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星を追う者たち  作者: 矢口
第六章 海の風、国境の炎
87/222

86:音速の牙

 早々に引き上げるつもりであったのだが、異常事態に興味が湧いたのが良くなかったようだ。

 しかし幾ら何でも『運が悪過ぎる』、としか言い様が無い。


 桐野(すばる)は、自分の呼吸音を此処(ここ)まではっきりと聞いた事はなかった。


 彼女が今、銃を向けている相手は人間ではない。

 しかし、この一撃に指揮官を含む仲間三名の命が掛かっていることも、また紛れもない事実なのだ。


     ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇



 街道を包む林は未だ濃くなっては居ないものの、三月に入ったばかりである事から日差しの入りは早く、昼過ぎの山塊の街道に程よく影を落としている。

 南方である事から雪があるでもなく、道の状態は良いことから馬も人も差程疲れては居ない。

 巧達はシナンガルという敵地から抜け出してきたばかりだが、魔獣が現れるのは後(しばら)く影が落ちてからであろうと云うことで、今しがた発見したばかりの物体の調査に対しては時間的には許される。


 だが、砂漠に入るとなれば、いつにも増して油断は許されない。


 巧は、指揮官として『第三者の目』を意識し、客観性という視点を失わぬように心がけていた。

 今、調査行動を起こすにしても、隊員のみならず商人を含めたキャラバン全体にその点をしっかりと言い含める必要がある。


 勿論ではあるが、あの『何か』の調査をしない、という選択肢は無い。

 この地に足を運んだのは、少しでも多くの情報を手に入れることが目的であったのだから当然だ。

 だが危険も大きい。


「桐野、OSVを出しておけ! 『装甲貫通弾』はマガジンで準備しておけよ」(マガジン=弾倉:OSVは五発装填可能)

 巧のその一言だけで、桐野はサンドワームの脅威を再確認し始めた。


 此処に居る隊員の中で南部戦線において直接魔獣に対峙(たいじ)したことがあるのは、曹長の山崎だけである。

 その他の隊員達は、歩兵による魔獣への最終制圧戦闘に参加したことはなかった。

 当然、彼の経験は他を抜きん出ている。


 巧が『ギガントビートル』と()(まま)の名前を付けて呼んでいた例の巨大甲虫に出会った時、彼が冷静さを失っていた為に誤って叱り飛ばしてしまった石岡の制圧射撃後からの数度の防衛戦闘に於いて、一貫して山崎こそが最も油断せずに魔獣の制圧を行っていたと言える。


 また岡崎軍曹も、過去にヘルムボアや竜を見てはいる。

 彼は今までAS搭乗準備のために『整備科』と行動を共にすることが多かったため、実際の戦闘に参加したのはこの旅に於いてのものが初めてであったであろうが、やはり大型魔獣に対峙した経験からか冷静である。


 余裕を持っている様に見えた桐野にこそ巧は注意を入れて、制圧完了まで気を抜かないように念を押した。

 実際、最初から彼女にこそ巧は注意を入れるべきであった事を今更ながらに意識する。



 大小合わせて百二十以上の魔獣の息の根を止めてきた巧と男性隊員らの間にはその認識に未だ差があるかもしれないが、特に大き過ぎるとまで危惧(きぐ)する開きではない。

 女性隊員二人にこそ気を遣うべきであろう。

 特に桜田など隙あらば人の後に隠れようとするのだ。

 いつもは放置が一番だが、このような時だけは『仕事しろ!』と言いたくなる。


 兎も角、夜間はいざ知らず昼間のギガントビートルの動きは鈍すぎる程に鈍い。

 それに慣れている可能性こそが恐ろしいのだ。

 昼間である現在、隊員達がその他の魔獣に対し油断がないか再確認を入れて置く。

 サンドワームがどの様な動きをするかは商人の一人に訊いた情報のみが頼りであり、此処でミスがあれば『第四小隊』の後を追って葬儀の主役となる部隊がもう一つ増えることになるのだ。


