94:「キ」は機械の「キ」? 救出の「キ」? それとも緊急の「キ」?
体調が思わしくなく少々心配でしたが、投稿できる事にホッとしています。
で、驚いたのはPVアクセスが昨日のうちに100,000件を突破していた様です。
継続は力なりと言いますし、100話も近くなればそれも有るのかな、と思いますが、やはり嬉しいですね。
前書きにて失礼ですが、皆様にお礼を申し上げます。 ありがとうございました。
そして、今後も宜しくお願い致します。
「やっぱりあんたか……」
「ご挨拶ですねぇ、なんだか悲しくなっちゃう」
廃棄された高速艇の甲板までオベルンに引き連れられた巧達一同が息を切らして上がって来た時、艦橋ドアへ向かう通路に立っていたのは、ホンブルグと白衣を身に付けアンダーフレームの眼鏡も涼やかな、件の姿のコペルであった。
「お知り合いかね?」
オベルンの言葉に、巧は“まあ、そうですね”とだけ答え、逆にオベルンに対してコペルとの関係を問い質す。
だがオベルンも巧に劣らず、口を濁した。
「何と言えばいいのかな。舟守というか、委員会の不定期の客人というか……」
その言い様に巧は呆れた様に首を横に振った。
「要は、正体不明の人物だが力がありすぎて手が出せない。
しかも害も無さそうだから放置している。って訳でしょ?」
巧のその言葉にオベルンは苦笑いで頷いたものの、直後には巧の両の肩に手を乗せる。
それから真っ直ぐに巧の目を見ると、
「それ、君たちの方での扱い、そのまんまなんだろ?」
そう言って意地悪く口の片端を上げた。
巧が日に日にこのオベルンという人物を『一発で良いから殴りたくなってくる』のは何故であろうか?
どうにも或る人物を思い出させるのだ。
尤も、どう足掻いても二度と会える事も無い人物であり、マリアンの様な奇蹟はそうそう期待しては居ない。
だが、もしも其の人物にあったならばマリアンの時に劣らずに泣いてしまいそうでもある。
その事もあってか極力その事は考えない様にしているのだが、オベルンにはどうしてもその人物の影を見てしまう。
それは兎も角として、コペルである。
「やっぱり、あんたが絡んでたか」
少し、ひねた様に尋ねると
「はい。でも、これで今後は明確に味方だって分かってくれました?」
と悪びれもしない。
その後、彼から船について説明を受ける事になった。
この船は元々は輸送船なのだそうだ。
「どう見ても、空母にしか見えないんですけど?」
桜田の質問に、コペルは肩を竦める。
「この世界に航空機は存在しない筈だった。
唯、似た様なサイズの『もの』を運搬する必要もあった」
コペルの言葉が何を指しているのかは誰にでも分かった。
「竜か!?」
巧の言葉に頷いてコペルは説明を続ける。
この船には後方に大型のエレベータが存在する。
オスプレイですら一度に二機は余裕を持って船内に収容出来る大きさだ。
それこそが、羽を畳んだ竜を船倉に降ろす為のものだという。
体長三十メートルまでの竜なら船槽内だけで最大八頭も乗るという。
二重甲板になっている船体構造から,もう二~三頭はいけそうであるし、また二十メートル以下の個体なら、体積の縮小分から考えて倍の数は軽いであろう。
「なんで、そんなものを?」
「医療用」
コペルの返事は素っ気ない。
「医療用? 竜が怪我をした時に治療をしようって事だったのかい?」
「まあ、過去の話。今は今の話を」
そう言ってコペルの話は続く。
巧の想像通り、この船はエクラノプランと同じ対水面効果機であった。
全長約二百六十メートル。全幅は羽根の部分までを入れて二百五十四メートル。
エンジンは推進用に六機。
一機が総推力二百八十トンでそれが六機である。
それによって離陸時最大積載量二千トンを誇ると言う。
七万八千四百トンの推力など想像も付かない。
エクラノプランですら百トン積んだかどうかである。
二十倍の積載量は実際の空母には及ばないものの充分過ぎる。
勿論、理論上は地球の技術でも可能ではある。
