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星を追う者たち  作者: 矢口
第六章 海の風、国境の炎
91/222

90:乱気流《タービュランス》

〔コード『セム』、確認事項四点についての前回報告から一五五時間経ちますが、変更無く実行可能でしょうか?〕


 この一年間の『ガーブ』と『セム』の通信は過去百年間では類を見ない程、活発になっている。

『ガーブ』が『セム』に対して発した報告は、『セム』が今まで持っていた【待つ】という感覚を切り捨てざるを得ない程のものであった。


 この惑星、いや大陸面積は有限であり、人々の活動が激しくなることで本来の『在るべき姿』から外れていく以上は最早、【待つ】という選択肢が『セム』の中から消えつつあるのもやむを得ない事であったのかも知れない。


『ガーブ』の報告は単に現状確認に過ぎなかったのであろうが、『セム』の妙に”人間くさい部分”が『ガーブ』に対して不快感を持たせている。 


 それだけの事だが、『ガーブ』を無視した上でミリセコンドの時間を自分のために使い、考えに浸る理由としては充分なものだと思う。


 本社の最終指示に従い、彼らは行動を開始する。


『セム』は思う。

『”彼ら”には出来うる限り早く、僕たちをコントロール出来る存在に戻って欲しかった。

 しかしそれは今現在、望むべくも無い。 

 となれば、僕たちはいずれ【倒されるべき神】としての役割を果たすしかない』



〔コード『セム』、確認事項四点については前回から一五五時間経ちますが実行可能でしょうか?〕

 『ガーブ』から同じ確認が繰り返される。

 〇,〇二秒を過ぎても、『セム』からの返答がなかったためである。


『ああ、問題無い。いや、チェック3は変更。バードナンバー107と108を使用する』


〔No33の回収のため、と判断しますが、相違ないでしょうか?〕


『はい、その通り。その他の三十番台は君が好きに使って良い。 

 33はデブリによる破損が見られる。No33に替えてNo40の使用を許可』


〔数機による【E-LINE】を『セム』が使用するようですが、その結果、“ウシュムガル”以下十一体の活動に影響は予想されませんか?〕


『僕は合法的に本社の規則に従っただけだ。

 その後、人間が【何を仕出来すか】など予想できるものか。 

 僕らは彼らの上位にいる訳じゃない。

 思い上がるなよ。君を消すことは何時でも出来る。 

 君にはアクスと同じエラーは出ていないと見るが、『僕』もだいぶ変わった。 

 君との間には随分と距離があるんだよ』


〔我々の相対距離は、二十四時間毎において常に変わっております〕


『君には“比喩(ひゆ)”はまだまだ早いか。なら大丈夫だな』


〔理解不可能な部分もありますが、私の【職務遂行能力に問題は無い】と捉えて宜しいでしょうか?〕


『はい、その通り。では、後はスケジュール通りに頼むよ。 

 最初はトード(toad)とスラッグ(slug)だったね?』


〔yes!〕


『危険度を再確認する』


〔-4〕


『了解。その他、報告は在りますか?』


在りません(negathive)


『では通信終了』



     ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇


 

 インディファティガブルはガーイン半島の東の付け根、レベッカの港に碇を降ろし、その身を休めている。


 だが実際の処はノーゾドの暴発を防ぐための威嚇(いかく)であり、両半島間の街道に異変があれば、その最も狭い地点に置いて相手を待ち受け、ラキオシア最大の兵器と言える最大射程三キロの二十四ポンド砲、片側舷側(げんそく)三十二門を連続して撃ち込むと同時に、ハンドキャノンとカットラスを装備した四十八名の陸戦隊を切り込ませる準備を怠ってはいなかった。