 商人はサンドワームの動きは昼間こそ機敏だと言った。

 しかし、彼らが遭遇したサンドワームは砂から体全体を出すことはなく、体を出した半径のみに動き回っていたという。

 それだからこそ、彼らのキャラバンは殆どが逃げ延びることが出来たのであろう。

 ガーインで別の商人に聞いた話では、体を全て出して追ってきたサンドワームも居たというが、其方(そちら)は小型で動きが鈍かったと聞いたため同一種か別物か判別できない。

 サイズが違いすぎるのだ。

 唯、動きが鈍いと言えど山裾(やますそ)まで這い上がろうとする為、その話に於ける被害は大きかった様だ。

 小型と言っても全長十メートルは優にあったらしく、キャラバンはほぼ全滅であったと生き残りの男は悔し涙を流していた事を思い出し、巧は身震いする。


 当然だが体を出し切らなかった大型種は更に脅威であり、垂直に伸び上がった時、その高さは優に百メートルは有ったと聞いた。

 人間、高さには感覚が鈍るから、話半分と考えても五十メートルは在ると見て良い。

 何せ胴幅が馬車二台分はあったというのだ。

 馬も含めて一台八メートルとして考えると即ち十六メートル以上と言うことになる。

 幅については比較例があって見たというなら、まず間違いはあるまいが、其処も差し引いて考えた。


 勿論、油断している訳ではない。 

 不確定な情報で無意味に脅威を煽るのも問題だと言うだけだ。

 甘く見過ぎても、危機感を持ち過ぎてもいけない。

 いつかハインミュラー老人が語っていた『度の過ぎた感情こそが最大の敵』に繋がる考え方である。


 小型は、長くは体を露出できないため十数分で砂漠に戻ったという。

 大型の方もそうだが、乾燥には弱いと見て良い。

 そんな生き物が何故砂漠にいるのだろうかと考えるが、此処は元々が土から出来た砂漠なのだ。

 岩が砕けた砂ではない。

 当然だが地下には充分な湿気や水脈があるに違いない。

 土を食べてその中の養分を取り込み排泄しているのだろうが、彼らにとってはその大きさから考えて、人もその餌と変わらないのであろう。

 或いは、テリトリー意識の強い生態とも考えられる。


 生態は兎も角、どの様にして陸上の餌を認識しているのか考えてみる。

 目撃した証人達は一様(いちよう)に『目』は存在しなかった、と言った。

 これは間違い無いようだ。


 となれば、予測される捕食方法は、ASの『センサー3方式』である。

 即ち、生き物の足音や歩幅などの『音』や『震動』に反応していると言うことだ。

 下手をすれば陸上に顔を出した時には炭酸ガスにも反応しているかも知れない。

 つまり、生物の呼吸を感知している可能性である。


「しかし、あそこまではどう見積もっても四百メートルは在りますよ」

