあって相手の姿ははっきりと肉眼でも確認できた。


『異様』

 そうとしか表現できない姿である。


 翼のある黒い胴を見る限り、『ドラゴン』であることには間違いはない。

 のだが……。


八岐大蛇(ヤマタノオロチ)ですか、ありゃ!?」

 岩国の言葉通り、そのドラゴンには首が八つ在ったのだ。

 一昔前の怪獣映画の様に金色という訳でもなく、首の一本一本はそれぞれに細い。

 しかし、まるで神話のメデューサの如き禍々しさがある。


 今現在、首の先の頭は六つである。

 二つは先程、岩国、横田の攻撃により撃破された為であろう。

 首の付け根から上は何やら鋭利な刃物でスッパリと切り落とされた様に紅い肉が見えており、その皮膚が肉を包むかの様に再生を始めている。

 頭が生えてくると云う気配は感じられないが、そうであってもおかしくはない。


「さっきのは首から上を飛ばして、別方向から攻撃していたって訳か」

「岩国、一旦離れるぞ!」

 攻撃態勢を作る為、旋回後に一端距離を取る。

 スロットルレバーを押すと二機は一気に加速した。


 流石に時速が一千キロも越えると着いてくることは出来ない様だが、その時ふと横田はある事に気付いた。


 ランセである。

 彼は最高時速六百キロの隼改どころか爆装無しで七百キロ前後は出せるA-10サンダーボルト改にすら、余裕を持って付いて来ていたではないか。

 何故この大蛇から逃げ切れなかった、と言うのだ。


 ランセは”カレシュを守る”と云う事を除いても何らかの理由を持ち、自分の意志で南に向かったのではないのだろうか?


 そんな事を考えていると、後席のマリアンが同じ事を言い出す。

「変、ですよね? この速度で奴が着いてこれないって事は、ランセは逃げられない筈も無かったでしょうに……」


「マーシアちゃんもそう思うか?」

「え、ええ!」

「あたしも、今のスピード勝負でそう思いましたわ」

 アルスまで話に参加してきた。誰しも思う所は同じなのだ。


「ランセって、どれくらい速度が出るんでしょうね?」

 これは岩国。


 横田としては聞きかじりの話になるが、と言いつつも説明役になる。

「マーシアちゃん達が張ってくれた“対抗力場”って奴を考えれば音速の壁に潰される心配はないんだよなぁ」


 先だって巧達が砂漠でサンドワームを攻撃した事からも分かるが

音速突破衝撃波(ソニックブーム)』の威力は筆舌に尽くしがたい。


 例えば二〇一三年、ロシアの『チェリャビンスク』という街の上空で推定十トンの隕石が断熱圧縮によって爆発した際、そこから生まれた衝撃波は凄まじい被害を生み出した。


 爆発高度は二十キロ以上の上空。 即ち高度二万メートルで起きたのである。

 だが二分二十五秒後に届いた音速突破衝撃波(ソニックブーム)はその物質が爆発した時の大きさから広島型原爆の三十倍以上に当たり、爆圧そのものは届かなかったにも関わらず音の衝撃波だけで四つの街が被災。

 数十のレンガ建ての建物が部分的にだが崩壊し、二千人近くに及ぶ人々が主に破裂した窓ガラスの破片で重軽傷を負っている。


 音速突破の衝撃波というのはそれほどに恐ろしい為、戦闘機ですら設計を誤れば自分の作った衝撃波で自身の機体が粉砕(ふんさい)される事は確実なのだ。

 だが、ランセに其の様な心配はない。

 自力でその様な衝撃破をはじき飛ばす『対抗力場』を生み出せるからだ。


 見る限り彼は“羽ばたいて”飛んでいるとは考えられない。


 二兵研の坂崎研究員にVTRを見せると、

「イオンリフターでしょうね」

 と言ってきた。

『ビーフェルド-ブラウン効果』と呼ばれる原理で飛行することになるが、あれほどの質量なら地球では浮かせる事すら不可能である。

 カグラの軽重力が其れを可能にする一因かも知れない。


 但し彼の説明によると、リフター飛行ならばランセは理論上、東西方向にはカグラの自転速度並の速度で飛ぶ事も可能であるという。


 音速に直せば、約マッハ一,四。時速一千七百キロメートルである。


 最低でも三万ボルトの電圧が必要であり、その電圧を得る為のエネルギー量はどれ程のものになるか推定も出来ないが、それがあの巨体を浮かせている事に一番理屈が通るという。