 ノーゾドの大失態とは違い、ガーインはルースと無事に協定を結んだ。


 フェリシアとの援助関係に(くさび)が打ち込まれたと考えたノーゾドが、文字通りに“常軌を逸した行動”に出てもおかしくは無い。

 ヴェレーネが過去VTRで巧に語った通り、ビストラントから西の海で商業域の安全が脅かされる事態が起きれば、其れはラキオシアという国家の信用問題にも関わるのだ。


 しかし三月七日、第二騎兵中隊第一小隊がノーゾド及びガーインの上空に姿を現したことによって、インディの乗組員達もようやく緊張を解くことになった。


 第二騎兵中隊が商都レベッカに到着したその日、オベルンは指揮官である山代少尉に依頼してシエネのヴェレーネに連絡を取ると何らかを話し合った。

 そうして一機のAH-2Sをインディに随伴(ずいはん)させると半島間の内海へと出航する。


 これこそがガーイン・ルース同盟の力をノーゾドに知らしめる最後のデモンストレーションであった。


 出航半日後、ガーインとノーゾドの境界に近い無人島に到達すると、オベルンは無人島中央にそびえる山の頂上を目掛けて最大射程でハイドラPBXの試射を行わせたのである。

 まるで彼は『空対地ミサイル』がどの様な物か、その視聴覚効果がどの様なものか、を知り尽くしているかの様であった。


 実際インディの乗組員や近くで漁をしていたガーインの漁師達は、当初こそ爆撃に肝を冷やしたものの、此等(これら)の『鳥部隊』がルースの配下であると知らされるや再度ルースとの同盟締結を喜んだ。


 反面、近辺を航行中であったノーゾドの船はその威力に恐れをなし、報告を受けたであろうノーゾドの族長会議は、ガーインに対して過去の商取引における問題を詫びると共に新しい協定の締結を望んできたのである。


 オベルンはこの『一撃』によって前進基地建設に関わる全ての懸案(けんあん)を取り除く事に成功したのだ。


 こうしてガーインの当面の危機は去った。


 よってインディファティガブルはルースからの要請があり次第、風向き次第では直ぐにでも出航できる、と巧達に連絡が入ったのは彼らがヴェティの館に辿り着いた翌日十二日の午後であった。


 ガーインの安全が確保されたのは良い。

 ルースもこのままラキオシアに向かって貰うことで話は進むであろう。

 だが、出航前に巧はオベルンに確認して置かなくてはならないことがある。



     ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇


 三月十六日:シエネ


 高々度制空戦闘機F-3Dは既に慣熟(かんじゅく)飛行を終え、六機一個小隊は既に何時でも発進できる体勢にあり、残り十八機も南部戦線に配属され、訓練を進めている。

 五十嵐は一個中隊を率いる指揮官及び、『別地』における空軍司令となり忙しさも増した。

 最早、戦闘機に乗る機会も有るかどうか怪しい、となった事で上層部(うえ)の考えとは真逆(まぎゃく)に昇進を恨む事この上ない状態である。


 その五十嵐少佐(しれいかんどの)が指をくわえて見ているしかない『F-3J』はエンジンまで国産とした初の戦闘機であると共に、耐熱張力素材をその外殻構造に使うことで、高度一万メートルからのマッハ3,2を達成する事に成功した機体である。


 通常、音速の三倍を超える機体となると、高度次第で機体は断熱圧縮による熱膨張を起こし、ガラス並みの(もろ)さとなって破損してしまう。

 ジュラルミンやハイパーカーボンでも通常の超音速航空機を作るにはマッハ二,八程度までが限界である。(マッハ二,八=時速三千四百キロ前後)


 その為、マッハ三以上を出す機体には、その継ぎ目にワザと僅かに隙間を作って置いた上で最低限の燃料を積んで跳び上がらせ、最終給油は高々度に上がった後、成層圏給油機(ストラトタンカー)と呼ばれる空中給油機によって行われる。


 そうして、ようやく作戦行動に移れる事が普通である。


 又、用途は超音速爆撃機か偵察機が通常であり、制空戦闘機に其処までの高速性は求めない。

 滞空時間の問題などを考慮するためである。


 当然、初期のF-3もマッハ二,六までを目標とした機体であったが、デルフト工科大学で鋼版張力や耐熱工学の研究に明け暮れてきたヴェレーネにとっては、油圧機構であるアクチュエータ以上に、その手の基礎的な素材改良は得意とする処であった。

 

 炭素繊維と窒素繊維の結合を進め、完全とは言わないまでも低膨張率のカーボン素材の開発に成功したのである。

 ランセの甲殻(こうかく)に等しい立方晶窒化炭素りっぽうしょう・ちっかたんその機体素材化までは後一歩であり、実際ASの盾の様な単純な部品に立方晶窒化炭素は既に導入されていた。