 山崎の言葉に、桐野が距離測定装置の付いた電子スコープを持ち出した。

 OSV106上部の外装品取り付け装置である『ピクティニー・レール』に”それ”をセットして距離を測る。


「四二七メートル在りますね」

「遠いな……」

 桐野の測定報告に巧の口調は重い。


 砂漠は街道から二十メートルは下にある。

 その為遠くまで見渡せ、そのお陰でこれだけの距離でも異物を発見できた。


 隊員の安全を考えるならば、無視するのが一番である。

 しかし、ルース領を出発する前に聴いた『実験』の話が気に掛かるのだ。


 巧は別段、手柄を求める指揮官ではない。

 部下達もその事は重々承知している。

 彼が動く時は、その『必要』があるからなのだ。


「危険性は高い。出来ればあれの調査は止めたいのだが、見逃すことで今後の戦線に問題が出る可能性が有る。 

 みんな協力してもらえないだろうか?」

 巧が頭を下げると、岡崎が、

「自分も先日言った、『後で、なるほど!』は御免ですね」

 と三日前の(みずか)らの発言を元に賛同してくれた。


 副官の山崎も巨漢の石岡も自然に頷く。

 桐野は岡崎がOKなら構わないが、

「慧ちゃんにあんまり危ないことさせないでくれると嬉しいんですけど」

 と、露骨に岡崎を贔屓する発言をして、巧を苦笑させた。

 話題の岡崎は山崎と桜田にいじくり廻されて“勘弁して下さい”を連発する。


 岡崎と桐野の間柄については兎も角として、ルートを考えなくてはいけない。

 幸いにして岩が幾つか露出しているのが見られた。

 其れを伝って行くことで地面への震動を少なくしよう、と云うことになる。


 万が一、相手が出た場合は、ATMとOSV106の出番である。


「ATM(対戦車ミサイル)は赤外線画像誘導だから良いとして、桐野は狙撃距離はどれぐらいあるんだ?」

 第四世代の歩兵用画像誘導ATMは値段が張るだけあって、二,五キロの距離を飛んで半径二メートル以内での命中率を誇る。

 だが、狙撃銃はここ三十年に渡って特に大きな進歩はない。

 結局、射手の腕次第なのだ。


 桐野は黙って指を二本立てた。

「二キロって……。お前な、吹かしすぎだろ!」

 二キロと言えば対物狙撃銃のほぼ射程限度と言える。

 装甲車を狙っても当たるかどうかという距離であり、人間に当てる程の強者も居ると言うが、其れはごく一部の超一流スナイパーのみである。


 巧がそう思った瞬間、桐野は情けない顔をして首を横に振った。

「?」

「二百です」

 巧は思わず、()けそうになる。


「あのな! 普通の奴でも練習次第で四百五十メートルは行くぞ! 何でお前が選抜射手(せんばつしゃしゅ)に居るんだ!

(選抜射手=普通は「マークスマン」と言います。分隊内の狙撃手だと思って下さい:本来は一番腕が良い兵の役割です) 