 また、速度に関しては下手をすれば先の様なものでは済まないかも知れないと、坂崎は言う。

 得られる電力量と空気の断熱圧縮に耐えられるならば『マッハ五〇はいけるのでは?』、と恐ろしい事まで言っていたのだ。


 何にせよ、ランセは襲撃を受けた際に反撃は不可能だったにせよ、逃げ切れぬ筈は無かった事は間違いない。


 そのような事を横田が説明すると、残りの三名から「ほう!」とも「へぇ!」ともいう感嘆とも溜息とも着かぬ声が漏れる。


 その疑問点は一旦置くにせよ、“迎え撃たれた”と云う事は、カレシュがあの(あた)りに居る可能性は断然に高くなった。

 先程の八岐大蛇(ヤマタノオロチ)対峙(たいじ)する事になったとしても『戻る』べきである。

 と、全員が意見を(いつ)にしたその時である。



『……すいません。ご迷惑おかけしました』

 無線に聞き慣れた声が飛び込んできたのだ。


「シュナ!」

 岩国の叫び声はレシーバーに響き渡り、他の三人の鼓膜を叩きまくる。

「シュナ、シュナ、シュナ、シュナ!」

 何度も何度も彼女の名前を呼んで無事を確かめる岩国の声は最後は涙声になっていた。


「迷惑を掛けたのは申し訳ありません。 

 ですが、コージ、男の人がそう簡単に泣いて貰っては困ります」

「うん。ごめん」


 アルスが『ぺっ』、っと唾を吐く音がかすかにレシーバを通った。


「お姉様もすいません……」

 アルスに気付いたカレシュが詫びを入れる。


「あら、ご免なさいね。カレシュは悪くないのよ。

 そこの女々しい奴がちょっとねぇ。

 ああ、そうだ。何なら今からでも別の男、探しましょうか?

 お姉さんに任せなさい!」


一寸(ちょっと)、アルスさん! 何言ってるんですか!」


「カレシュに恥を掻かせるからよ。 

 いずれは旦那になるんだから、もう少し、こう堂々とね……」


「え~、旦那様って……、やっぱりそう思います?」


「やってられんわ! 真理子、俺も帰るからな。美保はもう入学式だよなぁ……」


「……ははっ……」

 ”どいつもこいつも、騒がしいな! マリアン、もう帰るんだろ?”

(うん、お疲れ様!)


 無線は再び賑やかになってきた。

 数分もすると後方から合流したランセを伴って二機と一頭は帰路に就く。

 積もる話は帰還後で良い、今は彼女の無事を喜ぼう。


 驚くべき事にランセは給油ポイントの高度一万五千メートルまで苦もなく同行し、C-2Wの乗員を軽いパニックに(おとしい)れる事になったが、カレシュの無事を思えば其れこそ小さすぎる騒ぎであった。



     ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇



 地球に戻ったヴェレーネが最初に行ったのは、『輸送船』を呉の昭和ドッグに入れる事務手続きである。

 呉を選んだのは、やはり規模と設備の先進性の問題である。

 何より設備の割に米海軍の影響を一番受けにくいと考えた。

 政府に無理を言い、四月十日から五月二十日までの使用を認めさせる。

 本来ならば明日からでも入れたい程だが、十日からしか空きがなかった。



 その後を巧に任せて彼女は筑波へ“きちんと”航空機を使って向かうと、『例の物』を発注する事になる。

 二〇一三年、この国で生まれた新技術は改良に改良を重ねており、一々筑波へ向かう必要すらない程、巷に溢れていたが、『極秘』で事を進めるにはこの地が最もふさわしかった。


 いや、巷に溢れているとは云え、ホームセンタで気軽に手に入れられる代物ではない。

 何より、発注は通常一つでも大掛かりな事業なのだ。

 其れを四機も一度に受注する事になった企業は、かなり慌てる羽目になる。


 親会社を通さなかったのはカグラの一件で本社は目立ちすぎた為、利益を独占していると他社の連合体に誤解を受ける事を恐れたためである。


 今回の計画の主役はヴェレーネに随伴した男。

 二兵研一の大馬鹿者との『誉れ?』も高き『ガジェットメーカー』、坂崎昇である。


「ホントに良いんですか?」

「冗談で一々あなたを連れ回す理由は無いわね。

 まあ、AS31の改良も一段落して暇なんでしょ。

 気分転換にならないかしら?」


 素っ気ないヴェレーネの言葉とは対照的に、坂崎は完全に舞い上がっている。

「で、何を乗せるんですか?」

「何でも好きなもの乗せりゃあ良いでしょ……。ああ、ごめんなさいな。

 やっぱり一応、巧に相談しといてね」


 ヴェレーネが巧を『巧』と呼んだ事に坂崎は気付かなかった。

 (もっと)も、彼にとってそれに気付いた処で何の興味も湧かない事であっただろう。



 疲れ切ったヴェレーネの表情に気付かぬ程、彼はこのプロジェクトに興奮していたのだ。





まずは、中2日を破って間が空いた事をお詫びします。

急激に体調が悪化したため、殆ど身動きが取れず急遽モルヒ○治療となりました。

この回はある程度は仕上げてあったのですが、チェックも出来ないためこの様になりました。

しかし、考えて見ると94話を書いている時から既におかしかった気がします。

マーシアの思考を” ”で閉じるのを忘れ、あまつさえ言葉と言葉を句切ったりしていました。

書き貯めもないため、ご迷惑をおかけしたと思います。 すいませんでした。


さて、サブタイトルはピーター・ワッツの「ブラインドサイト」の(もじ)りです。

この場合「ステージ」は「舞台」ではなく「階層」と考えて下さい。

「隠された階層」或いは「見えない階層」という意味合いです。

ヴェレーネの能力、ランセの能力、使えるのに使えない力、その様な意味合いを込めました。

自分も、そうなるのかな・・・・・・、せこい力ですが、それすら使えないのは困りますね。

お詫びだらけの後書きになりました。 この点も合わせてお詫びします。

今後も宜しくお願いします。

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