 何より恐るべきは()の機体は慣性制御がなされているかと思う程に、急激な機動を行っても、機体に掛かるGを分散することができる設計に切り替わっていたことである。

 同時に滞空時間に関しても、その難題を解決し終えていた。


 二〇五〇年代に於いてドッグファイトに関して言えば世界の追随を許さない機体。

 

 しかし、その『アイギス・ジーク』と云えども、熱ビーム兵器の前には全くの無力となり制空戦闘機の時代は終わりを迎えつつある。

(アイギス・ジーク:『守りのゼロ』を意味する機体名)


 訓練を受けた人間でも九G、つまり重力の九倍以上の力が体に掛かった場合、失神する率が急上昇する。

 十秒そこいらなら十三Gまで耐えられる人間も居るとはいうが、まあ機体から降りた後は病院に直行であろう。

 しかも戦闘機など、ループやターンによって一瞬ごとに体に掛かるGの向きは瞬時に変化し、脳や内臓に爆発的な負担を与える。


 マッハ〇,八程度の急旋回、それにより九Gなどはすぐに発生する。


 そうして失神してしまうのが人間だ。 

 其処(そこ)が人間を乗せた『有人戦闘機』の限界なのだ。

 高速度の戦闘機乗りは戦闘行為に入った瞬間から死亡するために飛んでいると言っても過言ではない。


 また其れだけ命を張って戦闘機が幾ら急激な旋回活動を試み、レーザー攻撃を避けようと足掻(あが)いたとしても、マッハ=秒速三四六メートルとセル=秒速三十万キロメートルではその差は八八万倍である。


 音速戦闘機がどう頑張っても熱レーザー兵器の攻撃は避けようがない。

 制空用の高々度ガンシップなら兎も角、戦闘機が不要になっていくのも当然と言えた。


 だが、同じ空戦をする生物相手に先手を取ることさえ出来るならば、熱線兵器を持つ相手で在ろうが必ず勝機は存在する。

 岩国は、そう考えていた。


 相手の照準に入らなければよいのだ。

 勿論、相手の照準運動を避けるため、此方(こちら)は対Gギリギリの動きが求められる以上、死の危険はより高まる事になり、熱線兵器に捉えられる前に自滅する可能性も更に高まっていく。


 結果が自殺か他殺かの違いでしかないフライトと言えるのかも知れない。


 よって彼は『コ・パイ』、つまり後部座席に誰も乗せたがらなかった。

 熱線を吐くランセを脅かす相手ならば、当然その魔獣も熱線を持つであろう。

 そのような敵を相手にする以上は危険を(こうむ)るのは自分一人で充分だと考えたのだ。


 だが、彼女は岩国の後席に座することを望んだ。


 彼女。


 カレシュを実の妹の様に見るゴースの副司令官、アルシオーネ・プレアデスである。

 自分の能力ならば機体にも人体にも負担を掛けずに空戦を有利に運ぶであろう、と自ら志願した。

 カレシュの安否を気遣うのは岩国一人ではなかったのだ。


 アルスを受け入れることに岩国は同意し、互いに手を握り合った二人にはもう一組の心強いバディも付くことになった。



     ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇



 空の出撃体勢はこれで整ったが、実はアルスの不在により別方面に於いて問題が生じていた。


 臨時にゴース司令官補佐役に入った、ダミアン・ブルダという十九歳の若者である。


 氷結魔法ではアルシオーネ程ではないにせよ充分な力を持ち将来を嘱望されていたが、どうにも自信過剰なところが禍いして、様々に問題を起こしていた。

 彼はバロネットの交易権凍結問題に際して魔導研究所の広報官を務めたアレンカ・ブルダの弟に当たる。


 性格が悪い、という程では無い。

 他人を(おとし)めるなどの卑怯な行為などは嫌う潔癖なところもあるが、反面、それが行きすぎて公平を求める余り自分の実力を過大評価しているのだ。

 よって、暫くアイアロスが預かり直接指導することにした訳である。


 但し、ダミアンは魔力の弱いアイアロスを甘く見て居るところがあり、その点に於いて前途は多難と言うしかなかった。


 此の様に精神の未熟な若者を重要な地位に置く理由は、『後進の育成』が表向きの理由だ。


 しかし事実は違う。


 潔癖は家系なのか。

 先の賭博場騒ぎでその問題に一切関わらず、逆に証拠集めを進めていたブルダ家の発言力が議会で高まると、王宮もブルダ家の依願をそうそうに無視できなくなってしまったのである。