 八百以内は必中でないと認められないはずだろ!」

「いえ、あのですね。前々から『格好いいな』って思ってたんですよね。

 そしたら主任が好きな銃を選んで良いって言うものですから……」


 桐野の言葉で、『そう言えば此奴(こいつ)は今、旅団ではなく二兵研所属だったのだ』と巧は、ようやく思い出した。

 此処で正規の旅団兵は山崎と石岡の二人だけなのだ。

 またもや迂闊であったと思うが、今更である。


「まあ、期待してるよ。但し敵と味方が近い時は撃たんでくれよ」

 巧としては、今はそう言うしかない。

 後は、石岡のATM(対戦車ミサイル)とランチャー頼りである。

 後で、桜田が“観測手やったげるから安心しなさい”という声が聞こえる。

 余計に恐ろしくなってきたが今後の士気にも関わる。

 今更、桐野からあれ(OSV)を取り上げる訳にもいくまい。


 しかし、過去、巧が分隊を(ひき)いていた時分(じぶん)に於いて桐野は六百メートル迄なら必中の筈であった。

 腕が落ちるにしても、射程三分の一とは酷すぎる。

 あの銃を持て余しているに違いないと巧は気付いたが、それは今後の話にするしかない。

 四八式も装備している以上、基本的には其方(そちら)を使うように命令すればいい。


 かなりの不安を背負いつつも巧を初めとして山崎、岡崎の三名で砂漠を進む。

 前方の視界は完全に確保されており、後方支援が三名という完全な砲兵支援型前進隊形である。


 一般的に分隊の取って良い戦闘隊形ではないが、何から何まで予定外なのである。

 セオリーなどと言ってはいられない。


 商人達は斜面を少し登って貰い、安全を確保するように指示した。

 ルースもスーツを着て参加したがったのだが、訓練をしていない兵士と歩調を合わせている余裕など無い。

 その場に待機して貰う事にした。


 だが、ルースとしては強化服の出番が今一度欲しい様だ。

「万が一の場合は、」

「来るなよ!」

 巧は乗り気のルースに釘を刺す。


 ガーインとの同盟が成った以上、ルースは重要人物なのだ。

 巧達にはルースの命を守る義務が生じている。

 馬鹿なことを言って貰っては困ると、きつく念押しする。


 それに、と言っては何だが、ルースには代わりに受け持って貰いたい仕事があった。


 桜田は打撲や擦過傷の防止のために女性兵士用のアラミド繊維スーツを無理矢理着込まされた。

 その上で登山用のザイルを腰紐として付けさせられると、彼女は身の危険を感じた常に漏れず半泣きである。


「だから、いざとなったらルースさんがあの力で引き上げてくれるんだから、安心してくれよ」

 そう言うのだが、彼女はイヤイヤと首を振るばかりである。

 巧も最後は『我が儘、言ってるんじゃない!』と桜田の抗議を聞き流すと、文字通りに首根っこを捕まえて引きずりながら高台にある街道から砂漠に向かって道を探して下って行く。

 

 街道は砂漠から二十メートルは高いのだが、下までは百メートル程のなだらかな斜面である。

 つまり、問題の『何か』までの距離は砂漠の上を歩くだけなら三百メートル在るかどうかと言うところなのだ。

 大型のサンドワームが砂地しか移動しないというならば、固い岩盤の上なら少しは安全性は高まる。

 桜田には砂地にマイクを突っ込んで貰い、そこから地中の音を拾って貰う事にしたのだ。

 全く役に立たない可能性もあるが、もしかすると何か動くモノがあれば分かるかも知れない。 

 それを捉えることが出来れば、調査班三人の生存率はより高まる。

 やって貰わねば困るのだ。

 また万が一、彼女のいる位置から街道まで上がるという小型のサンドワームを含む何らかの生物が近付くようなら、その時こそルースの出番だ。


 巧としても、本来は事務官の桜田を無闇に危険に曝したい訳では無いが、彼女は今、兵士なのだ。

 “仲間と共にある事を意識して置け!”との意味合いを込めて、今の巧は彼女に厳しい。


 だが、ようやく下まで降りると、“一人にしないで!”とまたも桜田は喚く。

「じゃあ、岡崎が残れ。桜田が砂漠に入るとよ」

 巧がそう言うと、“鬼、悪魔、馬鹿、巧!”と、最後の名前は前のモノと同列とばかりに騒ぎ出した。

 マリアンが生まれ変わった事を知ってからと云うもの命を惜しむ事、清々(すがすが)しい程である。

 三週間前に戻れよ、と巧は言いたくなったが、(これ)は此で面白いのでそのままで良い、と放置することに決めた。


「准尉~、ホントに大丈夫なんでしょうね?」

「多分ね~」

 桜田の言葉を適当に流して巧達三人が砂地に踏み出そうとすると、途端に彼女がストップを掛けて来る。

“また我が儘か”と流石にウンザリ仕掛けたが、()()らずで、

「先に探査してからですよ!」

 と桜田はいきなり肝が据わっている。 


 此奴(こいつ)、開き直ると強いよなぁ、と巧は思う。

 確かに近い岩場まで一気に走るつもりであったが、先にチェックしておいて損はないのだ。

 桜田が騒ぎ過ぎて面倒になったので、岩場まで辿り着いてから彼女に役目の重要さを意識させるつもりであったのに、こうさっさと気付かれては指揮官の自分が無能なようではないかと少しばかり複雑な気分だ。