ウクライナには三十年前でも単発で推力二十トンを越える航空エンジン生産が可能な企業があり、当時でもそのエンジンを八発使用したアントノフ輸送機の最大積載重量は六百トンと言われていた。
現在、同社は規模を縮小して現存している。
コストパフォーマンスが悪すぎて、他の会社は手が出せないようだ。
航空史に残る名機は兎も角、現在のこの船体である。
流石にその大出力エンジンからの速度には恐るべきものがあった。
本家本元のエクラノプランの時速五百キロには及ばないが、その巨体からすれば脅威の最高時速四百六十キロ。
ノット数で言えば二百五十ノットである。
三十ノットも出たなら戦闘艦としては高速と呼ばれる。
五十ノットなら最早、高速魚雷艇の速度である。
速度に関して言えば、竜どころかAH-2Sですら此の船に追いつけるかどうかは怪しい。
但し、対水面効果飛行(水面に揚力を押しつけて飛ぶ方式)である以上、その飛行高度は限られてくる。
如何に大出力とは言え、高度五十メートルも飛べば上出来であろう。
「まあ、船を求めていた様だから、別に高く飛ばなくても女王様も不満は言わないと思うよ。
問題はだね……」
巧は隣を歩くコペルを傾ぐ様に見上げながら話しかけた。
彼とは二十センチは身長差が有りそうなのだ。
何となくコンプレックスを刺激される。
その巧を見て、コペルは人も悪げに疑問点を笑った。
「動くか? ですか?」
巧のみならずとも全員が頷く。
オベルンですらその輪に加わる。
彼こそ初めてこの船を見て以来、この船が動くかどうか気になって仕方がないのだ。
クーデターを起こして国を乗っ取った時、この船は彼の個人所有物になった。
勿論、フェリシアとの契約を前提としていたため完全に『彼の物になった』とはいかなかったが、彼は事あるごとにこの船に入り浸り、その操作方法なり駆動方法なりを探ろうとしていたのだ。
この世界に於いて、この船は異質すぎる。
誰もがオベルンの行いに首を傾げざるを得なかった。
確かに『船』には見える。
だが、彼の世界の住人にとって『これ』が何かを理解する力は全く無かったのだ。
だが、オベルンだけは違った。
コンソールの意味がおぼろげに理解できた。
エンジンのフィンを見た瞬間にそれが『ジェット駆動』呼ばれる動力に類する物であることを一瞬にして理解した。
勿論、地球で言うジェットエンジンとは何かしら違いがある事は確かだ。
しかし、重要な点。つまり動力回路である。
これは完全な電気式であり、船体中央部にある発電ルームに入ることがどうしても出来なかったのだ。
オベルンが四苦八苦していた在る日、キャビンのメインデッキに『彼』は唐突に現れ、自らをコペルと名乗った。
只者でない威圧感であり、剣を抜くだの魔法を発するだの、で対抗する事は意味のない行為だという事はオベルンであるからこそ理解できたのだろう。
そのコペルが伝えた一言はオベルンにとっては嬉しさと共に、少しばかりの残念さを生み出すことになった。
『いずれ動かせる日が来るが、この船は君のものでは無い。
とは言え、本来の持ち主であるフェリシアと上手くやってくれるというなら、
君にその舵を握らせる様に推薦することにやぶさかではない』
フェリシアに船が戻ることはやむを得まい、元よりそのような約束だ。
だが、“お前の力ではこの船に命を吹き込むことは出来ない”と言われた時のショックは小さくはなかったのも事実である。
しかし、彼は待った。
いや、待つだけではなくフェリシアとの交易路を再開し、彼の国と友好的に接してこの船が再度、海原を駆ける事を夢見ていたのだ。
その日が遂に来た。
感慨深い物があった。
ところが、今、話を聞いてふと気になることを彼らは話していないか?
オベルンは思わず会話に割り込まざるを得ない。
「少し良いかね?」
全員がオベルンを見ると、彼の顔面は蒼白である。
「これは、『船』では無いのか……?」
「ええ、そうですね。
純粋には航空機の仲間に入るのでは無いかと思いますが?