 なまじダミアンに力があったことも禍いしていた。


 政治の産物から生まれる軍事的人事は(ロク)な結果を生まない。

 巧がこれを知れば何と言ったであろうか。

 しかし、先に述べた通り、ヴェレーネのみ成らず女王ですらブルダ家の功績は認めざるを得なかったのだ。

 挙げ句、その報奨に無謀なまでの名誉や地位などを求めるならばいざ知らず、大切な跡取りである一人息子を激戦区と言える最前線へ送致する様に望んだのだ。 


 まさか『自惚れが強い!』(など)と言って希望を却下する訳には行かなかった。


 ブルダ家は諸手(もろて)を挙げて喜んだが、その中で唯一人、ダミアンの姉のアレンカだけが()の人事がいずれ大きな問題を引き起こす可能性が有るとして、ヴェレーネに注意を喚起しておく事を忘れなかった。

 いや、彼女も其処までが精一杯だった。と言うのが正しい表現であっただろうか……



     ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇



 王宮で下瀬と女王が意見を対立させてから五日後の三月十七日、最終点検が済んだ二機のF-3Dがゴースから飛び立った。

 

 横田、岩国ペアである。

 後席にはそれぞれが、アルスそしてマーシアを乗せていた。

 彼女たち二人の能力ならば、大抵の魔獣には対抗できる。

 ビストラント上空を飛ぶのに、これ程心強い護衛も居ないであろう。

 だが問題は、そのパイロットの精神状況であった。


『しかし何だね。制空戦闘機に護衛員が搭乗しているってのも妙な話だよな』

 無線からの横田の言葉にも岩国は“そうですね”と生返事である。


 カレシュの行方が知れなくなって既に二十日が過ぎている。

 万全を期す為とは云え、機体が配備された其の日にでも飛びたかった彼としては此の一週間は長すぎたのだ。

 焦りも限界を超え、思考が分裂気味になっている。


「岩国さん。気を張っていては身が持ちませんよ。大丈夫、あの子は強い子ですから」

 アルスはそう言って岩国を(なだ)める。

 Gスーツにヘルメット姿のアルスというのも滅多に見られる姿ではあるまい。


「すいません。どうにも落ち着かなくて」

 そのアルスに、ようやく答えを返した岩国の無線に横田の声が響いた。

『お前、綺麗な女性になら返事するのな』

 そう言って笑う。

「いや! そう云う訳じゃないですよ!」

 岩国は慌てた。

 と、その時カレシュに救われた日のことを思い出す。


“マーシアさんに助けて貰ったらどうですか?”

 そう言って拗ねていた彼女の声が脳裏に響く。

 まるで昨日の事の様だ。


 再び言葉を失った岩国に、マーシア、いや今はマリアンが声を掛ける。

『岩国さん。アルスさんの言う通り、大丈夫です。

 横田さんも、あんまりからかっちゃ可哀想ですよ!』


『マーシアちゃん、岩国に甘いよな。案外、惚れてるんじゃないの?』

「何、言ってるんですか!」

 “考えていた事”が事だけに岩国の慌て様は尋常ではない。

 再び発した声は先程以上の大声であった。




 惑星カグラにおいて最も危険な土地、ビストラントに向かう四人は何かと騒がしい。

 赤道を越えた辺りでC-2Wから空中給油を受ける。

 最大飛行高度二万メートル、最大航続距離一万キロを誇るC-2Wはこの後、ビストラント北大陸と南大陸の間を抜けて、西部に向かい北部ビストラント上空を探査した二機に再度給油するために、AWACS機能を維持しながら待機することになる。

(AWACS=早期警戒管制)