 兎も角チェックは終わり、特に音はない、と言うことなので三名揃って一気に走ることにした。


 本来、此の様な戦闘態勢の展開の仕方はあり得ない。

 一人が先行して、安全を確認してから後続を呼び寄せ、互いに援護し合いながら進むのが普通だ。

 だが、此処は砂漠で視界は開けており、何より相手が居るにしても砂の中である。

 下手に時間を掛けるより、一気に走って安全な岩場まで辿り着く事を優先した。


 念のため三方向から二十メートルずつ間隔を置いて巧を中心に鋒矢(ほうし)型に岩場を目指す。

 互いに援護し合うには程よい距離だ。

 但し、安全地帯の岩場が近付くにつれ、互いに位置が近くなり、援護が難しくなると云う形になってしまうのは皮肉ではある。


 最初の岩場迄は距離が百メートル程である。

 垂直に切り立ったテーブル状の岩がひとつ、ぽつんと立っており、高さは二,五メートル、上部の広さは十メートル四方程度であろうか。

 砂にくるぶし迄埋めながらようやく辿り着くと最初に巧が膝を軽く曲げ、腰の前で両手を組む。

 その手を踏み台にして肩に昇る形で二人が上に上がると、今度は上で岡崎が(かが)んだ山崎の腰を押さえ、巧は山崎とそれぞれ手首を握り合う形にして引き上げて貰った。 

 岩場に辿り着いて、三名が其処(そこ)の上に登り切るまで約七秒。


 第一段階までは成功である。


 さて問題の物体がほぼ真北の方によく見える。

 巧達がそう言い合って次の岩場の目星を付けていた時である。


『准尉、何かいます』

 無線から桜田の声が囁くように聞こえた。

 桜田が砂地に差し込んで使っている索敵用のマイクは鉛筆程のサイズの指向性マイクである。

 向けた方向の音をより拾うように出来ている。

 距離は本人のセンス次第だが向きはマイクを動かせば確実に掴めるはずだ。


「どこからか分かるか?」

『西ですね。山脈の方からこっちに向かってます』

「スピード分かるかな?」

「すいません。目の前でも通ってくれるなら分かるんでしょうけど……」

 仕方ないな、と誰もが頸を横に振るか肩を竦めたが、次の瞬間、桜田の声が緊張を孕んだ。

『准尉、これ結構早いですよ。どんどん音が大きくなります!』

 かなり焦っているのが分かる。


 巧は少し考えたが、

「近付いてるんだよな」と尋ねた。

『ええ、いえ、はい!』

 かなり真剣な声に切り替えた返事が返ってくる。

 彼女も軍人モードに完全に入ったようだ。


「石岡、ランチャー用意!」

 巧は命令を出す。

『相手、見えませんよ?』

 桜田が焦った声で尋ねるが、巧には充分に考えがあった。

 足音から見つかっているとしたなら、相手が全長十メートルクラスでも此の様な岩場では持ちこたえられるかどうか怪しい。

 他に誘導するのが得策だ。


 石岡がランチャー準備完了と復唱した処で、東に向かって最大仰角(ぎょうかく)で撃たせた。

 桜田には、爆発の瞬間は砂中のマイクから耳を離しておくように注意を入れる。


 四八式自動小銃装備のグレネードランチャーは、アンダーバレル式と呼ばれる方式で銃口の真下に取り付けられており、口径は超小型の二十二ミリ。

 様々な弾頭を使い分けることが出来、対装甲車用の成形炸薬弾(せいけいさくやくだん)ですら発射可能。