それがどうかしましたか?」
巧のその言葉を聴き終わると同時にオベルンは頭を抱え込んでしまった。
此の船の正体が何でも良い。
だが、ガーインにやってきた『あの鉄の鳥』
あれを自分には動かせないことはオベルンにはよく分かる。
となれば、此の『船』の舵にも手が出せないと言う事なのだ。
落胆は激しく、その心境は堂々たる体躯に在り在りと影を落とすほどであった為、誰もが驚く。
「どうしたんですか、オベルンさん!」
全員が心配して声を掛けるが彼はいつもの明朗さも何処へやら、と云う程の落ち込み様だ。
手が付けられない、と誰もが諦めた時、コペルが彼に近付き何事か耳打ちした。
「本当かね?」
オベルンが確認する様に叫び、コペルはただ頷いただけであったが、それだけで充分であった。
見る見るオベルンは元気を取り戻し、派遣分隊一同もほっと胸をなで下ろす。
何のことはない話で、コペルからのレクチャー次第で彼にも操船、というか操縦が可能であることを知って気を取り直したのだ。
「話を戻そう。動くのかい?」
「動かない」
コペルの言葉はあっさりとした物だが、ならば何故、此処まで来たのだ。
と誰もが呆れた表情になる。
「このままでは」
呆けていた全員の耳にコペルの言葉が続くと、途端、誰しもの目に光が戻った。
「“このままでは”ってことは、やり様では動く?」
興奮気味の山崎の言葉にコペルは頷く。
皆、ほっとした。
無駄足にならずに済む。
いや、何よりフェリシア北方海域の防衛に僅かながらでも希望が持てるのだ。
「で、どうすれば?」
「つまり……」
話を進める巧達は二段になった上層甲板の側面にある艦橋へのドアを潜る。
全通甲板に二十五メートル高の天蓋が設置され、更にその上の端に艦橋が設置されている。
地球では『アイランド』と呼ばれる設計だ。
問題は電力が完全に途切れ、エレベータとおぼしき施設も沈黙している事である。
ドアですら手動であるということで二重甲板から更に三階まで足を動かすことになった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「現在高度は?」
「一、一〇〇ですね」
「もう少し下げても良いかな?」
岩国は高度を下げたがるが、マリアン、いやマーシアは
『ランセの電波を捉えるには充分に下げすぎている。
もう少し高度を上げた方が安全性も維持しやすいのではないか』と思う。
マリアンが悩む内、“やはり”と云うか、前席に座り同じ考えを持つパイロットの怒号が響いた。
「岩国、お前ね!
自分の彼女が心配なのは分かるが、後の二人にも心配する人はそれぞれいるんだぞ!」
横田の厳しい声である。
その通りである。
地球でも高度五千メートルを切れば歩兵携行短AAM(地対空ミサイル)の射程内である。
飛行高度千百メートルともなればマッハ二,二で飛んでくるミサイルは脅威としか言いようが無い。
現在二機のF-3DはそのSAM(短距離地対空ミサイル)に近い、いやそれ以上の能力を持つ相手が居る可能性が高い危険地帯を低空・低速で飛んでいる。
五分を限度にという条件ではあるが、岩国の我が儘は確かに度が過ぎていた。
しかし、それもこれもアルスまでもが、
「問題在りません!」
と大見得を切ってしまった為なのだ。
正体不明の何者かは、多分自分の分身なり配下なりの荷電粒子砲の二機が一気に沈められると、そのまま姿を消した。
だが、レーダーに写らぬ其の姿が西に逃げ去るのをマーシア、アルスの二人は感応精神力の効果範囲に在り在りと捉らえていたのである。
その為、こうして追って来たのだが、待ち伏せは逃げた者の常套手段だ。
薩摩の捨て奸ではないが、相手がビストラントへの侵入を防ぐ何らかの役割を持った『死兵』ならば、充分に考えられることでは在る。
だが今回遭遇した相手はカレシュの最後の通信、
『正体不明の敵に全く視認できない方向から攻撃を受けた』
に合致するのも事実なのである。
アルスはカレシュの最後の通信を重視した。
これだけの重要な手がかりを捨てて引き上げる気にはなれない。
この場に於いて最も階級が上位であることを利用させて貰い、横田を説き伏せたのだ。
何より、例え五メートルの至近距離であの砲撃を喰らった処で機体に傷ひとつ付くまいと、マーシアの対抗力場を信じ切ってもいる。
アルスは、情で物事を計る子供っぽい所があるのは事実である。
しかし最初の一撃を受けた時、マーシアの完璧な対抗力場から正確に衝撃吸収度の計算も終わらせていた。
あの荷電粒子砲では、マーシアが守るこの二機にかすり傷一つ追わせることは出来ない。
実際マーシアの対抗力場は、パイロット達の動きの遅れに対して粒子の直進をねじ曲げた。
幾らアルスの力を持ってパイロットの力を底上げしても、当然ながら光速には抗えなかったものをマーシアは軽々とカバーして見せたのだ。
因みにアルスの力によるパイロット二人の力の底上げとは何か?