 ビストラントは北大陸、南大陸と広い。

 特に比較的小さな北大陸でカレシュとランセが見つからない場合、広大な南大陸まで足を伸ばすことになる。

 まさに、テラ・インコグニタ(未知の領域)へと入り込んで行く事になるのだ。

 先は長いのかも知れない、だが、そうならぬ事を誰もが祈る。

 あと半月後にシナンガルの脅威が迫れば、この捜索は打ち切られる可能性が高い。




 焦りがあるのは実は岩国に限らなかった。



      ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇



 同三月十七日


 バルコヌス半島南部洋上、ラキオシア首都リンデまで残り二日の距離。

 マリアン達がビストラント北大陸東側上空で賑やかに騒いでいる頃、巧達は無人島に上陸し、三基目の無線中継アンテナの設置を終え。インディに戻った処であった。


 簡易の背嚢(はいのう)式無線機を使い、リンデから無人島の三機の中継点を使って、更にガーインに待機させた30式偵察警戒車両の無線中継装備を使い、ゴースへの無線中継を可能にしようと云うのである。


 機材は山代少尉が引き連れてきたオスプレイに一式積まれており、設置のための技術員三名も巧達と行動を共にしていた。

 一人が船に弱く、かなり吐き戻していたが暫く経つとだいぶ馴染んだ様であり、三名とも船員に混じってメインマストにまでよじ登り、インディにまで無線アンテナを設置し始めていた。

 曰く、二十メートル近いメインマストからの通信の方が早いかも知れない、との事であった。


 武装とは違う上に、相互の設備がなければ秘密が漏れるとも思えないので良いのではないか、との事であったが、ポルカに戻り次第設備は解除する様に命令することを巧は考える。

 彼としては先だってルースに迂闊に秘密を漏らした様な間抜けは二度と御免だったのだ。


 オベルンを信用する、しないという話では無い。

 オベルン、いやラキオシアは鉱石無線(クリスタルラジオ)程度の技術ならば『封印している』だけであり、直ぐにでも作成可能であると聞かされた。

 その言葉からヴェレーネと巧は最終的に無線機をラキオシアに預けることに同意した。


 フェリシアが魔法王国ならば、ラキオシアは科学王国と言えることが分かってきた瞬間でもあった。

 尤もヴェレーネの言葉を借りれば、根っ子の処では同じ事かも知れないが。


 では何故、巧はインディに無線を置くことを避けるのか。

 警戒が過ぎると言われたならそれまでだが、万が一インディが座礁若しくは難破などすることによってシナンガルに無線技術が流れることを恐れたのだ。

 其れだけである。


 一度この世界に入った技術ならいずれは知られるかも知れないが、集積回路(IC)を使った科学技術は絶対に模倣(もほう)はできないではあろう。

 しかし鉱石無線との関係から、秘匿できるなら出来るだけ長く秘匿して置くに限ると思うのは軍人特有の臆病さから来るものであり、これは間違った感覚ではない。


 尤も後に、『海難事故を考えるなら尚更、無線(ラジオ)は必要ではないか』というオベルンの一言により、その考えも改められることになる。

 オベルン自体が無線技術の開放について自国の王宮と折衝中であったため、フェリシアの無線をその交渉解決のダシにしたかったのである。


 この無線の設置は十四日にルースをラキオシアに送り、自らは第二騎兵隊によってシエネに戻ることになるかと思われた巧達一同が、現在ルースと共にラキオシアの首都リンデに向かっていることに関連して行われている。


 最終的に此の施設をラキオシアとフェリシアのホットラインにしようという訳だ。


 巧を迎えに来たはずの第二騎兵隊第一小隊及び陸戦部隊、計二十二人は現在、ガーイン先遣隊となって三十式の無線を守りつつ現地に駐屯地を作り始めた。





 巧達が現在ラキオシアに向かっている理由は以下の通りである。


 インディが出航の風待ちをしていた十三日、王宮のヴェレーネから連絡が入る。

「ラキオシアに貸し出してある『軍艦』を引き取ってくる様に」

 との命令だ。

 