 流石に射程は五百メートル程度であるが、何と言っても弾の値段が『安い』

 利点は(これ)に尽きる。

 要は、砲身が持つなら弾数を心配することなく遠慮無く撃てる訳だ。


 という訳で、今回は音が『まずまず』派手な榴弾(りゅうだん)を込めて発射させた。

 続けて、次弾を指定して装填させる。


 岩場から東、四百メートル程の地点で爆発が起きた。

 巧達は伏せて破片から身を守る。

 爆薬の威力は並大抵のものでは無い。 

 四百メートル離れていても致死性の破片が飛ぶことは有り得るのだ。

 当然、桜田も伏せている。


 爆音が収まると、桜田は直ぐさまマイクに繋がれたイヤホンを装着し直したようだ。

 報告が入ってくる。

『かなり近付いていますね。もうすぐ、私と准尉達が居る岩場の間を通り過ぎます。

 結構、速いですよ。毎秒十メートルぐらいでしょうかね』

「お前、潜水艦(くじら)に乗れよ。ソナー員は幾ら居ても良いそうだぞ」

 呆れる程、高性能な耳と判断力である。


 しかし、土中、いや砂中とは云え、毎秒十メートルは速すぎる。

 最新のシールド掘削機(くっさくき)では通常の花崗岩(かこうがん)岩盤を掘り進むのに毎秒四メートルと言われている。

 幾ら砂の中とは云え、生身の生物が進むにしては速すぎる。

 これが魔獣というものか、と今更ながらに誰もが恐れを抱いた。


「次弾発射のタイミングは桜田に任せる。桜田、爆発の瞬間はマイクは砂から抜いておけよ」

 そう指示を入れて、(しばら)く待つことになった。


『今、丁度、間を通り抜けました……』

 確かに、岩場から下を見ると砂がはっきりと脈打っているのが分かる。

 桜田の耳は確かなようだ。

 空気中の音まで相手に聞こえているはずもないので黙り込む必要もないのだが、誰もが声も出せず唯一の声の主である桜田ですら、その声を低めている。

 そうして六分程が過ぎる。

 サンドワームと思われる音の主は、先に榴弾が爆発した地点に近付いた。

 その時、


『石岡君!』

 桜田の叫びと共に、二発目の二十二ミリグレネードが発射される。

 桜田はマイクを砂から抜き、全員が耳を覆った。


 凄まじい光と共に轟音が砂漠に響き渡る。

 爆圧こそ存在しないが、その光量は一万カンデラ、音量は百八十デシベル。

 巧が二発目に発射を命じたのは、音と光により敵対者の無力化を目的とする兵器、即ち『スタングレネード』であった。

 半径二十メートル以内に人がいたなら、失神間違いなしである。


 音はマッハの単位でその速度を表し、空気中で『マッハ1』とは毎時一二二五キロメートルが基本的には使われるが、様々な条件により()の速度が変わる。

 最も大きな要因は湿度と空気密度であろう。

 空気密度と湿度が高い程に音の伝わりは早く、水中での速度は更に高まる。

 秒速のデータで言えば、摂氏二五度の大気中なら毎秒三四六メートルだが、海水中なら毎秒一五〇〇メートルを越える。


 更に個体、つまり土中なら地質によっても異なるが速度は飛躍的な高まりを見せ、毎秒五~七キロメートルとなる訳である。

 (これ)はエネルギーが拡散せずにそのまま震動となって伝わっている為であり、結果として音の速度が物体に与えるダメ-ジが深刻なものになるであろう事は容易に予想できる。