彼女の能力のひとつに魔力の受け渡しがある。
ライン攻防戦でアイアロスが仕上げに風を送り込んだ際、魔力の弱い彼に力を供給したのは彼女である。
今回、荷電粒子砲に対抗する為に二人のパイロットに魔力、即ち『感応精神力』を送り込みその神経の反応速度を極限まで高めたのも彼女だ。
一流のアスリートが経験する『ゾーン』と呼ばれる現象を無理矢理に作り出したのである。
一つのことに集中させる為に、脳の反応から余分な物を全てそぎ落としたのだ。
いや、実はあの瞬間、腎臓や肝臓、膀胱の機能までシャットアウトしていた。
二人の視界から色が消え音を失ったのは、その一部である。
例えば人間の脳は日常的に百万色を見分けていると言うが、その殆どは無駄な機能である。
そのように脳が使っている余分な機能を、全て反射神経だけに振り分けたのである。
その能力は、今も彼らにリンクしており何時でも発動が可能である。
つまり、今の彼らの技能は一瞬で何者も追いつけぬ世界最高の航空技能に届くことになるのだ。
これがマリアンが横田に抗弁し“見えない目標を撃つ”ことについて
『其処はアルスさんが何とかしてくれます』
と断じた根拠であった。
更に言うならば、アルスに追撃を決めさせた最後の一手は『勘』である。
アルスは水晶球無しでスプライトと同調通信を行うことが出来る。
そしてその能力は僅かの間ではあるが、共同生活を楽しんでいたカレシュとの間にも生まれつつあった。
今、彼女はカレシュの持つ独自の『波動』とでも云うべきものを捉えつつある。
この方向にこそ妹が助けを求め、踞っている。
そのような気が強く感じられてならないのであった。
「あの二人にはもう何も見えませんよ。こっちで冷静にフォローしましょう」
マリアンはそう言うが、横田にすればあの攻撃に飛び込んだ際のマーシアを思い出す度に、『彼女も信用できるのかねぇ……』と溜息を吐かざるを得ないのだ。
孤立無援の横田であった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
〔ムシュマッヘは護衛機を二機喪失しました。補充を求めています〕
『ワンミッションが終了するまで補充は認められない。ワンターンではない。
何よりムッシュマッヘに限らず十機、今回は全滅することまで視野に入れて置くべきだ。
彼らは未だ“威厳有る者”の地位に於ける存在ではない』
〔了解〕
『それは兎も角、子供達の今回の行動はどういう事だ?』
〔此方の計算では、ポジションの決定を相互承認することになっていました〕
『それで?』
〔十体の思考は全てリーダーを求めています〕
『そのような【本能】は君の力でコントロール出来るはずだよね?』
〔はい。しかし、開始から三百時間はビストラント及び不可侵域における行動のスキャンとなっています。
此方からコントロールしても宜しいのでしょうか?〕
『……いや、君の言う通りだな。放置でいこう。
予備の個体の生産は直ぐに出来る様にしてくれ。今回の事でラン、いやウシュムガルが怒り狂って残り十体、全て喰い殺さないとも限らないからね』
〔先導個体番号1。つまりリーディングマテリアル・ワンの力は群を抜きすぎています。
今後の影響について予測不可能な部分が大きすぎます〕
『本社の決定だ。何より“マテリアル・ワン”は必要以上の攻撃性を持たない。
今後その件についての異論やコントロール要求は認めない』
〔了解〕
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
池間からの連絡を受けてシエネの中央司令本部、即ち議員会館に戻ったヴェレーネの心情は、怒りと不安とそして納得せざるを得ない理論のせめぎ合いに押しつぶされそうなものであった。
下瀬の覚悟の程を池間から間接的にではあるが聴かされる羽目になった為である。
怒りとは自国民を危険にさらす下瀬の考え方。
不安とは、下瀬の意見『それこそ』が正しい方法であり、自分の行っている侵攻ルートの探索では時間的に間に合わないのではないのかという事実から来る焦り。
そして納得せざるを得ない理論、とは下瀬の言うことが『国土防衛戦』という一点に於いて決して間違っていないと言うことである。
但し、一つだけ彼女にも言い分はあった。
「そのような考えなら、あの話し合いの場に於いて女王に対して『折れた振り』など見せてもらいたくなかった」
と言う事である。