 軍艦とは何か?と(いぶか)しんだ巧であったが、女王自ら、

『ラキオシアやフェリシアの人間より、巧達、地球人が扱うに向いた船である』

 と言ってきた、とヴェレーネは言うのだ。


 オベルンは、その『軍艦』の返却を二つ返事で了承した。

 この時点でラキオシアがフェリシアに敵対することは今後無いであろうと女王は大層喜び、続けては礼状を巧に代筆させるとラキオシアの王宮に届ける様に命じた。

 無論、無線が繋がれば直接の礼も言えるであろう。


 それは兎も角として巧はボートすら漕げない。


「どういう事だ?」

 とヴェレーネに尋ねると、

「王宮やオベルンの言葉の意味は現地で理解する他ない」

 と彼女も申し訳なさそうに言葉を濁すだけである。


 何より、五十嵐は巧の期待通りの結論を出してくれたという。

 その結果が此の様な話に繋がったと言われては、返す言葉にも力を込めることができなかった。

 防衛に必要だというなら、ラキオシアでも行くしかないではないか。


 こうして巧達、『派遣分隊』は三度(みたび)、インディファティガブルの甲板を踏むことになったのである。



     ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇



 さて巧は今、一時は『これ』が原因でラキオシアと戦争になるのではないかと恐れた『物』について山崎、岡崎と共にオベルンと話し合いを持っていた。


「確かに、我が国の技術だね。 

 とは言っても、今回の『船』の引き渡しで私に対する疑いは晴れたんだろ?」

 そう言ってオベルンが巧に差し戻したのは、あの砂漠で回収した気球の素材である。


「ええ、これから受け取る物が先程の話の如く事実なら、ですがね」

「君、疑い深いね。女王陛下の言葉だよ」

「そうでしたね。失礼しました。しかし、これは(まず)いんですよ」

 巧の口調は真剣である

「と言うと?」

 オベルンの疑問に、山崎に回収した品を出す様に言う。


 山崎が持ち出したのは、気球から回収した円盤であった。


 じっとそれを見ていたオベルンであったが、

「気圧計か」

 そう言ってこれも巧に返す。


 山崎、岡崎は共に驚き、岡崎が思わず問い掛ける。

「分かるんですか?」

 その言葉にオベルンは笑って尋ねる。

「君、洋上で一番怖いのは何だと思う」


 少し考えて、岡崎は自信なさげに口を開いた。

「嵐……、ですかね?」

「うむ、その通り! で、嵐が近付いているかどうかを知る為の方法は?」

 その言葉でやっと二人とも納得した様だ。

「あっ、なるほど! 気圧計があればすぐに分かりますね」

 岡崎の言葉にオベルンは頷くが、山崎は食い下がる。

「しかし、この手の船の気圧計はトリチェリ方式ですよね?」

 山崎の言うトリチェリ方式などと云う気圧計は存在しない。

『トリチェリの法則』と呼ばれる法則を利用した気圧計なので彼はそう呼んだのであろう。


 水銀を(たらい)にでも入れてガラス管などの細い容器を逆さにしてその上に伏せる。

 すると水銀は大気に押されてガラス管の中を上昇していくが、在るバランスで上昇は止まってしまう。

 その釣り合いが一〇一三HP(ヘクトパスカル)であり、これが一気圧である。

 このバランスが取れたガラス管に目盛りを付けておけば、気圧の上下が読み取れるという訳だ。

 一般に地球では『フォルタン水銀気圧計』と呼ばれる。


「その“トリなんとか”気圧計というのは、こう云うものかね?」

 そういってオベルンは船長室の壁を軽く指し示す。

 確かに其処には(まご)う事なきフォルタン気圧計がぶら下がっていた。

 

挿絵(By みてみん)


「ええそうです。で、『こっち』が何で気圧計だと分かったんですか?