 音を頼りに動いている生物である。聴覚の発達は人間の比ではあるまい。

 その行動の元となる()れを間近で、しかも許容範囲を超えて浴びたのだ。

 魔獣と云えども失神は免れまい。

 いや、死んでいても決しておかしくはない。


 中途半端なグレネード弾だったなら、爆圧は砂に吸収され其の力は殆ど上に逃げてしまう。

 下手をすれば、首を上げることで、聴覚を大気中で使われ全員の位置が確認されていた可能性もある。

 体長、百メートルを越えるやも知れぬ未知の敵を相手に考えるなら、これ以上はない攻撃、と言えた。


 そして『やはり』というか、予想通りに魔獣の動きはピタリと止まったのである。


 双眼鏡(スコープ)から目を離した石岡が大笑いする

(やっこ)さん、どうやら目を回しちまったようですよ。准尉!」

「おお、良い仕事ご苦労さん! 桜田、殊勲賞だ。帰ったら何か(おご)ってやるよ!」

「准尉、愛してます!」

「狙い通りに撃ち込んだ俺にも頼みますよ!」

「次、私に出番下さい!」

 計算上はこうなると分かっていても、嬉しいものは嬉しいものだ。 

 互いに軽口も出る。

 ルースは離れていても分かる音と衝撃、何よりもバイザー越しに見たにせよ眩しすぎる閃光に我を忘れ、商人達などは一人残らず腰を抜かしていた。


「桜田、他には居ないな?」

『はい、問題在りません』

 その言葉を聴くと、三人は安心して物体の回収に向かった。



     ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇



 ゴースの守備隊に、いきなり入ってきたカレシュからの無線は南部戦線全域に最高レベルの警戒態勢を敷かせるに充分なものであった。


 あのランセに攻撃をしてきた何者かが居る。

 それだけでも驚きである。

 ランセの装甲はモース硬度で計るレベルなど()うに超えており、立方晶窒化炭素りっぽうしょう・ちっかたんそと呼ばれるダイヤモンドを遙かに超える堅さを持つ物質と同等ではないかと推測されており、それと同時に柔軟性をも併せ持っている様で、とても通常の『飛翔翼付鉄鋼弾(APFSDS)』如きで破壊できるとは思えない。


 仮に()れが通るにしても、航空戦闘に置いては短距離過ぎる弾頭である。

 また、戦車では仰角が取れない上に、通常のランセの活動域は射程の遙か彼方であろう。

 結局、熱レーザー砲でしか彼の装甲を破ることは出来ないのだ。


 岩国少尉からの報告によるなら口腔内に荷電粒子砲を装備しているとも考えられ、挙げ句には耐熱、対物の対抗力場を備えているのである。

 物理的な外殻装甲に攻撃側の飛翔体が届くかどうかも怪しい存在だ。


 岩国は救出された際に、冗談交じりにランセを評して『惑星カグラの王』と言ったことがあるが、カレシュが彼を戦闘に使うことを認めないだけであり、その能力だけ見れば冗談事の評価とは決して言えない。


 そのランセが幾らカレシュを守る為とは云え、姿の見えない何者かに翻弄(ほんろう)され、進路をねじ曲げられたというのだ。

 地球=フェリシア連合軍全体が慌てぬ訳にも行かない事態であった。


 更に問題なのはカレシュとランセの遭難地点は人間が入り込める場所ではない、と言う事である。

 カレシュからの最後の通信では、『南』即ち『ビストラント』と呼ばれる魔獣の巣窟(そうくつ)に向かったことになる。

 生死の確認すら出来ようはずもない。


 そしてカレシュを最も想う男、岩国は唯、待つしかなかった。

 過去の愛機F-3がこの地に送られてくる日を。

 長距離航行を可能とする成層圏給油機(ストラトタンカー)の同日配備を。


 その姿は毅然としたものでは在ったが、彼に声を掛ける事の出来るものは多くはなかった。


 耐熱張力素材の鎧に身を包み、音速の三倍で飛ぶ『成層圏の牙』と呼ばれた『F-3J』は熱レーザー兵器の出現によって其の在るべき場を追われた。

 騎兵が戦車に取って代わられたように、戦車がASにその座を譲るように、戦闘機の時代は終わるのかも知れない。

 しかし、彼にとって愛する者を取り戻す為の手段は、その『時代遅れの牙』しか考えられなかったのだ。


 『超音速の牙』だけが彼に残された最後の頼みの綱であった。





サブタイトルは、漫画「赤い牙」柴田昌弘氏よりですね。

古い作品で、かなり前にサブタイトルに使った「ブルー・ソネット」はこのシリーズの集大成とも言える傑作でした。

自分の小説に於いても場面転換手法などはかなり影響を受けているのでは無いかと思います。

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