だが、それも直ぐに意味のないことだと思う様になる。
女王は『エルフリーデ』でもある。
地球側の理論など理解している筈であった。そしてそれを封じ込めたのは誰在ろうヴェレーネ・アルメット、当の本人なのだ。
女王が目覚めたあの日、彼女は確かに言ったではないか。
『その世界は、陛下の守るべき世界では御座いません』と、
女王はその言葉を忠実に守った。
そして下瀬は自国の民を思い、やはり女王に準じた行動を取っている。
「国家に真の友人は居ない」と言ったのは、クラウゼヴィツであったであろうかチャーチルであっただろうか。
今は、それはどうでも良いが、言葉だけは見事に当たって居ると思い知らされる。
だが、それではいけないのだ。
巧の、いや今やヴェレーネにとっても第二の故国と言えるあの国とフェリシアは裏切りや駆け引きの中に在っては欲しくは無い。
馬鹿げた『子供の考え』である。
“しかし”、“それでも”、時空を越えて縁を結んだ両国には共に手を取り合って進んで欲しいのだ。
ヴェレーネの偽らざる心境であった。
その為かいつになく素直に池間、いやハインミュラーの意見に従う事を選んだ。
「それで私は何をすればいいの?」
下瀬には別の道を模索する事も許可は受けているのだ。
上官に反抗している訳ではない、と自らを納得させた。
この場に居る誰もが彼女と同じ気持ちであろう。
ハインミュラーと池間は、まず準備を確実に行い下瀬を納得させるだけの状況を造り上げてから、彼に方針の変更を迫ることにした。
今は秘密裏に事を進めるしかない。
東北部の警戒線への連絡そのものは無線であったが、“緊急”の一言を聞いた彼女は、自分の能力の出し惜しみをしなかった。
結界を張っている最中の尾根に於いて池間からの連絡を受けると、警戒指揮権を攻撃ヘリ大隊長の大崎少佐に預け、急ぎシエネに『跳んだ』
話には聞いてはいたものの、目の前でヴェレーネが消えた事実を大崎は暫く受け止めることが出来なかった。
我に返ってスケジュールリストの点検に入るまでたっぷり五分は要したであろう。
そして、それはヴェレーネが現れた側の池間も似た様なものであった。
会議室の電子ホワイトボードの前に前触れもなく現れ、腰に両腕を当てた彼女を唖然として見ていたが、
「呼んだ以上、準備は出来ているわね?」
と問われ、事の次第を説明し始める事になる。
大崎と違って彼には五秒、と呆ける時間は与えてもらえなかった。
「深谷君に動いて貰うのが一番かな?」
ヴェレーネは池間の提示した作戦案を聞くと、輸送ヘリ大隊長深谷少佐の名を出してきた。
計画を前向きに捉えているのだ。
だが池間は、
『深谷は動かせない。新しい人材を配置する必要がある』また『金銭の問題もある』
と語る。
「使い捨てる機体だけで一機、四十億程するのが問題です。
それほどの予算を国防相が認めるかどうか……。大きな問題ですね」
池間は予算面の話を始めたが、ヴェレーネに笑い飛ばされる。
「来年の二兵研の予算は一兆を超えるわ。四十億が四百億でも問題無いわね」
「兆って、豆腐屋じゃあないんですから……」
「それは『丁』ね。笑いを取りに来てる場合じゃないでしょ!」
「いや、そう言う意味では……」
ヴェレーネに睨まれた瞬間、下を向いて真っ赤になった池間であった。
と次の瞬間、いきなりヴェレーネまでもが俯く。
「どうなさいました! 所長!」
マイヤが慌てて近寄ろうとしたが、ヴェレーネは右手でそれを制する。
“近寄るな”
という意思表示だ。
「皆さん。すいませんが一寸だけ席を外させて下さいな」
そう言って彼女は再び『跳んだ』
マイヤだけがその瞬間に気付いていたのかも知れない。
顔を押さえていた片手を空けた際に、一瞬見えた彼女の瞳に起きた異変。
ヴェレーネの右目が“紅く”輝いていた……。
サブタイトルは、ブラッドベリの「ウは宇宙船のウ」、もしくは「スはスペースのス」からです。
個人的には原題の「R is for rocket」の方が好きですね。
そうすれば邦訳は「ロはロケットのロ」、「ウは宇宙のウ」で語呂が良かったのになぁ、などと考えて、ってどうでも良い話ですね。
文中のW・S・E・Mは「ワァラーズ・サーフェイス・エフェクト・マシン」とでも読んで下さい。 ウオーターって使って通じた試しがないもので、いつも水は『ワーラー』と発音してしまいます。
追記
12時頃に読み返して、文章リズムがおかしな処を急ぎ描き直しました。
申し訳ありません。