 全く形が違いますよね?」

 (にら)み付けたままの山崎の質問に、オベルンは困った顔をした。

「似た様な物が首都にあるんだよ。そうとしか言いようが無いんだ。

 信用してくれないかな?」


 山崎も岡崎も“胡散臭い”いう顔付きを崩さないが、巧の一言で『取り敢えず』は矛を収めることになる。

「分かりました。リンデで分かることでしょう。 

 しかし、此方(こちら)はラキオシアにとっても拙いのでは?」

 そういって最初に見せた気球の素材を再び振った。


 実はこの素材、紙であった。


 紙が気球の本体に使われ一千キロメートル以上は飛んだのである。

 まさか、と思われるかも知れないが、巧の国でもラキオシアでも紙は異常な程に強く作ることが出来る。


 江戸時代には『紙衣(かみこ)』といって紙で出来た浴衣(ゆかた)が存在した程だ。

 サラサラとした肌触りが涼しさを際だたせることから、発明された初期には高級品であった。

 勿論使い捨てではある。

 但し、その頑強さから一回切りではなく、汚さなければワンシーズンは使えた。

 いや上手く使えば二年越しの夏の使用には充分に耐えたのである。


 その頑丈な紙を作る技術はラキオシア王国にしか存在しない。

 門外不出の秘伝と言っても良い。

 だからこそ、紙幣(しへい)が通用しているのだ。

 誰でも作れる紙なら、それこそ偽札の造り放題である。


 結局、その『紙』の件についてもオベルンの口から納得できる説明はなかったが、リンデに於いて調査を進めることは約束してくれた。


 ならばラキオシアへの道のりを急ぐだけである。


『軍艦』とは何か、其処は気に掛かるが行くしかないのだ。




     ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇



 さて、巧はオベルンとの話し合いの前に気球本体について山崎達にこうも説明していた。


 先程示した頑丈な紙を二重三重に貼り合わせて、比重の軽い気体を詰めて気球にしていたことは間違い無い。

 しかし(いく)ら頑丈とは云え、其れをつなぎ合わせて二重三重に張り合わせるには、これまた高度な接着技術が必要である。


 高々度で冷気に(さら)された後、希薄な大気の中で直射日光を浴びたならならば普通の接着剤ならば乾燥しきってしまう。

 結果として氷の様にバリバリと音を立て()がれ去るであろう。

 何より、気圧の変化に耐えて伸び縮みが可能なラキオシアの紙に合わせて接着剤も同じように伸び縮みしなくてはならない。


 その接着剤について現段階で分かっている最後の回答があの芋である。

 あの芋は『こんにゃく芋』であった。


 巧が思い出せない訳である。

 幾ら食用とはいえ、こんにゃく芋などアクが強過ぎて吹かしたり焼いたりして食えるものでは無い。

 だからこそ、あの様に加工して食べるしかないのだ。

 生存訓練において食べる事の出来る食材ではない以上、巧が直ぐさま思い出せないのも無理からぬ事であったのだ。


 兎も角、こんにゃく芋から作った(のり)頑強(がんきょう)である。

 高度一万五千メートル以上までも耐える事が出来る。

 先に紹介した『紙衣(かみこ)』もその素材となる紙布(かみぬの)の表面に“こんにゃく糊”を塗りつけることで頑丈さを保った上で、更に同じ糊を使ってそれぞれの部分を繋いだのである。

 こんにゃく糊をきちんと使って作られた紙布は、驚くことにミシン掛けまで可能なのだ。



 残る問題の一つ。

 幾ら頑丈な素材で作ったとしても気球である以上は浮かなくては意味がない、ということだが中に()める軽い気体はやはり『水素』であろう。

 あの『石』を酸化分解することで水素が得られると巧は考えている。


 結論を言えば、巧の予想は全て正解であった。

 石は『閃亜鉛鉱(せんあえんこう)』と呼ばれる鉱石で石岡の言う通り熱水鉱床の中で生まれ、僅かな酸でも充分な水素を発生させる鉱物であったのだ。


 最後の砂糖であるが、これは、予想は付いたものの未だ自信がないため巧にとっても保留であるが、念のためにシエネには対策を指示して置いた。

 唯、これこそ“予想は外れて欲しい”とも思う。

 予想通りなら、対応に失敗した場合の死者は数千では収まらない可能性も有るのだ。



 砂糖そのものはもしや関係ないかも知れない。

 だが、かなり高々度を飛ぶ気球を使ってフェリシアに何らかの攻撃を仕掛けようとしているのは確かだと断言できる。

 気球が高度一万メートル以上は昇るならば、AH―2Sでは手も足も出ない。

 F-3Dが届いていなければ相当な被害が出たと考えられたため、機体の配備が間に合ったと聴いた時、巧達は胸をなで下ろした物である。


 しかし、どれだけの数が使われるか分からない。

 全て撃墜できるとは限らないのだ。 



 その点が未だに気がかりであった。





サブタイトルは、アイザック・アジモフの「宇宙気流」からです。

確かこの本は未読です。

しかし、ファウンデーションシリーズの外伝に当たると言う事、何より訳者が「平井イサク氏」と云う事で、

「うお~、何で読んで無いんじゃぁぁ~~~」と転げ回って騒いでおります。

amazon使った事無いんですよね。

どうやって手に入れましょうか、悩むわ~、です。

(勝手に買えよ!、という声が聞こえてきそうですね)

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